チャールズ・ディケンズ『オリバー・ツイスト』の魅力・あらすじ・解説・考察
行き倒れの女から生まれたオリバー・ツイストは救貧院そだちです。救貧院では支給金のピンハネが行われていて、空腹のオリバーは「おかわりをください」と言ったばかりに、救貧院を追い出される羽目になりました。
ほぼ人身売買状態で、葬儀屋に引き取られますが、出自ゆえのいじめにあいます。葬儀屋は当時としてもいい仕事ではなかったようで、逃亡しますが、次は犯罪グループに取り込まれてしまうのでした。ビル・サイクスとユダヤ人フェイギンが取り仕切る窃盗集団でした。
オリバーは窃盗をするよう強制されますが、何もしていない状況でオリバーは犯人と間違われて捕まってしまいます。裁判にかけられますが、善意の人の証言で有罪はまぬがれ、すり被害者のブラウンローに引き取られます。ブラウンローの自宅にはなぜかオリバーそっくりの女性の肖像ががあり、オリバーはその肖像画を見て気絶します。
オリバーは信頼され、ひとりで使いに出ますが、そこを窃盗団に捉えられてしまいます。そしてまた窃盗に無理やり協力させられることになりますが、怪我をして見捨てられてしまいます。
しかしそこでもまたオリバーは善意の人たちに助けられます。それもこれもオリバーがきれいなこころをいつまでも失わないからでした。
善意に目覚めオリバーを助けようとしてくれた窃盗団のナンシーは、首領格のビル・サイクスに殺されてしまいます。ビル・サイクスは罪の意識に苦しみます。火事場で奮闘して一瞬、良心の呵責を忘れますが、とうとう罪の意識から逃れることはできませんでした。警察に囲まれ、逃亡に失敗して死んでしまいます。
けっきょく、オリバーは「それなりの財産のある人」の子どもでした。父には離婚した腹違いの兄モンクスがいて、オリバーが次々と不幸の道に引きずり込まれるのはモンクスがそれをのぞんだからでした。弟が罪人になれば、父の遺産がすべて自分のものになるからです。
オリバーの最初の恩人ブラウンローは、オリバーの父の親友でした。部屋に飾ってあったオリバーそっくりの女性の肖像画は、母親だったのです。
義兄モンクスの陰謀は暴かれ、窃盗団のフェイギンは投獄行きです。
オリバー・ツイストは父の遺産を引き継ぎお金持ちになりました。そして父の親友ブラウンローに引き取られ、しあわせになったのです。
作品の特徴。自力で勝ち取った幸福ではない。
『オリバー・ツイスト』の特徴は、主人公オリバーがいがいと無色透明だということです。
おなじ少年が主人公のトム・ソーヤとかハックルベリーのような際立った特徴をもった少年ではありません。ただ善良なだけの気の弱い少年でした。最後は幸福になるのですが、自分の力で幸福を勝ち取ったというよりは、周囲の人が助けてくれたからでした。
どちらかというとわたしの印象に残ったのは、脇役ですが、窃盗団を裏切り、オリバーに味方してくれるナンシーでした。
「命知らずの乱暴者だけど、とても離れられないの。たとえ今のような暮らしから足を洗える見込みがあっても、ダメなのよ」
「もしそのお言葉を何年も前に聞くことができたら、きっとわたしは罪と悲しみの生活から足を洗えたことでしょうにね。でも今となってはもう手遅れなの。もう手遅れなのよ」
悪漢に惚れてしまった情け深い女が堕ちていくさまが描かれます。
「今となってはあの人から離れるわけにはいかないの。むざむざあの人を見殺しにはできないわ」
「あの人は死ぬに決まっている。あたし一人だけじゃなくて、あたしみたいに堕落したみじめな何百人というほかの人間がみんなそうだということなのです」
「あたしは帰らなくちゃならないのよ。あたしはどんなに辛くても、どんなにひどい目にあわされても、あの人のところに戻っていくのよ」
あの女の低い断末魔の叫び声が聞こえた。……ナンシーはサイクスに殺されてしまいます。
ビル・サイクスの罪の意識。良心の呵責。
振り払っても振り払っても、いまや自分の背中からいつまでも離れなくなってしまった。
幽霊——おそろしい幻。かっと見開いて睨みつけ鋭く光っている目が闇の中に現れる。
あの恐怖の苦しみ。当人以外には誰にもわからない恐怖に手足をわななかせ、全身の毛穴から冷たい汗をたらたらと流していた。
火事場。現実のおそろしい出来事でもありがたかった。声がかれるまでどなり、恐ろしい記憶から逃れ、自分自身からも逃れようと、激しい人ごみの中へと飛び込んだ。疲れも知らず考え込んでいる暇もなかった。
サイクスはイヌを殺そうとするが、殺意を察した犬に逃げられてしまう。
自分が堕ちていくのを知りながら裏切らなかったナンシーを、一時の激情で殺してしまったビル・サイクスの罪の意識は強烈でした。
謎解き小説。遺産がらみの陰謀だった。
モンクスことエドワード・リーフォード。おまえには弟がある。
ブラウンローはいいます。
親友が妻子と別れました。親友が新しい恋をしました。新しい恋人の肖像画を描かせました。
彼は——今となっては世間の口が褒めようとそしろうと、どうでもいい場所に行ってしまった。
その代わりにブラウンローはオリバー・ツイストを養子にして彼の面倒を見ることにしたのです。
オリバーにはたったひとり親友がいました。オリバーの幸せを祈ってくれた友だちでした。しあわせになって、お金持ちになって、その友ディックをしあわせにしてやるためにもどってきましたが、ディックは死んでしまっていました。
作品の解題
作品の解題にはこうありました。
オリバー。ツイストは一種のピカレスク小説としても読める。私生児であったり、捨て子であったり、生まれながらにまっとうな社会にいれられず、世をすねたような形であちこち転々と渡り、さまざまな人間に使われたり、接触したりしながら、実社会の裏の醜い面を痛烈に暴露し風刺していくというタイプの小説。
なるほど。勝目梓みたいな通俗小説家が書いたピカレスク小説は読んだことがありますが、まさかディッケンズのような世界的な文豪がピカレスク小説を書いているとは驚きました。
当時のイギリスの自由放任主義。あくまで個人間の自由契約なのであるから、いやならやめて他の仕事につけばいい。人間はめいめい自分のことを考えて自分の生命保存につとめるのが自然の法則。他人に対して余計な情は無用というスタンスにディケンズは反発し、『オリバー・トゥイスト』を書いた。
なるほどだから主人公の心の中に革命が起こらないのですね。オリバーは終始善良な少年で、革命的な心境変化を起こす魅力的な主人公ではありません。
ウィキペディアWikipediaのまちがい。(ベルサイユのばらは韓流ドラマの元祖)
しかしオリバーのような無色透明なキャラクターは、作者が時代風俗を描き、それを批判するためには、もってこいの主人公なのでした。