ドラクエ的な人生

有名作家の絶筆本『転移』中島梓(栗本薫)のガンによる辞世の書・最後の一文字

スポンサーリンク

悟りとか、法悦・静謐の境地とかが書いてあるわけじゃない

中島梓著『転移』。有名作家の絶筆本です。膵臓癌が肝臓に転移したことから付けられたタイトルです。中島梓は栗本薫のペンネームでも知られています。

この本によると「すい臓がんから転位した癌は肝臓にできても肝臓癌じゃなくすい臓がん。肝臓に膵臓癌がある状態」なんだそうです。私は知りませんでしたが、妻は知っていました。知る人ぞ知る常識だそうです。

通読した私の感想ですが、この本は、とくに珍しいことが書いてあるわけじゃありません。一般人が書けないような大作家ならではの死ぬ前の「悟り」「法悦」「静謐」のようなことが書いてあるわけじゃありません。

「生きていたいけれど、自分よりもひどい病気の人、短命な人はいくらでもいるし、井原西鶴よりも長生きしているからこれが寿命なら納得するしかない※。乳もない、がんの摘出手術で開腹跡のある体だけれど、この体を愛して、癌とつきあいながら、せいいっぱい今を生きていこう」

というようなことが書いてあります。

感動しましたか? すごいことが書いてありますか?

そう思ったのなら、あなた、読書不足です。このぐらいのこと市井の一般人でも書きます。相手は中島梓ですよ。

※五十二歳でなくなった井原西鶴の辞世の句が「浮世の月見過ごしにけり末二年」。平均寿命五十歳よりも二年も長生きしてしまった、という句でした。中島さんは五十六歳で亡くなります。

×   ×   ×   ×   ×   × 

このブログの著者が執筆した「なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?」を追求した純文学小説です。

「きみが望むならあげるよ。海の底の珊瑚の白い花束を。ぼくのからだの一部だけど、きみが欲しいならあげる。」

「金色の波をすべるあなたは、まるで海に浮かぶ星のよう。夕日を背に浴び、きれいな軌跡をえがいて還ってくるの。夢みるように何度も何度も、波を泳いでわたしのもとへ。」

※本作は小説『ツバサ』の前編部分に相当するものです。

アマゾン、楽天で無料公開しています。ぜひお読みください。

Bitly

×   ×   ×   ×   ×   × 

スポンサーリンク

ありふれたことが書いてあるけれど、作者が特別

そういう意味では他に代えのきかない本ではありません。このたぐいの絶筆本は有名人、無名人問わずいくらでも出版されていて、この本に書かれている「境地」ならば、いくらでも他の人が書いています。

でもね……それでも読む価値があると思います。

作者はグイン・サーガの栗本薫ですよ。彼女のグインサーガは130巻。一作家による小説としては「世界最長」です。世に多産な作家はたくさんいますが、同じシリーズを130巻も書きつづけた人はこの人だけです。世界一長い小説を書いた作家の最後の一文字が気になりませんか?

『ドラえもん』の藤子不二雄さんは机に突っ伏してそのまま亡くなったそうですが、私たちが栗本薫に期待するのも、そのような執念の執筆ではないでしょうか。あたかも女優が舞台の上で死のうとするかのように。

スポンサーリンク

自分の人生体験を綴れば誰でも小説は書けるが、職業作家にはなれない

内容は赤裸々です。抗がん剤による吐き気や、便秘、下痢、腹水による腹部の膨張など。そんな中でも執筆をつづけます。

執筆の記録はほぼ枚数で表示されます。彼女にとっては枚数が重要でした。

誰もが自分の人生の体験を綴れば一冊や二冊の小説は書けるが、職業作家として飯を食えるようになることは、それとは違うことだと中島梓は言っています。

名作を一作か二作書いて消えてしまうような作家と栗本薫は別ものでした。それがグインサーガ130巻に現れています。

買い物のこと、着物のこと、食べ物のことが克明に記されています。彼女は買い物で発散するタイプで、高い和服を惜しげもなく購入し、拒食症でしたが、癌で筋肉が落ちてやせ細って、ようやくダイエットのことが気にならなくなったとユーモアを交えて語ります。長生きしてもあまりいいことなさそうだ。長寿の人を見ても、すごくうらやましいというわけでもない、と。何かを呪うでもなく、悲惨に嘆くわけでもなく、体調不良の苦しむものの、基本的には終始ポジティブでした。

ずっとダンナと一緒のベッドに寝ていたと知って仰天しました。ふつう多産な作家ほど宵っ張りで他人と一緒に眠れないと思うんだけどなあ。フランケンシュタインみたいな傷だらけの体になってもそんなことでは旦那の愛情は変わらないと最後まで信じられた幸福な夫婦関係でした。

スポンサーリンク

「ま」……と書いて絶筆。『転移』の場合、それで未完ではなく完結だった

あと半年しか生きられないのに(読者にはそれがわかっている)、残りの寿命が二十年だろうか、とか、あと一二年かもしれない、とかいろいろ考える。そしてとうとう医者から余命宣告を受けます。「あと一カ月」「一週間、数日」と。

「だがこれからこそ書かなくてはならない。」

『転移』に中島梓はそう綴りました。グインサーガ130巻は読めなくても『転移』は読む人がいることが彼女にはわかっていたんですね。

末期になると、字は乱れ判別不能になり、誤字脱字も増え、判読不能になり……死ぬ十日前にも「とにかくあせらずにやっていこうと思う」なんて書いている。そして「ま」……と書いて絶筆。わたしたちの期待通りに死ぬ直前まで書いて死んでくれたのだと思います。

彼女は、すばらしい名作小説を一本書いて終わりではなく、書き続けることが重要なんだと常々(職業作家について)語っていました。そのようにして『転移』を書き終えました。とくに珍しいことが書いてあるわけじゃありません。一般人が書けないような大作家ならではの死ぬ前の「悟り」「法悦」「静謐」のようなことが書いてあるわけじゃありません。

「ま」……と書いて絶筆。『転移』の場合、それで未完ではなく完結だったのではないでしょうか。

×   ×   ×   ×   ×   × 

このブログの著者が執筆した純文学小説です。

「かけがえがないなんてことが、どうして言えるだろう。むしろ、こういうべきだった。その人がどんな生き方をしたかで、まわりの人間の人生が変わる、だから人は替えがきかない、と」

「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」

本作は小説『ツバサ』の後半部分にあたるものです。アマゾン、楽天で無料公開しています。ぜひお読みください。

Bitly

×   ×   ×   ×   ×   × 

モバイルバージョンを終了