こちらは旅系ブログですが、旅系小説といえば欠かすことができない『青年は荒野をめざす』(五木寛之著)についてここでは語っています。
行く先不定の放浪、出会いと別れがあり、ギャンブルあり、ドラッグあり、セックスあり、旅人が一度読んで損はない内容の小説です。
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このブログの著者が執筆した「なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?」を追求した純文学小説です。
「きみが望むならあげるよ。海の底の珊瑚の白い花束を。ぼくのからだの一部だけど、きみが欲しいならあげる。」
「金色の波をすべるあなたは、まるで海に浮かぶ星のよう。夕日を背に浴び、きれいな軌跡をえがいて還ってくるの。夢みるように何度も何度も、波を泳いでわたしのもとへ。」
※本作は小説『ツバサ』の前編部分に相当するものです。
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ジャズは思想だ、という思想がはやった時代があった
ジャズのトランペットを吹いている二十歳の主人公ジュンが、ジャズのもつ「人生の深み」を自分自身の内部に持とうとして諸国遍歴する旅系の物語です。1967年の作品。作者は五木寛之さん。
主人公は横浜からナホトカに船で向かいます。まだソ連の時代です。昔はナホトカ航路というのがあったのですね。今はもうありません。代わりに現在はウラジオストックに航路が出ています。
音楽のジャズが思想であるかのように語られます。今どきはやりませんが、当時はそういうことが言われた時代でした。それを言ったらクラシックだって、フォークソングだって、パラパラだってみんな思想だと思います。ジャズだけが……ってことはないんじゃない。冷静になれよ。
そういうところを含めて時代を感じるシーンも多く、旅好きにはいっそう楽しい読書体験ができるでしょう。空間の旅だけではなく、時間の旅もできてしまうのですから。
空間の旅だけではなく、時間の旅もできる読書体験
新宿のバーでとぐろをまいていては「本当のブルースは吹けない、スイングしない」と考えた音楽家ジュンの武者修行の旅ははじまりました。
「ジャズはハングリーアートだ。苦しんでいる人間との連帯感が問題なんだ」
だからそれを言ったらゴスペルだってロックンロールだって同じでしょうよ。しつこい?(笑)
ナホトカ航路の船上にて、サックスプレイヤーとジャズ勝負をする
ヘロイン中毒の著名なジャズサックスプレイヤー・フィンガーと知り合います。
ヘロインは耳を鋭くするといわれ、これまでも多くの音楽家たちがヘロインをやりながら偉大な楽曲をつくってきました。ジャズにヘロインは必要不可欠なものか、麻薬をやればもっとすごいジャズがやれるか、それを賭けてジュンはフィンガーと勝負します。
しかし結局、サックスプレイヤーはヘロイン抜きでサックスを吹き、ヘロインをやっていたらジュンに負けていただろうと言います。音楽勝負には負けましたが、ヘロイン勝負には勝ったのでした。
到着したナホトカから急行でハバロフスクまで。そこから飛行機でモスクワに飛びます。
ジュンの人生修行、男修行の開始です。修行するのはもちろん“女”でした。
女道場。ミッション“女”。金髪のスチュワーデスを誘って寝れるか?
男の修行といえば女です。女道場です。ミッションは“女”。
ジュンは金髪のロシア娘を誘って寝ることができるでしょうか?
赤の広場のレーニン廟の前で待ち合わせて、「挫折はない。失敗があるだけだ」という教授の言葉を胸に、金髪ロシア娘を口説きます。GO FOR BOROKE! の突撃精神でした。
「君と何とかして寝てやろうと思ってた」と率直すぎる口説き文句でした。
そして青姦に成功します。ジャスの道は遠いのに、童貞の道はあっさりとクリアです。
その後、旅行会社の手違いでレニングラード(サンクトペテルブルク)経由のヘルシンキ行きの国際急行列車の席がないこととなりモスクワで競馬して時間を潰します。ここでギャンブルが登場します。『深夜特急』(1986年)じみてきましたね。
もちろん『青年は荒野をめざす』の方が先行する作品です。
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「スラブ的哀愁というやつは日本人には同化しやすい感情でね。ロシア人は感覚的には東洋に近いものがあるんだ」
ということもあって、競馬で負けた金を、ラジオ・モスクワの音楽番組で日本の民謡を演奏してお金を稼いで取り返したりします。
そして「さよならだけが人生だ」と太宰治ばりに、ヘルシンキ経由でスウェーデンの首都ストックホルムへと行くのでした。
フリーセックスの国で、男たちの夢をかなえてみせる
スウェーデンは、いわゆるフリーセックスの国として当時の日本では知られていました。五木寛之としてはジュンをスウェーデンで活躍させないわけにはいかなかったのでしょう。『青年は荒野をめざす』は『平凡パンチ』に連載されていたそうです。文芸誌連載ではなかったのですね。読者の男たちの夢を叶えなければならなかったのです。
しかし作者の五木寛之が女性にモテるせいでしょう。その分身であるジュンも女性たちから言い寄られ、彼の女修行は余裕に見えます。すくなくとも『電車男』のようなモテない君の苦労は経験しません。
ヒューマニズムのためにスウェーデンの女と寝るべきだ、という奇妙な理屈をふりかざす日本人とジュンは知り合いになります。その男の女衒の勧誘を断り、ストックホルムの階段でエージェントという女性に声をかけられます。よくわからないままついていくとそれは男娼の仲介でした。
「人類には二つのタイプがある。早朝、さわやかな大気と朝日の中で仕事がはかどるゲルマン型の精神と、人々が寝静まって夜が世界を包み始める頃に精神が生き生きと動き出すラテン型の精神」
ジュンは男同士の同性愛は断ります。しかし買い手の男に雇われます。雇い主は闇を抱えたピアニストでした。その闇とはユダヤ人としてアウシュビッツに収容されていた過去でした。
そこで知り合った若いユダヤ娘の皮膚を剥いで傘をつくったスタンドを男はひそかに所有していました。
でも本当にショックだったのは、ドイツ人の残虐な行為ではなく、そんな残酷なことをしたドイツ男がすばらしく豊かなふくらみをもったピアノを弾いたことでした。
ピアニストはそのことに絶望していたのです。
親子丼の誘い。マジか、五木寛之。おもしろいぞ
ジュンは美しい熟女クリスチーヌに誘われるが、先に娘と寝たことで、母親のクリスチーヌには手を出せなくなってしまいます。その道徳観念をみんなに馬鹿にされてしまうのでした。
いわゆる親子丼です。私、個人的に五木寛之、好きですね。この人の小説、面白いです。
周囲のスウェーデン人も、周囲の日本人も、クリスチーヌ本人も、親子丼なんて気にしていませんでした。個人として生きているから、親子でも、親戚でも、他人でも、同じことなのでしょう。
そして秘密パーティーで「リパブリック讃歌」を吹いたことでスウェーデン人たちとケンカになり、秘密パーティーをめちゃくちゃにして車を盗んでスウェーデンを大脱走することになります。
ムチャをやりましたな。
倉敷にあったやつじゃない、本家チボリ公園が登場
そしてコペンハーゲンに移動します。倉敷にあったやつじゃなくて、本家チボリ公園が登場します。
ジュンはチボリ公園でマーチングバンドでペットを吹くバイトをします。マーチングバンドとはいえ音楽でメシが食えるところがすごいところです。
そこで子どものように音楽を楽しんで、観客と一緒に音楽を楽しむ感覚を学びました。
そこで片目ジャックというトランペット吹きとまた音楽勝負になりかけますが、フィンガーの妻の妊娠騒動で勝負はお流れになります。妊娠騒動は仮病でした。
そしてクリスチーヌに誘われてパリに行くことになります。まさに放浪の人生です。ついに華の都パリですよ。
華の都パリ
「パリじゃ、ネズミぐらいしか友だちはできないんだ」
そのネズミは酔ったドイツ人客に殺されてしまいます。しかしレッドはジュンに釘を刺します。
「君の音楽はこれからだ。偉大なプレイヤーになるか、ただのトランペット吹きになるか、これから数年のうちに決まる。だから言うんだ。いいか、おれに誓うんだ。絶対に喧嘩はしないと」
喧嘩は大切な指を骨折するおそれがあるからでした。
スペインでステゴロの決闘
スペイン女にジュンは突然平手打ちをくらいます。逃げるようにその場を立ち去ろうとするジュンに、スペイン男は「女に謝らせろ」といいます。
「女は死んでも謝らない。しかし謝らせるんだ。矛盾してる? 言うことを聞かないならあの女を殺すしかない。そうしたら女の兄弟がお前を殺すだろう。するとお前の親友が女の兄弟を狙うのさ」
ジュンはばかばかしいと感じますが「お前は勇気がない。日本人は弱虫だ」と蔑まれて、男の決闘をすることになりました。
素手での殴り合いです。ここで決闘を避けるような男が一流のジャズマンになれるとは思えませんが、レッドとの約束を破ってケンカをしてしまうということはジュンがとうとう一流のジャズマンにはなれないことを暗示しているのかもしれません。
青年は荒野をめざす
「男は常に終わりなき出発を夢見る。安全な暖かい家庭、バラの匂う美しい庭、友情や、愛や、やさしい夢や、そんなもの一切に、ある日突然、背を向けて荒野をめざす」
ジュンにとってアメリカ大陸はまさに荒野のイメージでした。
※五木寛之さんの書評です。
エリツィンのように「ソ連とロシアは違うのだ」と五木寛之は予言した
※ちなみに「あのバカは荒野をめざす」という本書のパロディマンガがあります。
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このブログの著者が執筆した純文学小説です。
「かけがえがないなんてことが、どうして言えるだろう。むしろ、こういうべきだった。その人がどんな生き方をしたかで、まわりの人間の人生が変わる、だから人は替えがきかない、と」
「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
本作は小説『ツバサ』の後半部分にあたるものです。アマゾン、楽天で無料公開しています。ぜひお読みください。
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