わたしは海外放浪を趣味にしていました。世界100都市以上は訪問しているのですが、その中でもとりわけ印象に残る街や場所というのがありました。
わたしは帰国子女なので、どうしても外国の都市を訪問しても「もしも住むなら」目線でその都市を見てしまいます。
そこでその都市と「一緒に暮らすなら」目線で、都市を恋人をたとえてこんな表現を使っていました。
「一夜限りならニューヨーク、数か月の恋人ならパリ、一生の結婚ならバンクーバー」と。
恋人にしたい人と、結婚したい人は違うのです。
ニューヨーク。刺激的な高級コンパニオン
たった一晩、刺激的に過ごしたいだけならニューヨークで過ごすのがもっとも興奮する一日を送れるのではないかと思います。
世界一豊かな国アメリカの一番の都市ですから、あたりまえといえばあたりまえです。世界の交差点タイムズスクエアへは一度は足を運びたいものです。
ニューヨークへはニューヨークシティマラソンを走りに行ったのですが、まさしく世界一のマラソン大会でした。レース中に「がんばってー」と日本語で応援されました。振り返って見ると留学生らしき男性でした。マラソン終わったらすぐに帰国する自分なんて何ほどのことはない。「お前こそ頑張れよ」と心の中で応援を返したものです。前日のフレンドシップランも、翌日のセントラルパークの早朝ジョギングも忘れられない思い出です。
ちなみにニューヨークには横浜よりもデカい中華街があります。メチャクチャ面白いところです。
しかし……たぶん暮らすのは疲れると思いました。町にパワーがあるだけに、こっちのパワーを持っていかれます。
裏道で黒人にケンカを売られたりしました。最高に楽しい町ですが、暮らすのはちょっとな……。
わたしにとってニューヨークは、結婚するのは敬遠したいけれど、なんとかお近づきになりたい憧れの高級コンパニオンみたいなイメージです。
パリ。忘れられない恋人
パリへは二度行っています。どちらもルーブル美術館に入りびたっていました。ルーブル美術館は文句なしに世界一の美術館です。わたしはミュージアムパスというチケットでパリの美術館を周遊しました。
パリは美術館も素晴らしいのですが、町全体が美術館のようでした。セーヌ川に沿って早朝ジョギングのパリジャンが「大会でも行われているかのように」走っていたのが忘れられません。
最後にパリを訪れた時には、ホテルではなく現地の人が使っているアパルトマンを利用して、まさに「暮らしているように」二週間ほど過ごしました。
パリを去るときには、泣きそうでした。去りたくなかったからです。ホーチミンでトランジットするベトナム航空チケットを利用していたのですが、ベトナムでのお買い物に素早く頭が切り替わったパートナーのイロハに比べて、わたしはパリに心を完全に奪われていました。
わたしにとってパリは、一生の思い出をつくった忘れられない恋人みたいなイメージです。
飽きたりなれ合ったり苦しくなったりする前に、いいところだけを見て別れた恋人みたいな町です。一生一緒に暮らす結婚のような関係になったら(一生パリで暮らすとしたら)、いい印象ばかりではないかもしれません。
パリは吉野家のような安くてうまい定食屋がありません。カフェはサラダとフランスパンを食べるところで食事をするような場所ではないからです。そういう人(都市)とは結婚はできませんよね。
バンクーバー。おだやかで、家庭的で、結婚してもいいと思った人
わたしが海外旅行をするなかではじめて「ここなら暮らしてもいい」と思った町がカナダのバンクーバーでした。
バンクーバーへはマラソンを走るために行きました。バンクーバーマラソンがなかったら、バンクーバーに行くことはなかったでしょう。カナダだったらオーロラを見に「イエローナイフ」に行くだろうと思います。
バンクーバーマラソンはわたしの海外マラソンのベストタイムを出した大会でした。背中に「CHILE RUNNERS」と書かれたチリ人ランナーとゴール手前のラストで死ぬ気で意地を張り合ったのも忘れられません。わたしは背中に日の丸のシールを貼っていました。たぶん日本人とわかっていたと思います。この生涯で、もう二度とチリ人とあれほどガチンコで競い合うことはもうないでしょう。
同年代の走友もできました。レースの後はスポーツバーでフィッシュアンドチップスを食べながらビールを飲みました。
バンクーバーは海も近く、いわゆる海鮮カリフォルニアロールが名物でした。日本人にはカリフォルニアロールのような「寿司とはいえないもの」を小バカにする人がたくさんいますが、ほとんどの人は「食わず嫌い」なのではないかと思います。バンクーバーのカリフォルニアロールを一度食べて見るといいと思います。本当においしいですよ。
山も近く、登山もできるし、マウンテンバイクを盛んです。
バンクーバーは海も山も近くスポーツが盛んな空気がきれいな町でした。
市民みんなが警備員。電気がつけっぱなしのバンクーバー図書館
バンクーバーの図書館では、深夜まで煌々と電気がついていました。ブラインドもなく中が丸見えでした。
「知ってるか? 電気はためておくことができないんだ。夜は昼間にくらべて電気は使われていないんだよ。つかわなきゃもったいないじゃないか。夜中も車の通りは絶えないし、誰か人がいる場所だから、市民みんなが警備員みたいなものさ。警備員を雇うよりも安上がりだ。わかるだろ?」
説明を聞いて、なるほどなあと思いました。
日本で「こまめに電気を消そう」という標語を見るとわたしはいつもバンクーバーの図書館を思い出します。市役所の警備員を見るたびに、バンクーバーの図書館を思い出すのです。
感動。遺族が寄贈したベンチのメッセージ
もっとも感動したのは公園にずらっと並んだたくさんのベンチでした。このベンチは市当局が設置したものではなく市民が寄贈したベンチでした。
そのベンチにプレートが設置してあって寄贈した市民からのメッセージが書いてあるのです。簡単な英語でわたしにも読めました。
「この場所から見る夕陽を愛した夫の思い出に ×月×日 家族××」
「この場所でいつも遊んでくれたお母さんの思い出に ×月×日 家族××」
……というようなメッセージがほとんどでした。
バンクーバー市民が、死んだ人をしのんで、故人が愛した公園にベンチを寄贈しているというわけです。
そんなベンチがずらっと並んでいました。ひとつひとつ読んでいるうちにわたしは泣けてきました。
こんなにもたくさんの人がこの場所を愛し、家族に愛されて、そして死んだのか。
マラソンで疲れた体を励ましながら、ひとつひとつベンチのメッセージを読んでいるうちに、バンクーバーのことをとても好きになっている自分に気がつきました。
「ここなら、一生、住んでもいいな」そう思ったのです。
そのベンチに今もバンクーバー市民が腰かけて、また新しい家族の思い出がつくりだされているのです。
恋人にしたい人と、結婚したい人は違う
わたしは帰国子女なので「外国のことは住んでみないとわからない」「ちょっと旅行者として訪れただけでは本当のことはわからない」と身にしみて感じています。
バンクーバーも、実際にはマラソンシーズンに一度訪れただけで、一年を通して住んだわけではありません。だから本当のことは知らないといってもいいでしょう。聞くと冬はとても寒いらしいです。
しかしニューヨーク、パリ、バンクーバーで、もう一度ショートの旅行をするならニューヨークかパリを選びますが、一生その街で暮らさなければならないとしたら、わたしはバンクーバーを選ぶと思います。
恋人にしたい人と、結婚したい人は違うみたいな話しですね。
その後も旅の遍歴を続け、今では暮らすならマレーシア、タイ、インドネシアなど東南アジアもいいと思っていますが、旅行歴の初期に感じたバンクーバーでの不思議な安らぎ、美しい海と空のことは、結婚したいと思った人のように、心がおだやかなときに思い出されるのです。
「移住先を結婚相手にたとえた記事」でした
検索からこの記事を「結婚相手」系の記事だと思って読む進めた方、ごめんなさい。「移住先を結婚相手にたとえたバンクーバーの思い出」の記事でした。
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