別府市に移住した理由は、温泉が気に入ったからではない
私は長い間、海が見える場所に住みたいと思っていた。そして選んだのが別府である。
「いいねえ。温泉があって」
別府に移住したというと温泉好きだと思われる。しかし私は温泉が嫌いである。とくに熱い温泉は大嫌いだ。
なぜ熱い温泉が嫌いなのかというと、私がランナーであることとおおいに関係がある。
私は走る人なので、温泉に入らなくたって、走れば自分で発熱することができる。自分で汗を流すことができる。自家発電で体温をあげることができるのだ。
熱い温泉よりは、むしろ冷水シャワーのほうが好きなくらいだ。とくに暑い夏、走った後の冷水シャワーは最高である。私と同じように、ランナーには温泉に意味を見いだせない人が多いのではないだろうか。

なんで熱い湯に入らなきゃならないのか、正直よくわからない。熱くなりたかったら走ればいいのだ。そちらの方がずっと気持ちがいい
別府に移住したのは、海と山と街の雰囲気が気に入ったからで、けっして温泉に魅了されたからではない。
別府の温泉は熱い。そこが欠点だ

ランナーは走れば自家発熱できるので、暑いお風呂が好きではない人が多い。サウナも嫌いである。
サウナで「ととのった」というのが一部でブームらしいが、走った方がずっと「ととのう」に決まっている。体を動かした方がずっと気分転換になって、ヴァイブスがあがり、快楽ホルモンがドバドバ出るに決まっている。
長居できるぬるいお湯なら入浴も悪くないが、お湯から温度をもらって熱くなろうとはつゆとも思わない。
そういうランナー目線からいうと、別府の温泉はどこも熱すぎる。そこが欠点だ。
しかし別府の観光にかかわる人たちは、熱湯が魅力だと思っているのではないだろうか。熱い湯は別府温泉の特徴となっていて、他の温泉地にくらべると熱湯(地獄)がウリになっている。熱湯が好きな人は別府に来るというわけだ。
その理屈はわかる。しかし全部が全部、熱いというのはどうなのだろうか。
ここでは地方から別府への移住者ならではの目線で、別府温泉・別府八湯に提言をしたい。
温泉の温度にだって多様性が必要だ。全部同じである必要はない
多様性の時代である。別府には白人、黒人、インド人、イスラム教徒をはじめたくさんの人たちが住んでいる。ダイバーシティの時代なのだ。それなのに温泉の温度は熱湯のみってなんでやねん。温泉の温度だって多様性にひらいたらいいじゃないか。日本人だけでやっていくつもりなのか?
ここで私が提言したいのは、

何十とある市営温泉の一番人気のない温泉をぬる湯にしたらどうだ?
ということである。
集客数の統計は取っているのだろうから、もっとも客のこない人気のない市営温泉を、加水してぬる湯にするだけで、おそらく人気最下位から脱することができるだろう。
全国的な温泉の統計を見ると、ぬる湯好みの人(54%)の方が、熱湯ごのみ(46%)よりも多いらしい。別府温泉はぜんぶ熱いのだから、ぬる湯にするだけで、54%の人が味方になってくれる。別府の中では特別な温泉になることができる。
アイドルやアーティストでも同じだが、人気のないタレントは、何の特徴もないからだろう。特徴がなければ、そもそも顔を覚えてもらえない。人気のない温泉は「おまえんとこの温泉の特徴は何だ?」と聞かれて、なにも答えられないのに違いない。他と同じで特徴がないのだ。
しかし「ぬる湯」にするだけで、別府ではスペシャルになれる。「熱湯だらけの別府温泉で、うちだけはぬる湯です」と言える。それだけで入浴者が増えること間違いないだろう。
「ぬる湯好き」を総取りできるはず

別府に移住したというと、温泉が好きなのだろうと思われる。しかし私は違う。ハワイのような海とヤシと豪華客船に惚れた。目の前の山がよかった。熱い温泉は好きではない。
移住した私は大分県民で別府市民だが、別府の温泉は好きではない。リラックスして入浴するには熱すぎるからだ。近くの長湯温泉のほうがずっといい。

別府市さん。いっこぐらいぬる湯の市営温泉をつくってくれませんか?
そうすれば別府市民の「ぬる湯好き」を総取りできるはず。
みんな同じでみんないい、ではなく、その他大勢ではない、少数派という価値を追求する市営温泉がひとつぐらいあってもいいだろうと思う。それが別府市の多様性・ダイバーシティではないだろうか?
ぬるい温泉を熱くするのは余計なカロリーが必要だが、ぬるくするのは簡単だ。なんなら加水でもいい。
私のようなぬる湯好みの人(全体の54%)がリラックスして入れるような市営温泉をひとつぐらいつくってください。市営温泉なんだから。市民の要望ですよ。
別府市民だって、みんながみんな熱湯好みではないはず。とくに若い人は熱湯よりぬる湯ごのみの人が多いはずである。年寄りは皮膚感覚が鈍くなっているから熱湯を熱いと思わないのだ。私の知っている爺さんは真夏に石油ストーブを焚いていた。感覚が鈍くなっているのだ。子供の時は食べられなかったのに、年をとると辛い食べ物が食べられるようになるのは、舌の感覚が鈍くなるからだそうだ。温泉も同じではないだろうか。
未来のことを考えた政治を行うなら(市営温泉=政治)、若者(ぬる湯)の方を向くべきだろう。
