ここではジャック・ロンドンの怪奇短編『赤い球体』の書評をしています。わたしはホラー物は読むのを避けているのですが、ひさしぶりに怪奇な小説を読んでしまったものだ、と思っています。
『赤い球体』あらすじ
主人公はバセットという白人。奴隷船から南洋の島(ガダルカナル島か)に上陸したが、蚊の毒(マラリアか)にやられて病人状態である。島の奥地には宇宙から飛来したかと思われる見たこともない物質でできた赤い球体が大天使の角笛もかくやというような音を鳴らしていた。南洋の島は食人族の島であった。一緒に上陸したサガワは原住民に目の前で首を斬られてしまった。
バセットも女食人族のバラッタに襲われたが青い眼と白い肌で女を籠絡し味方につけることに成功する。バラッタは不潔で醜かったが、赤い球体の謎に近づくために抱くことも厭わなかった。ポリネシアのジュリエットは情が深かった。
バセットは呪い師ガーンの家に運び込まれたが、もはや肉屋の品物としか見られていなかった。バセットが生きていられるのはショットガンのおかげであり、もはや立つこともできない。とくにまじない師ガーンは白人の生首を煙の中で回転させていぶしている男である。「おまえの首をいぶして保存したいんだ」とバセットは宣言されていた。
バセットは死期を悟り、最後に赤い球体の大天使の角笛を聞きながら死にたいと願う。赤い球体までガーンに連れて行ってもらった。叡智をたずさえて宇宙の彼方から飛んで来た赤い球体が首狩りの野蛮人にしか知られていないなんて、エホバの十戒の石板を動物園の檻の中の猿に見せるようなものだとバセットは惜しむ。これを世界に公開するのは文明国の白人たる自分の使命ではないかとも思うが、もはや命は尽きた。ショットガンでガーンを殺すことはできたが、そんなことをいまさらやって何になる、とバセットは思って首を捧げた。首が落とされる瞬間、バセットは「メドゥーサ・真理トゥルース」と、自分の首がパンノキの傍らにあるまじない師の家の中でいつも回転している幻想を見た。
人間の生首が煙にいぶされて回転している姿が読んだ後も脳裏を去らない。

なんというか……奇妙な読後感でした。ひさしぶりにおもしろくて気持ち悪い小説を読んだな、と。
人間の生首が煙にいぶされて回転している姿が読んだ後も脳裏を去りません。
1916年の作品です。現代ではファンタジー小説、SF小説なら別ですが、この地球上の話しとしては、このような作品は書けないだろうと思います。
食人族、首狩り族が歴史的事実だったとしても、表現するのは厳しいんじゃないかな。露骨に白人至上主義ですから。原住民の女の心は白い肌と青い瞳にメロメロだし、赤い球体の宇宙の意志がわかるのは白人だけみたいな書き方をしていますから。
「メドゥーサ・真理(トゥルース)」とは何だ?
それにしてもバセットが死ぬ直前に見た「メドゥーサ・真理トゥルース」とは何なのでしょうか。調べてみましたがよくわかりませんでした。
いわゆるゴルゴン三姉妹のメデューサのことでしょうかね?

ここは別にただの≪真理≫として読んで問題のないところですが、なんで≪真理≫がメドゥーサと結びついているのかがとても気になりました。

メドゥーサというのはもともと美女でしたが、アテナの神殿でポセイドンとまぐわったために醜い蛇頭の姿に変えられてしまいました。その邪視に睨まれたものは石になるとされ、ゼウスの子ペルセウスに退治されます。
斬られた首はアテネのアイギスに装着されて、彼女の防備はさらに強力になりました。このアイギスという防具はイージス艦のイージスと同じ語源です。

アテナの胸(アイギス)でアッカンベーするメドゥーサ。
どうしても真理=メデューサというのがわかりません。まだ≪アテナ・真理≫とするならわかるのですが。アテナは知恵の女神ですし。。。

あえてバセットとメドゥーサの共通点といえば、首が斬られて曝されるというところですが……
ギリシャ神話のメドゥーサは、その姿を見る者を石に変える恐ろしい存在です。メドゥーサというのは、人間が決して完全には理解できないような、圧倒的な真理のたとえなのかもしれません。バセットはこの球体を理解しようとしますが、その探究心は彼の破滅を招きます。この世界には、知らなければよかった、というような知識があるとジャック・ロンドンは考えているのでしょう。未知の知識に触れることの魅惑と恐怖こそが「メドゥーサ・トゥルース」が意味するものかもしれません。知らずにいたほうがいいのに、人間の探求心が彼を破滅させる。たとえば『ロビンソン・クルーソー』では、ロビンソンの好奇心や冒険心が、幸せから彼を遠ざけているというふうに作者のデフォーは書いています。
見てはいけないものを見てしまったら、破滅する。そういうことがありますよ、と。デフォーと同じような、好奇心や冒険心に対する無意識の警鐘が、ジャックロンドンに『赤い球体』を書かせたのかもしれません。

