海外マラソン。男一人でハワイになんか行けない。一人旅とマラソンはワンセットだった

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『ドラクエ的な人生』とは?

アリクラハルトの人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

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どうもハルトです。みなさん今日も元気に走っていますか?

私はランナーです。ランニング歴は10年を超えています。走るために生きていた、と言えるような生活をしていたことがあります。1日30kmを仕事後に毎日1カ月走ったこともあります。その月の月間走行距離は600kmを越えました。

もはや仕事は休みに行っているようなものです(笑)。あくまで心拍数目線ですが。

意外と脳を使う仕事と体を使う私生活は両立できるなというのが実感です。これが私生活の方も脳を使う作業ですと、両立は難しくなってきます。

その結果、市民ランナーのグランドスラムと呼ばれる大きな勲章も手に入れます。ここまでやると人からアスリートと呼ばれることにも抵抗がありません。

しかしランニングを始めた初期の頃は、そうではありませんでした。

初めて走った10kmレースでは「ビリになったらどうしよう」とびくびくしながら走ったものです。何度かレースを経験すると「これは絶対にトップになることもないが、ビリになることもないな」と安堵するようになります。

やがて私はビリの方は経験することになるのですが(サロマ湖100kmウルトラマラソンでは回収車に収容されてしまいました。それはつまりビリになったということです)。

どうして走り始めたかというと、正確には富士山の登頂するためのトレーニングがきっかけだったのですが、走り続けたきっかけは、ホノルルマラソンに出たかったからです。というよりもハワイに行ってみたかった、というのが大きなモチベーションになっていました。

後年、血尿が日常になるほど自分を追い込んでいくシリアスランナーとは思えないほど、チャラい理由ですね(笑)。

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雑誌『ランナーズ』のライターが語るマラソンの新メソッド。ランニングフォームをつくるための脳内イメージ・言葉によって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。

(本文より)

【入力ワード】写真からランニングフォームを学ぼうとする人が多いので注意喚起したいと思います。写真からフォームを学ぶのはお勧めできません。写真というのは瞬間を切り取ったものなので、間違った解釈をする可能性があるからです。「振り上げた脚」(往路)なのか「戻ってきた脚」(復路)なのか、写真ではわかりません。大地を蹴ったように見えている脚が本当に大地を蹴っているのか、大地を蹴ったように見えているだけなのか、写真からはよくわからないからです。写真で振り上げた膝の高さを見て「ふむふむ、膝はここまで上げるのか」と思い込んでマネするのもよくありません。慣性の法則で結果として脚がそこまで上がっているだけで、実際のランナーの意識としてはそこまで上げようとしていないかもしれません。「結果としてのフォーム」と「ランナー本人の走るときのフォーム意識(入力ワード)」は、必ずしも同じではないのです。

【腹圧をかける走法】そもそも息をするのは、酸素を吸うためです。吐くことよりも、吸うことに意識をおくほうが自然な発想です。肺の中に残っている空気(残気量)は、どうせゼロにはできないのです。吐き切るという努力は、動かない壁を押すような無駄な努力です。そこに力を割くべきではありません。持ち上がらないバーベルを無理やり持ち上げようと喘ぐと、余計に息が苦しくなってしまいます。楽に息するのとは真逆のことです。それよりも思いっきり吸うことです。そのための走法が腹圧をかける走法です。肺を絞って痩せた人のように走るのではなく、腹はたるんたるんと力を抜いてだらしなく腹が太った人のように走ります。そもそも重力は下向きなのだから、横隔膜を下げることは理にかなったことです。それに対して、吐き切ることを意識すると、重力に逆らって横隔膜を持ち上げながら肺を絞らなければなりません。どちらが楽にできると思いますか?

【ストライド走法】ピッチ走法には大問題があります。実は、苦しくなった時、ピッチを維持する最も効果的な方法はストライドを狭めることです。高速ピッチを刻むというのは、時としてストライドを犠牲にして成立しているのです。

【踵落としを効果的に決める走法】私はカラテ素人ですが、サブスリーランナーとして、すくなくとも「踵落とし」を無力化する方法をすぐに思いつくことができます。答えはカンタン。攻撃側が踵を振り上げて止まったポイント(これを上死点といいます)に、自ら打撃ポイント(脳天など)を近づけていくことです。上死点では運動エネルギーがゼロになっているために、破壊力もゼロです。上死点から距離をとらないことで「踵落とし」というキックを無力化できます。
ストライドを稼ぎたいあまりに、未熟ランナーほど振り出した前足が最も伸びきったところで着地してしまうのです。つまり「膝が伸びきったまま」「踵から着地」してしまうのです。これは「踵落とし」の運動エネルギーがゼロになっている上死点で着地してしまっているのと同じことです。これでは速く走ることはできません。

言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化して速く走れるようになる新理論の書。言葉による走法革命。とくに走法が未熟な市民ランナーであればあるほど効果的です。本書はあなたのランニングを進化させ、市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。
●「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」「かかと落としを効果的に決める走法」「ハサミは両方に開かれる走法」「腹圧をかける走法」
マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」
究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」
●【肉体宣言】生きていることのよろこびは身体をつかうことにこそある。

Amazon.co.jp: 市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座) 電子書籍: アリクラハルト: Kindleストア
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男一人でハワイになんか行けない

付き合っている女性もいなかった独り身の男が、ただの観光で、ひとりでハワイになんて行けません。それはディズニーランドに男一人で行くのと同じぐらい「痛い」状況です。何か目的がなければ行けないというのが男という哀しい生き物なのです。

ホノルルマラソンはハワイに行く格好の言い訳でした。練習中は、始めて行くハワイが楽しみで仕方がありませんでした。ホノマラをどう走るかではなく、ホノマラ前後にハワイをどう楽しむかに意識が完全に向いていました(笑)。

そして私は一人でハワイに行きます。

ワイキキビーチやハナウマ湾、アラモアナショッピングセンターなどホノマラがなければ絶対に行けなかったような場所を走る前後に堪能しました。周りは新婚旅行のカップルばかりではありません。私のような単独男性がたくさんいました。すこしも恥ずかしくありませんでした。なぜって私は走りに来たのですから(ホントは違うけど)。

目標としていたサブフォー(4時間切り)を果たせず、悔しい思いをしましたが、一歩も歩かないというもう一つの目標は達成することができました。

ゴール直前の写真では両手をあげて全身でよろこびを表現しています。

「おれはやった!」「走り通したぞ」

これまでに感じたことのない充実感でした。

これが最初で最後のマラソンのつもりでした。

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一人旅とマラソンはワンセットだった

しかしところが帰国しても、何かむなしいのです。目標を喪失してしまった。充実したものが見つけられない。何をすれば楽しくなるのかわからない。

ホノルルマラソンのゴールの瞬間が忘れられません。あんなに生きていることを実感した瞬間はこれまでの人生で数えるほどしかありませんでした。

漫画『20世紀少年』で主人公のラガーマンの友達が、会社で一生懸命働いても学生時代のラグビーの試合ほどの充実感は味わえなかったと述懐するシーンがありますが、私も同じ心境でした。

そして再び私は走り始めます。もう一度あのホノマラの充実感をあじわいたい。そんな気持ちでした。

陸上をやるという気持ちではなく、国内を走るつもりは全くありませんでした。海外旅行というご褒美があってこそのマラソンです。それがホノマラからキャリアを始めた者の流儀です。

どのマラソンを走りたいか、ではなく、どの街に行ってみたいか、が選択の基準です。

当時は海外マラソン大会に出るという目標なしに走るほど酔狂な人間ではありませんでした(今は違いますが)。

私は世界一の大都会・摩天楼ニューヨークに行ってみたいと思いました。ハワイに行ったのと同じ要領で、とにかくニューヨークに行ってみようと思いました。映画『キング・コング』のエンパイア・ステート・ビルディングを自分の目で見てみたかった。そして一人旅することを決定的に後押ししてくれるマラソン大会を探します。

あった! ありました。『ニューヨーク・シティ・マラソン』というのがあります。当時、村上龍の小説を読んでいて、その存在は知っていましたが、まさか自分が走れるとは思ってもみませんでした。

次の目標・生き甲斐をニューヨーク・シティ・マラソン(NYCM)にさだめて、また走り始めました。

当時はタバコを吸っていたのですが、これを切っ掛けに生涯の禁煙生活に入ります。

ニューヨーク観光だけでなく、ホノマラで達成できなかったサブフォーも必ず達成してやろうと狙っていました。

「これだけ努力しているんだからご褒美に海外旅行してもいいんだ」と自分に言い聞かせながら。

サブフォーの難しさはホノマラで思い知っています。その難易度ゆえに、練習にも熱が入ってきます。トレーニングの距離が延び、スピードが上がってきます。体重が落ち、筋肉が付いてきます。その変化もまた新鮮でした。走ることそのものがだんだん楽しくなってきます。

やがて自分がニューヨーク観光をしたいのか、NYCMでサブフォーをしたいのか、わからなくなってきます。

全力で取り組んでこそ遊びは楽しいと思っています。いつのまにかNYを観光する自分ではなく、NYCMを力強く走る自分がイメージされるようになっていました。

観光とマラソンの比率が同じぐらいで、気持ちの中で高ぶっています。

ニューヨークで絶対にサブフォー。その気持ちが高じて、NYCMぶっつけ本番ではなく、受験でいうところの「すべり止め受験」を入れたくなります。陸上選手じゃあるまいし国内を走る気なんてさらさらないので、脚づくりの「すべり止め受験校」に選んだのは、ニューカレドニアのヌメア・マラソンでした。ニューカレドニアを選んだのは、ニューカレドニアに行きたかったからではなく、単に時期的な問題でした。本戦のニューヨークシティマラソンから逆算して日付を計算したら、走れそうな海外マラソンはニューカレドニアしかなかったのです。

映画『天国に一番近い島』のニューカレドニアはのんびりとした別世界でした。原田知世の歌をずっとウォークマンで聞きながら海辺を散歩しました。

ニューカレドニアがあまりにすばらしかったことが、この旅のスタイルを決定的にします。

こんなすばらしいことは、もうやめられません。

目的(マラソン完走)もあり、リゾートに癒されるだけの理由(マラソンで疲れた体を癒す)もあり、別世界を体験することもできます。

世界とは一冊の本であり、旅に出ない者は同じ頁ばかり読んでいる。

そんな言葉が心に沁みてきます。

旅を愛し、マラソンを愛するようになったのです。

生涯2戦目のニューカレドニア・ヌメア・マラソンでサブフォーは達成しました。

生涯3戦目のニューヨーク・シティ・マラソンに出場するために旅立つころには、観光ついでのマラソンではなく、マラソンついでの観光という感覚になっていました。

タイムズスクエアも行ってみたいけれど、ニューヨークシティマラソンの方がウエイトは上です。「海外旅行49%、マラソン51%」と公言し、あくまでも主はマラソン。海外旅行は従でした。

しかし「国内なんて走らない」とも公言していました。学生時代にマラソンは辛いだけのスポーツと思い込まされていたことの弊害もあり、まだ悟りの境地には達していませんでした。

49%の部分はとてつもなく大きな要素だったのです。

「海外リゾートランナー」と揶揄されたのはこの頃の話です。観光地のいいところばっかり行って走っていましたから。

その後、私はニューヨークシティマラソンでレースに没頭するあまり、周囲の観光地を一切見ていなかったことを、海外マラソンランナーの友人に指摘されて愕然とします。NYCMはレース中に自由の女神やヤンキースタジアムが見られるコース設定なのですが、私は走ることに集中しすぎて何も見ていません。前を走るランナーの背中しか見ていませんでした。

それをきっかけに、私は国内マラソンを走ってみようかな、と思い始めます。

前を走るランナーの背中しか見ていないんじゃあ国内を走っても同じです。

そのころにはもうマラソンの魅力に取りつかれていたのでしょう。

そして海外旅行は海外旅行として続けていくことになったのです。登山のやりかたをそのまま旅に持ち込んだバックパッカーとして。

そのことは今も変わりません。海外旅行とマラソンは当サイトのメインコンテンツです。

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雑誌『ランナーズ』のライターが語るマラソンの新メソッド。ランニングフォームをつくるための脳内イメージ・言葉によって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。

(本文より)

【入力ワード】写真からランニングフォームを学ぼうとする人が多いので注意喚起したいと思います。写真からフォームを学ぶのはお勧めできません。写真というのは瞬間を切り取ったものなので、間違った解釈をする可能性があるからです。「振り上げた脚」(往路)なのか「戻ってきた脚」(復路)なのか、写真ではわかりません。大地を蹴ったように見えている脚が本当に大地を蹴っているのか、大地を蹴ったように見えているだけなのか、写真からはよくわからないからです。写真で振り上げた膝の高さを見て「ふむふむ、膝はここまで上げるのか」と思い込んでマネするのもよくありません。慣性の法則で結果として脚がそこまで上がっているだけで、実際のランナーの意識としてはそこまで上げようとしていないかもしれません。「結果としてのフォーム」と「ランナー本人の走るときのフォーム意識(入力ワード)」は、必ずしも同じではないのです。

【腹圧をかける走法】そもそも息をするのは、酸素を吸うためです。吐くことよりも、吸うことに意識をおくほうが自然な発想です。肺の中に残っている空気(残気量)は、どうせゼロにはできないのです。吐き切るという努力は、動かない壁を押すような無駄な努力です。そこに力を割くべきではありません。持ち上がらないバーベルを無理やり持ち上げようと喘ぐと、余計に息が苦しくなってしまいます。楽に息するのとは真逆のことです。それよりも思いっきり吸うことです。そのための走法が腹圧をかける走法です。肺を絞って痩せた人のように走るのではなく、腹はたるんたるんと力を抜いてだらしなく腹が太った人のように走ります。そもそも重力は下向きなのだから、横隔膜を下げることは理にかなったことです。それに対して、吐き切ることを意識すると、重力に逆らって横隔膜を持ち上げながら肺を絞らなければなりません。どちらが楽にできると思いますか?

【ストライド走法】ピッチ走法には大問題があります。実は、苦しくなった時、ピッチを維持する最も効果的な方法はストライドを狭めることです。高速ピッチを刻むというのは、時としてストライドを犠牲にして成立しているのです。

【踵落としを効果的に決める走法】私はカラテ素人ですが、サブスリーランナーとして、すくなくとも「踵落とし」を無力化する方法をすぐに思いつくことができます。答えはカンタン。攻撃側が踵を振り上げて止まったポイント(これを上死点といいます)に、自ら打撃ポイント(脳天など)を近づけていくことです。上死点では運動エネルギーがゼロになっているために、破壊力もゼロです。上死点から距離をとらないことで「踵落とし」というキックを無力化できます。
ストライドを稼ぎたいあまりに、未熟ランナーほど振り出した前足が最も伸びきったところで着地してしまうのです。つまり「膝が伸びきったまま」「踵から着地」してしまうのです。これは「踵落とし」の運動エネルギーがゼロになっている上死点で着地してしまっているのと同じことです。これでは速く走ることはできません。

言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化して速く走れるようになる新理論の書。言葉による走法革命。とくに走法が未熟な市民ランナーであればあるほど効果的です。本書はあなたのランニングを進化させ、市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。
●「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」「かかと落としを効果的に決める走法」「ハサミは両方に開かれる走法」「腹圧をかける走法」
マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」
究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」
●【肉体宣言】生きていることのよろこびは身体をつかうことにこそある。

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