英語は、言い過ぎなくても伝わるということを教えてくれる
私は英会話のクラスを受講している。そのなかで冬季オリンピックの話しになった。みんなが英語で一生懸命ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックの話しをフリートークするのだが、いまいち話題が盛り上がらなかった。
しかたがないので、私がネタを提供して盛り上げることにした。長期旅行が控えているため、私がその英語のクラスに出るのも最後だった。サービスである。面白いネタであることは間違いないのだが、問題は私が英語でそれを言えるかどうかである。
英語のいいところは、難しいことが言えないことにあるのではないだろうか。日本語だとつい余計なことまで言いすぎてしまうことがあるが、英語だと言いすぎてしまうことなどありえない。つねにいつも何か言い足りない欲求不満を抱えることになる。
物書きとしての私は真逆である。日本語では、他人が言えないことまで表現しようと、チューブを振り絞って中身を無理やり押し出すようなことをしている。それが私にとっての言語だ。しかし英語の場合、はじめからそれは諦めなければならない。英語ではその境地のはるか手前で限界が来るからだ。表現したいことが表現できない。しかしそこがまたいいと思える。
よくこの中途半端な表現で伝わったな、と英会話クラスでは感動することさえある。普段、私は日本語で過剰に装飾しすぎているかもしれない。
英語は言い過ぎなくてもいいのだということを教えてくれる。
出世頭。クラスメイトの荻原健司君のこと in English

大学時代の英語のクラスで、kenji ogiwara というやつがいた。私から見るとクラスメイトという存在だ。先生のミスターゲイがオギワァラァと英語訛りで名前を呼ぶので、それが面白くて記憶に残っていた。教室では特別目立った存在ではなく、話しかけた記憶もない。
その後、いろいろあって私は別の進路に進み、kenji ogiwara君とは別々になるのだが、彼のその後の快進撃はすごかった。大学在学中に彼はオリンピックに出場し、日の丸を振りながらゴールドメダルを獲得した。ナショナルヒーローになった彼は、大学の卒業式では主席のような扱いを受けていたと記憶している。社会人になってからもスキーで勝ち続け、スポーツ引退後は国会議員にもなった。現在は長野市長をしているらしい。いや、すごいね。私の身近では出世頭だろう。
ただのクラスの一人と思っていたやつが、あれよあれよという間にスターになっていくのを、私はそばで見たのだった。まるでドラマを見ているかのようだった。
……ということを、みなさん、ぜんぶ英語で言えます?
私は、いけるかと思ったのだが、細かいところで無理でした。同じ内容を聞き取るだけならいけたと思うが、みずから言うのは無理だった、でも一生懸命に話したら、なんとなくみんなにちゃんと伝わった。
いや。どうも。やっぱり私は日本語でたくさん言いすぎているのかもしれない。
そして英会話クラスは、kenji ogiwara君の話題で俄然盛り上がったのである。
それは荻原健司のおかげであり、このタイミングでその話題を持っていた私の実力でもある。
英語力はないんだけどね。
