『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』アリクラハルト

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『ドラクエ的な人生』とは?

心の放浪者アリクラハルトの人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

書籍『市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)』。『通勤自転車からはじめるロードバイク生活』。『バックパッカー・スタイル』『海の向こうから吹いてくる風』。『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』『読書家が選ぶ死ぬまでに読むべき名作文学 私的世界十大小説』Amazonキンドル書籍にて発売中です。

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目次
  1. まえがき
  2. ソウル日本人学校の学力レベルと韓国語。卒業生の進路と有名人
  3. 1漢南洞校舎。2開浦洞校舎。3上岩洞校舎
  4. ソウル日本人学校は公立? 私立?
  5. 日本人学校って何だ? 学校教育法の「学校」にはあたらない学校
  6. 日本人学校の学力レベルは? 教員も、子女も優秀です
  7. 日本人学校の教員になる方法は? 給料は?
  8. 政府から補助金は出ていないのか? 日本人会だけで学校校舎の建設なんて可能なんだろうか?
  9. 義務教育は、属人的ではなく、属地的な解釈。海外子女に教育する義務はない
  10. ソウル日本人学校で、英語、韓国語は喋れるようになるか?
  11. 日本人学校は文部科学省が設立した正式な学校ではない。
  12. もし韓国に妹がいるのならば、オッパと呼んでほしい
  13. 一人当たりGDPで韓国に負けた日
  14. 一人当たりGDPは、国民性が大きく関係している
  15. 外国でハングルを見るなんて「かわいそうに」と発想を転換する
  16. 復讐は蜜の味。日本人でなく韓国人がやったことにする値切り交渉
  17. 竹島・独島領土問題・日韓摩擦
  18. 未来目線から見ると過去の領土争いは「無駄死」かもしれない
  19. 韓国人が日本を邪魔と思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
  20. 【提案】国名のついた海の名前を世界一括で別の名前に変える
  21. 関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件と韓国人差別
  22. 福田村事件とは? 誤解により日本人が日本人を虐殺した事件
  23. 僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
  24. 韓国人蔑視の理由はキムチ。ニンニク臭いからだった
  25. 「日本製は良くて韓国製は悪い」というのがあたりまえの時代だった
  26. 韓国人蔑視の理由はキムチ。ニンニク臭いからだった
  27. 韓国発祥? 咀嚼音系大食いモッパン動画が人気な理由
  28. テーブルマナー違反と固いことを言わず、できるだけ受け入れたい
  29. 放浪旅のスタート地点。第二の故郷・韓国ソウル
  30. 対ドルでは「円安」だけど、対ウォンでは「円高」という状況がありうる
  31. 自分の故郷に観光バスで行くバカはいない
  32. 宿の予約はなし。放浪旅のスタート地点は韓国ソウルから
  33. ディズニーヒロインを韓国のアジュンマかと思う
  34. 下は灼熱、上は極寒。恐怖のサンドイッチ蒸し焼きラブホテル
  35. 韓国語はどれだけ習得しやすい言語か
  36. 他言語の習得には有利、不利がある。母国語に似ているほど習得しやすい
  37. 言語的に近いほど「習得時間」は短いはず
  38. 他言語の習得までにかかる時間で難易度、近しい言語を判定する。
  39. 『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』統一朝鮮は核を手放すだろうか?
  40. 「日本に核ミサイルを撃ち込む」のは、防衛白書の仮想敵国との戦争シミュレーションのシナリオ
  41. 南北朝鮮統一後、韓国は核兵器を手放すだろうか?
  42. 天皇制にこそウリジナルを主張すればいいのに
  43. 帰国子女が語る第二の故郷。愛憎の韓国ソウル
  44. 神との対話。たとえ話で語る複雑な思い
  45. 成長期を過ごした、幼い頃を過ごした場所は特別な場所
  46. 「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
  47. 【トウガラシ実存主義】集団よりも個を優先する生き方
  48. 植物は「個」が滅んでも「種」が生存すればいいという生存戦略
  49. 人間は個が大切だが、植物は種が大切
  50. 実存主義。たとえ全世界を手に入れても自分自身を失ったら何になるだろうか
  51. 自分の歌を歌わなくて、何のための命でしょうか。
  52. トウガラシ実存主義とは集団よりも個を優先する生き方
  53. あとがき
  54. インターネット世界市民。感動によって世界世論が動く

まえがき

著者のアリクラハルトと申します。私は世界中を歩きまわってきた旅人ですが、その旅のスタート地点は韓国ソウルでした。

私は韓国ソウルを完全無視しては生きていけない人間です。なぜならソウル日本人学校出身の帰国子女だからです。いちばん大切で多感な人格形成期を韓国ソウルで過ごしました。だから韓国には普通の日本人とは違った複雑な感情をもっています。

旅行者がよく気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。人生に決定的な影響をあたえた場所であり、他の場所を選びたくても選びようがありません。いろいろと旅をした中で気に入った場所ではなく、育った場所であり、心に刻まれた場所だからです。

私がソウルで暮らしたのは九歳から十三歳、小学校三年生から中学校一年生までのあいだです。その四年間ずっと韓国の国歌を聞いて育ちました。当時は決まった時間にスピーカーから国歌が流れてきたのです。テニスのレッスンを受けていると、突然、韓国国歌が流れてきました。その間はコーチがレッスンを中断して胸に手を当てて直立不動です。しかたがないので私も同じポーズで愛国歌を聞いていました。生涯トータルでカウントしたら日本の「君が代」よりも韓国の「愛国歌」の方がずっとたくさん聞いているはずです。

だからでしょうか。どうしても韓国を決定的に嫌いになれないのです。韓国人とはよくケンカもしました。公園で遊んでいて、集団でいじめられたこともありました。最初、韓国人たちが空き地で遊んでいたのを、私たち日本人が追い出して遊んでいたら、アメリカ人の子たちに追い出されてしまったという「コドモ太平洋戦争みたいな実話だってあります。いい思い出ばかりではありません。

帰国した後、私は周囲から「韓国人あつかい」されて屈辱にむせぶという経験もしています。韓国社会のはみ出し者で、日本社会のつまはじき者。そんな人間が韓国に対して何を感じて生きてきたのか?

私は「もの書き」「ブロガー」をしています。それは帰国子女という生き方のひとつの結果です。幼かった私には、韓国と日本の決定的な違いは「言葉」に他なりませんでした。私が日本語にこだわったのは、誰よりも日本人らしい日本人になろうとしたからです。韓国帰りの帰国子女でなかったらあるいは今のようにはならなかったかもしれません。

「異国を見れば見ただけに、いっそう私はおのが祖国を愛したのだ」

帰国子女というと、外国かぶれで日本を見下している鼻持ちならない人を想像する人が多いかもしれません。事実、映画やドラマなどに登場してくる帰国子女はそのようなステレオタイプばかりです。しかし実際には「帰国子女が外国かぶれにならず、日本大好きになるケース」もあるのです。私の場合がそれに該当します。

これがパリとかニューヨークとかの帰国子女だったら、あるいは私だって外国かぶれになっていたかもしれません。日本を見下し、将来は外国で暮らしたいとか、フランス人やアメリカ人になりたいと思ったかもしれません。しかし韓国ソウルでした。

私は韓国人になりたいと思ったことは一度もありません。しかし周囲からそのように扱われたことは何度もあります。それは見た目で韓国人と日本人の区別がつかないからです。外国を旅していて、私のことをフランス人と間違える人は誰もいませんが、韓国人と間違える人は山ほどいます。幼かった私には、それは屈辱的なことでした。とくに帰国してからは、否定しなければ集団いじめにあう危険さえあることでした。

大人になってからは、韓国からはできるだけ遠ざかるようにしていました。しかし無視して無関係になることはとうとうできませんでした。それは韓国ソウルが私にとっては第二の故郷にほかならないからです。自分の大切な記憶、人生の岐路とソウルを切り離して考えることはできません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。

そこで本書は『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』というタイトルにすることにしました。私がこれまでソウルと関わって生きてきたことの集大成となるものにしようと思っています。そして自分の中の韓国ソウルに決着をつけたいと思っています。

 

2024年3月

アリクラハルト

 

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ソウル日本人学校の学力レベルと韓国語。卒業生の進路と有名人

先日、ネットのニュース記事を読んでいたら「ソウル日本人学校で新型コロナウィルス感染者が出たので休校になった」という記事を見ました。クラスターが心配で食い入るように記事を眺めたのですが……校舎の写真が私の知っているソウル日本人学校と違っていました。まるでアニメに出てくる学校のように登り坂の左右にガラス張りの校舎が巨大な城壁のように存在感を示しているその校舎は私が知っているものではありませんでした。

私はソウル日本人学校出身です。もしかしたら新しく校舎を建て替えたのかと思って調べはじめたら……次から次へとわからないことがあふれ出てきてしまいました。まずは自分のルーツを探る意味でも、ソウル日本人学校について調べてみましょう。

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1漢南洞校舎。2開浦洞校舎。3上岩洞校舎

ソウル日本人学校は、当初、1972年に龍山区漢南洞に設立されたそうです。ウチの母が「市場の二階」とよく言っていた校舎のことだと思います。「授業参観に行くと、下の市場でニワトリをしめる鳴き声がした」というカオスな旧校舎です。隣接地が砂利敷きのバスプールになっていました。そこで縄跳びをやったところ、ナワにひっかかった小石が後ろにピュンピュン飛びまくって、なんだか別の競技みたいになっていたことをよく覚えています。便宜上ここでは漢南洞校舎と呼びます。※住所は漢南洞96-3。

そして1980年に江南区開浦洞に校舎を建設。こちらは「市場の二階」ではなく、日本の学校のように門があり敷地が柵で覆われていました。ちゃんとしたグラウンドがあり、体育館がありました。近くに小川と池があって、その池が冬には凍ってスケートをしたことを覚えています。便宜上ここでは開浦洞校舎と呼びます。※住所は江南区開浦洞153(江南区開浦路416)。

そして私が写真で見た立派な新・新校舎は2010年に麻浦区上岩洞に完成したそうです。この校舎のことはまったく知りませんでした。わたしが写真で見たアニメに出てきそうな立派な校舎というのはこの校舎のことです。便宜上ここでは上岩洞校舎と呼びます。※住所は麻浦区ワールドカップ北路62ギル11。

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ソウル日本人学校は公立? 私立?

私はただの小学生として関わったので、あまりソウル日本人学校のことを深く調査したことはありませんでした。自分の母校のことを、文部科学省が建設してくれた普通の学校だと思い込んでいました。

こんなふうに思い込んでいました。日本は貿易立国です。海外に駐在するサラリーマンたちは、貿易立国を支えるお国の貢献者たちです。貢献者たちの子女が教育に不自由するようでは国として面目ないということで、文部科学省が国の税金で学校をつくったものと思い込んでいたのです。たとえば日本大使館が外務省のお金で建設されるように。そもそも「義務教育」だし……。外国の主要首都ぐらいには公立小中学校を建てるのは国の責務ぐらいに考えていました。

ところが……よく調べると校舎建設の事業主はSJC(ソウル・ジャパン・クラブ)になっています。ソウル・ジャパン・クラブというのは旧名ソウル日本人会のことです。ソウルの名門ホテルでクリスマス会などを開いて、商売敵(たとえば三井物産と三菱商事。同じ発注を競い合うライバル同士ですが、日本人会では仲良くしてました)どうしが日本人同士助け合って仲良くしていこう、というとてもすばらしい会でした。

あのソウル日本人会(SJC)が発注者・施主ってどういうことでしょうか? 発注者は日本国文部科学省じゃないのかしら? その疑問がそもそも自分の出身小学校に疑問をもったはじまりでした。

ソウル日本人学校のホームページによれば、

・本校はSJCにより設立・運営される学校である。(学校規則第1章第1条)

と、書いてあります。

あれ? もしかしてオレは公立小学校ではなく、私立小学校の出身だったのかな? もしかして寺小屋みたいなところで学んでいただけだったのかしら?

自分の出自がとても不安になったので、さらに調査をつづけます。

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日本人学校って何だ? 学校教育法の「学校」にはあたらない学校

まずは日本人学校について調べてみました。

日本人学校というのは、現地の日本人会が設置したもので、学校教育法の「学校」にはあたらないが、文科省の認定によって、日本の学校と同等の扱いを受けることができるというものだそうです。

※学校教育法第1条に基づく学校(いわゆる「1条校」)ではない。

なんと……法的には「学校」ですらなかったのか!! 思ってたのと違う! 大ショックです!!

ちなみに日本の文部科学省には日本の学校と同等の扱いを認定されていますので、日本国内の上級学校への進学は支障ありません。また韓国政府には私立各種学校として認可されているため、その資格で韓国の上級学校へも進学することができます。韓国の高校へ進む場合には私立中学出身ということになるのですね。実際に、私は日本の公立中学校に何の問題もなく転校することができました。

学校教育法上の学校でない以上、公立小学校出身とはとても言えません。だからといって私立小学校出身というのも微妙なところです。教鞭をとる先生たちは、文科省から派遣されていました。私立学校にくらべると、かなり公的な性格をもっています。これはもう日本人学校としか言いようがありません。しかし思っていたような公立の学校では決してないのです。公立だったら校舎の建設も公費で負担されるはずだからです。

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日本人学校の学力レベルは? 教員も、子女も優秀です

文科省から派遣される先生方は、もちろん日本の教員免許状をもっていました。教育熱心で優秀な方たちばかりでした。外国で教鞭をとろうという方は意識高い系ですし、給料も日本にいるより高くなりますし、赴任にあたって試験があるので、国内の教師よりも優秀な方が多いのです。

子女たちも優秀です。ハーバード大学を卒業した大使閣下の御子息・御令嬢がバカであるはずがありません。一流企業のエリート社員の子女も似たようなものです。教師同様に、子女たちも「選ばれた人たちの子ども」ですから、もともと優秀な子ばかりなのです。

赴任前に日本人学校の学力のレベルを心配する親御さんがいるようですが、心配いりません。教師も優秀、周囲の友だちも優秀です。すくなくともソウル日本人学校に関してはまったく心配いりません。日本の公立学校よりもむしろレベルは上でしょう。

たとえば、私のソウル日本人学校の同級生は、総勢30名ほどです。一クラスしかなかったのでずっと持ち上がりでした。顔ぶれが変わらないので、関係は濃厚で、今でも東京で同窓会を開いて仲良くしています。

同級生は、小6の時点で帰国する人が多かったです。学芸大学付属中学や私立大学付属中学に進学する子もいました。もちろん公立中学に進学する子もいたのですが、基本的にみんな学業成績は超優秀でした。ある年の日比谷高校の生徒会長も、東大寺学園の生徒会長も私の同級生です。あたかも東西制覇したかのようです。一つのクラスからこれだけ人材がでるのは、公立小学校では考えられないと思います。東京大学、京都大学、東北大学、東京外国語大学、一橋大学、千葉大学、慶應義塾、早稲田大学、上智大学、明治大学、中央大学などに進んでいます。卒業後は弁護士、医者、歯医者、エコノミスト、陶芸家、投資家などがいます。ちなみに弟の同級生にパフィーPUFFYの大貫亜美ちゃん(歌手)がいます。

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日本人学校の教員になる方法は? 給料は?

ちなみに日本人学校の教員になるにはどうすればいいのか、気になったので調べてみました。私を教えてくれた先生たちはどのような存在だったのでしょうか。恩師たちは何者だったのでしょうか?

文科省には「文部科学省教員派遣制度」というものがあります。小中学校の先生は都道府県単位で採用されるため、文科省が都道府県の教育長に対して、派遣教員の推薦を依頼しているそうです。推薦された者が、書類審査、面接を受けて、文科省が決定するという流れです。

ちなみに小中学校の先生は公務員なので給料は都道府県の条例により決まっているのですが、日本人学校勤務になった場合、国内給与(都道府県支給)+在勤手当(文科省支給)を受給できるそうです。在勤手当というのは海外手当のようなものです。海外手当があるのはサラリーマンでも同様です。会社によって違いますが、海外赴任した場合は、国内と同じ給料という会社はあまりないだろうと思います。だから帰国子女は「選ばれた人たちの子ども」なのです。

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政府から補助金は出ていないのか? 日本人会だけで学校校舎の建設なんて可能なんだろうか?

ソウル・ジャパン・クラブは、韓国最大の日系コミュニティーです。ソウル日本人学校の設立・運営だけでなく、とかく敵視されがちな「韓国社会の中の日本人」どうしが肩よせあって親睦を深めようというすばらしいコミュニティーでした。旅行や映画やテニスやゴルフなど親睦イベントもたくさん開催しています。ソウルに海外赴任するならば、入会しない選択肢は考えられません。ホームページの情報からざっと計算すると……法人会員の会費が1,000,000ウォン(約10万円)で約420の法人が加入。個人会員の会費が300,000ウォン(3万円)で約2,000の個人が加入。ということは、年会費だけで約1億円の活動費があるわけですね。すごい組織ですね。

学校の建設にいくら費用が必要かというと……約20億円だと計算しても、30年越しに上岩洞校舎をSJCだけで建設することは不可能じゃないみたいですね。

しかし、それにしても政府の補助金はないのでしょうか? 小中学校は義務教育なんだし。

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義務教育は、属人的ではなく、属地的な解釈。海外子女に教育する義務はない

文部科学省の見解によると、憲法26条に定める「教育を受ける権利、義務教育の無償」は、人に適用(属人的)ではなく、地域に適用(属地的)されるため、海外の子女に対して「直接の義務はない」そうです。教育無償の義務があるのは、国内在住者だけなのです。海外子女が主権の及ばない地にいる以上、やむを得ない解釈だと思います。

ですが法の精神にのっとって、海外の日本人学校に対して、検定教科書の無償供与、教員の派遣、帰国子女受け入れの支援(たとえば大学の帰国子女枠など)を行っているそうです。

外務省では「在外教育施設の校舎借料及び現地採用講師謝金援助などを行っている」ということです。校舎の借料というのは、まさに漢南洞校舎の場合に適用されるケースですね。ハコモノ校舎に対しての助成はなさそうです。現地採用講師というのは韓国語の先生などのことです。ソウル日本人学校では週に一コマ、英語と韓国語の授業がありました。よく考えればこれも不思議なことでした。「義務教育課程」の中で、正規の授業中に英語や韓国語を教えるなんてことは、まさしく公立ではなく私立の学校だという証拠です。韓国語の先生などの現地採用職員の給料は日本人学校が払うため、親は学費を支払っていました。ソウル・ジャパン・クラブには小中学校の子どもがいない人も所属していますから、親は独自の学費負担をしなければ公平性が保てません。

結論です。ソウル日本人小学校は公立小学校なのか? 私立小学校なのか? その答えは、学校教育法上の「学校」ではありませんし、校舎を官で建てていないので公立小学校とはとても言えません。公立小学校というよりは、助成(教員派遣)を受けた認可された私立小学校だといったほうが正しいものです。

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ソウル日本人学校で、英語、韓国語は喋れるようになるか?

ソウル日本人学校では、課外授業ではなく、正規の授業スケジュールの中に週一で英語と韓国語が組み込まれていました。公立小学校だったら義務教育課程に関係のない教科を学校独自に勝手に差しはさむなんてことはできないと思います。そういった意味でも公立小学校というよりは私立小学校だったんですね。

ちなみに私は韓国語はほとんど喋れません。韓流ドラマ好きの妻の方がよほど喋れます。中学校一年生で日本に帰国してからは帰国子女と呼ばれる存在となりました。「韓国語喋れる?」とよく聞かれたものでした。「いっさい喋れない」と私は答えました。英語が喋れてもイギリス人扱いされることはありませんが、韓国語が喋れると韓国人扱いされてイジメにあう危険性がありました。当時はまだそういう時代だったのです。クラスメイトにも韓国語がペラペラという人はひとりもいません。英語がペラペラという人はたくさんいますが。

そもそも週一の授業だけで外国語がペラペラ喋れるようになるわけがありません。日本人学校の中は完全に日本語が通用する世界なので、韓国語を覚えなければならない必然性を感じられませんでした。私は「いつか日本に帰るんだ」という気持ちをずっと持っていました。だから韓国語を覚えようという気があまりなかったというのが本当のところです。しかしクラスの中でハングル文字を読めるようになった子が二人いました。二人とも慶應義塾に進学しました。学業成績優秀な人は子どもの時から優秀なのです。

私は、大人になって何度か韓国に旅行に行っています。そのときに、小学生だった友だちが覚えられたのだから、今のおれなら覚えられるはずと思って、二日でハングル文字を覚えました。ハングルはローマ字みたいなものです。例外もありますが、基本的なハングルは二日もあれば覚えられます。小学生にだってできたことです。思ったよりも簡単でした。旅行から帰ってきたら全部忘れてしまいましたが。

ソウル日本人小学校時代に私がハングル文字を覚えらえなかったのは、ただ単に私の覚えようとする気がなかっただけだったみたいです。

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日本人学校は文部科学省が設立した正式な学校ではない。

私の母校、ソウル日本人学校は文部科学省が設立した正式な学校ではありませんでした。公立小学校というよりは、助成(教員派遣)を受けた、認可された私立小学校だったようです。それを設立したのはソウルジャパンクラブ(旧ソウル日本人会)のみなさんでした。

自分の親が所属していた「日本人会」が、ただの親睦団体ではなく、学校の建設、運営という大事業をおこなっていたことを知って今さら驚きました。「校舎の発注」なんてたいへんな大仕事です。それを大使館勤務やマスコミ勤務や商社勤務の方々が本業以外でやったのですから……過去、そして現在のソウル・ジャパン・クラブ(旧ソウル日本人会)のみなさま、本当にありがとうございました。今の私があるのは、みなさまのおかげです。

私は今の今まで自分が「ソウル日本人学校」という名前の、文科省が設置した正式な公立小学校を卒業したとばかり思っていました。でも実際にはどっちかといえば私立小学校を卒業していたみたいです。

いまさら、みずからのルーツにちょっと驚いています。

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もし韓国に妹がいるのならば、オッパと呼んでほしい

親の海外赴任で、私は帰国子女という存在になりました。父親の会社の都合で転勤・転校したのですが、その父親の会社というのが日本有数の大企業「三井物産」でした。

先日、ニュースを眺めていたら、たまたま三井物産の記事が流れてきました。2023年の年収が高い会社ランキングの第五位に三井物産が入っているというものでした。平均年収は1783万円だそうです。ものすごい高給取りです。うちの父もこんなにもらってたのか、と感慨深いものがありました。そして一抹の疑問を感じます。

それほどの高給取りだったはずなのに、私は実家の暮らしをリッチだと感じたことがありません。ウチのお金はどこに消えてしまったのでしょうか?

三井物産というのは老舗の大企業です。昔から給料も高かったと思います。幼い頃の私ですら、父の会社が潰れることは絶対にないと思っていました。総合商社というのは、円高なら輸入部門が、円安なら輸出部門が稼いでくれます。エネルギーや食料品など人が生きている限り絶対に必要な商品も取り扱っています。会社が潰れるとか仕事がなくなるという心配をしたことはありません。私は三井物産という優良企業に勤めたエリートサラリーマンの暮らしというものを熟知しています。実家の暮らしがつまりはそれですから。

大学生の頃、独り暮らしでアパートを借りるために父親に保証人になってもらいました。アパート契約書には保証人の年収を書く欄がありました。父の年収は2000万円を大きく超えていました。2023年の平均年収1783万円というのは若手社員を含めた平均額ですからむべなるかなでしょう。

ところがこれほどの高給取りの父親をもちながら、実家の暮らしを「うちって金持ちだなあ」と思ったことがないのです。「うちって貧乏だなあ」と感じたこともありませんが。

うちは新興分譲住宅地に住んで、ご近所さんと同じような暮らしをしていました。とりわけリッチではなかったと思います。ワンルームアパートやゴルフ会員権をもっていたようですがバブルが弾けて赤字で売却したそうです。車も大衆車に乗っています。実家の暮らしは「普通」でした。玄関に飾ってある大きな青磁が韓国帰りを匂わせますが、この青磁器は売ってもさほどの金額にはならないそうです。家じまいをしたソウル日本人学校の同級生から二束三文でしか売れなかったと聞いています。

日本を代表する大企業の商社マンとしてもらっていたはずの高いサラリーと、生活レベルが合わないのです。ウチの財産はどこへ消えたのでしょうか? 贅沢していないだけで、通帳の数字はものすごいのでしょうか? あまりにも疑問だったので父に直接聞いてみたことがあります。「貯金はあまりない。暮らしていけないわけじゃないが、年金額は十分ではない」との回答でした。なんと夢のないことをいうのでしょう。「生命保険に入っており、死亡保険金500万円があるから、母を残してもすこし安心できる」なんてことを真面目な顔して言うのです。500万円って……5億とは言わないが、5000万円の間違いじゃないの?

エリートサラリーマンを定年まで勤めたのに、どうしてうちにはそんなにお金がないのでしょうか? 父には贅沢な趣味もありません。現役の頃はおつきあいゴルフもしたようですが、老後の趣味は詩吟です。釣りやゲートボールの方がよっぽどお金がかかりそうです。

もしかしてウチの父は韓国に隠し子がいるのではないか? ふとそう思いました。そうとしか考えられません。そう考えなければ高額サラリーがどこへ消えたのか説明がつきません。ソウル赴任中に家族に内緒で現地妻をつくり、子供ができて内緒で仕送りしている。そう考えるのがもっとも納得のいくシナリオです。それならば高給取りだったのにお金がない現状をうまく説明することができます。

ありえないことではありません。今の豊かな韓国しか知らない若い人には想像もできないと思いますが、父のソウル赴任当時、日本と韓国には圧倒的な経済格差がありました。当時は日本人というだけでお金持ちだったのです。韓国大統領が行くような高級店で食事をして、韓国人運転手つきの車を乗り回し、家には使用人もいるという暮らしをしていました。お金持ちは女性にモテる、それが現実でしょ?

「正直に告白してほしい。もし韓国に妹がいるのなら、仲良くするから。もしもソウルに妹がいるのなら、兄だと名乗って会いに行きたい」

こういって私は父を問い詰めました。もし韓国に妹がいるならば私はオッパと呼ばれて慕われたいのです。もしも弟だったら、この話しは聞かなかったことにしましょう。

妹の家ならば、ソウルに行って遠慮なく泊まれるし、妹ならば日本に遊びに来てもらってうちに泊まってもらえます。想像すればするほど夢がひろがりました。もしもオッパと呼んでくれる妹がいるのなら韓国語も必死に勉強して覚えましょう。妹に姪っ子がいてなついてくれたなら、おみやげを持って韓国に足しげく通いましょう。隠し子のことは、若い頃なら隠さなければならなかった思いますが、ソウルにもうひとつ父の家庭があったとしても、今更うちの家族が壊れることはないでしょう。なぜか不思議なことに分与する財産もないみたいですし、むしろ妹がいてくれた方が面白いとさえ私には思えました。

もし本当にそうだったら、日本と韓国に虹がかかります。もし本当にソウルに妹がいたら、父母を連れて、私が今のソウルに連れていきましょう。貧しかったあの頃の韓国と違って、どれほど豊かになったか。韓国ぎらいの母も今ならばソウルを楽しめるでしょう。時代は変わったのです。

このようなことを熱弁し、私は父に真実の告白を迫りました。

しかし父は笑って、そんなものはない、と静かに首を横に振ったのです。嘘をついているようには見えませんでした。

残念です……。

韓国に私の妹はいないみたいです。エリートサラリーマンの消えた資産は謎のままですが、そんなことよりも私はオッパと呼んでくれる韓国人の妹がいないことを残念に思ったのでした。

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一人当たりGDPで韓国に負けた日

日本と韓国を統計でしか見ない人は国としてのGDP(国内総生産)が気になるんでしょうが、私は一人当たりGDPの方がはるかに気になります。とくに韓国人の一人当たりGDPが日本人の一人当たりGDPを超えたというニュースは衝撃的でした。え、マジ? なんでそんなことになっちゃったの? いつから日本人はそんなに貧しくなっちゃったのよ?

厳密にはGDPは豊かさ・貯蓄額の指標というよりは、経済活動の規模を表しています。だから一人当たりGDPというのは、必ずしも国民ひとりひとりの資産・裕福さを反映しないという説もあります。経済活動の規模を人口で割り返したものなので、単純に韓国人は日本人よりも豊かだ、ということにはなりませんが、ひとつの指標であることには違いないでしょう。

いつの間に日本は韓国に一人当たりGDPで追い抜かれてしまったのでしょうか。年表的には2018年だということです。

最近ではスマートフォンを見れば、その国のハイテク力がだいたいわかると感じています。ひと昔前のケータイ時代にはソニーやシャープなど日本製のケータイ電話が諸外国の市場にたくさんありました。しかし今ではまったくといっていいほど日本製スマホを海外マーケットで見ることはありません。しかし韓国サムソンのスマホは売っています。つまりはこれがそういうことなのでしょう。

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一人当たりGDPは、国民性が大きく関係している

日本が韓国に一人当たりGDPで負けてしまった理由ですが、両者の国民性が大きく関係しているようです。

日本の「失われた30年」のように、バブル崩壊で強烈なショックを受けて、将来が不安な時代が長く続くと、人は散財をやめて貯蓄に走ります。そうすると一人当たりの購買額は下がります。購買されないためにモノの値段を下げざるを得ない、すると企業は儲からず、労働者の賃金は上がらず……(以下繰り返し)こういうスパイラルにおちいるとGDP(国民総生産)は上がりません。

また、戦時中から高度経済成長期の「貯蓄奨励政策」によって日本人のあいだに貯蓄こそ善だという考えが染みつきました。それがGDPを押しとどめているそうです。お金は社会の血液なので、循環してこそGDPを上げるというわけです。

それに対して韓国人は、日本人ほど貯蓄大好き人間ではありません。こういう国民性の方がGDPには有利に働きます。景気よくモノを買えば、企業は儲かり、労働者の賃金が上がり、その結果、モノがさらに売れる……という「景気がいい」状態になるのです。

もちろん国民性だけが原因ではありません。韓国の電気系企業の躍進の裏には、日本人技術者のヘッドハンティングがあったそうです。そりゃあ給料と待遇がよければ韓国に行って働くでしょう。

ウチの父親は、かつてソウルで仕事をしていました。まさか自分が生きてるあいだに「一人当たりGDPで日本人が韓国人に負ける日」が来るなんて想像もしなかったといいます。韓国人を使う立場で働いていた人だから、この事態を屈辱と感じているようです。その気持ちが私にもすこしわかるのでした。

私は海外旅行が趣味です。ひと昔まえは東南アジアのレストランのメニューなどが日本語で表記されていました。韓国語はないのが普通でした。しかし今では逆転しています。「韓国語表記があるのに、日本語がない」というのが珍しくなくなっています。マレーシアのコタキナバルや、ベトナムのダナンなどでは明らかに日本語よりも韓国語が氾濫していました。観光客の人数も多く、お金も落とすから、日本人よりも韓国人の方が現地の人にとって「いいお客さま」なのでしょう。だから店員は日本語ではなく韓国語を話すようになり、街中の文字もハングルで溢れかえることになります。ショップに入ると韓国人観光客だらけで、商品POPもハングル文字で、店員も日本語は喋れないけど韓国語なら喋れるという場所が増えてきました。そういう場所に行くと、ちょっと凹んでしまいます。負けた、と感じるからです。

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外国でハングルを見るなんて「かわいそうに」と発想を転換する

日本語が韓国語に駆逐される時代が来るなんて。まさか、という時代になりました。一人当たりGDPで韓国に負けるからこうなるのです。しかし悔しがっても仕方がありません。

これは考え方を変えればさほど悔しいことではありません。こんなふうに発想を転換してみましょう。

正直、あなたは外国で日本語の看板なんて見たいですか? 負け惜しみじゃなく、私は見たくありません。私は日本語で看板を出しているお店で買い物はしたくありません。おそらくそこは地元価格に比べて観光客プライスになっているはずです。

かつてグアム島ではグアム観光局が、第二のハワイになることを目指して日本語の看板を出しまくったんだそうです。そうしたら逆に観光客が減ってしまったそうです。そりゃそうですよ。外国で日本語の看板なんて見たくありませんから。異国情緒がなければ何のために旅をしているのかわかりません。まったく読めない文字に取り囲まれるから海外旅行は非日常で面白いんですよ。

一人当たりGDPで日本人は韓国人に追い抜かれてしまいました。そして韓国人の旅人が増えて、ハングル表記が世界には増えつつあります。しかし……旅人は字が読めないからこそ楽しいのです。書いてあることが全部わかったら、国内旅行と同じじゃありませんか。

韓国の方、豊かになって、旅がつまらなくなったでしょ? かわいそうに。

……とまあこのように、私と韓国人との旅先でのつばぜり合いは今日も続くのでした。

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復讐は蜜の味。日本人でなく韓国人がやったことにする値切り交渉

みなさん、たとえばベトナムのような値段は交渉次第という定価のない国で買い物する場合、どうしていますか? 私はこれは「そういうゲームなんだ」と割りきって徹底的に値切りを楽しみます。もしも日本人がこれ(値切り)をやっているのだとわかったら国辱ものだというぐらいまで値切り倒します。だって「そういうゲーム」なんだもの。

しかし後続の旅人のためにも「日本人の恥」だけは避けたいと考えています。そういうときにみなさんだったらどうしますか?

私の場合は、韓国人のふりをして値切り倒しています。ちょっとは韓国語を喋れるので。

ベトナムの市場で、藤の敷物を買った時のことです。お店のオバちゃんが半ベソをかくまで値切り倒したことがありました。「このクソ野郎」と店主に思われても仕方ないぐらい顰蹙もので値切り倒しました。でもそれは日本人ではなく韓国人がやったことです。だってオレ韓国語しか喋らなかったもの。

「ピッサヨ! サゲヘジュセヨ!!」「アンデヨー」

その値じゃ買わないよ、バイバイ! と、えげつないぐらいの値切りをしました。

「もうあんたにあげるわよ!」

とうとうお店のおばちゃんは悔しくて泣いてしまいました。もってけドロボーという感じでした。いそいで現金収入がどうしても必要だったのかもしれません。いくらなんでも赤字なら売らないはずですから、売ったからにはいくらかの儲けがあったはずです。だから私に良心の呵責はありません。あれが適正価格だったんだと思っています。しかしこのベトナムのおばちゃんは「この韓国人が」といううらめしげな顔で私を睨んでいました。はっはっは。

このとき私は韓国人のフリしてたから、日本人のイメージダウンには一切なっていません。そのぶん韓国人の評価が下がったでしょうけど。

これはささやかな私の復讐です。私はソウル日本人学校出身の帰国子女なので韓国語はそれなりに使えます。幼い頃、韓国人にイジメられたこともあります。日本に帰国してからは韓国人あつかいされてイジメられたこともありました。その復讐を今こそ果たすときです。

韓国人のフリをした鬼畜の値切りで、私は安く買い物ができて、韓国のイメージダウンになる。まさに一挙両得の復讐です。ふふふふふ……。

ある別の旅でのことです。いつものように韓国語で鬼畜の値切り交渉をしていたところ、お店の隅っこに本物の韓国人のお客さんがいました。彼からすれば私が韓国人じゃないことはバレバレです。別に母国語で値切らなきゃいけないって法律はないけど、韓国人のイメージダウンになるからやめてくれよな、というなんともいえないビミョーな顔をして私を見ていました。

はっはっは。ミヤネヨー。

これだから韓国人のフリはやめられません。復讐は蜜の味といいます。

カッカジュセヨー! ナヌンハングルサラミニダ

(まけてください。私は韓国人です)

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竹島・独島領土問題・日韓摩擦

私が幼いころから、韓国は日本をずっと敵視していました。植民地支配が直接の原因ですが、現在でも両国には領土問題が存在します。日本が領有権を主張している竹島は韓国では独島といって、警備隊など人を常駐させて実効支配しています。国会議員が上陸するなど国境問題がニュースになるたびに、嫌韓の日本人が増えて両国の友好は遠ざかっていきます。やれやれ。

日本は韓国政府に抗議していますが鼻であしらわれているという状態です。過去に一度負けて植民地にされているので「今度は負けるものか」というのが韓国人の対日スピリッツ。挑発に何もできない弱腰な日本を見て留飲をさげているのでしょう。

「このような隣国とは仲良くできるわけがない。断固、断交すべし」ということを私は強く主張したい……わけではありません。その真逆です。国境なんかにこだわるのは未来目線からするとバカバカしいことかもしれませんよ、ということをここでは言いたいのです。そして韓国人の「日本が邪魔だ」という気持ちをすこしは理解してあげたらどうかと思うのです。

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未来目線から見ると過去の領土争いは「無駄死」かもしれない

かつて越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄は現在の長野県にある川中島の地で5人に1人が死ぬという異常な死傷率の大戦争を行いました。しかし現在、両国はただの新潟県、長野県、山梨県というただの行政区分になっています。現在(未来)の目線から見ると、死んでいった者は何のために死んだのかわかりません。意味のない戦死だったといってもおかしくはないでしょう。

古代ギリシア世界における国家というものは都市国家でした。自分たちの住んでいる部落を城壁で囲って国と呼んだのです。アテネやスパルタといった著名な都市国家があって争いがありました。しかし現在、かつての都市国家は両国ともにギリシアという国の市町村になっています。このように未来(現在)の目線から見ると、過去の国境戦争における死というのは、非常に「意味のない」「無駄な死」に見える場合がすくなくありません。

現況に固執した意地の張り合いは、未来の目線から見るともしかしたらまるで意味がないかもしれません。敗戦して満州国なんて跡形もなくなってしまう未来がわかっていたら、戦争なんてせずに満州なんて国際統治機関にそっくり委任したらよかったんじゃないでしょうか。そういうことを日本が率先してやればいいのです。未来が見えないと、現況に固執して、政治家の意地や権勢欲に巻き込まれて、何百万人という人が戦争で死ぬことになる可能性があります。お互いに危険な遊戯はやめるべきでしょう。引くことのできない争いになるぐらいだったらむしろ竹島あたりの国境線なんてずっと曖昧にしておけばいいと私は思います。明確にしようとするから決裂し、戦争になったりするのです。

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韓国人が日本を邪魔と思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる

すこしでも韓国の目線に立つことができるなら、日本が邪魔だなあというのは、すぐにわかることです。これは地政学上、どうにもなりません。あなたがもしも朝鮮半島に生まれたら、日本列島のことを絶対に邪魔だと思うはずです。場所がよくありません。朝鮮半島という突起にフタをするかのように日本列島は並んでいます。韓国から見れば、もっとも仲良くしたい世界一の超大国アメリカとの交際を、あいだで両手をひろげて邪魔するかのように細長い列島が横たわっているのです。イルボン邪魔だなあ、と思われるのはしかたがないと思いませんか?

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【提案】国名のついた海の名前を世界一括で別の名前に変える

しかも目の前の海を「日本海」なんて呼ばれたら、ますますカチンとくることは容易に想像できることです。「この海は韓国海だ!」と韓国人なら言いたくなることでしょう。逆の立場に立てば、あなたもきっと同じことを言うはずです。

はっきり言ってそれが原因で両国の仲が悪くなるぐらいなら、海の名前なんて変えてしまえばいいじゃないかと私は思います。日本海なんて呼称はきっぱりと捨てて、あたりさわりのない新名称にすればいいではありませんか。

もちろん韓国が主張する東海ではダメです。韓国から見て東の海という意味ですから、日本海と呼ぶ発想と根っこは同じものだからです。別にどんな名前でもいいけれど、相手のプライドを傷つけるような名前ではなく、どちらが主体語にもならない、あたりさわりのない名前を新たに命名すればいいではありませんか。そんなこと子供だってわかることです。お互い、バカな意地を張るのはもうやめたらいかがでしょうか?

国際的には「日本海」という呼称が認められているそうですが、大人になりましょうよ。国際機関に日本海の名称を変える提案は、韓国側ではなく日本側からするべきでしょう。いっそ南シナ海とかインド洋とか、国名のついた海や山の名前は世界同時に改正してしまえばいいのではないかと思います。南シナ海なんて呼ぶから、中国がベトナムやフィリピンあたりの海をチャイナの海だと主張してくる一因となっているのではありませんか。

世界を旅してきた旅人として、「この世界地図、未来はどうなっているのだろうか」と、ときどき思うことがあります。

かつての琉球王国の国民が今では沖縄県人でしかないように、国境線はいつかは変わります。未来は戦争ではなくインターネット世界市民の総意によって変わるんじゃないかと私は夢想しています。

かつてギリシャは、トロイという現在のトルコにあった王国を攻め滅ぼして領土にしました。しかしトロイの王族だったアイネイアスは逃亡し、イタリア半島に新トロイを建国します。その新トロイはやがてローマ帝国に発展し、ギリシャを支配下に置くのです。歴史を見通して考えると、アキレウスやヘクトルは、いったい何のために死んだのでしょうか。

今の日本と韓国が、竹島・独島問題で、トロイ戦争のように血を流しても意味はないと私は思います。とりあえず「日本海」「東海」と呼ぶスピリッツは日韓両国ともに捨てるべきではないでしょうか?

「日本海を別のあたりさわりのない固有名詞で呼ぼう」と日本側から提案するぐらいの、大国としての度量があって欲しいものだと思っています。

カボチャのことをカボチャと呼ぶのは、昔の人がそう呼んだからです。カボチャと呼ばねばならない必然性があったからではありません。

太平洋がアメリカ海なんて名称だったら、日本人としては不快でしょう? 韓国人も同じことを感じているはずです。それを察してやりましょう。

海の名前なんてなんだっていいじゃありませんか。

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関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件と韓国人差別

辻野弥生さんという人の書いた『福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇』という本を読みました。帰国後にときどき韓国人あつかいされるという経験をしてきた帰国子女の私にはひじょうに興味深い本でした。

福田村事件というのは関東大震災の直後に起こった朝鮮人虐殺事件のひとつで、千葉県野田市で起こったものです。関東大震災が起こったのはちょうど昼頃でした。大正時代のことですから、炊事はかまどや七輪などを使用していました。大地震でそこから炎が燃えひろがったのです。死者・行方不明者約105,000人の大惨事でした。そのうちの9割が火災の犠牲者だそうです。やりきれない思いを抱いた人たちが、怨みのはけ口を朝鮮人に求めたのが関東大震災直後の朝鮮人殺傷事件でした。その背後には差別意識がありました。

大地震発生直後に「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「日本人を皆殺しにしようと町に火をつけた」「襲い掛かってくる」などいわれのない流言がひろがり、各地で朝鮮人が無残に殺されたのでした。余震と火災で戦々恐々の群衆は自警団、在郷軍人や消防団、青年団を中心に、刀剣、木刀、竹槍で武装して、朝鮮人に暴行、虐殺を加えたのです。

朝鮮併合が1910年8月22日、関東大震災が1923年9月1日のことです。その間にも朝鮮独立派の武力闘争が半島各地にあったことから「不逞鮮人」というイメージが人々の頭に刷り込まれていました。その怯えや恐怖がこの事件の背後にはあります。

現在の東武野田線の線路敷設人夫として多くの朝鮮人が低賃金、劣悪な環境で働いていました。宗主国と植民地という上下関係では、未熟な人間はどうしたって植民地の人たちを下に見てしまうでしょう。スペイン人はフィリピン人を見下していたに違いありません。私にも身に覚えがあります。ソウルではおばさん(植民地の同化教育によって日本語を喋れるお年寄り)を使用人として使っていましたが、やはりどこかで下に見ていたと思います。まだ未熟で、無教養でした。

植民地の人たちを都合のいい安い労働力としていることに、どこかしら心の負い目があったはずです。その裏返しで、ずっと朝鮮人は差別と恐れの対象でした。とくに日本で一旗あげてやろうなんて朝鮮人は、大志を抱く荒くれものが多かったでしょう。

朝鮮人はガギグゲゴが発音できない、と朝鮮なまりを分析し、十五円五十銭ジュウゴエンゴジュッセンと言えなければ朝鮮人と判定されたそうです。さらに髪型などちょっと変わった風貌をしていると朝鮮人ではないかと疑われました。このあたりの記述を読んでいると、中世の魔女狩りかと思うようなシーンが続出します。

朝鮮人と見たら殺してもよいという内容の新聞記事も出たそうです。殺人者はお上のお墨付きがあると誤解しました。流言飛語を流布する新聞のガセ記事を信じたのです。だから「不逞鮮人」を殺すことは「お国のため」の正義の行動なのだと信じている人が当時は多くいたそうです。「警察が殺さないなら、今ここで殺す」と、朝鮮人を棍棒で殴り、竹槍で刺し、日本刀で切る。拷問もありました。こうして「朝鮮人」と「朝鮮人だと誤解された日本人」が虐殺されたのです。

関東各地での「不逞鮮人」虐殺件数は130名にもなったそうです。しかもこの全員が朝鮮人ではありませんでした。内地人70名、朝鮮人は62名と、内地の人間の方が多かったのが、この朝鮮人虐殺事件の大きな特徴です。国際問題にまでなったのは、彼ら全員が朝鮮人の名のもとに殺されたためです。

「朝鮮人なら殺してええんか!」日本人被害者の遺族が叫んだというこの言葉に、この問題の本質があります。

事件に対して裁判が行われましたが、多くの場合は執行猶予となりました。警察や軍に負い目があったから罰せられなかったいう説があります。

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福田村事件とは? 誤解により日本人が日本人を虐殺した事件

福田村というのは現在の千葉県野田市三ツ堀あたりにあった村です。朝鮮人虐殺事件は関東各地でありました。福田村よりもたくさんの人が殺されている地域が他にあるのに、なぜこの事件だけが大きく取り上げられるのかというと、

①朝鮮人と思っていた被害者全員が実は讃岐弁を喋る香川県人の行商人で、誤解による殺人だったこと。

②利根川に投入するなど9人も殺害した加害者たちに罪悪感がなく、むしろ国家にとって善いことをしたと胸を張っていたこと。

の異様性によるものでした。讃岐弁を話す行商人に「おまえらの言葉はどうも変だ。朝鮮人ではないか」といいがかりをつけて暴行、殺害におよんだのです。ときどきテレビでK-POPのタレントさんが日本語を話しているのを聞くと「ああ、韓国人の喋る日本語だなあ」とわかります。濁音が苦手の韓国訛りの日本語と、讃岐弁の区別がつかなかったことが福田村事件の悲劇でした。

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僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉

かつてソウルで朴正煕暗殺事件というのがありました。私はこの大統領が暗殺されたときにソウルに住んでいました。関東大震災の時に朝鮮人虐殺事件が起こったように、独裁者が暗殺されて治安が不安になった時、在韓日本人が朝鮮人虐殺事件と同じ目に遭うのではないかと怯えていたことをみなさん知っておいてください。日本人会の電話連絡網がかけめぐり、学校は休校になり、家から外に出ないようにというお達しがありました。大事件が起こったのだと子供心にも恐怖を感じました。あのとき親たちは「逆・関東大震災」を恐れていたのだと思います。関東大震災の混乱のどさくさにまぎれて朝鮮人虐殺があったように、パク大統領暗殺事件の混乱のどさくさにまぎれて日本人虐殺があったってすこしもおかしくありません。

実際に『福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇』には韓国人のこのような言葉が残されています。「日本に暮らすおまえたちには言っておかなくてはいけない。歴史は必ず繰り返す。どんなに楽しいことがあっても、このことだけはぜったい忘れるな。社会の変動がある時、朝鮮人に色々な責任を転嫁して殺されるかもしれない」と。

ソウルにいた頃、母親から「日本人だからという理由で韓国人にいじめられたら『僕は在日韓国人です(ナヌン、キョッポニダ)』と言いなさい」と教えられました。「日本で育った在日韓国人だから日本語しか喋れませんけど私は同胞の韓国人です、だからイジメないでください」というわけです。「在日でも朝鮮人なんだから、言葉は違っても同胞だ」と思ってもらえればイジメられずに助けてもらえるかもしれません。そんなギリギリの言葉でした。この言葉は生涯忘れられません。このような日韓の緊張感の中で私は生きてきたのです。

ところが私の嫁は韓流ドラマから入った「韓国が大好き」人間なものですから、私の複雑な感情がまるで理解してもらえません。妻は韓流ドラマもK-POPも大好き。ハングル文字も勉強して覚えたほどです。韓国好きなのは別にいいのですが、夫の屈折とか愛憎が理解されずに困惑することがあります。

ある日のことです。「ゴミ出ししてきて」と嫁に頼まれて、愕然として天を仰いだことがあります。うちの町では、ゴミ分別に責任を持たせるために、収集するゴミ袋に名前を書かなければいけないルールになっているのですが、そのゴミ袋の氏名がハングル文字で書いてあるのです。「はあ? なんじゃこりゃあ!」と妻をきびしく問い詰めました。妻はせっかく覚えたハングルを忘れたくないので、練習で書いているだけだというのですが、それがどういう結果をもたらす可能性があるのかまったくわかっていないようです。こんこんと説教してやりました。

ゴミ袋にハングルが書いてあったら韓国人が住んでいると思われるに決まっています。たとえばゴミ収集場が散らばっていたら誰のせいだとみんなが思うでしょうか? 日本のルール、マナーを理解していない韓国人のしわざと思われるに決まっています。犯人だと決めつけられた後で「実は日本人なんですけど」と釈明したところで振り上げた拳がおろされるでしょうか? もしも集合住宅で原因不明の火事が起きたら誰の責任にされるでしょうか? もしも関東大地震クラスの地震がふたたび襲い掛かったらどうなるのでしょうか? 妻は自分は日本人だと完全に信じきっているし虐殺なんかされっこないと思い込んでいますが、私は韓国人あつかいされてイジメられるような経験をしてきていますので、その光景が脳裏に想像できます。可能性があるかないかと聞かれたら、あるだろうと感じます。

韓国人と勘違いされて虐殺されるなんてまっぴらごめんです。朝鮮人虐殺事件があった大正時代はそれほど遠い昔ではありませんし、福田村はそれほど遙か遠方でもありません。香川県の行商人だってまさか自分が韓国人と勘違いされて虐殺されるなんて思ってもみなかったことでしょう。

韓流ブームなどがあって特に若い人には昔ほど韓国人差別はなくなっていると思います。それでも折に触れて韓国では「謝罪」だとか「竹島」だとか反日運動が燃えさかります。韓国で反日運動が盛り上がるほど、日本にも韓国ぎらいの人が増えていくのがわかります。

日韓というのはそういう微妙な関係であり、そのはざまで私は生きてきました。嫁がゴミ袋にハングルで名前を書くのを見て私がどれほど愕然としたかおわかりいただけたでしょうか? 今どきの若い子たちがなんでそんなにむじゃきに韓国を好きになれるのか私にはさっぱりわかりません。自分たちが関東大震災のときに彼らに何をしたのか歴史的な事実を全く何も知らないんでしょうね。ましてや自分の名前をわざわざハングルで書くなんて、悪気はまったくないんでしょうが、考えなしにもほどがあります。

ずっと日本で育った人には理解できない感覚なのかもしれませんが、帰国子女の私にはそんな感覚が肌感覚で息づいています。

別に私は韓国が嫌いというわけではないのです。嫌いだったらむしろ単純で他人に簡単に理解してもらえるでしょう。しかし私の感情はそれほどシンプルなものではありません。韓国には言うに言われぬ特別な感情をもっているとしか言いようがありません。たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

別の言葉でたとえるのなら「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。そしてそれが本書の執筆動機にもなっているのです。

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韓国人蔑視の理由はキムチ。ニンニク臭いからだった

うちの母親は「韓国がきらい」です。父親はそうでもないのですが、四年も住んだのに母は今でも韓国のことが嫌いです。ここではなぜうちの母は韓国がきらいなのか。そのことについて考察してみようと思います。

うちの家族が韓国ソウルに住んだのは1979年から1982年のこと。子どもの私は人格形成期にあたりました。だから韓国ソウルのことを第二の故郷だと思っているわけです。しかし母親はもう立派な大人でした。名古屋で生まれ東京で暮らし、有名女子大を出てエリートサラリーマンの妻になった専業主婦です。そういう経歴、目線の女性にとって当時の韓国はどのように映っていたのでしょうか?

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「日本製は良くて韓国製は悪い」というのがあたりまえの時代だった

アメリカやフランスに父が赴任していたら母だって赴任先を愛したかもしれません。しかし韓国でした。1980年の一人当たりGDPは日本9463ドル、韓国1715ドルだったようです。およそ5.5倍の差がありました。

かつて日本は韓国を植民地にしていたこともありました。そのせいで日本人は韓国人からよく思われていませんでした。ソウル滞在中ずっと肩身の狭い思いをしてきたのです。そのくせ給与格差が5.5倍もあればとうぜん「いい国ニッポン、ダメな韓国」という頭になるのはあたりまえです。日本をいい国だとみる傾向はこの私にさえもあるのです。アメリカ帰りの帰国子女だったら真逆の見方をしていたかもしれませんが。

今とは違って、ウチの母親がソウルで暮らしていた頃は不便な暮らしをしていました。不潔だったので魚も肉も野菜も近くの市場で買い物はできなかったそうです。たしかに市場でハエ取り紙に蠅の死骸が真っ黒にくっついているのを見てギョッとしたことを今でも鮮明に覚えています。ですからわざわざ明洞の高級デパートなどに出かけてまとめて買い物をしていました。当時は地下鉄もなく、移動はバスかタクシーだったので、買い物のときは会社が自動車を回してくれました。

とにかく不便な暮らしでした。韓国語がわからないからテレビも楽しめません。生活必需品の質も韓国製と日本製の差は歴然でした。ノートも、インスタントラーメンも、服も、靴も、ボールペンひとつとってもいちいち日本製の方がいい品物でした。名古屋の実家(母の実母)からダンボールの船便でいろいろ日本のものを送ってもらっていました。水道水も飲めなかったので、ミネラルウォーターを購入していました。最近ようやく日本でも流行っているウォーターサーバーをウチでは昔からつかっていました。とにかく「日本製は良くて韓国製はいまいち」というのがあたりまえの時代でした。そういう時代に、自分が好きで行ったわけでもない国のことを好きになれというのがどだい無理な話かもしれません。

今ではBTSをはじめ韓流スターが世界中で人気ですが「みんな整形よ。昔はあんな子たちはひとりもいなかった」と母は断言します。四年も韓国に住んでいた人がこういうのですから一定の真実があるかもしれません。経済力が上がると美人が多くなる(おそらく化粧テクニックが影響するのでしょう)と聞きますからそういうことかもしれませんが。

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韓国人蔑視の理由はキムチ。ニンニク臭いからだった

そんな母親の言葉で忘れられないものがあります。実はウチの母親はソウルに赴任する前から韓国人にはあまりいい印象をもっていませんでした。その理由は「韓国人はくさいから」というもの。

韓国人街に行くと独特のくさい臭いがして嫌だったといいます。当時、母だけではなく「韓国人はくさい」とみんなが思っていたそうです。

しかし自分がソウルで暮らして、理由がわかったそうです。その臭さの原因はキムチのニンニクでした。キムチを食べるから韓国人がニンニク臭かったのです。韓国人街が臭いのはキムチのニンニク臭だったのです。人種に関係なく、臭い人が好かれないのはあたりまえです。日本人だって臭かったら嫌われます。ニンニク臭が原因で韓国人が日本人から差別されやすかったというのは理屈が通っています。なるほど、と私は納得しました。

キムチのせいで韓国人はくさかった、と悪臭の正体はわかったのですが、だからといって母が韓国人を好きになることはありませんでした。一度、嫌いと定まったものは、合理的に説明されても覆しがたいということでしょう。

このように我が家では韓国が嫌いじゃない父と、嫌いな母と、複雑な感情をもっている私と、そして何とも思っていない弟の四人がいます。弟が韓国のことを何とも思っていないのはまだ幼すぎて赴任中のことを何も覚えていないからです。

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韓国発祥? 咀嚼音系大食いモッパン動画が人気な理由

日本人と韓国人の差はいろいろとありますが、その中のひとつに韓国人はクチャクチャと咀嚼音を響かせて汚らしく飯を食う人が多いということがあります。日本人もそばを豪快にすすったりしますが基本的にはクチャクチャとは食わない民族でしょう。西欧でもクチャクチャと食べるのはマナー違反とされています。私もその路線で育てられました。

韓流大好きな嫁とのつきあいは長いのですが、いまだにいろいろと理解できないことがあります。その中のひとつが「他人が食べている動画を眺めるのが好き」という彼女の悪趣味。孤独女性とかブラック企業に勤める疲れ切った人とか、様々な背景をもっている人がただ晩酌をしながら食って喋っているだけの動画をうちの嫁は視聴するのが大好きなのです。

ウエッ、気持ちわるい。なんでこんなの見てるんだ?

変態かと思ったのですが、同じ性癖を持っている人が世に多いらしく、この手の動画はものすごい視聴回数を稼いでいるのでした。

このクチャクチャ咀嚼音系の大食い動画のことを韓国ではモッパン(モクバンともいう)動画というそうです。モッパン系動画はYouTube上で一大勢力を成しているのでした。嫁も元々は韓国モッパン動画から咀嚼音動画にはまってしまい、今では日本人の同系動画も見ています。居間のテレビでYouTubeを再生して咀嚼音を盛大に鳴り響かせています。こっちは気持ちわるいのでやめてほしいのですが、嫁はこの咀嚼音が大好きらしいのです。オエーッ!

この韓国発祥だというモッパン動画の何がそんなに面白いのでしょうか?

モッパン動画には「ひたすら無言で咀嚼音を鳴り響かせる系」「大食い系」「愚痴りながら食べるDJ系」といろんなタイプがあるようですが、私はどれも受けつけません。他人が食べるのを眺める趣味がないからです。とくに無理なのが「ひたすら無言で咀嚼音を鳴り響かせる系」ですね。クチョクチョと……オエーッ!

私には何が面白いのかさっぱりわかりません。いやそれどころかむしろ見ていると気持ち悪くて不快になります。なんでこんなものを見てるんでしょうか。

多くの人にとってはテーブルマナー違反の、この咀嚼音のことをASMRというそうです。脳がゾワゾワするといった反応・感覚のうち主に聴覚から得られる体験のことをASMRというそうです。そりゃあ小川のせせらぎや波音、雨音、焚火の音などには癒されるでしょう。でも他人の咀嚼音なんて気持ち悪いだけじゃありませんか?

多くの人が嫌がるものを好きな人の心理というのは……想像するにホラー映画のようなものでしょうか。私はホラー映画なんか大嫌いですが、世にはホラー映画が大好きという人がたくさんいます。

モッパン動画が好きな人の理由も一様ではないようです。なかには自分が食べられないかわりに人がバクバク食べているのを見ると満腹になるという、代償的な視聴をしている人もいるそうです。なるほどそう説明されればすこしだけ気持ちがわかりました。私は時々バイクに乗ってかっ飛ばしたくなるのですが、バイクを所有できないので、たまにバイクライダーの主観動画(POV視点動画)を見ることがあります。それと同じようなものかもしれません。

しかし私だったら、食べ物を見ていたら満腹どころか逆に食欲が刺激されてしまいます。それがまた嫌に拍車をかけるのです。ダイエッターとしては、食べ物の目からの刺激は避けたいのです。

もしかしたらモッパン動画は、たとえて言えば「グラビアアイドル」みたいなものかもしれません。私はどうせ手に入らないアイドルの水着姿なんか見てわざわざ刺激を受けたくありませんが、美少女グラビアを眺めると元気が出るという人がいることは確かです。たしかに心拍数が上がるとか、ホルモンが放出されるとか、いい刺激があるでしょう。やる気が出るなど一定のクスリ効果が実証されていると聞きます。ASMR好きの人はそれと似た効果を実感しているのでしょうか?

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テーブルマナー違反と固いことを言わず、できるだけ受け入れたい

自分がモッパン動画の咀嚼音を気にいっているせいでしょう。嫁本人もいつのまにかクチャクチャと咀嚼音を響かせて食事をするようになりました。他人の音が気にならないぐらいだから、自分の音を気にするはずがありません。むしろ盛大に咀嚼音を響かせて食べたほうがすっきりするのでしょう。

しかし高級フランス料理店でこれは立派なテーブルマナー違反です。うちの嫁には韓国料理ぐらいがちょうどいいみたいです。まるで韓国人が隣にいるかのようにクチャクチャと咀嚼音が耳につくのですが、愛妻の咀嚼音ぐらいは我慢しましょう。

モッパン動画の中には億単位で再生されている動画もあります。それほど人気なのです。だから私もテーブルマナー違反だとか、気持ちが悪いとか、他人の趣味を頭から否定するのではなく、距離をとって生きていこうと思います。

その感性を受け入れられれば一番なのですが、生理的にどうしても無理みたいなので。

オエエーッ!!

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放浪旅のスタート地点。第二の故郷・韓国ソウル

長く円安が続いています。韓国に旅行に行こうという友人から「円安だし、旅行代金が高いかな?」と相談を受けました。

一般的に、円安、円安と安易に言いますが、それは対ドル、対基軸通貨に対しての話しです。韓国ウォンに対して円安ということではありません。

その友人はテレビで見る「円安でハワイ旅行がメッチャ高い」というニュースを見て韓国旅行も高いんだろうと想像しているのですが、アメリカに旅行した場合と韓国に旅行する場合では両替する通貨が違うのだから話しは別になるのです。

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対ドルでは「円安」だけど、対ウォンでは「円高」という状況がありうる

海外旅行や両替にあまり詳しくない人は、円高というニュースだけで「今は海外旅行が高い」という発想に飛びついてしまいがちです。しかし日本人が円安を嘆いているとき、必ず韓国人はウォン高でウハウハ高笑い状態なのでしょうか?

必ずしもそうとは限りません。韓国人もウォン安を嘆いているかもしれないのです。基軸通貨に対して、円の下落よりもウォンの下落が激しければ、それはウォンに対して円高を意味します。通常、円高・円安という言葉は基軸通貨であるドルに対して使われている言葉なのです。

韓国での滞在費が高くなったのは、円安のせいというよりも、韓国経済の躍進のせいでしょう。

ニュースなどで使われる一般的な円高・円安というのは対ドル、対基軸通貨のことです。為替レートはどの国を相手にするかで変わってきます。韓国に旅行するときには、対ウォンのレートを確認してください。対ドルで円安だからといって、必ずしも韓国旅行がお高いものになるとは限りません。

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自分の故郷に観光バスで行くバカはいない

私が団体ツアー旅行者であることをやめて、個人旅行者となったきっかけは第二の故郷・韓国ソウルへの旅行でした。当時つきあっていた女性(今の嫁)がどうしても韓国に旅行に行きたいと言い出しました。韓国帰りの帰国子女である私は、韓国にいまさら観光旅行という気分ではありませんでしたが、しかたなく一緒に行くことにしました。私にとっては「旅行」というよりはどちらかというと「里帰り」です。彼女をガイドするような気持ちでした。

いちおう旅行会社のツアーパンフレットをいろいろと読み漁ったのですが……どうしても申し込む気になれませんでした。韓国にバスツアー旅行で行くなんて絶対にいやでした。自分の故郷を観光バスで見て回ろうなんていう気になるわけがありません。

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宿の予約はなし。放浪旅のスタート地点は韓国ソウルから

団体旅行でソウルに行くなんて私には考えられませんでした。どうせ行くなら、地方の韓国人がソウルを旅するように旅しようと思いました。はじめての個人旅行でしたが、昔住んでいた町です。何とかなるでしょう。いや、何とかしてみせましょう。父も母も暮らした街なのだから、私にだって個人旅行ができるはずです。

往復の航空券のチケットだけを購入して、あとは現地の人とまったく同じように行き当たりばったりで旅することにしました。ホテルの予約もしませんでした。宿泊場所は飛び込みで探します。明日の宿も決まっていない放浪旅のスタイルです。

私はこの後、この放浪スタイルで世界中を旅することになります。そのスタート地点は韓国ソウルでした。帰国子女としての私の人生が韓国ソウルからはじまったように。

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ディズニーヒロインを韓国のアジュンマかと思う

飛行機内の小さなディスプレイで映画を見ながら、妻が腹をよじって大爆笑していました。笑いがこらえきれないという感じでした。その様子を見ていてこっちまで楽しくなってきました。そんなに面白いコンテンツがあるならば私も観たい、と隣から彼女のディスプレイをのぞき込みました。

彼女が見ていたのはディズニー映画『アナと雪の女王』でした。これまでに何度も見ている映画なので、隣から画面を覗き込むだけで、どんなシーンだかわかります。

「そんなに大爆笑するようなシーンがあったっけ?」

およそギャグとは無縁のシーンで彼女は大笑いしているのです。気になったので彼女のヘッドフォンを外して聞いてみました。

「なんで笑ってるの?」

「ためしに韓国語で聞いてるのよ」

国際線はあらゆる国の人に対応しているため、視聴する映画の吹き替え言語を選択することができます。そこで彼女は日本語ではなく韓国語を選択して視聴していたのでした。するとアナとエルザが、

「アラヨー」「オッパー」「チョアヨー」

と、ずっと言ってるのです。

「韓国のアジュンマか!?」

と、思わずツッコミを入れたくなりました。なるほどこれは面白いなあ、と思いました。新しい発見です。アナとエルサの姉妹が韓国語でやりあうのがキムチ臭くてたまりません。北欧の氷の世界とエルサに韓国語はまったく似合いません。いつしか私も大爆笑してしまいました。

もしもあなたが韓国語にすこしでも馴染みがあるのなら、機内で退屈したら、映画を韓国語で聞いてみると面白いかもしれません。ハリソン・フォードも、オードリー・ヘップバーンも、ブラッド・ピットも、彼らが韓国語で喋ったら、思わず吹き出してしまいますよ。

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下は灼熱、上は極寒。恐怖のサンドイッチ蒸し焼きラブホテル

はじめて韓国に放浪スタイルで行ったのは真冬でした。子どもの頃、ソウル日本人学校のスクールバスを待つあいだ、寒くて耳の先が千切れそうに痛くなったことを思い出しました。あまりに寒いと耳先が痛くなるのです。あれは凍傷の一歩手前だったのかもしれません。ソウル再訪もおそろしく寒い旅行になりました。

温泉マークの旅館(ラブホテル)は、意外と簡単に見つかりました。今夜の宿が見つかって一安心です。その安宿はいかにも連れ込みホテルという感じの赤い丸ベッドでした。ベッドが回転したりはしませんでしたが、あきらかにビジネスホテルとは違う種類のホテルでした。そしてチープなホテルだけあって、エアコンが壊れているのか部屋が寒いのです。唯一、丸ベッドがオンドル(床暖房)のようになっていて、そこだけは温かいのでした。だからベッドに寝転んだのですが……熱い! 逆に熱すぎるのです。まるでフライパンの上で蒸し焼きにされているかのようです。

部屋は凍るように寒いのに、ベッドの上だけが熱すぎるのです。しかも自分で温度調節ができません。眠っていると背中が熱くてたまらなくなりました。エアコンが効いていませんから部屋じたいはすごく寒いのに、背中だけ火傷しそうでした。下は灼熱、上は極寒という恐怖のサンドイッチ状態です。あのような夜を体験をしたのははじめてでした。大丈夫か、ソウルのラブホテル?

なんとか我慢してフライパンベッドの上で眠ろうとしたのですが、ベッドの熱さも、部屋の寒さも、どちらも耐えられません。とうとう私はネをあげて、ホテルの管理人のところに行って、

「寒い。寒い! 掛布団ちょうだい。布団ジュセヨー!」

とすべてジェスチャーで伝えました。ちなみに私はこのフライパン地獄を流暢に説明できるほど韓国語を喋れません。

するとホテルの管理人のオッサンは、

「おお。さっきの日本人か。女と一緒だっただろ。こうやって(と、管理人のオッサンは私を抱きしめた)抱きあって眠ればいいんだよ。そうすりゃ寒くないだろ?」

と、すべて韓国語でいいました。言ってることはまったくわかりませんでしたが、何がいいたいのかは明瞭すぎるほどにすべてわかりました。抱きあって眠るためにわざわざ室温を下げてやっているんだといわんばかりの言いぐさでした。いいアイディアだろ? といわんばかりのオッサンの屈託のない笑顔に苦笑するしかなく、掛布団を体の下に敷いて、フライパンベッドで炒められるのを避けつつ、嫁と抱きあって眠りました。

隣の部屋から女性のなまめかしい声が聞こえてきましたが、こちらはそれどころではありません。はやく朝が来ないかとひたすら我慢したのでした。

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韓国語はどれだけ習得しやすい言語か

ソウルでは博物館に行きました。そこには古文書がありました。古文書や行政の命令文書はハングルではなく漢字で書かれていました。ハングルというのは現在、韓国で使われている独特の文字ですが、その歴史は比較的新しいものです。ハン(偉大なる)グル(文字)という意味であり、ハングル文字といったら正確には重複表現ということになります。1446年にできたとされています。それ以前、韓国の公文書は全部漢字だったのです。漢字・仮名まじりで表記された『源氏物語』の成立は1008年ですから、もし紫式部が韓国人だったら源氏物語はオール漢字で書かれていたはずです。

現在、韓国の街中ではほとんど漢字は見かけません。看板などの表記は全てハングルです。ハングルというのは表音文字であり、音だけを表し、文字それ自体には意味を持っていません。文字それ自体が意味を持つ表意文字の漢字とはその点が違います。どちらかといえばアルファベットに近いものです。

たとえば世界遺産の水原華城は韓国語では「수원 화성」と書きます。「スウォンファソン」と読みます。スウォンは水原、ファソンは華城。しかし日本人にはスウォンファソンと言われてもさっぱりイメージが湧きません。漢字で「水原華城」だったら、水原という場所にある華美なお城なんだろうな、とイメージが湧きますが、スウォンファソンでは何のことだかさっぱりわかりません。ではこれが韓国人にはわかるのかと言えば、知人の帰化日本人(生まれは韓国で、現在は日本女性と結婚し、日本の国籍を取得した人)によれば、やっぱり音だけだと非常にわかりにくいのだそうです。

「日本語だって、全部カナ文字じゃ読みにくいでしょう? それと同じですよ」

日本に帰化した元韓国籍の彼がそう教えてくれました。

たしかに「ヒメジシラサギジョウ」と書いてあっても何のことだかわかりません。姫路白鷺城と書くから、姫路にある白鷺のような城なんだろうなと想像できるのです。スウォンファソンと表音文字で発音だけされても、イメージが湧かないことは韓国人でも同じなのです。

その人は韓国育ちですが、漢字がわかる人です。そういう人がハングルだけの本を読むと、読みにくくて仕方がないんだそうです。彼は農業関係者なのですが、専門書などを読むときはとくにイライラするそうです。農業関係の本は日本のものを韓国語に訳していることが多いらしく、日本語でせっかく意味のある漢字を使っているのに、全部表音文字(ハングル)に直してしまうから、そこで意味が消えてしまうんだそうです。耕運機とか二毛作とか、それ自体に意味があるものを、コウウンキとかニモウサクとか音だけでいわれても意味がわからないのと同じです。

もっとも英語をはじめ表音文字というのは世界中にあるから、それと同じでハングルばかりの中で育った若い人はさほど不便とは感じないんだそうです。しかしその彼のように漢字がわかる古い世代には「オール・ハングルだととてもわかりにくい」のだと教えてくれました。

日本人にとっては、知らない地名の記憶定着度が、漢字と現地の発音のみではまったく異なってきます。たとえばチュンムロではイメージが湧かずすぐには覚えられませんが、忠武路なら簡単に覚えられます。意味から物語を連想することができるからです。<忠武というのは朝鮮王への忠誠のために戦死した武将のことで、その人を記念した道なんだろうな>とか、勝手にイメージがふくらんで記憶に定着します。しかしそういうことが表音文字だとできません。意味が消えてしまうからです。

「ハングルだけだと韓国人にも読みにくい」という帰化した知人の言葉がスッと腑に落ちたのでした。

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他言語の習得には有利、不利がある。母国語に似ているほど習得しやすい

日本語と韓国語はとてもよく似ています。語順も同じで単語も似ているものが多く、日本人にとってはとても勉強しやすい言語だといえます。

たとえば、主語+動詞+目的語の順でふだんから喋っている英語圏の人よりも、主語+目的語+動詞の語順で喋っている韓国人の方が、日本語の習得は容易でしょう。母国語の語順がそのまま使えるからです。日本語タイプをSOV型、英語タイプをSVO型言語といいます。他言語の習得には有利、不利があります。一般に母国語に型が似ているほどターゲット・ランゲージは習得しやすいのです。

さて、それでは日本人にとって韓国語はどれだけ習得しやすい言語なのでしょうか。たとえばそれは英語とくらべてどれぐらい習得しやすいのでしょうか? 日本語と韓国語は、たとえば英語とフランス語にくらべてどれだけ近い言語なのでしょうか?

ここではそれを検証してみようと思います。

フランス人が英語を習得する方が、日本人が英語を習得するよりも、簡単なはずです。同じSVO型ですから、フランス語のほうが日本語よりも英語に似ています。

同様に韓国語を習得しようとしたら、一般的にイギリス人よりも日本人の方が有利だといえるのです。イタリア語を習得するのはフランス人の方が日本人よりも有利です。イタリア語もSVO型だからです。

ところで私はこんなことが知りたくなりました。

「日本語と韓国語、英語とフランス語、どちらが近い言語なのか? どっちが似通っているのだろうか?」

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言語的に近いほど「習得時間」は短いはず

この答えはそう簡単にわかりませんでした。Google検索で調べても、求める答えは得られませんでした。

「どちらが近い言語とかは一概にはいえない」といった逃げの回答ばかりでした。私の疑問に答えてくれる既存サイトはひとつもなかったのです。調べても疑問は解決しなかったのですが、諦めきれない私はこう考えました。

言語的に近いほど「習得時間」は短いのだから「日本人が韓国語を習得するまでにかかる時間」と「イギリス人がフランス語を習得するまでにかかる時間」が分かれば、どちらの原語が近いかわかるはず。

それで直接質問をぶつけるのではなく、別の検索ワードで調べてみることにしたのです。

「日本人が韓国語を習得するまでにかかる平均時間」は、日本語で検索できました。それを教えてくれる人が大勢いました。それほどたくさん韓国語を勉強する日本人がいるということでしょう。

「イギリス人がフランス語を習得するまでにかかる時間」は、日本語で検索してもヒットしなかったので、英語で検索しました。するとそれを教えてくれる英米人がたくさんいました。

こうして私は疑問を解決することができたのです。

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他言語の習得までにかかる時間で難易度、近しい言語を判定する。

他言語を習得するまでの時間がわかれば、習得する難しさが分かります。習得難易度が分かれば、その言葉どうしがどれほど似通っているのか、かけ離れているのか、およそ判定することができます。

調べた結果、一般的にいって、

「日本人が韓国語を実用レベルまで習得するまでにかかる時間」は、約600~800時間ぐらいだそうです。

「イギリス人がフランス語を習得するまでにかかる時間」は、だいたい500~700時間ぐらいだそうです。

つまり日本人が韓国語を習得するよりも、イギリス人がフランス語を習得する方が短い学習時間で済むということです。つまり「英語・フランス語の方が、日本語・韓国語よりも似ている言語だ」というのが、ここでの結論となります。

インターネット検索では、質問に対する答えをダイレクトに得られなくても、このように質問を工夫することで答えを推定することができます。

ちなみに日本人が英語を習得するのに必要な時間はおよそ2000~3000時間だそうです。韓国語にくらべてはるかに時間がかかります。それほど日本語と英語はかけ離れた言語だということです。

私は韓国帰りの帰国子女でありながら、韓国語を流暢に喋ることができません。むしろ英語の方が理解できるぐらいです。しかしもしも英語を勉強してきた時間を韓国語に費やしていたのなら、いまごろ韓国語はペラペラになっていたことでしょう。そう考えると、惜しいような惜しくないような複雑な気持ちがするのでした。

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『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』統一朝鮮は核を手放すだろうか?

「韓国が日本に核ミサイルをつかう」という衝撃的な内容ばかりが話題となった韓国のベストセラー小説『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』を読んでみました。帰国子女の私は読まないわけにはいきませんでした。ムグゲというのは韓国国歌にも歌われているムグンファのことで、韓国の国花です。日本での桜に相当するものです。

『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』は1993年に出版され、300万部を売り上げたそうです。すごいベストセラー小説です。読む前は、どうせ反日まる出しの小説だろう、と予想していました。しかし読んでみるとそれほど反日ではありませんでした。どちらかというと反米的な描写の方が多かったです。

韓国人の立場で世界地図を眺めてみればわかるのですが、小さな半島はロシア、中国、日本という大国にぐるっと囲まれています。日本列島さえなければ自分の海のように大平洋が目の前にひろがり、最重要国家アメリカとお見合いしているようにさし向かいで付きあえるのに、まるで壁みたいに日本列島がそれを邪魔をしています。日本が邪魔だなあ、という地政学上の感覚は、理解してあげてもいいと思います。

小説では、そんな超大国に囲まれた韓民族が生きのびるために核ミサイルを開発しようとしますが、アメリカに邪魔されてしまいます。核研究の第一人者である韓国人教授は何者かに殺されてしまいました。その暗殺者と暗殺動機を探るという国際スパイ小説のようなストーリーとなっています。核ミサイルを開発しようと主導するのは朴大統領。実在の人物である朴大統領が登場することから、虚実皮膜のノンフィクションであるかのように読むことができました。日本のヤクザが登場したり、外国の暗殺者が登場するなど、読者サービスも盛りだくさんで面白く読むことができました。

ただ残念ながら、描写が軽く、セリフの羅列で小説が進行するために、まるで漫画かシナリオを読んでいるかのようでした。たった三行でアメリカ、パリ、インドに飛んでしまいます。描写がないと小説は重厚感がなくなります。逆に描写ばかりの小説は面白くありません。塩梅が難しいところですね。

ストーリーも難解なものではありません。架空戦記のように日韓が戦争する小説という先入観があったのですが、アメリカの陰謀と、大国の思惑に左右される韓国人の生き方の問題がメインテーマで、これを反日小説と呼ぶのはあまりにも違うと感じました。

日本人がこの小説を面白く読むためには、どれほど韓国に感情移入できるかが鍵でしょう。荒唐無稽なので、さらりと読むのに向いています。フィクションと歴史的事実を誤認してはなりません。たとえば小説の中で、在韓アメリカ軍が韓国を見捨てて撤退するというのは本当ではありませんし、北朝鮮と一緒に核開発をするというのも本当ではありません。しかし後年、北朝鮮の核ミサイル開発は現実のものになってしまいました。

竹島(独島)に関する描写にも、公平性が保たれていました。すくなくとも韓国の主張を一方的に述べて、日本を一方的に泥棒あつかいして断罪するような描き方ではありません。日本なりの論拠があり国際裁判所に提訴しているが韓国が相手にしていないというふうに描写されていました。

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「日本に核ミサイルを撃ち込む」のは、防衛白書の仮想敵国との戦争シミュレーションのシナリオ

噂となった問題の「日本に核ミサイルを撃ち込む」描写ですが、主人公のジャーナリストが、危機管理のためにつくったシナリオの中で、日本を仮想敵国としたシミュレーションとして登場してきます。タイトルの「ムグゲノ花ガ咲キマシタ」というのは「核ミサイルの開発に成功しました」という暗号名のことでした。

そのシミュレーションでは、シベリアの資源採掘の利権を韓国にとられた日本が、利権を取り返すために韓国に先制攻撃をしかけます。そして工業地帯を壊滅に追い込みます。通常兵器では手も足もでないかと思われた韓国ですが、実は核兵器の開発に成功しており、日本をビビらせて大逆転するというシナリオです。これはリアルな攻撃描写ではなく、あくまでも防衛白書の仮想敵国との戦争シミュレーション上のシナリオです。しかも打ち込む先は、東京ではなく、太平洋上の無人島でした。誰も死なないという設定です。でも日本は核にビビッて韓国に手を出すのをやめるのです。核兵器によって三大強国(中露日)に囲まれながらも韓民族は生きていくことができる、というシミュレーションなのです。

「なあんだ」

想像していたよりも抑制のきいた筆致でした。核ミサイルをつかうのは、そもそもシミュレーションゲーム上のことです。日本憎しの結果、戦争をしかけたのではなく、先制攻撃されたうえでの防衛的な反撃です。誰も死なない無人島に核ミサイルを落としたのは「韓国人の温情」だとされています。日本人よ、よく考えろ、という意味です。これを「日本に核ミサイルを撃ち込む小説が韓国でベストセラーになった」と評価するのは、むしろそっちの方が悪意があると感じました。そこまでかたよった見方の「反日小説」ではありませんでした。

1993年の出版なので、だいぶ昔の小説です。中国は共産党が崩壊し、ウイグルなど各地が蜂起し、勢力争いで韓国には手が出せないという設定になっています。このように荒唐無稽なりに状況分析がされていて、過去を振り返りながら面白く読むことができました。

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南北朝鮮統一後、韓国は核兵器を手放すだろうか?

むしろこの三十年前のフィクションを読んで思ったことは、南北朝鮮が統一された後に、新生韓国は核兵器を手放すだろうか、という大きな疑問です。

小説『ムグゲノ花ガ咲キマシタ』を読むかぎり、統一韓国は核保有国になるのではないか、という気がします。よほどの国際的な圧力がなければ核を放棄しないでしょう。

『ムグゲノ花ガ咲キマシタ』は「アメリカなど強国の意志に屈服するな。韓民族よ誇りを持て」という小説です。そしてそのためには核保有国になるべきだ、という物語でした。そのスピリットが受けて、この小説を大ベストセラーにしたのだとすれば、やはり統一韓国は核を放棄しない方向で進むような気がします。アメリカなどの外圧に屈するな、というのが小説『ムグゲノ花ガ咲キマシタ』に通底して流れている心意気だからです。

何よりも統一韓国の旧北朝鮮系の人たちが、自分たちの血と涙と引きかえにつくった核の威光を放棄することを許さないだろうと思います。

未来は大丈夫でしょうか? 韓国の、そして日本の未来が心配です。

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天皇制にこそウリジナルを主張すればいいのに

日韓両国が仲良くできない最大の理由は「日韓併合」にあります。

日本による韓国の植民地支配ですが、日韓併合は天皇の名のもとで行われました。韓国人は日本人に支配されたと怒っていますが、その支配の頂点にいたのは天皇陛下です。この天皇一族ですが、系譜を調べていくと、朝鮮王朝に行きつくという説があります。大昔は中国と地続きだった朝鮮半島の方が倭国よりもずっと文明が進んでいました。その朝鮮半島で権力争いに敗れた人たちが日本に逃げてきたのが皇室の祖だという説です。高天原とか天孫降臨とか、天皇はどこかよその国からやってきた人だとされています。よその国とはどの国のことでしょうか?

天皇は血をたどれば朝鮮人、じゅうぶんにありえることだと思います。また天皇家と婚姻べったりだった摂関家・藤原一族も元は朝鮮氏族だとされています。いずれにせよ天皇家の朝鮮の血は非常に濃いことは間違いありません。

韓国では剣道、柔道、茶道などみんな「ウリナラ(我が国)がオリジナルだ」と主張して何でも韓国起源にしてしまうそうです。これを揶揄してウリジナルというのですが、天皇家こそウリジナルだと主張すればいいのに、といつも感じます。韓国人がいつまでたっても「日韓併合を許さない」とか「土下座して謝れ」と非難をつづけ永遠に許せないのならば、いっそのこと日韓併合は天皇の名のもとに行われたことで、天皇は朝鮮ウリジナルなのだから、せいぜい王朝が交代したぐらいのことだと思ってもらえないでしょうかね?

そう思えれば民族のプライドが傷つきません。誇り高き朝鮮民族が倭人ごときに支配されたと怒っているのですから、いや実は日韓併合は、せいぜい王朝が交代したぐらいのことで、トップにいたのは元々朝鮮系なんだという発想になれば、怒りもとけるのではないかと思うのです。

こういうことは誰も言いませんが、なぜなんでしょうか? 逆に日本人が朝鮮ルーツの一族にずっと支配され続けたことになるから、それが耐えられないのでしょうか?

よく考えてみましょう。昔から渡来人はたくさんいたのだから、ルーツをたどれば朝鮮系という人はたくさんいるはずです。とくに技術者や地位の高い人ほど朝鮮からの渡来人がたくさんいたのは、まぎれもない歴史的事実です。天皇や藤原一族だけでなく、もしかしたら私やあなたも祖先は朝鮮の渡来人かもしれません。

そもそも日本人の定義そのものがあいまいです。日本人って何なんでしょうか。琉球民族もアイヌ民族も日本人です。韓国系だってそうでしょう。国というシステムの傘下にいる人を国民といいます。それ以外には、極東の島国に住む日本語を使う人たちというあいまいな定義以外に日本人なんて定義できないんじゃありませんか?

「イエスはユダヤ人だ」

キリスト教徒とユダヤ人がケンカすると、ユーモアあるユダヤ人はこう切り返すそうです。

そんな感覚で、日韓併合は同族支配、せいぜい王朝の交代ぐらいに韓国の人たちに思ってもらえたら、両国の争いの種がひとつなくなるんですけどね。

いずれにしても日韓両国には仲良くしていただきたいです。もしかしてこういうことは、両国の感情的対立に翻弄された過去をもつ、韓国帰りの帰国子女の私だからこそ言えることかと思い、ここにそれをはっきりと書きしるしておきます。

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帰国子女が語る第二の故郷。愛憎の韓国ソウル

私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は複雑なものです。単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなくて……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。その複雑な思いがあるからこそ、私はこうして本を書くことができるのです。

第二の故郷に対する複雑な思いは、単純に韓流ドラマ好き、K-POP好き、韓国好きというウチの妻にはなかなか理解できないみたいです。

妻「帰国子女ハルトの第二の故郷、韓国ソウルに対する気持ちがよくわからないのよ。好きになろうと思えば誰よりも好きになれるし、嫌いになろうと思えば誰よりも嫌いになれるってどういう意味?」

韓国に対する複雑な感情を何とか説明しようと思ったのですが……概念を語ってもまったく伝わりませんでした。だからたとえ話で表現してみました。

私「ううむ。じゃあ、ひとつのたとえ話をしてみよう。オレが全能の神と会話していると仮定するよ。全能の神の言うことは絶対であり、正直に答えなければならないし、すべての神の意志は無条件で実現されるものとする」

妻「わかった。たとえ話で気持ちを表現するのね」

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神との対話。たとえ話で語る複雑な思い

神「全知全能の神に誓って正直に答えろ。お前が次に旅行に行きたいのはニューヨークか、ソウルか?」

私「少しも迷うことなくニューヨークです。神よ」

神「移住するとしたらどうだ。お前が数年間、日本以外のどこかに住まなければならないとしたらどっちを選ぶ? パリか、ソウルか?」

私「少しも迷うことなくパリです。神よ」

神「好き勝手言いおって。お前はわがままな奴だから罰をあたえる。もし世界が再び洪水で滅ぶとして、日本以外のたったひとつの街しか救うことができないとする。その町をお前が選ぶのだ。どの街を選ぶ?」

私「むむむ。むむうっ……ソ、ソウルです! どうかソウルとそこに住む人たちをお救いください。神よ」

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成長期を過ごした、幼い頃を過ごした場所は特別な場所

私「こんなたとえ話で、なんとなく、わかったかな?」

妻「ますますわからなくなった」

私「だから説明してもわかってもらえないって言ったじゃん。帰国子女の第二の故郷に対する気持ちなんて、同じ帰国子女にしかわからないと思うよ」

妻「ただ好きなだけじゃないの? ツンデレなだけなのでは?」

私「そんなに単純じゃないんだよ~。本当にうまく説明できないなあ。とくにずっと同じところに住んでいるキミのような人にはわかりがたいと思うよ。成長期を過ごした場所は特別なんだ。ソウルはおれにとって特別な場所なんだよ」

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「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所

私は世界30カ国以上を旅してきた旅人です。そうなったきっかけはソウル旅行でした。パックツアーに参加してソウルを観光バスで見て回るなんて絶対に考えられなかったからです。自分の育った馴染みの場所を観光バスでまわる人なんています? 私にとってソウルはそういう街でした。

一週間ぐらい旅行したぐらいで、その国のことが全部わかったみたいな旅行記を書いてしまう人がいます。うかつなことだと私は思います。帰国子女である体験からも、その国のことは「暮らしてみなければわからない」と心底思うからです。

世界100都市以上を歩いてきましたが、私にとってソウルは本当に特別な街です。どんなにすごい世界遺産や王宮よりも、自分が遊んだ小さな公園や住んでいたマンションに、時間を忘れて立ちつくすほど感動するからです。何の変哲もない生活空間に昔の記憶がフラッシュバックして追想、追憶へとおちいります。これを「失われた時を求めて」プルースト効果と命名しましょう。

第二の故郷というのはこういうことなのです。自分の個人的な過去の記憶が、その土地の人々の過去の体験と結びついているのです。世界のどんな場所に行ってもこんな感覚におちいることはありませんでした。ソウルだけが特別なのだとつくづく感じます。幼い頃を過ごした、自分を育ててくれた場所は替えがききません。それが第二の故郷ということの真の意味なのでしょう。自分にとってそんな特別な場所が外国にあることが幸運だったと今この年齢になって心から思います。「ソウルは特別だ」と今は胸を張って言うことができるようになりました。

愛しているだけではない……複雑な思いをソウルにはいだいています。それが我が愛憎の第二の故郷・韓国ソウルなのです。

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【トウガラシ実存主義】集団よりも個を優先する生き方

韓国ソウルの激辛トウガラシ料理を食べて、わたしは「痔」になったことがあります。真っ赤な韓国料理のあまりの辛さに食事中からクチビルが腫れ上がったのですが、唇だけでは済みませんでした。翌朝、排便時に肛門までが腫れ上がったのでした。まるで肛門が辛いと叫んでいるかのようでした。

韓国人が大好きなトウガラシ。韓国料理の辛さになれると他の国の料理では物足りなくなってしまうのではないでしょうか? その証拠に私は韓国人がコチュジャンのチューブを持ち歩いているのを異国で見たことがあります。ローカル料理にコチュジャンで味つけしているのです。韓国料理の辛さに慣れたら、素材の繊細な味を生かした和食なんて物足りないのでは? それ以前に繊細な味を舌が感じ取れなくなってしまうのではないでしょうか。

韓国のイメージカラーが赤である理由のひとつには、真っ赤な韓国唐辛子料理が確実に関係しているでしょう。唇を腫らすだけじゃなくて痔になるほど辛い唐辛子ですが、そもそもこれは体に毒なのではないでしょうか? 食べたら痔になるようなものが体にいいわけがありません。

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植物は「個」が滅んでも「種」が生存すればいいという生存戦略

そもそも唐辛子がなぜ辛いのかといえば「動物に食べられないようにするためだ」という説があります。サボテンになぜ棘があるのか? それも動物に食べられないようにするためです。ある種のカエルは皮膚に毒を持っています。その毒ガエルはヘビに食べられないように進化しました。

動物が、辛さに「ヒーッ」となって吐き出す。懲りてもう二度と食べることはない。トウガラシはそれを期待して辛く進化したというのです。唇から肛門まで腫らすほど人間の消化器官を痛みつけるほどの辛さで「もう二度とオレを食うなよ」と警告しているというわけなのです。

しかし世界中の人たちに何故かその「舌がしびれるような辛さ」が逆に愛されて、現在、トウガラシは世界中で栽培されています。もともとは中南米原産の種ですが、人間の手によって生息域を世界中に拡散していったのです。

この結果には、唐辛子の神様もあっけにとられているに違いありません。人間に食べられないように辛さを身にまとったのに、その辛さゆえに逆に選んで食われることになってしまうとは……。

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人間は個が大切だが、植物は種が大切

人為的な交配によって唐辛子は更なる激辛種まで生み出されています。げに人間はおそろしい、とトウガラシ神は思っていることでしょう。しかしこの生存戦略は悪くない、とも思っているかもしれません。植物は「種として」生き残ればいいのです。「個」として生き残ることは問題にされません。「個」としては人間に刈られ食われても「種」として人間に愛されて世界中に繁栄することができばそれでいいという生存戦略を植物はとっています。米や小麦、トマトなどは、そうやって生息域をひろげていきました。

実際に植物の果実は、動物に食べられることが前提で進化しています。動物に好まれ、もぎ取られ、遠くに運ばれることを期待した設計となっています。固いタネはプッと吐き出されたり、消化されずにフンの中にまじったりして、親とは違う場所で繁殖するのです。

食われることで種が絶滅するなら大問題ですが、人間の手で保護されて、面倒を見てもらい、ひろく繁殖できるならば、食われてもいいというのが植物なのです。

だとしたら、これからは人間に嫌われるような辛さではなく、人間に愛されるタイプの辛さを身にまとって人間とともに生きていこうかしら? と、トウガラシ神が考えたとしても不思議ではありません。トマトが甘く大きくなったように、これからもトウガラシは人間に愛される変化をしていくことでしょう。

風や虫や動物を頼みに繁殖する植物に「個の意志」はありません。重要なのは種としての生存だけです。だからこそ植物は、風に運ばれた種子が海の向こうの島で繁栄するような離れ業をやってのけるのです。その前に大半の種子は海に落ちて死ぬはずです。個が死んでも種を繁栄させる戦略だからこそできることです。そのような繁殖方法を人間はできません。人間は「個」が大切だからです。

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実存主義。たとえ全世界を手に入れても自分自身を失ったら何になるだろうか

たとえ全世界を手に入れても自分自身を失ったら何になるだろうか。人間のこのような考え方、ありようを実存主義といいます。トウガラシに実存主義はありません。人間は唐辛子とは違うのです。

世間のシナリオに沿って生きてきた者は、いつか自分の人生をなくしてしまいます。世間が望む既製品になってしまうのです。そうなってしまったらベルトコンベアで製造された既成製品のように代替可能な人生があるだけです。社会の中でうまく機能することだけにあくせくと人生を費やすと、いつかきっと後悔することになると私は直感しました。サラリーマン社会では毎日毎日管理されて、まるで畑のトウガラシのように生きている人たちがたくさんいます。そういう人たちはいつかは他人に食われてしまうでしょう。

国や会社は、集団の繁栄のためには個を食う側に立っています。人間もしょせんは生物の一部だから、トウガラシをはじめとする他の生物と同様に、個よりも種を大切にする部分をもっています。だから神風特攻のようなことが起きるのです。あれは個を犠牲にしても国という集団を生かそうとした「種」が「個」を犠牲にした行為でした。サラリーマン社会にも似たようなことはあります。カミカゼほどひどくないからみんなが許しているだけのことです。むしろ積極的におのれの人生を集団に差し出し、個の犠牲を許容する人もいるでしょう。そういう人には体制の側からご褒美がもらえます。出世や給与・報酬といったものがそれです。報酬によって手元には一生使い切れないだけのお金だけが残ります。でも年老いたら食べて病院に通うぐらいしか使い道のないのがお金です。集団に自分の個を丸投げして、会社を辞めたら自分がないんだから。退職するまでは出世して会社の中では大きな顔ができるかもしれません。しかし年老いて会社から去った後に残るのは「自分を失った何者でもない生き物」です。個よりも集団を大切にすれば、トウガラシのような人生が待っています。

種として繁栄すれば個は食われてもいい、という生き方です。この生き方に納得できないから、わたしは早期に会社員を辞めて旅人になりました。韓国だけでなくもっと広い世界を見てみたかったのです。私はたまたま韓国帰りの帰国子女でしたが、もしも父の赴任先が韓国じゃなかったら、どんな人生観を持ったのでしょう? 韓国以外に、どんな世界があるのだろうか?

トウガラシが人間に管理されて繁栄したように、トウガラシのように生きれば、種としての繁栄をあたえられるでしょう。彼らには労働力が必要だから。しかし人間の生き方はそれでいいのでしょうか。私は唐辛子と同じものに過ぎないんでしょうか?

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自分の歌を歌わなくて、何のための命でしょうか。

自分の人生を送りたい。トウガラシじゃなくて人間なのだから。

韓国で、小さな赤い唐辛子を見て、私はそんなことを考えました。

いつまでもベルトコンベアの上に乗っかった既製品であっていいはずがありません。決まりごとや世間のシナリオに従っていては量産品ができあがるだけです。私たちは唐辛子じゃなくて人間なのです。量産品でなければ人生を否定されるというのならば、その価値観をこっちから否定してやりましょう。

集団の価値観に迎合せずに、大切な個を貫くこと。

それが帰国子女がたどり着いた生き方でした。個として自分らしく生きていかなければ、何のために生きているのかわからなくなってしまいます。自分の歌を歌わなくて何のための命でしょうか。

「種としては繁栄できるが、個としてはただ食われるだけの存在」である唐辛子の運命から、人間は抜け出さなければならないのです。私はこれをトウガラシ実存主義と名付けました。

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トウガラシ実存主義とは集団よりも個を優先する生き方

集団が繁栄できれば個は死んでも構わないなんて考え方を私は受け入れることができません。わたしたちは唐辛子じゃなくて人間なのです。自分の歌を歌いましょう。集団から望まれる歌ではなく、心から望む自分の歌を。唐辛子の歌ではなく、人間の歌を。

みんなにウケる歌でなくてもいい。集団のために自分の嫌いな歌を歌うことはありません。人生は短い。もうこんなところまで来てしまったのだから。自分の好きなことをやろう。やりたいことをやろう。これがトウガラシ実存主義です。

集団に染まることなく、既製品・量産型を作るトウガラシ社会にノーという。他人に都合のいい部品ではなく、おのれの人生を生きよう。

人生は楽しんだもの勝ちです。それには個の確立が必要です。自由が必要です。

自分の歌を歌うこと。人間の歌を歌うこと。これがトウガラシ実存主義です。唐辛子の国、韓国から学んだ帰国子女の人生論なのです。

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あとがき

たまたま親の仕事の都合で「韓国ソウル帰りの帰国子女」という存在に私はなりました。韓国との関係は、帰国したらそれで終わりということにはなりませんでした。

日本に帰国すると韓国人あつかいされていじめられるということもありました。両国の歴史を学ぶたびに、ニュースで韓国人の反日運動が報道されるたびに、自分のことのように感じてきました。挙句の果てに、こうして本を出版しようとしています。本のタイトルは『帰国子女が語る第二の故郷・愛憎の韓国ソウル』。

私の韓国に対する思いは、単純に大好きとか大嫌いとか、そんな単純なものではありません。たとえて言えば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけど、あまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、ものすごく複雑な思いをもっています。

本書には「ほかの人には書けないこと」がたくさん書けたと自負しています。韓国が大好きな人にも、大嫌いな人にも、このような本は出版できなかったでしょう。

ベトナムを旅行中、東南アジアの地図を眺めていて感じたことです。もしも私がラオス人だったら、ぜったいにベトナムのことを「邪魔だなあ」と思うに違いありません。海に出て他国と貿易したいのに、海岸線に沿ってベトナムという細長い国があるために、ラオスは内陸国になってしまっています。「あの国、邪魔だなあ」と絶対に思うに違いありません。「あの国さえなければ海はおれたちのものなのに」そう思うに違いないのです。韓国にとって日本はそういう場所にあります。歴史問題、領土問題が解決したとしても、どうしたって朝鮮半島にとってフタをするように細長く存在する日本列島は永遠の邪魔ものです。それを理解した上で、それでも両国が仲良くしてくれることを私は願っています。

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インターネット世界市民。感動によって世界世論が動く

竹島・独島問題にしても、私は他国と積極的に紛争してでも領土問題を解決しろと願っているわけではありません。むしろその逆で、あいまいなまま未来に解決をゆだねた方がいいと思っています。国家なんてものは共同幻想で、金銭と同じで頭の中の虚構にすぎず、未来の国境線は今とは違っているだろうと思っています。

私はインターネット世界市民といった未来を予想しています。国際企業・外国株式投資や仮想通貨、インターネットで電子投票できるようになれば、やがて人間は国家の枠を飛び越えて個人どうしが繋がることができるでしょう。正直、あまり日本という国にこだわるのは道を誤る元だと思っています。それが第二次世界大戦の教訓ではないでしょうか。

独立した個々の人間が、この地球上をひとつの祖国として、列島も半島も関係なく生きていく。未来の世論は、ネット空間において、世界の関心を集め、ひとりひとりの感動によって世界世論が形成されるだろうと予想しています。何国人だとか、肌の色とか関係なく、個人として生き方を選択する未来がきっと来ます。

無人島がどこの国に帰属するかなんて、将来、世界市民がみんなで電子投票して決めればいいではありませんか。そしてその頃には電子投票さえする必要がない未来であってほしいと願っています。

国籍や国境なんて意味のない時代が来ますように。

最後に、筆をおくにあたって、我が第二の故郷・韓国ソウルに向けて、心からの愛とエールをおくりたいと思います。

いつかまたきっと遊びに行くよ。私にとって韓国は「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」だから。

2024年3月

アリクラハルト

 

奥付

『帰国子女が語る第二の故郷・愛憎の韓国ソウル』

著   者  アリクラハルト

初   版  2024年3月

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