「お客さま」という権力
経験や感動を獲物に旅していくと、やがては日本という島国を飛び出すことになるでしょう。
外国で暮らす方法はいくつかあります。留学や仕事で行くことを考える人が多いと思いますが、私はもっといい手を知っています。それをお教えしましょう。
それは「お客さま」になることです。外国で暮らすためには、ビル・ゲイツやイーロン・マスクみたいな大金持ちになる必要はありません。総理大臣や社長、外交官や有能なサラリーマンになる必要もありません。ただお客様になればいいのです。
有名人になったり、会社の出張命令を待つこともありません。お客様という身分で旅立てばいいのです。お客様というのは、ひとつの権力です。お客様になれば「こちらへどうぞ」「なにをお持ちしましょうか?」「なんでもお申しつけください」と歓待をしてもらえます。仕事で成功する必要はありません。がんばって偉くなる必要はありません。無名でいいのです。ただのお客様で十分です。
お客様という権力を行使すれば、出張のように時間に縛られたり上司に指図されることもありません。留学のようにテストに合格しなきゃならないノルマもありません。すべての時間を自分の自由に使うことができます。そのためにはほんのすこしのお金が必要ですが、プアイズムを実践すればいいだけのことです。
お金は選択と集中です。うちの近所に、ボロ屋に住みながら、超高級車を乗り回しているオジサンがいます。車に乗っているときだけ彼はリッチに見えます。旅人も同じようなものです。このように節約したお金で、豊かな経験をすればいいのです。
そもそも人生の豊かさとは何でしょうか? 感動やすばらしい経験のことではありませんか? その人生の経験値とは、権力を手にしなくても、出世しなくても、お金持ちにならなくても、手に入れることができます。要所要所で、お客様という権力を行使すればいいのです。
システム化された仕事は、ピンチにならないようにできている
ふだんの仕事というのは、あまり枠からはみ出ることがありません。仕事は基本的には同じことの繰り返しのはずです。細分化されるほど同じことばかりするようになります。よく言えば専門的ですが、悪く言えばマンネリ。慣れれば誰にでもできるというのがほとんどの仕事の特徴です。
それゆえに仕事だけの人生だと、冒険好きは「このまま人生が終わってもいいのか」という思いにとらわれます。仕事にくらべたら、海外放浪はトラブルの連続です。「今夜、泊まる場所が確保できるか?」にはじまり「盗難に遭った」「飛行機に乗り遅れた」「体調こわした」など枚挙にいとまがありません。私は海外でパスポートを紛失した時以上のピンチを仕事で経験したことは一度もありません。
旅は言葉が通じない国の方が面白い
人間、ピンチになると、これまでになかった勇気が湧いてきます。生存本能がアラートを鳴らすと、自分の中に眠っていた信じられない勇気と力が目覚めることがあります。
たぶん私は生きるためなら物乞いだってできると思います。そういうことは海外を放浪しないとわからないことでした。日本国内を旅しても、生存本能が危険を感じるようなレベルのピンチに遭遇することはまずありません。やはり旅は言葉が通じない国の方が難易度が高くて面白いのです。不安や恐怖こそが旅にかけがえのない価値をあたえてくれます。生存本能が覚醒するようなピンチに陥り、脳がめざめる。恥やプライドなんて価値のないものだと知って、なんとか生きのびようとするおのれの意志と力を確認できれば、帰国してからも強く生きていくことができます。それがバックパッカースタイルです。
もう一度、外国でゲームをはじめからプレイしてみる体験
外国のことは暮らしてみなければわからないと私は思っています。短期の旅行で語れるのは自分たちの体験だけであり、その国のことは何も語れません。自分のことしか語れない。それが人間たるものの限界であるのかもしれません。
いつか私は外国で暮らしてみたいと思っています。外国で過ごすというのは、自分が無力な子供になるのと同じです。言葉が話せず、社会のシステムもわかりません。社会的地位もありません。バスの乗り降りひとつとっても困ることがあります。でもその困ることを面白いと感じられるかどうかがこのゲームを楽しめるかどうかの資質だといえるでしょう。
子供の頃は、あらゆることをひとつひとつ覚えていかなければなりませんでした。しかしおとなになって、言葉も、生きていくルールも、母国ではあらかたそれを覚えてしまいました。いわばゲームクリアした状態です。しかし外国では、もう一度はじめから新しいゲームをプレイすることができます。言葉もわからず、ルールもわからない状態から、いわば人生をもう一度やりなおすことができるのです。海外では、無力だった幼い日々を追体験することができます。
やがて慣れる。先に進むしかない。
たとえば世界には日本では見かけない面白いものがたくさんあります。最初は大興奮で見て回るわけですが、だんだん見慣れてきます。なぜなら同じ国内であれば、売ってるもの、やっていることはだいたい同じだからです。どんなものでも、やがて慣れて、刺激がなくなってきます。そういうことを繰り返してくると、どんなにパラダイスのような場所であろうとも、定住したらやがて飽きてしまうのだろうと予想がつきます。大興奮の場所であっても、その興奮は長続きしません。
いつまでも刺激を受けて冒険心を満たすためには、国を変えるしかありません。同じ場所にとどまるな、ということです。
そもそも人間は、いつまでも「ここ」にいられるわけじゃありません。いつかは旅立つときがくるのです。私たちはこの場所にトランジットしているだけなのです。どんな人も、先に進むしかありません。
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本書の内容
・「ユーミン主義(遊民主義)」→ 限りある時間の人生を、遊びながら生きていく方法。
・「プアイズム(ビンボー主義)」→ お金を使わないからこそ、人生はより楽しくなる。
・「新狩猟採集民としての新しい生き方」→ モノを買うという行為で、どこででも生きていける。
・「お客さまという権力」→ 成功者にも有名にもならなくていい。ただお客様になればいい。
・「スマホが変えた海外放浪」→ なくてよし、あればまたよし、スマートフォン。
・「強くてニューゲーム」 → 人生ゲームをもう一度はじめからプレイする方法。
・「インバウンド規制緩和」→ 外国人の感受性が、日本を自由に開放してくれるのだ。
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