ドラクエ的な人生

ホリエモンの言葉『スマホ人生戦略』情報ハンターの狩猟戦略

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ホリエモンの言葉

→ 牢獄文学大好きの私が注目した作家の一人に堀江貴文ことホリエモンがいます。

牢獄ものという文学分野。『イワン・デニソビッチの一日』の内容、書評、あらすじ、感想

このホリエモンの書いた本というのは、欧米でいえばスティーブ・ジョブズの本を読むようなものだといえるでしょう。現代人の脳をインスパイア、アップデートしてくれるものがあります。私は基本的に歴史の洗練を受けた作品(故人の古典)しか読まないタイプの読書家なのですが、ホリエモンほど突き抜けた現代人は別です。まさしく読むべき作家のひとりだと思っています。この人は大企業(ライブドア)の社長なんかやっているよりも今の活動の方がずっといいね!

情報の流入を断つことは寝ている時間以外にほとんどない。情報中毒。

情報は狩りに行くものだ。

→ その情報をスマホから得ろ! というのがホリエモンのモバイル生活術です。

ホリエモンが泣いた本。重松清『とんび』

既存の価値と手持ちの価値を掛け合わせて何か新しいアイディアを生み出す。

→ 「自分を込める」ということを言っているのだと思います。たとえば文学でいればストーリーは換骨奪胎でも、描写に自分を込めれば作品はまったく別のものになります。

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(本文より)知りたかった文学の正体がわかった!

かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。

しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。

世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。

すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。

『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。

その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。

Bitly

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人間関係はスマホで最適化できる

→ これはSNSやマッチングアプリのことです。人間関係はたまたまクラスメイトだとか出身地が同じとかそういうことではなく、需給バランスです。それをマッチングしてくれるのがスマホだというのです。

人の集まりにマメに顔を出す。すると一緒にやらないかと声がかかるようになる。資格や技能よりもスピードと行動力を評価する。

→ スピード勝負に勝つことは先行者利益を得ることができます。フラットフォーム事業を展開することができます。そしてスピード感のある人は、同じようにスピード感のある人と走りたいものです。遅い人にペースをあわせると自分のペースも遅くなってしまいます。

人は見た目で判断される。これはゆるぎない現実だ。

飛び込まなければそこで試合終了だ。

オファーは全部ノリよく引き受ける。

立ち止まっていれば誰だって無能だ。才能は意欲的に動いているうちに自分以外の誰かから与えられるのだ。

→ 「自分を込める」戦略も良くなる人と、悪くなる人がいるんですけどねえ。動いて認められる人とそうでもない人がいるんですが……長嶋茂雄に打てないバッターの気持ちがわからないみたいに堀江さんもそういうのはわからないのかもしれません。

スマホがあればゲーム、本、絵、小説、作曲、映画撮影。すべてできる。

→ ホリエモンのスマホ人生戦略というものは、かつてノートパソコンで行っていたことをすべてスマホでやってしまおうというものです。海外ノマド生活を夢見る私としても、迷いどころです。ノートパソコンを持参すべきか、スマホで済ませられるのか?

ノートパソコン・ラップトップをデスクトップのように使う方法

情報のシャワーを浴び続ける。面倒だからと情報を発信しなかった日は一日もない。

ホリエモン多動力。国立大学に合格する人の時間(脳ミソ)の使い方

断られてもいちいち落ち込まないこと

→ こういうことをわざわざ書くってことは作家心理として、ホリエモンでも断られることはあるし、本当は心の底では断られると落ち込むのだと思います。それをカラ元気でも吹き飛ばしていこうぜ、ということでしょう。

ホリエモン・堀江貴文『多動力』ってどんな本? 内容、魅力、書評、感想

その仕事をできないというわけにはいかない。「できますよ」と明るく言い放って、後から必死で猛勉強すればなんとかなるものなのだ。

できるだけ自分のやりたいことのために時間を使いたい。時間当たりの効率を極限まで上げていきたい。

自分が楽しいと思えること、興奮することに集中している。

→ いまだにホリエモンのことを金の亡者だと思っている人は勉強不足です。大切なのは時間で、お金は時間を節約するために使え、というのがホリエモンの考え方です。たとえば部屋の掃除はお金で家政婦にやらせるとか、遅いパソコンはとっとと買い替えるとか。少々高くても速く着く飛行機を選ぶとか、そういうことに堀江はカネを惜しみません。

外国人労働者にやらせようとしている仕事のほとんどは無人化だったりロボット化だったりできる。

僕たちはもう働かなくていい。嫌な仕事、面倒なことはしなくていい。

世界に富は有り余っている。食料なんてほとんどを廃棄している。社会の財は増えて増えまくり、どう分けていこうか考えられているのが真実の現状だ。

→ もう働かなくていい、という根拠は、食料があり余っているから、ということです。

ただひたすら好きなことをしていればいい。遊べばいいのである。

→ 私の執筆(ブログ)はまさにコレです。ゲームをするような気持ちで執筆しています。クリアできないゲームもありますが、楽しめていればそれでいいと思っています。だってゲームですから。

世界の食糧事情は供給過剰の状態だ。食べ物は有り余っている。

働かなくていい世界を信じ、やりたいことをやり尽くす。

→ 死ぬときに後悔したくないから、やるだけやってみよう。私も同じことを思っています。私が主張するトウガラシ実存主義というのは、個が集団の犠牲にならない生き方というだけでなく、個が個として最大限の自由を謳歌する生き方のことだからです。

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旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●日本海も東海もダメ。あたりさわりのない海の名前を提案すればいいじゃないか
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●もしも韓国に妹がいるならオッパと呼んでほしい
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●「トウガラシ実存主義」国籍にとらわれず、人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。

帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。

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