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『ワイルド・スワン』中国の三人の娘。満州国から文化大革命までの女三代記

毛沢東と文化大革命に興味があれば『ワイルドスワン』を読め

私はオトコなので、女性が著者の小説をあまり面白いと思った経験がありません。やっぱりどこか男女で興味の向かう先が違うので、男性筆者の書いた本の方が概して面白いことが多いと感じます。それはもちろん「私にとって」という意味です。きっと女性読者にとっては女性作者の小説のほうがおもしろいのだと思います。性差ってありますよね。

そういう意味であまり期待せずに読み始めたのがユン・チアン著の『ワイルド・スワン』。満州国から文化大革命までの女三代記というふれこみでした。読み始めたのは毛沢東と文化大革命に興味があったからです。それを記録ではなく小説形式で読みたいと思いました。

正直言って女性が主人公の小説だし、あまり面白くなかったら途中でやめてもいいやと思って読み始めたのですが、読み始めるといやおもしろいことおもしろいこと。こんなに面白い本を読んだのは久しぶりです。ちょっと『シャンタラム』を思い出しました。

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貧しさと、革命と、残虐な暴力。そんなオトコ好みの世界が展開されます。それが文化大革命の時代でした。処刑、拷問、レイプなどの連続です。

私は「出世しないほうがいい。隠れて生きようという人生スタンスになったのは、三国志や『項羽と劉邦』、中国古典文学のせいだ!」というコラムを書いたことがありますが、その気持ちを思い出しました。共産党組織なんかで誰が出世したいと思うんでしょうか。いつ失脚させられて残酷な目にあうか……隠れて生きたほうがいいに決まっています。

出世しないほうがいい。隠れて生きようという人生スタンスになったのは、三国志や『項羽と劉邦』、中国古典文学のせいだ!

人間は残酷だ。それが人間ってものだ

まずは作者の祖母の纏足から話しが始まります。もうそこから中国の人以外には書けない内容です。纏足は足の骨を砕いて大きくならないように布を巻くのですが、それでも肉が腐って足が臭かったそうです。現代人にはなにがいいのかさっぱりわからない風習ですが、当時の中国男性にはよちよち歩いて、ときに転びそうになるのがたまらなく魅力的に映ったそうです。お金持ちの嫁になるためには纏足であることが有利でした。

日本が支配していた満州国の描写もあります。五族協和なんていうのは名ばかりで、日本人ばかりが優遇されていた現実が書かれています。満州では、日本人も満州人も漢人も平等だったかのようにいう人がいますが、おそらくそうではないのでしょう。楽園だったかのような情報こそがプロパガンダ、謀略だと思います。差別があり、不平等だったのがおそらく事実なんでしょう。それが人間ってものだと思うから。

日本の敗戦の後、国民党が勢力を得ますが、残酷な処刑はするし、略奪、賄賂があたりまえだったので、すっかり民衆に嫌われます。共産党は国民党よりはマシという認識でした。人々の支持があったからこそ、毛沢東が蒋介石との政争に勝利したのだな、というのがわかりました。

父、母は共産党に傾斜して人生を捧げ、その中で出世していくのですが、やがて裏切られます。父親はいわゆる自己批判にさらされ、心を病んでしまいます。その娘(作者)は紅衛兵で、家族愛と党への忠誠に悩みます。共産党幹部という名家から転落し、やがてユン・チアンは最終的には共産党を嫌いになります。清の末期の激動の時代の、筆者は三代目で、英語が得意でした。その縁で英国に留学し、そこで共産党の悪夢から目を覚まします。そのようなところも本書がブンガクしている所以です。

本書は現在でも中国では発禁図書になっているそうです。すくなくとも共産党のプロパガンダ作家ではないということですね。だから私たち日本人にも安心して読むことができます。

ただひとりの人間の激動の人生を描いただけでなく、社会全体が清の崩壊、軍閥勃興、日中戦争、国共内戦、文化大革命と波乱であるために、ものすごく深みのある、面白いものになっているのでした。

人間の裏切り(密告)とか、組織づくり、共産党内部のいじめ、主義者の夫と新しい女の夫婦、伝統や習慣と、若い力の対立など、みどころがいっぱいでした。

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