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谷崎潤一郎『知人の愛』の魅力、あらすじ、内容、書評について

日本文学の大家、谷崎潤一郎

私は国文科の出なのですが、これまでほとんど日本文学は読んできませんでした。明治以降の文学には西欧へのコンプレックスのようなものが屈折して描かれていますが、私は、日本国内でうじうじと悩んでいるぐらいなら、とっとと世界を旅して劣等感を払拭してしまえばいいのにと思います。「アホか!」と。三島由紀夫太宰治に「あんたの苦悩なんて器械体操でもして体を鍛えればなおっちまう」と言ったそうですが、白人コンプレックスにはそんな冷めた目で見ています。

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『ギルガメッシュ叙事詩』にも描かれなかった、人類最古の問いに対する本当の答え

(本文より)「エンキドゥが死ぬなら、自分もいずれ死ぬのだ」

ギルガメッシュは「死を超えた永遠の命」を探し求めて旅立ちますが、結局、それを見つけることはできませんでした。

「人間は死ぬように作られている」

そんなあたりまえのことを悟って、ギルガメッシュは帰ってくるのです。

しかし私の読書の旅で見つけた答えは、ギルガメッシュとはすこし違うものでした。

なぜ人は死ななければならないのか?

その答えは、個よりも種を優先させるように遺伝子にプログラムされている、というものでした。

子供のために犠牲になる母親の愛のようなものが、なぜ人(私)は死ななければならないのかの答えでした。

エウレーカ! とうとう見つけた。そんな気がしました。わたしはずっと答えが知りたかったのです。

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『知人の愛』の魅力、あらすじ、内容、書評

ナオミという名の女は「混血児かしら」と周囲から言われます。外国人のような名前だと描写されるのですが、当時はあまりナオミという名は一般的ではなかったのでしょう。

今では「渡辺直美」「川島なお美」「ちあきなおみ」「財前直見」「奈緒美」など、たくさんのナオミさんを思い浮かべることができるのに対して、ガイジンだとナオミ・キャンベルぐらいしか思い浮かびません。逆に彼女を日本人みたいな名前だなあと感じる人もいるのではないでしょうか。植村直己なんていう世界的な登山家もナオミさんでしたね。

ヒロインのナオミがそうであるように『痴人の愛』は谷崎の白人趣味がモロだしの作品となっています。

ナオミは妻であると同時に、世にも珍しき人形であり、装飾品でもあった。

ますます強く彼女の肉体に惹きつけられていった。私は特に『肉体』といいます。それは彼女の皮膚や歯や唇や髪や瞳やその他あらゆる姿態の美しさであって、決してそこには精神的の何ものもなかったのですから。

→三島由紀夫の『肉体』とはだいぶちがう肉体ですね。三島のは自分の、男の肉体ですが、谷崎のは他人の、女の肉体です。

自分はナオミを精神と肉体と両方面から美しくしようとした。精神の方面では失敗したけれど、肉体の方面では立派に成功した。

アントニーがクレオパトラに征服されたのも、つまりはこういう風にして、次第に抵抗力を奪われ、丸め込まれてしまったのだろう。愛する女に自信を持たせるのはいいが、その結果として今度はこちらの自信を失うようになる。

もし私に十分な金があって気随気ままなことができたら、あるいは西洋に行って生活をし、西洋の女を妻にしたかもしれません。

白皙人種の婦人に接近しうることは、私にとってひとつのよろこび……いや、よろこび以上の光栄でした。

→ 白人コンプレックスは、白人に似た容貌と名前を持つナオミへと向かうのでした。

「あの女アひでえ腋臭だ、とてもくせえや」

私にはその香水と腋臭とのまじった甘酸っぱいようなほのかなにおいが、決して厭でなかったばかりか、言い知れぬ蠱惑でした。それは私にまだ見たこともない海の彼方の国々や、世にも妙なる異国の花園を思い出させました。

→ 谷崎はニオイフェチだったのでしょうか。このような描写をわざわざ差し込むのですから、すくなくとも「においフェチ」趣味を理解していたことは間違いないでしょう。

「私のパパちゃん! 可愛いパパちゃん!」

→ はい。パパ活ですね。このオヤジ(もう故人)、なんだかエロいんだよなあ。

無数の花びらが降ってくるような唇の捺印。花びらの薫りの中に自分の首がすっかり埋まってしまったような夢見心地。

私がこの女を抱いてやる時、常にこの獅子っ鼻の穴の洞窟を覗き込む。けっして他人のもののようには思えません。

→ 谷崎は鼻フェチだったのでしょうか。このような描写をわざわざ差し込むのですから、すくなくとも「鼻フェチ」趣味を理解していたことは間違いないでしょう。

寝ぼけて足の裏をなめた「足を舐めたっていいじゃないの。譲治さんなんか始終だわよ」「そいつあ一種の拝物教だね」

→ 谷崎は足フェチだったのでしょうか。間違いありません。

彼女を糾明するにしても、その際に処する自分の腹をあらかじめ決めておかなけりゃならない。「そんならあたし出て行くわよ」と言われたとき「勝手に出ていけ」と言えるだけの覚悟ができているならいいが……

→ 男と女は「惚れたもん負け」です。つまりはこういうことです。

女にモテるただひとつの方法

「なんだおまえは。おれに恥をかかせたな! ばいた! 淫売! じごく!」

→ 相手を罵倒する言葉として「じごく」というのは聞いたことがありません。おもしろい表現だなあと思いました。地獄なのはおのれの心境であって、相手じゃないと思うんですが。谷崎のオリジナルなのか、その時代の人はみんなこう言ったのか?

私は今まで彼女が酒を飲んだところを一度も見たことはなかったのです。

→ 私は「今まで彼女が泣いたところを一度も見たことはなかった」というモチーフで小説を書いたことがあります。

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(本文より)

カプチーノを淹れよう。きみが待っているから。
カプチーノを淹れよう。明るい陽差しの中、きみが微笑むから。
ぼくの人生のスケッチは、まだ未完成だけど。
裏の畑の麦の穂は、まだまだ蒼いままだけど。
大地に立っているこの存在を、実感していたいんだ。
カプチーノを淹れよう。きみとぼくのために。
カプチーノを淹れよう。きみの巻き毛の黒髪が四月の風に揺れるから。

「条件は変えられるけど、人は変えられない。また再び誰かを好きになるかも知れないけれど、同じ人ではないわけだよね。
前の人の短所を次の人の長所で埋めたって、前の人の長所を次の人はきっと持ちあわせてはいない。結局は違う場所に歪みがでてきて食い違う。だから人はかけがえがないんだ」

金色の波をすべるあなたは、まるで海に浮かぶ星のよう。
夕日を背に浴び、きれいな軌跡をえがいて還ってくるの。
夢みるように何度も何度も、波を泳いでわたしのもとへ。

あの北の寒い漁港で、彼はいつも思っていた。この不幸な家族に立脚して人生を切り開いてゆくのではなくて、自分という素材としてのベストな幸福を掴もう、と――だけど、そういうものから切り離された自分なんてものはありえないのだ。そのことが痛いほどよくわかった。

あの人がいたからおれがいたのだ。それを否定することはできない。

人はそんなに違っているわけじゃない。誰もが似たりよったりだ。それなのに人はかけがえがないなんてことが、どうして言えるだろう。

むしろ、こういうべきだった。

その人がどんな生き方をしたかで、まわりの人間の人生が変わる、だから人は替えがきかない、と。

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開いた口がふさがらない……十九の娘が、かくも大胆に、私を欺いていようとは! ナオミがそんな恐ろしい少女であるとは、今の今まで、いや、今になっても、まだ私には考えられないくらいでした。

「これから決して熊谷なんかと遊びはしないね?」「うん」この「うん」でもって、お互いの顔が立つようにどうやら折り合いがつきました。

→最初は「男の顔」を立てようとした譲治(ジョージという外人の名前を連想させます)。しかしやがてナオミの肉体のために男のプライドを捨てることになります。そういうところがマゾヒズム小説だとされるゆえんです。

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この女はすでに清浄潔白ではない。この考えは私の胸を暗く閉ざしたばかりでなく、自分の宝であったところのナオミの値打ちを半分以下に引き下げてしまいました。ただ自分ばかりがその肉体のあらゆる部分を知っているということに、彼女の値打ちの大半があったのですから。

→ 異性経験が豊富なほど男の価値はあがりますが、女の価値は下がります。残念ながら昔からそう決まっています。男はハンターだから豊富な異性経験は狩猟の成果数を誇れますが、女性は「受け入れるだけ」なので「たやすい獲物」と見られてしまうんですね。

これが現実です。AV女優が、一般女優よりも低く見られているのはそのせいです。

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あなたの方で信じてくれなけりゃあ……以前のことはもう言わないって約束じゃないの。

→ 男は昔のことをグチグチ言うものなんですよ(笑)。なんだか谷崎潤一郎にとても親近感がわいてきました。

ナオミは私にとってもはや貴い宝でもなく、ありがたい偶像でもなくなった代り、一個の娼婦となったわけです。夫婦としての情愛も昔の夢と消えてしまった。どうしてこんな不貞な汚れた女に未練を残しているのかというと、まったく彼女の肉体の魅力、ただそれだけに引きずられつつあったのです。

→いやまったく正直な告白で(笑)。さすが大文豪です。

肉体宣言。生きがいとは何だ? 肉体をつかってこその生き甲斐

ナオミさんにはあなたの知らない男の友だちが、幾人あるか知れやしません。

はじめての男のところへ行って、その晩すぐに泊まるなんて……どこの人だかわからない女を泊めるほうも泊めるほうだな。

→ナオミは白人男と対等に恋愛しています。主人公譲治の劣等感はさらに燃え立ちます。

おれはどんなに恋しくても、もうあの女は諦めなければならないのだ。おれは見事に恥をかかされた。男の面に泥を塗られた……。

顔を突っ伏し、わあッと泣きながら、とてつもない声で叫びました。

「ぼくは……もうあの女をキレイサッパリあきらめたんです!」

→ はい。泣いたら惚れます。あんたの負けですぜ。

みんなが慰みものにしているんで、とても口にはできないようなヒドイあだ名さえついているんです。あなたは今まで、知らない間にどれほど恥をかかされているかわかりゃしません。

→ ひと昔前だったら「サセ子」とか「ヤリマン」とかあだ名されていたんでしょう。

多くの男に肌を見せるのを屁とも思わない女でありながら、たといわずかな部分でも、決して無意味に男の眼には触れさせないようにしていた。

→ 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』を彷彿とさせる描写です。

「これから何でも言うことを聴くか」「あたしが要るだけ、いくらでもお金を出すか」「あたしに好きなことをさせるか、一々干渉なんかしないか」

→ この勝者の雄たけびはカタルシスでした。みごと主客転倒し、マゾヒストとサディストがおさまるべき位置におさまったのでした。

『サド侯爵夫人』三島由紀夫の最高傑作

その欠点を取ってしまえば彼女の値打ちもなくなってしまう。浮気な奴だ、わがままなやつだと思うほど、一層可愛さがましてくる。

→ 先日読んだ『イーロン・マスク』というアスペルガーの世界一の企業家の書物にも同じ内容が書かれていました。イーロンの人の心がわからないという欠点がなおったら、世界一の企業家でいられないのではないか、と。

他叙伝『イーロン・マスク』世界を変える男に学ぶ新しい生き方

私自身はナオミに惚れているのですから、どう思われても仕方ありません。

→ でしょうね。マゾヒストの開き直った告白でした。

ここまで女性の肉体にオールインした作品ははじめて読んだ

団鬼六花と蛇』のようなポルノは除いて、ここまで女性の肉体にオールインした作品ははじめて読んだ気がします。

チャタレー事件。猥褻裁判と『チャタレイ夫人の恋人』の内容とエロ描写のレベル

すがすがしいまでにマゾヒストで、それを隠そうという気もなく、カタルシスのある読後感でした。

正直、わたしも女性以上の人生のよろこびはないのではないかと思っています。

日本昔ばなし『赤神と黒神』。勉強ができるよりも、出世するよりも、女にモテる方がいい。

源氏物語のように「理想の女を育て上げる」趣味も『痴人の愛』には含まれます。

運命の女。ファム・ファタールとは何か? ピエール・ルイス『女と人形』の魅力、あらすじ、書評、感想、評価

ほかの谷崎作品も読んでみたくなりました。おもしろかったです。

ジャコモ・カサノバ『回想録』世界一モテる男に学ぶ男の生き方、人生の楽しみ方

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『ギルガメッシュ叙事詩』にも描かれなかった、人類最古の問いに対する本当の答え

(本文より)「エンキドゥが死ぬなら、自分もいずれ死ぬのだ」

ギルガメッシュは「死を超えた永遠の命」を探し求めて旅立ちますが、結局、それを見つけることはできませんでした。

「人間は死ぬように作られている」

そんなあたりまえのことを悟って、ギルガメッシュは帰ってくるのです。

しかし私の読書の旅で見つけた答えは、ギルガメッシュとはすこし違うものでした。

なぜ人は死ななければならないのか?

その答えは、個よりも種を優先させるように遺伝子にプログラムされている、というものでした。

子供のために犠牲になる母親の愛のようなものが、なぜ人(私)は死ななければならないのかの答えでした。

エウレーカ! とうとう見つけた。そんな気がしました。わたしはずっと答えが知りたかったのです。

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