空港。「ここではぐれたら二度と会えないからね」
空港のイミグレーションで並んでいたとき、私たち夫婦の前に母子がいた。子供はやんちゃで、あっちに行ったり、こっちに行ったり、おとなしく列に並んでいようとしなかった。
お母さんは困り果てていた。ずっと後ろの方まで人がならんでいるため、行列ラインから大人の自分が子供を捕まえに出るわけにはいかないからである。
大声で子供を呼んで、戻ってきたらこういった。
「ここではぐれたら二度と会えないからね」
かなりきつい口調でそう叱って、子供がどこへも行かないように、母は子をぐっと掴んで離さないようにした。

かしこいお母さんだ。その通り。ここではぐれたら意外とピンチですよ。子供は泣き叫ぶメにあうでしょう
空港は一方通行。閉じられた関門ゲートは二度と開かない
その母子を見ていて思い出しました。うちら夫婦もこういうことがあったなあ、と。
アメリカの空港でのことです。うちら夫婦はいつも一緒に行動しているのですが、トイレでいったん別れました。私はすぐに用をすませて男子トイレから出てきたのですが、嫁のほうは、混んでいるのかなかなか出てきませんでした。
ただ女子トイレの入り口をじっと注視して待っているのもなんなので、私はちょっとそのへんを見学しようと歩いていました。私は空港が大好きです。つい夢中になってしまいました。
そして黒っぽいブラインドになっている自動ドアがあったので、その向こう側に何があるのか気になりました。自動扉を開けて、向こう側を覗いてみました。覗いたついでにそこから出てしまったのです。そして自動扉は閉まりました。
するとその自動ドア、あっち側からは人感センサーで開くのですが、こっち側からはいっさい開かないのです。関門ゲートが閉じられてしまいました。しまった! やばい。女房を向こう側に置きっぱなしです。
自分から扉を開くことはできませんが、向こうから人がこっちに来たタイミングで扉が開くから、そのときに私はさっと向こう側に戻ろうと思いました。
はぐれた場合の約束事。直近、最後に顔をあわせた場所で待ち合わせ
私が焦ったのは、私たち夫婦には、お互いにはぐれた時の約束事があったからです。たとえば混雑している市場などではぐれてしまった場合、直近で最後に顔を合わせて喋った場所まで戻ってそこで待ち合わせよう、というルールでした。
嫁がその約束事をおぼえていて、忠実にそれを守っているとしたら、トイレの前でずっと待っているということになります。私がそこまで戻れれば問題ありませんが、一方通行の関門をつい越えてしまったために、そこに戻ることができません。
外側には太った白人女の空港職員がいました。元の場所に戻ろうとしている私に気づいてすごい目で睨みつけています。「ここは一方通行よ。あっちがわには戻れないわ」ものすごい眼圧で、そう語りかけてきます。たしか拳銃はもっていなかったと思いますが、ここはアメリカです。なにをされるかわかりません。
ええ? そんな? どうしましょう? 私一人なら別にいいが、向こうに嫁がいるんですけど?
大人の迷子。空港の関門ゲートではぐれてしまった
空港大好きの私は、つい子供のように調子に乗って、越えてはいけない関門を超えてしまいました。空港の関門ゲートはおうおうにして一方通行で、一度越えたらもとには戻れないことが多いのです。アメリカ人の白人空港職員が私をガン見しています。
これはとうてい向こう側に戻るのは無理だと諦めました。
しかし身体が戻るのはダメでしょうけど、声を出すなとは言われていません。私はその一方通行の扉の脇に立ち、ゲートが開くたびに「イロハ!」と嫁の名前を大声で呼び続けました。怖い顔の空港職員も、体が向こうに戻らなければOKという態度でした。
嫁もしばらくトイレの前で待っていたようですが、あまりにも私が出てこないので、近くをウロウロ探していました。ちょうど彼女がその自動扉の近くを通りかかった際に私が大声で叫んだため、私がブラインドの向こうにいることがわかってもらえました。そうして彼女がこっちに来ることで、何とか再会することができたのです。
直近で最後に顔を合わせて喋った場所まで戻ってそこで待ち合わせよう、というルールは、我ながらよくできていると思っていたのですが、それも場合によりけりです。イロハさんがずっとトイレの前で待っていたら、永久に会えなかったわけですから(汗)

あのときはすいませんでした。子供みたいにはぐれてしまって……

子どもか!?
待ち合わせは臨機応変にいきましょうね