父親の老衰、死去。サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)から看取り病院へ
子供のころは仲が良かった兄弟姉妹も、大人になってからもそうとは限りません。子供のころはべったりだった兄弟姉妹も、それぞれ家庭ができたりするとそちらに全力投球で、兄弟仲は疎遠になったりします。ウチもそうでした。私には家庭があり、常にそちらが優先だったので、弟とは疎遠でした。
実家ではすでに母はおらず、父と弟が同居だったため、老いて体の不調がでてきた父親の世話を弟がずっと面倒みてくれていました。ありがたいことだと感謝していました。やがて父は真夏でも暑いと訴えて灯油ストーブを炊こうとするようになりました。あきらかにどこかが異常でした。こんな調子では弟が仕事に行っているあいだ、火事が心配です。車の運転も頼み込んでやめてもらいました。どこかの上級国民のようにアクセルとブレーキを踏み間違えて誰かを轢き殺してから後悔しても遅いのです。運転をやめてしばらくして、父はやがてサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)に入居することになりました。それほど急激に老衰していったのです。
サ高住の手配も弟がみんなやってくれました。父は老齢年金もあり貯金もあるというので、お金の心配はいらないとのことでした。遠くに住んでいる私からすればありがたいことでした。父の世話はすべて同居の弟にまかせきりでした。私がすべきことは何もありませんでした。実によくできた弟だと思っていたものです。
やがて父はサ高住では面倒を見きれないということになり、病院へとうつりました。そして「看取り病院」で亡くなったのです。自分の父親(私の祖父)が亡くなったのと同じ看取り病院でした。これもなにかの運命でしょう。
病院で亡くなったのを確認して、そのまま遺体とともに葬儀社へ直行しました。そして亡き父への感謝を込めて立派な葬儀を手配しました。基本的に葬式はなくなった本人が自分のお金を自分のために使う最後の機会です。お金は惜しまずに葬儀の契約をすませました。
その後、実家で弟からおずおずと切り出されたときの衝撃は生涯忘れられません。弟はすべてを告白しました。父の遺産を引き出してほとんど全額を競馬につかってしまっていたのです。父の銀行の口座番号、暗証番号を知っているために、老いた父の面倒を見ていた弟にはそういうことができてしまったのです。私は唖然としました。父の面倒をすべて見てくれて、私には何もさせなかった弟でした……なにもさせなかった裏には父親の資産にはふれてほしくないという事情が隠されていたのです。
遺産の使い込み実体験記。ネット競馬ですべてを熔かす
これは正式には「遺産の使い込み」という行為です。まだ生きている人の財産を許可なく勝手に使ってしまう一種の窃盗です。親子であるため窃盗罪は成立しないそうですが、実質的な窃盗行為です。
私は涙ながらに弟を問い詰めました。スマホで馬券を買っては負けてを繰り返し、とうとう父の残したお金を使い切ってしまったというのです。なんてばかな弟でしょう。弟は銀行や街金に借金があり、その金額は一千万円を超えていました。これはもうギャンブル中毒という一種の病気なのでしょう。開いた口がふさがりませんでした。
お金は使われてしまったら、もう戻ってきません。いくら「しまった」と思っても後の祭りです。父の面倒を見ていた弟が父の金銭管理をするのはしかたがないとしても、せめてお金のチェックぐらいはしておくべきでした。
父は株もやっていたのですが、株式はすべて売り払い現金化されていました。それどころか銀行口座も一本化されていました。分散しているとわかりにくかろうという、すべて遺族の遺産整理の便宜をはかってのことだと思います。しかし却ってそれが裏目に出ました。遺産の使い込み者にとってまとまった口座ほど利用しやすい遺産はなかったでしょう。
せめて株のままであったら、使い込みはなかったかもしれません。ネット証券ではなく、昔ながらの窓口経由の証券会社を利用していたので、そう簡単に名義変更などはできなかっただろうと思います。父の好意があだとなってしまいました。手をつけられずに残っていたのは土地だけでした。さすがに父名義の土地までは手が出せなかったようです。不動産の名義変更には法務局のチェックを通過しなければなりませんから、まだ存命中に名義変更するのは基本的に無理だったのでしょう。
このように法務局や証券会社など人を介す必要があれば、弟も正気に戻って遺産の使い込みはなかったかもしれません。問題は銀行の現金、普通預金口座です。少額づつ引き出せば人を介する必要もないため誰のチェックも入らずに、使い込みし放題だったのです。一日引き出し限度額の20万円から日を改めて細かく引き出していたために、誰にも露見することはありませんでした。なんてやろうだ!
そもそも弟の競馬狂いはこれがはじめてのことではありません。若い頃に一度ギャンブルで借金まみれになっていたのです。悪癖はもうおさまったのかと思っていたのですが、あまかったです。そういう人間に父の遺産をまかせたことは、結果として「見る目がなかった」と認めるしかありません。よくできた弟だと思っていたのですから。
自分が父の面倒を見ていない負い目から、細かいことに口を出すことがはばかられていました。口を出せば、手伝いもしなければならないわけですから。しかし……ボーナスのたびに父に渡していたお金がすべて弟の競馬に使われてしまったと思うと怒りが抑えきれません。
誰か一人が金銭管理をするのは仕方がないとしても、その一人はもっとも「お金に関してしっかりとしている」「信頼できる人間」を選ぶべきでしょう。長男だからとか、同居しているからといって、選ぶべきではありません。自分が遺族になってはじめてわかったことですが、遺産管財人がお金をごまかすことはきわめて簡単です。たとえば現金を引き出した後に、そのぶんをカウントせずに、遺産分割協議書をつくってしまうことなんて、とても簡単です。
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だからこそ、管財人は「お金に関してしっかりとしている」「信頼できる人間」を選ぶべきです。たとえば公務員のような「訴えられたら社会的地位を失う」ような人が向いています。個人経営の社長のような人が向いているかどうかは……その人次第だと言えるでしょう。会社の赤字の補填に使われてしまうかもしれません。管財人の使い込みは、被相続人の生前からはじまります。老父、老母が死んでからチェックしたのでは遅すぎます。
むしろ老いた父母が自分で財産管理できなかった時点で、いったんすべての財産を相続人全員のあいだでオープンにして、その上で、ときどきチェックが必要でしょう。使い込まれてからでは遅いからです。クレジットカードの不正使用のように「身に覚えのない支払いだからキャンセルしてくれ」と言うことはできません。現金ほど戻ってこないものはありません。
正直にいうと、弟が家を継ぐのは当然だと思っていました。ずっと実家に住み続けていましたし、逆に私は実家に戻るつもりはありませんでした。実家から一度も出たことのない弟に家を継いでもらい不動産の所有権は弟に譲って、私は不動産相当額の半分を現金でもらうというのが、二人で話し合ったことはありませんでしたが、当然の落としどころのように思えていました。ところが弟の遺産の使い込み事件によって、それができなくなったのです。
そもそも弟の遺産使い込みによってこのような難局となったのだから、このまま彼が実家に住み続けることは許せません。彼には家を出て行ってもらい、実家を売り払い、そのすべてを私が相続することで、いちおうの話し合い決着しました。通帳の記帳から、使い込みがなかった場合の本来の遺産相続額を計算し、それをベースに話し合いました。不動産をすべてもらったとしても、本来の兄弟折半には足りなかったのですが、妥協するしかありません。ないものはないのですから。それが使いこまれたという現実です。
遺産の分割に関して、現金ほど分割しやすいものはありません。一円単位まで分割できます。それに対して不動産ほど分割しにくいものはありません。たくさん現金があれば不動産があっても分割協議できますが、遺産の使い込みなどによって現金がない場合には苦労することになります。本来欲しくもない実家を、こうして不本意ながら相続することになってしまいました。
繰り返しますが、父母の遺産管理は、老いた父母が自分で財産管理できなかった時点で、いったんすべての財産を相続人全員のあいだでオープンにして、その上で、ときどきチェックが必要でしょう。使い込まれてからでは遅いのです。
銀行等に一千万円以上の借金があり、現金貯金は二十万円ほどしか持っていない弟に父の葬儀が出せるはずがありません。私は本来相続すべきものももらえなかった上に、父の葬儀もすべて負担することとなったです。
兄弟の遺産使い込み実体験の本当の顛末
弟の遺産使い込みが発覚してすぐに父の弟(叔父さん)が亡くなりました。叔父さんには子供がなく、妻も両親も兄弟もすべてすでに死亡しています。下にも上にも血縁者はなく、なんと叔父さんの遺産は甥姪にあたる兄弟の子らが相続することになったのでした。つまり私たちです。
どんなに善良な顔をしていても、父の遺産を使い込みした前科者である弟に、叔父の遺産相続の事務をまかせるわけにはいきません。叔父の遺産は、伯父がたの姪(私の従妹)とも分割しなければならなかったので、これを借金の返済などで使いこまれてしまったら、それこそ親族関係がそこなわれてしまいます。
叔父の甥、姪あわせて四人いたので、遺産はきっかりと四等分することにしました。そしてその相続事務を私が行うことにしたのです。叔父の遺産相続は、有料級にたいへんな作業でしたが、使い込まれて何もなかった父の遺産相続にくらべたら、はるかにやりがいのある仕事でした。
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じっさい、叔父はお金持ちでした。叔父の遺産を四等分して、弟に渡すべき金額から、本来私が父から受け取るはずだったはずの遺産使い込み相当額を移動させてもらいました。当然の権利です。これによって「欲しくない実家を不本意ながら相続する」状態から脱することができたのみならず、弟の遺産使い込みという大事件を吸収して、なにごともなかったことにできたのでした。これが我が家の場合の、兄弟の遺産使い込み実体験の本当の顛末です。誰もがこんな僥倖にめぐりあうわけではありません。いやむしろ奇跡のように救われたというべきかもしれません。
ネット競馬の多重債務者。ギャンブル中毒者を救う二重のセーフティーネット
お金持ちだった叔父の遺産は、甥、姪で四等分してもなお、弟の借金を完済できるほどの額がありました。しかし私は熟慮の末、弟にはお金を渡さないことに決めました。事情を説明して、弟にもそれを了承させました。
ここで棚ぼた的に転がり込んできた叔父の遺産でなんの苦労もなく借金返済してしまったら、弟はいっさいの反省がなく、またお金を借りてギャンブルに当てこむに違いありません。それがギャンブル中毒という病気なのです。
かわいそうなので街金の借金ぶんだけ遺産を渡して返済させ、銀行の借金は何年もかけて自分で払わせることにしました。借金返済のかつかつの生活をしていればネット競馬に手を出したとしても使える金額はたかが知れています。なぜならもうすでに銀行から信用の限度額まで借金していましたから、これ以上の借金はできないからです。
そのうえで、街金にお金を借りることがどれほど恐ろしいことか、アインシュタインの言葉を引き合いに複利の破壊力をこんこんと説いて、二度と街金から借金はするなと弟に誓わせました。もちろん競馬を止めることも同時に誓わせたのですが、そんな口だけの約束を心底信じているわけではありません。それほどかんたんに止められるのなら病気扱いされないはずでしょう。
弟が、このまま競馬をやめて、こつこつと給与から銀行に借金返済してくれればいいのですが……。自己破産して借金をチャラにしてもらえるかと検討したのですが、ギャンブルの借金の場合、自己破産でチャラにすることはできないということでした。
もしも弟がギャンブル中毒がやめられなかった場合、あと二回だけ弟を救う手段が残されています。ひとつは相続した実家の土地を売ってお金に替えることです。そしてふたつめは私が預かっている叔父の遺産を借金返済に充てることです。ネット競馬の多重債務者であることが判明した弟ですが、このギャンブル中毒者には父親と叔父さんが残してくれた二重のセーフティーネットがあるのでした。
こうして、本来、弟のところに行くはずだった叔父の遺産はすべて、借用書を書いて、すべて私が預かっています。そのお金は銀行の定期預金に入れて、本来の持ち主に返却される日を待っています。弟がすべての借金を返済し、ギャンブル中毒から立ち直ったと私が確信できたときに、利子をつけて返してやろうと思っています。