『マッチングの神様 ~結婚実験リアリティ~』(MARRIED AT FIRST SIGHT)のやらせ疑惑。ツッコミ。真実の愛って何?

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書籍『市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)』。『通勤自転車からはじめるロードバイク生活』。小説『ツバサ』。『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』『読書家が選ぶ死ぬまでに読むべき名作文学 私的世界十大小説』『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』。Amazonキンドル書籍にて発売中。

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初対面から結婚式。『マッチングの神様 ~結婚実験リアリティ~』(MARRIED AT FIRST SIGHT)の感想、おすすめ度

『マッチングの神様 ~結婚実験リアリティ~』(MARRIED AT FIRST SIGHT)という番組が大好きで、夫婦でよく視聴しています。日本で見られるシーズンはすべて見ています。この番組は、オーストラリアの恋愛ドキュメンタリー番組です。ジョン・エイケンをはじめとする恋愛エキスパートが選んだ「ベストカップルと思われる男女」に疑似結婚生活をさせて、約2か月の結婚実験後も、リアルな世界で本当につきあい続けるかを選択させるというものです。

この番組から、本当に結婚して、子供をつくって、今でも夫婦生活を続けているカップルもいるそうなので、あながち「やらせ」ばかりではないと思います。しかし基本的にはスクリプトを描いている人がいるんじゃないでしょうかね。

「まじかよ」

「なんで知った?」

「そんなことある?」

「いつ撮った?」

「こんな人いる?」

「バレるなんてへんじゃない?」

といったツッコミのオンパレードなのは確か。

とくに実生活でもつきあっていくことを決める最終セレモニーの告白で、どちらが先に告白するかは非常に重要です。先に「おねがいします」で、後から「ごめんなさい」でないと盛り上がりません。先に「ごめんなさい」だと、話しがそこで終わってしまいます。本作では男から先とか、レディーファーストとか、告白順序は決まっていないはずなのに、そこらへんの視聴者目線が完璧です。盛り上がるように順番を決めているとしか思えません。すくなくとも構成作家がふたりの結末の手紙内容を先に読んでいるだろうと予想しています。

この番組は、視聴者のツッコミをもらうために存在しているといってもいいでしょう。逆にいえば、ツッコむのが、視聴のだいご味です。

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恋愛に未熟な若者を、自分たちの若い頃を思い出しながら、余裕をもって眺めるのが楽しい

この番組はアマプラhuluなどで見られるので、ぜひ視聴してみてください。とくに私たちのように、もう恋愛を卒業した安定した夫婦が見るぶんには最高の娯楽となります。

私から見れば年下の恋に未熟なオーストラリア人たちが、純情をぶつけたり、みえみえの手練手管をつかったり、嫉妬したり、周囲に策略を仕掛けたり、もめて喧嘩したりするのが、見ていて面白いのです。歯がゆかったりもしますが。

とくに女性出演者の多くは本気で結婚して家庭を持つことが夢なのでしょう。もうすでにその場所にいる私たち夫婦は余裕をもって番組を楽しむこと(批評?)ができるのです。

ああ自分たちは、こういうドロドロの不安定な世界を卒業できてほんとうに良かった。昔は、おれたちも、こんなことあったよなあ。

そんな勝者の余裕スタンスで視聴しています。だから楽しいのです。

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日本人じゃなくて、白人だから、オーストラリア人だからおもしろい

この番組ですが『バチェラー』のように日本版をやっても、ここまで面白くはならないだろうと思います。日本人だったら、どぎつすぎて、嫌悪感がわいて、たぶん見ていられなくて途中で消してしまうだろうと思います。日本人じゃなくて、白人だから、オーストラリア人だからおもしろいのです。

世界のバチェラーが見たい!

鼻ピアスとか、全身タトゥーなどの、同じ人間だけど、自分とは明らかに違う人たちだから、かろうじてエンタメとして見られるといったスレスレのドギツサがあります。

オーストラリア人でも、こんなに恋愛に奥手な人がいるんだなあ、とか。白人でも、こんなに周囲から露骨に嫌われて、無視とかあるんだ、とか。自分でひどい性格していることがわからないのかしら、とか。日本人だったらここまでしないよなあ、というようなことを彼らは平気でしちゃいます。すべてのシーズンに必ず高慢女とヤリチンが登場します。視聴者が期待するキャスティングをちゃんとしているというわけです。疑似夫婦ですから同居もしてセックスもします。セックスに対してもたいへんオープンです。そこはオーストラリアですからね。

高慢女ヤリチンはたいてい最後には振られます。そこは水戸黄門的な勧善懲悪の予定調和といってもよく、浮気者はフラれ、視聴者はすっきりするような番組構成となっています。やっぱり恋愛ドキュメンタリーなんて大ウソかもしれません。現実はモテる人は何をしたってモテるし、モテない人は誠実だろうが純情だろうがモテないというのが真実でしょうからね。

まあ、この番組が、やらせであるとか、シナリオがあるとかいう批判は、この際、すみのほうに置いておきましょう。正直、おもしろければどっちでもいいじゃないですか。映画だって「シナリオがあるやらせ」なんですから。映画の銃撃シーンなんてオモチャの銃で撃ってるフリしているだけですよ。そこらへんのガキとやってることは同じです。大切なのはエンタメとして面白いかどうかだけだと思います。そういう意味で『マッチングの神様 ~結婚実験リアリティ~』(MARRIED AT FIRST SIGHT)は、ものすごく面白いですよ。

イロハ
イロハ

こいつと結ばれちゃダメ! それに気づいて!

ハルト
ハルト

STAYじゃねえ。LEAVE だ。LEAVE!!

イロハ
イロハ

騙されてるぞ! 相手が見えてねえ!

なんて夫婦でツッコミを入れるのが最高にたのしいです。

ハルト
ハルト

なんでこんなマッチングにした? 悪いのはエイケンだろ! なにが恋愛エキスパートだ。お前の責任だ!

オーストラリアでも大人気の番組なので、出演者はものすごい倍率のオーディション的な審査を勝ち上がってきた人たちですから、基本的にイケメン、ゴージャスな美女ばかりです。しかし逆にいえば、この美女に言いよる男がいないなんておかしい、という疑問や、このイケメンに女がいないなんてありえない、テレビに出てフォロワー増やしたいだけだろ、など無限にツッコミのネタとなるのでした。男女ともに、人気のテレビ番組に出て爪痕残して有名になりたい、というだけのモチベーションの人も必ず登場します。そういう人たちは、恋愛を成就させようという気がそもそもなくて、すでに恋人がいたり、ほかのカップルに手を出して破局させたり、番組を去るべきなのにテレビに出演し続けたいために去らなかったりして、波乱万丈を巻き起こすのでした。

ハルト
ハルト

恋愛に本気でない出演者を見抜けなかったのもエイケンの責任だと思うけどね。

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異性にフラれた時の、オーストラリア人のメンタルの日本人との違い

このようにとてもおもしろい『マッチングの神様 ~結婚実験リアリティ~』(MARRIED AT FIRST SIGHT)ですが、私がなんでこのコラムを書こうと思ったかというと、番組の面白さを紹介したかったからではありません。そうではなくて、オーストラリア人のメンタリティーって日本人とは違うなあ、とつづくづ番組を見ていて思ったからでした。

それは本気で人生のパートナーを見つけたい、本気系の女性出演者が、残念ながら恋愛が破局するとき(振られた時)の、彼女たちの態度に現れます。彼女たちは失恋に泣きながらも、決然とこんなことを言うのです。多くの本気系女性がこういうことを言います。ひとりやふたりではなく、たくさんの女性が同じことを言いました。

「私は思いやりがあって、明るくて、愛されるに値する人間よ。そんな私にこんな失礼な態度をとることは許されない。あの人に思い知らせてやるわ」

ものすごい自己肯定感です。これほど自己肯定する人は日本人では珍しいと思います。

異性に振られたときに、日本人だったら、自分に魅力がなかったとか、相手の望むレベルに自分が達しなかったとか、基本的に自分を責めると思うんですよね。私だったらそうなります。自分は愛されるに値しなかった、欠点があるとガッカリするのが失恋ではないでしょうか。

自分以外のところに理由を求めた場合でも、前世から縁がなかったとか、仏教的なところに原因を求めるのがギリギリのところではないでしょうか。

「私は愛されるのに値する人間なのに、あの人の態度は失礼すぎる、許せない」

と、失恋した時に、自分ではなく相手に原因を求めるというのは、私にはものすごく新鮮なメンタリティーでした。中島みゆきとかの失恋ソングとか聞きながら落ち込む日本人女性とはまるっきり違うメンタリティーですよね。

異性に振られている時に、他人から嫌われている時に、「私は愛されるべき価値のある人間よ」こんな風に思えるのがすごいなあと思います。日本人のメンタルとはぜんぜん違うなあ、と感じたのでした。本稿でいちばん書きたかったのは、このことです。

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「島国根性」のウソ。いじめ、無視、排除、ひそひそ話しは、世界共通

このようにオーストラリア人と日本人は違うなあ、というところがある反面、みんな同じような心の動きをするんだなあ、と思うところもたくさんあります。

よく日本は単一民族の島国で「島国根性」みたいな自己批判を聞くことがあります。江戸時代の鎖国による異文化の排除、五人組による監視社会や、上様へのご注進。均一同質社会をすすめてきた結果、異質なものをいじめや無視で排除する風潮。うわさ話など、島国根性の陰湿さみたいに自己批判するのを聞いたことがあります。

しかし『マッチングの神様 ~結婚実験リアリティ~』(MARRIED AT FIRST SIGHT)を見ているかぎり、そんな批判は当たっていないと思います。島国根性といわれるそれと同じものが、移民国家の大陸、オーストラリアでも見られるからです。白人でも未熟な人は未熟だし、好かれる人も嫌われる人もいて、いじめっぽいこともあります。他人に嫌われても、どうして嫌われるのか、理解できない人もいます。

同じ人間だなあ、とつくづく思うのです。日本で起こっていることは、島国根性だから起こっているのではありません。

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真実の愛って何? ダックに見えたらそれはダックだ。愛に見えたらそれは愛だ

この番組はオーストラリアの若者が自分のソウルメイト(真実の愛)を探すという作品です。なかなかそういうものを見つけられる人はまれにしかいません。だからみんな必死になって探すんでしょう。

その中で、シーズン5の登場人物で、ヒューグラント似のオリーという若い男が、こんなことを言っていました。

「僕らの関係が本物かどうか。こんな言葉がある。アヒルのように歩いて、アヒルのように鳴くなら、それはアヒルだ

イロハ
イロハ

えっ? どういうこと? ハルトはなんで感動してるの?

ハルト
ハルト

わからない? アヒルは愛のたとえだよ。アヒルに見えるならそれはアヒルであるように、愛のように見えるならそれは愛なんだ。愛のように寛容で、愛のように優しかったら、それは愛だ。

まさか、オーストラリアの25歳ぐらいのナレーターに感動させられるとは思いませんでした。真実の愛とは何か? それがどういうものか、私たちは知りません。でもそれが愛のようにふるまって、愛のように見えたなら、それは愛ってことでいいんじゃないかと私も思います。

だって虐待にしか見えないものを「君にはわからないかもしれないけれど、これも愛だ」とかって言われて納得できます? 梶原一騎の劇画に出てきそうな、千尋の谷に我が子を突き落とす親ライオンのような愛情を向けられて、これが真実のあいだと納得する女性なんてひとりもいないんじゃないでしょうか?

本当のことがわからなくても、それが愛のようにふるまい、愛のようにたたずむのならば、それは愛なのだと私も思います。

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最高の復讐は、自分の高らかな笑い声を聞かせてやること

私は世界を旅してきたバックパッカーです。これまで世界中の路上で私が見てきた経験から言うと、人生を楽しんでいて遊び上手なのはいつも白人でした。だから白人を上に見るような気持ちがどこかにありました。しかし『マッチングの神様 ~結婚実験リアリティ~』(MARRIED AT FIRST SIGHT)は、そういったものも微塵に打ち砕いてくれます。

【白人はすごい】バックパッカーの安宿ルートを開拓したのは白人さんたち

岡目八目で余裕をもって眺めれば、破局するカップルもおもしろく、むすばれるカップルもおもしろく視聴できますよ。

フラれたり、ひとに嫌われたりしたら、日本人の私たちは「自分が悪い」と考えがちですが、「私は愛されるに値する人間だ。このような扱いをうけるいわれはない」と考えるオーストラリア人のスタンスからは学ぶべきものがあります。問題はこちら側ではなく、向こう側にあるという態度です。

「私を嫌うなんて、こちらに問題があるならまだしも、私は人を思いやる心があって、明るくて元気で、愛されるに値する人間なのだから、こんな扱いをするなんて相手側がおかしい。それをはっきりさせる」

そう言って告白セレモニーに出向く真剣系のオーストラリア女性たち。自分の信じている自分の価値を証明するために、自分を振ろうとしている相手の男を逆に振ってみせるのです。

しかしそれがどこか痛々しい強がりに見えます。そうすることで結局、恋は壊れ、ひとりぼっちというはじめからの場所に戻ってしまうわけですから。

「実験で学んだわ」と満足げに彼女らは言いますが、何かを学ぶために番組に参加したのではありません。愛をつかむために参加したのです。

こんな時には、もっとすてきな相手と幸せになって、相手に自分の人生を見せつけてやるしか思い知らせてやる手はありません。しあわせなこっちの笑い声を聞かせてやるしかないでしょう。日本人でも、オーストラリア人でも、それが最高の復讐です。高らかに笑い声を聞かせてやること。フラれた時にはそれ以外にはありません。若きオーストラリアの彼女ら、彼らを眺めていて、そんなことを感じたのでした。

ボン・ボヤージュ

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サハラ砂漠で大ジャンプする著者
【この記事を書いている人】

アリクラハルト。物書き。トウガラシ実存主義、新狩猟採集民族、遊民主義の提唱者。心の放浪者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。ソウル日本人学校出身の帰国子女。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。大西洋上をのぞき世界一周しています。千葉県在住。

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アリクラハルト。物書き。トウガラシ実存主義、新狩猟採集民族、遊民主義の提唱者。心の放浪者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。ソウル日本人学校出身の帰国子女。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。大西洋上をのぞき世界一周しています。千葉県在住。
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書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』
この本は勤務先の転勤命令によってロードバイク通勤をすることになった筆者が、趣味のロードバイク乗りとなり、やがてホビーレーサーとして仲間たちとスピードを競うようになるところまでを描いたエッセイ集です。 その過程で、ママチャリのすばらしさを再認識したり、どうすれば速く効率的に走れるようになるのかに知恵をしぼったり、ロードレースは団体競技だと思い知ったり、自転車の歴史と出会ったりしました。 ●自転車通勤における四重苦とは何か? ●ロードバイクは屋外で保管できるのか? ●ロードバイクに名前をつける。 ●通勤レースのすすめ。 ●軽いギアをクルクル回すという理論のウソ。 ●ロードバイク・クラブの入り方。嫌われない作法。 などロードバイクの初心者から上級者まで対応する本となっています。
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小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
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×   ×   ×   ×   ×   ×  (本文より)知りたかった文学の正体がわかった! かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。 しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。 世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。 すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。 『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。 その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。
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◎このブログの著者の随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』
随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。

私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●韓国帰りの帰国子女の人生論「トウガラシ実存主義」人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。

帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。

Amazon.co.jp: 帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル (民明書房) eBook : アリクラハルト: 本
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随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

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●◎このブログ著者の書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』◎●
書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』
戦史に詳しいブロガーが書き綴ったロシア・ウクライナ戦争についての提言 『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』 ●プーチンの政策に影響をあたえるという軍事ブロガーとは何者なのか? ●文化的には親ロシアの日本人がなぜウクライナ目線で戦争を語るのか? ●日本の特攻モーターボート震洋と、ウクライナの水上ドローン。 ●戦争の和平案。買戻し特約をつけた「領土売買」で解決できるんじゃないか? ●結末の見えない現在進行形の戦争が考えさせる「可能性の記事」。 「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」を信条にする筆者が渾身の力で戦争を斬る! ひとりひとりが自分の暮らしを命がけで大切にすること。それが人類共通のひとつの価値観をつくりあげます。人々の暮らしを邪魔する行動は人類全体に否決される。いつの日かそんな日が来るのです。本書はその一里塚です。
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