特化ブログと雑記ブログはどちらを書くべきか
ここでは特化ブログと雑記ブログはどちらを書くべきかという考察を通して、私がブログを書く理由、そしてモノを書くということの本質に迫ります。
特化ブログというのは、たとえば「釣り」に特化したブログならコンテンツとして釣りのことしか扱っていないブログ・サイトのことです。
それに対して雑記ブログというのはブログ運営者の興味のあることは「何でも」書いてあるカオスのサイトのことです。当サイト『ドラクエ的な人生』は雑記ブログです。
ブログランキングサイトに登録するメリットは、オーガニックサーチ以外に閲覧してもらえること
当サイトを閲覧してくださる方のほとんどはサーチエンジンからの訪問(オーガニックサーチ)であるが、ほんのわずかでもサーチエンジン以外の方にも見ていただきたいと思って、「にほんブログ村」と「人気ブログランキング」ランキングに登録している。
これらはブログランキングサイトといって、ブログをジャンルに分けて上位から表示するというシステムになっている。もちろん上位にランキングされた方が他者の目にふれて注目が集まるのだが、マンガのサイトと純文学のサイトで閲覧数を競っても勝負にならないことは明白だ。
だからジャンル分けされていて、その中でランキングを競い合っている。ジャンル分けしてくれた方が、見る方も自分の興味のサイトばかり並んで見やすいし、勝負する方も純文学なら純文学の中で勝負したい。純文学がマンガに閲覧数で負けるのはあたりまえだ。
特化ブログのメリットはフォロワーがつきやすく、専門店化してショップ運営しやすいこと
そのようなランキングサイトのジャンルを見ると「特化ブログ」と呼ばれる専門サイトが上位に並んでいることがわかる。
たとえば「ロードバイク」というジャンルだと、上位のブロガーのサイトはほとんどロードバイク関連のことしか書き込んでいない特化ブログであることが多い。「韓国旅行」というジャンルだと、上位の人は韓国旅行のことばかり書いてある。「キャンプ」ジャンルだとキャンプのことばかり書いてある。
そういうサイトの方がファンがつきやすいというのはよく理解できる。私だってブックマークをつけたくなるのは特化ブログだ。私の場合はICT関連のブロガーにブックマークをつけることが多い。その人のrock ‘n’ rollな主張が気に入ったとか、説明が簡潔でわかりやすいとかで、お気に入りに追加することが多い。
またアフィリエイトのサイトも特化型サイトであることがほとんどだ。まるで専門店のようにアフィリエイトサイトは専門分野に特化している。モノを買う場合も特化ブログの記事を参考にすることが多い。
特化ブログの方が、その分野の専門家のような気がするから、初心者が新しく趣味をはじめようとすれば特化サイトを参考にすることが多いだろう。その際「このサイトは信用できる」「このサイトの運営者のセンスは私とあっている」と信用してもらえることが最も大切なことである。
その信用を得るためにも特化ブログの方が信用を得やすい。日本人というのは一つの分野のことだけを突き詰める人を尊敬するタイプの人が多いからだ。
こう書くと特化ブログの圧勝のようであるが、私はそれでも雑記ブログの方をおすすめしたいと思う。
とくにあなたがブログによって人生を豊かにしたいと考えるのならば、ブログのデザインは雑記型にしたほうがいいと思う。
雑記ブログのすすめ
そもそも特化型はその分野のことしか書いていないことで閲覧者の気を散らさない効果を得ているが、逆にいえば「その分野以外のことは書けない」というデザインである。
たとえばあなたがどれほど釣りのことが好きだたとしても、あなたのコンテンツは釣りだけだろうか。たまには娘と一緒に出掛けた温泉での大冒険について書きたくなることもあるだろう。
それを書いたら最後、特化ブログは雑記ブログになってしまう。だったら最初から雑記ブログと割り切った方がいい。
「その分野以外のことは書けない」というのは想像以上の縛りである。魂を牢獄に閉じ込めるようなものだ。
現在私の参加している「韓国旅行」というジャンルでは、韓国以外は旅行にいかないというスタンスの特化ブログもある。台湾やバンコクや北京やホーチミンに行くぐらいなら韓国一択というツワモノである。っていうか人生、犠牲にしてないか?
在日の人とか恋人がいるとか特別な事情の人は別として、特化ブログのために旅先から生き方まで縛られてしまうぐらいだったらそんなものはやらない方がいい。おれだったら韓国に3回行くぐらいだったら、韓国一回ハワイ一回行った方がいいね。ハイ、雑記ブログにしましょう。
中にはジャンルごとに複数のブログを運営しているツワモノもいるが、管理が面倒くさいからやめたほうがいい。
とにかくブログを書くことで人生が豊かになり、人生が豊かになることでブログのコンテンツが増えていく、互いにwin-winな関係を築きたかったら特化ブログよりも雑記ブログの方がずっといい。
そもそもブログの内容(コンテンツ)は、外側にあると思っている人が多いが、私は外側ではなく内側にあると思う。
コンテンツは書き手の心の中にあるのであって、決して外側にはない。
コンテンツは書き手の心の中にある。外側ではない
糸杉や星月夜に出会えたからゴッホは名画を描けたわけではないのである。コンテンツは外側にあったのではない。ゴッホの内側にあったのだ。
ただの糸杉や月夜を、人間の狂気(魂)が名画にしたのである。
コンテンツは書き手の側にある。それを外にあると思ってはならない。
相手が著名な人物だったら、新聞記者のインタビュー記事ぐらいならば書けるかもしれない。しかし話し手の情熱を再現できるかどうかも結局のところは書き手の魂次第だと思う。
何が引っかかったか、何が心を震わせたか、それは外側ではなく内側にある。
魅力的な書き手でなければ魅力的な文章は描けないと思う。
rock ‘n’ rollな魂でなければロックな文章を書くのは無理だ。
バラードな魂なバラードなコンテンツしか描けない。
何が書かれているか、は、結局は書き手の魂以外の何物でもない。
たとえ何を書いたとしても、書き手の魂が現れるものなのだ。
奥田民生の『ゼンブレンタルジャーニー』という曲がある。
カバンも上着も車も全部借りて旅に出ようという歌詞である。毛布もテントも本も犬さえも借りて、挙句の果てに「魂」までも借りてしまおうという歌詞だが、魂だけは借りることはできない。
奥田民生もそんなことは百も承知で皮肉な歌詞を書いているわけだ。
「魂を借りること」は不可能ではないと私は思っているが、借りた魂には限界があることもまた確かである。
借りて、血肉となった魂ならば本物だけれど。
特化ブログなんかやめとけ、というのは、人間のカオスな魂が何かに特化して整理されているなんてありえないと思うからだ。
あなたがブログという名の商店を開店しようというのならば話しは別だけれど。
ブログという舞台であなたの魂を表現しようというのならば、雑記ブログのデザインではじめた方がいい。
何かに特化するなんてやめたほうがいい。あなたはそれだけの人間ではないはずだ。