ダイヤモンドヘッド232mに登れなかった女のキナバル山4095m登山挑戦。第5章「熱帯雨林の森」

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熱帯雨林「tropical rain forest」を経験する

キナバル山登頂成功後、ラバンラタ・レストハウスにピストン登山で戻った私たちは、それから朝食をとった。

ピークハント前にとったのは行動食(夜食)であり、朝食は一般ホテルと同じ時間に供されるのだ。

みんなが登頂に成功したよろこびに笑顔で、夜食の時のような緊張感はもうない。もう明るいし、標高もピークから800mほど下がってきているので息苦しさも緩和されて、みんなリラックスしている。リラックスして飲むコーヒーはうまい。夜食の時と同じ飲み物とは思えないほどだ。

山小屋のチェックアウト時間は10時である。こちらも街中のホテル並みの時間である。1時間30分ほど余裕があった。

朝食のあとは、ベッドにデポしてあったバックパックにすべての荷物を収納して下山を開始する。

ティンポフォンゲート(入山チェックポイント)までは下山も山岳ガイドと一緒に行動するルールである。

下山途中で、とうとう雨に降られた。できるだけ雨を避けるために、日本での登山予約を避けて、天気予報で晴れの日を確認してから現地で直前に予約した登山計画であったが、それでも雨に降られた。

それが山の天気というものである。

晴れの予報でも雨、雨の予報でも雨、山は雨に打たれに行くようなものだ。修験道の行者が心の雑念を雨に洗い流されるように、われら一般登山者も修行の場と心得て、無心に下ろう。

ましてやここは熱帯雨林地方である。英語だと「tropical rain forest」。トロピカルな雨と森の地域なのである。

少しぐらいの雨になら降られてもいい。森に雨が降ってこそ熱帯雨林の雰囲気も出るっていうものだ。

キナバル山の頂上直下は森林限界を越えた荒涼たる岩の世界であった。剥き出しで逃げようのない岩盤で雨に打たれ続けたらたら辛かっただろうと思う。ましてやあの強風だ。

しかし山麓には世界遺産の森がある。森は風や雨を和らげてくれる。周囲は日本とは違い食虫植物などが繁殖する熱帯雨林の森なのだ。

下山途中、ダイヤモンドヘッド232mすら息を切らしてまともに登れなかった女のキナバル山4095m登頂成功を祝うかのように空に虹がかかった。標高差は3863m、富士山以上である。

よく頑張ったものだ。パートナーを褒めてやりたい。

熱帯雨林の虹は美しかった。おれたちは、やった!

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登山ガイドという仕事について考える

熱帯雨林の森の中、登山ガイドと一緒にひたすら下山していく。

父親と二人連れの日本人の小学生に、途中のシェルター(休憩所)で追い抜かれた。登るときはまるで病人のように父親と登山ガイドに両脇から抱きかかえられるようにしていた男の子だ。あまりのバテぶりに登頂は無理なんじゃないかと心配していたが、どうにか登頂できたらしい。

おめでとう。友だちはせいぜい富士山ぐらいしか登ったことがないだろうから、小学生でキナバル山に登ったらさぞや自慢できるだろうな。もしかしたら将来は登山家になってしまうかもしれないぐらいの経験を彼はしているのではないだろうか。

ばてて両脇から抱きかかえられていた登りにくらべて、下りはすこぶる元気である。小学生は体重が軽いので、降るときに膝にかかる負担が小さいためだろう。軽い足取りで下っていく。酸素も、お湯も、美味しい食事も、何でもある市街地に戻れるのが嬉しいのか、登りの時とは別人のように元気に下って行った。

小学生にして下山家か!?

下山家というのは、山に登るのは下山するためと公言する一団の人々のことである。下山の時は街での食事や飲み物のことしか考えない煩悩丸出しの人々のことである。

もちろん私もこの中に含まれている。たいてい下山の時はお風呂に入ってマッサージして爆睡することばかり考えている。

キナバル山には三本の登山ルートがあるのだが、ほとんどの外国人登山者は一本のルートを辿って山頂にたどり着く。ネット上にある日本人の登頂記録のルートはみんな同じだ。違うのは天候と本人の体力だけである。

私たちにも、小学生の日本人親子にも、それぞれ別の登山ガイドがついているが、ルートを外れて熱帯雨林の森に入り込まない限り、キナバル山は道に迷うところではない。そういう意味では登山ガイドなんていらないのだが、せっかくだから仲良くしたほうがいい。

日本の山だと視界ギリギリのところの岩にペンキで印が付いているだけだったりして道に迷うことがよくあるのだが、完全整備されたキナバル山で道に迷うことはまずない。

キナバル山の登山ガイドの仕事は、道案内ではない。ただ一緒に登るだけである。キナバル山に登山者と一緒に登ることが仕事、生業なのだ。

ルートを外れて熱帯雨林の森に入り込むなどありえないように思えるが、何をするかわからないのが初心者だ。そういう人を注意したり、貴重な植物を採取しようとする輩を注意するのも仕事だろうが、おとなしい日本人目線からいうと、ただ山を登るだけが仕事である。

お金を払えばポーターに変身するらしい。途中でバテぬいたら、金にモノを言わせて、空身で登ることができるよ。

ロナウジーニョ似の私たちの登山ガイドは、登山靴ではなく街中で履くような安っぽいズックで登っている。

他のガイドも似たようなものだ。ハイカットの登山靴を履いている人はいなかった。レインジャケットはなく、ユビソオで買えるようなポンチョを着込んでいる。小さなザックに傘を差しているので、小雨の時は傘をさすようだ。

外国から来た登山者の装備はリッチで万全、現地ガイドの装備は貧弱、というヒマラヤ登山みたいな構図である。

しかし彼らは決して登山靴を買うお金がないわけではない。世界はもうそれほど貧富の差はないし、マレーシア人が登山靴も買えないほど貧しいと思ったら大間違いだ。

簡単な英語しか喋れないので、日本人の私たちとは交流もできないから、休憩中はいつもスマホをいじっていた。スマホが買えるんだ。登山靴なんて買えるに決まっている。

「金がない」から登山靴を履かないというよりは「登山靴なんかに金をかける必要がない」というスタイルだろう。

日本のアルプスではトレラン・シューズでさえ「そんな靴で山に登って! 山をなめるな」と注意されることがある。ちょっとばかり経験のある高齢登山者が口だししてくるのが常だが「登山には登山靴がマスト」と思い込んでいる日本の登山者はキナバル山の登山ガイドが安っぽい麻の靴で登っていたことを覚えておいてもいいだろう。

固定化した自分の価値観を押し付けるだけが能ではない。肉体のスキルこそが能なのだ。山での判断能力こそが能なのだ。豊富なキナバル山の経験の中でズックで十分と判断したのなら、彼にはそれで十分なのだ。

地下足袋で山に登ったっていいと私は思っている。どんな高機能シューズでも肉体に勝るものはないのだから。

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私は登山ガイドという仕事のことを想った。もうこれまでに何度キナバル山に登っただろうか? 週に何回登るのだろう。

気分が乗る日ばかりじゃないだろう。天候の悪い日もあるだろう。登りたくない日もあるだろう。仕事が嫌になったりしないだろうか。

キナバル山は難所のある山ではない。何百回もそんな山に登ったらいい加減うんざり飽き飽きしてしまうのではないかと思う。

もうすでに地球一周するほど走ってきた私だが、この仕事が私に務まるだろうか?

彼らはキナバル山麓の地元民だという。これ以上の割のいい収入口はないのかもしれない。すくなくとも山麓で土産物屋を経営するよりは収入は確実だ。

しかしオフィスワークの方がずっと楽な仕事だと言わざるを得ない。私だったらキナバル登山ガイドの仕事はやりたくない。

どんな山でも同じ山を週に2回も何百回も登りたいとは思わない。

私にとってキナバル山は一生に一度の山だった。コタキナバルも、今日という一日も。

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メチャクチャな日本語を教えるのがバックパッカーの伝統芸

その登山ガイドにシェルターで休憩中に話しかけられた。まだ若い、ロナウジーニョ似の登山ガイドだ。

「日本人をガイドする機会がこれからもあるかもしれない。ガンバレって日本語でなんて言うのか教えて」

そう英語でロナウジーニョ君は言った。

頂上直下で猛烈な風に吹かれて登頂を断念しかけた私たちに「ガンバレ」と声を掛けようと思ってくれていたのかもしれない。

「お前はもう死んでいる」私は教えた。

「オマエハモウシンデイル?」

こういう時にはメチャクチャな日本語を教えるのが放浪のバックパッカーの流儀である。伝統芸のようなものだ

世界中の市場で「バザールでゴザール」とか「見るだけタダ」とか「ソンナのカンケーネー」とか変な日本語で声を掛けられることがよくあるが、それらはみんなイタズラ心のあるバックパッカーがアホな日本語を教えてそれが現地に流布したものである。

数年前のテレビの流行語が、世界の片隅のバザールで大流行していてビックリすることがよくある。イスラム圏で「アタリマエダノ、クラッカー」とか普通に言われるよ。

ロナウジーニョ君は何度が繰り返した。

「オマエハモウシンデイル!」

どうやら教えた日本語を覚えてくれたようだ(笑)。

もしキナバル山で、登頂を断念しそうな苦しい瞬間、「お前はモウ死んでいる」とガイドに声を掛けられたら、それは私がひろめた「ガンバレ」という意味です。間違ってもガイドに怒ったり、ガックリきて登頂を断念したりしてはいけません。

キナバル山でこの言葉が流行るといいな~♪

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下山のコツ。カニのヨコバイで降りる

登山というのは不思議なもので、人によっては登山よりも下山の方が辛いというタイプの人がいる。

先ほどの日本人小学生のように、登りは辛すぎるのに下りは楽勝という人がいるのだ。

私のようなランナー系登山者は、どちらかというと登るのは得意だけれど降りるのは苦手という人が多いのではないだろうか。

ランナーが速く走るためには、背中からハムストリングにかかる体の後ろ側の筋肉は強靭な方がよく、なおかつ膝上の大腿四頭筋のような体の前面の筋肉は必要以上にはない方が有利だからだ。着地筋が必要以上にあるとブレーキになる。ボディビルダーは速く走れないのだ。

ダイヤモンドヘッドを一気に登れないような女性はもちろん十分な着地筋をもっていないため、しばらく下るともう足を前に出すのが嫌になるほど膝にダメージを受ける。斜面や階段に正対して降りると膝上の着地筋が悲鳴を上げてやがて耐えられなくなってくる。

そうなってから下山するときのコツを教えます。

そういう場合、斜面に対して体を横にしてカニのヨコバイで降るといい。すると着地の衝撃を膝上の筋肉ではなく、体の裏側の筋肉や腰が受け持ってくれる。

ハムストリングやお尻の大きな筋肉が着地の衝撃を受け止めてくれるので、正対下山と、横向き下山を織り交ぜながら下山すると長持ちする。

膝の上が痛くなってまっすぐに降りるのがきつくなったらカニのヨコバイで。すると体の裏側の筋肉を使って降りられます。覚えておいてください。

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何故山に登る? 登山家ではなくて下山家の主張

キナバル山の下山道の長さにはマイッタ。もちろんカニのヨコバイを織り交ぜながら下山しているのだが、もうとっくに着地筋がへたってしまっている。

キロメートル毎に表示があるので、ゴール(公園管理棟)までの距離はわかるのだが、山では距離というのはまったくアテにならない。問題なのは斜度であり距離ではないからだ。

9時30分に下山を開始して14時にはチェックポイントに下山した。

下山後に昼食をとり、15時にゲートをマイクロバスで出発。

バスの中ではふたりとも爆睡してしまった。

17時30分にはコタキナバルのホテルに着いた。

バックパッカー系の人は街に戻った後のホテルをあらかじめ決めておくといいだろう。ここからさらに安宿を求めて右往左往するのは辛い。

そのホテルの前までバスで送ってくれるし、私たちは登山に必要のない荷物を予約したホテルで預かってもらっていた。

ホテルで熱いシャワーをあびて、薄い寝間着に着替えると、バスであれほど寝たにもかかわらず、また睡眠タイムである。

外国に観光に来たのに19時まえにホテルで眠ってしまうことを勿体ないことと思うだろうか。

だがおれたちはキナバル登山のためにここに来たのだ。今はコタキナバルの町に用はない。

これでいいのだ。

登山は下界のすばらしさを確認するためにやるものだ。

下界にはエアコンと柔らかい布団がある。息がくるしくない。酸素がある。

何の心配もない人のように眠った。

自殺しようと思った夜が嘘のようだ。

今はもう昼寝しようと思うだけなのだった。

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~~このサイトについて~~

比叡山の大阿闍梨(千日回峰行者)様を超える生涯走行距離の中で走りながら感じたことをサブスリーランナーが綴るコラム。

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プロフィール


サンダルマン・ハルト。雑誌『ランナーズ』等に執筆歴のあるライター。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。サブスリーランナー。グランドスラムの達成者(100kmサブテン。富士登山競争登頂)。スイス・ブライトホルン。マレーシア・キナバル山。台湾・玉山ニイタカヤマ。南アルプス全山縦走など登山歴も豊富。キャンプ・車中泊マニア。アウトドア派の放浪の旅人。現在、仮想地球一周ランニング中。
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