肉体宣言。生きがいとは何だ? 肉体をつかってこその生き甲斐

マラソン・ランニング
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【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者アリクラハルトの人生を旅しながら走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

『車泊でGO!!』YouTube動画 始めました。(grandma-cuisine

どうもハルトです。みなさん今日も楽しい旅を続けていますか?

このページでは「肉体をつかってこその生き甲斐」体を使わなければ生き甲斐なんて感じられないということを主張しています。

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キリスト教西洋哲学は、精神を重んじて、肉体を軽視しすぎた

世界でもっとも大きな宗教であるキリスト教の約束した神の王国は、死後の世界にありました。キリスト教は、ゆるしとかやさしさとか精神的なところに重きを置いたので、その反面、現世の肉体に重きを置かなかったのです。

そのキリスト教を基盤とした西洋哲学は、ともすれば「考える知性だけが人間特有のものであり、もっとも価値のあるもの」と結論するものが主流でした。ここでは肉体は動物でも持っているあまり価値のないものと見なされています。

ところが東洋哲学の中で生まれ育ってきたわたしたち日本人にとっての「生きているリアルな実感」はどうでしょうか。肉体抜きには何も感じられないのではないでしょうか。むしろ生きがいは肉体活動にこそあるとわたしは感じています。

わたしはこのコラムの最終章『走るために生まれた』で、この人生において「暑い日に走ったあとの冷たいシャワーや、寒い日に走った後のあついお風呂にまさる快楽はそう簡単に見つからない」と『肉体宣言』しています。

この人生に肉体以上の価値あるものを見つけられなかった、とはっきりとシャッポを脱いだのです。そしてそのことを自分の哲学としています。

このコラム集『ドラクエ的な人生』をすべて読んでもらえればわかりますが、わたしはそれほど脳筋(脳ミソ筋肉)ではありません。どちらかといえば「頭のよさでフィジカルエリートに走り勝ってやろう」という頭脳派だと自分のことを認識しています。

たくさんの本も読みました。たくさんの映画も見ました。たくさんの冒険もしました。それでも「この人生に肉体以上の価値あるものを見つけられなかった」のです。

探す旅、はもうじゅうぶんにしたのではないかと思います。これをわたしの結論にしましょう。

ひとりでも多くの方に共感してもらえると嬉しいです。

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尾崎豊病とは生きがいを求めてシャウトしてしまう病気

イロハ「はあ~(ため息)。私って何のために生きているんだろう

ハルト「な、なんだ。唐突に。いきなり何を言い出すんだ?」

イロハ「いやね。私の生きがいって何だろうと思って。何にもないなあって…」

ハルト「尾崎豊病か!?」

イロハ「こういうの尾崎豊病っていうの?」

ハルト「いやおれのテキトーな造語だけど。ゴールデンウィーク車中泊の旅で尾崎豊の歌をずっと聞いてたからそんなことを言い出すんじゃないの?」

イロハ「そうかしら」

ハルト「『深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を覗き込む』っていうフリードリヒ・ニーチェの言葉があるんだけど、尾崎豊にはそういうところがあるよね。歌詞が『みんなこの橋を死に物狂いで走った』とか『おれは走り続ける、叫び続ける、求め続けるさ、おれの生きる意味を』とか、ちょっとのんべんだらりとは聞いていられないような歌詞じゃない? 聞いていると切実さ真剣さに影響を受けてしまうんだ。そういうところがカリスマって呼ばれたんだけどね」

イロハ「聞いているうちに無意識に影響されちゃったのかな。はあ~。ハルトは生きがいって何かある?」

ハルト「ため息つくな。幸せが逃げるわ! たとえばこのブログは生きがいのひとつだよ。このコラムの中で他の人には書けないこと、おれにしか書けないことが書けたときには凄く手ごたえと充実感を感じている。もともとおれは作家になるのが夢だったんだ。編集者の検閲なしに、こんなに自由に世間に向かってモノが書ける時代が来るなんて夢のようだよ」

人生は関門突破ゲーム。壁は人生をおもしろくするためにある
失意の場所で、今まで以上の幸せを探すことが、運命を生きることです。旅立った先に素晴らしいものがある。走り続けるということの、本当の意味は、人生をこのように生きることなのではないかと思います。走ることは生きること。輝いて人生を生きる人は、誰もがランナーなのだと思うのです。

イロハ「ふうん。ハルトは生きがいがあるんだね」

ハルト「いい歳して『生きがいがない』なんて言うな。尾崎豊は10代だったんだぞ。おとながティーンに何かを語れなくてどうする?」

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生き甲斐は肉体をつかってこそ

ハルト「人間っていうのは肉体をつかってこそ大きな喜びがあるんだよ。おれはそう確信しているんだ。

空腹時に食べる美味しい食事とか、暑いときに浴びる冷たいシャワーとか、そういうものに勝る快楽はこの世界にそう簡単には見つからないとおれは感じているんだ。

人生はハレとケ、緊張と弛緩があってこその喜びであり、生きがいなんだ、と。充実だけしかない一日とか人生なんてありえないと思う。

精神的なものは肉体的なものよりも価値が高いっていうのは、神の王国を霊の世界に求めたキリスト教の方便だと思う。

朝、起きたら「難解な哲学的なことを考える」よりも、まずは運動して身体を目覚めさせることからはじめたら?

そうすりゃあ頭がすっきりして、走れば気持ちよくなって、余暇を利用して「難解な哲学的なことを考える」こともできるんじゃない?

イロハ「そういえばハルトにとって走ることは生きがいじゃないの?」

ハルト「それはもう最大の生きがいだよ。今じゃ作家になる夢よりね」

イロハ「夢よりも走ることが大事?」

ハルト「サブスリーという関門突破ゲーム血尿が出るほど熱中していた頃、おれは作家になる夢のことなんて完全に忘れていたよ。そういう体験があってこそ『最終章・走るために生まれた』というこのブログの最後のページを既に書き上げることができたんだよ。

【肉体宣言】走るために生まれた
退屈なケの日常を、わずかな時間でハレのパーティーに、お祭りに、クリスマスに変える方法を、わたしは知っています。それは走ることです。走ること、それは子供に戻る魔法。青春を取り戻す魔法です。夢中になって追いかけること。無心になって集中すること。自分と対話すること。すべてを忘れること。世界が美しく見える魔法。それが走ることなのです。

生きがいというと、クリエイティブな活動をするとか、仕事をするとか、本を読むとか、文化的なことじゃなきゃいけないと思い込んでいる人が多いけれど、そうじゃない。生きがいというのは大空を鳥が舞うようなものだ。遙かなる海をクジラが泳ぐようなものだ。この世界を、神からさずかった肉体で駆けめぐることこそが生きがいだ。

生きがいというのは、脳の新しい領域である大脳新皮質を使った高度な文化的作業よりも、脳の太古の領域である大脳辺縁系に由来した肉体的な行為の方がだんぜん生きている実感が大きいとおれは思っている。要するに人間も動物だってことだよ」

イロハ「人と人とのふれあいは?」

ハルト「仕事が生きがいという人は、本当は業務の内容そのものが生きがいなのではなくて、必然的に仕事で関わってくる人との協力や交渉、そういった関係性にこそ生きがいを感じているんだろう。狼の群れが体を触れ合わせて眠るように。ふれあったり群れたりすることは動物の原始的な欲求だよ。異性と肌と肌が接触している最中に、私には生きがいがないとか、何のために生きているのかわからないとか感じる人はあまりいないだろう。ふれあうことも肉体を使うことだよね

イロハ「また清濁併せ吞むアジャリ道ってやつ(苦笑)?。。でも宗教活動とか、音楽とか文化的な活動を生きがいにしている人もいるでしょ?」

スポーツ選手は脳筋バカか? マラソンは受験、セックスに似ている
本気でやることを『本腰を入れる』といいますが、この言葉はもともと男性がセックスの時に本気になると、チンコを奥深く挿入するためにぐっと腰を突き出すことが由来だそうです。マラソンも本腰を入れると速くなります。心理的にも、肉体的にも。これは本当です。
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『世の中から悪が消えれば、誰が神を敬うというのだ?』
原始的な欲求の方が強い

ハルト「歌うことは小鳥が異性を求めてさえずることと同じだよ。たとえば楽器を奏でることよりも、空腹時に美味しいものを食べることの方が、つまり原始的な欲求の方が圧倒的に強いとおれは実感しているんだよ。長く走り続けてきた中で、それを知ったんだ。

音楽家の坂本龍一さんが、中咽頭がんにかかって、死を意識した病床で、音楽のことではなく、食べ物のことばかり考えていたと告白しているよ。

とても正直な告白だと思う。『The・音楽』みたいな坂本教授でさえそうなんだから。おれが言っていることが正しいことがわかるだろう。原始的な欲求の方が強いんだ」

イロハ「私は美味しいものも食べているし、ぐっすり眠れているし、毎日、お風呂に入ってホンワカしているのに、どうして生きていてもつまらないなんて考えちゃったのかな?」

ハルト「放浪の旅が楽しすぎるからじゃない? ハイになっている状態が高ければ高いほど、ローになった時との落差がありすぎて、ギャップにやられちゃうんだよ。

ドラッグの禁断症状みたいなものじゃない? 感情の振幅が大きいことも生きがいだと思って、体力で乗り切らなきゃあ。人生やっぱりハレとケなんだよ。

『世の中から悪が消えれば、誰が神を敬うというのだ?』 不自由があるからこそ、自由がある。苦しみがあるからこそ、喜びがあると思わなきゃ」

イロハ「尾崎豊か! でもわかった気がする。すべてはバランスで存在しているのね」

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