ドラクエ的な人生

本朝三国志「太平記」の人気が「平家物語」ほどない理由

源平の合戦を描いた「平家物語」に対して、それほど有名ではない「太平記」。ここではその書評をしています。なんで「太平記」は「平家物語」ほどメジャーになれないのかについての私の考えを、コラムのオチ(結論)に配しています。どうぞ最後までお読みください。

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このブログの著者が執筆した「なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?」を追求した純文学小説です。

「きみが望むならあげるよ。海の底の珊瑚の白い花束を。ぼくのからだの一部だけど、きみが欲しいならあげる。」

「金色の波をすべるあなたは、まるで海に浮かぶ星のよう。夕日を背に浴び、きれいな軌跡をえがいて還ってくるの。夢みるように何度も何度も、波を泳いでわたしのもとへ。」

※本作は小説『ツバサ』の前編部分に相当するものです。

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源尊氏と源義貞。「源平藤橘」の権力争い

時代は鎌倉時代末期です。鎌倉幕府を滅ぼして政権交代することがひとつの大きなテーマになっているからです。

しかし実際にそれをなしとげたのは二大スター(善玉の楠木正成。悪玉の足利尊氏)ではなく、新田義貞という第三の男です。

ちなみに、足利尊氏も新田義貞も、本当の姓は源氏です。

足利尊氏の本当の名前は源高氏(のちに尊氏)。足利の庄(現在の栃木県足利市)の出なので、足利の……と呼んでいるだけです。

新田義貞の本当の名前は源義貞。新田の庄(現在の群馬県太田市)の出なので新田の……と呼んでいるだけです。

その証拠に尊氏と義貞は、源氏の棟梁の座を争っています。

このあたりは藤原氏と似ていますね。鷹司三条も……本当の姓は「藤原」です。京都の貴族はどうせみんな藤原だから……まぎらわしいので住んでいる場所などで九条家の……と呼んでいるだけなのです。

ちなみに滅ぼされる側の北条高時は平氏の流れ。楠木正成は橘家の流れだとされています。

「源平藤橘」が日本の名家とされています。通り名の姓が変わっているのでなかなか表面に出てきづらいのですが、こうしてみるとたしかに「源平藤橘」が権力の奪い合いをやっているのですね。

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「天皇に忠義」というのは幕末の水戸学、明治維新、王政復古の大号令などの印象に過ぎない

「太平記」を読むと、知らなかったスターが数多く登場するのに驚かされます。

若き貴族、北畠顕家。東北の方から源義経のようなスターがさっそうと登場します。そして期待通りの活躍をします。

そして昔から日本人は天皇には忠誠を誓っていたかのように見えますが、そうでもないことに気づかされます。

「天皇に忠義」というのは幕末の水戸学、明治維新、王政復古の大号令などの印象であって、まだ太平記の時代には、天皇の軍(官軍)と戦争して打ち破ったりしています。

官軍が必ず勝つというのも「徳川慶喜が無条件に恭順した印象」のようです。

壬申の乱なども天皇側(官軍)が負けています。天武天皇が皇子だったということでギリギリ体裁をとっているが、本当は天智天皇の弟じゃなかったんじゃないかという説さえもあります。

『逆説の日本史』。たとえ文献がなくても、行動こそがその証拠

『逆説の日本史』(井沢元彦著)

各地の武将は「天皇への忠義のため」ではなく「自分の欲望のため」に動いているだけでした。赤松円心などは完全に天皇を裏切っています。新田義貞は自分が源氏の棟梁となって尊氏を見返したいために動いているのです。

後世に色づけ(脚色)されたスターたちよりも、もっともわかりやすいのは赤松円心です。自分を最も高く評価してくれる人に味方しています。後醍醐天皇の自分への評価が低かったから裏切りました。結局、北条が偉そうで我慢ならなかったので、天皇に味方したけれど、恩賞などめちゃくちゃだったので、天皇も裏切って、足利の見方をしたという構図です。

新田義貞と足利尊氏のいざこざは「領土」が被っていた原因だったようです。もともと群馬県(新田)と栃木県(足利)と隣接していて仲が悪いところ、後醍醐天皇が勝手に関八州(新田領を含む)を足利の自由にさせるということにしたために、新田が怒ったのでした。恩賞ミスです。人心にうとく、テキトーだった後醍醐天皇が悪いと思います。

当時、九州地方は天皇への忠義どころか、ほとんど反ゴダイゴ勢力、おおっとまちがえちまった反後醍醐勢力だったそうです。なんてモンキーマジックだ!

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新しい政権を切り開いた英雄のはずが、悪役になってしまった微妙な存在の足利尊氏

もっとも微妙な存在なのが、室町幕府をひらいた足利尊氏です。

普通、新しい政権を切り開いた人物は、英雄です。源頼朝にせよ、徳川家康にせよ、たくさん嫌われても「英雄」です。この点は動きません。

ところがどうも足利尊氏だけは「英雄」扱いされないところがあります。なんででしょうか?

天皇に叛逆したから?

じつは足利尊氏はとてもいい人だった説があります。私腹を肥やすどころか、あげられるものはぜんぶ部下にあげちゃうような人でした。

足利尊氏は、意識的な叛逆というよりは、騙されて後醍醐天皇を裏切っているのです。天皇と戦う時も「悪いのは側近だ。帝を惑わす側近を斬り、ご政道を正す」という名目でやるのです。「二・二六事件」の青年将校たちとまったく同じ理屈です。

稲村ケ崎の海をモーゼのように開いて鎌倉幕府を滅ぼした新田義貞も、足利尊氏にはまったくいいところなく最後は討ち死にします。

そして太平記最大のスター楠木兄弟(正成と正季)を打ち破るのも足利兄弟(尊氏と足利直義)です。天皇のために戦死したことで楠木正成は、歴史上最大の忠臣スターになりました。

一心同体で戦ってきた楠兄弟は刺し違えて死んだのでした。足利兄弟も一心同体で戦ってきましたが、結局は兄弟で戦争して、兄が勝ちました。

ちなみに私たちが知っている「源頼朝」像がこの「足利直義」像だという説があります。そして私たちが知っている「足利尊氏」像は、「高師直」像だという説があるのです。

いやいやいやいや。せめて幕府を開いた大立者の肖像ぐらいハッキリさせようよ。地方勢力の武田信玄の肖像とかは別に間違っててもいいからさ。

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本朝三国志。太平記には一騎打ちが足りない

これだけの戦争、政争の物語をよくも太平記と名づけたものだと思います。皮肉というか、戦乱を知らねば太平のありがたみはわからない、という哲学者の理屈のようなタイトルだと思います。

メメント・モリ。死を忘れるな

太平記のことを日本の「三国志」のように見る人がいます。楠木正成を諸葛亮孔明の頭脳をもった劉備玄徳のような忠義の士に見ているわけです。

韓国でも三国志演義は人気があるのか

三国志最強ゴキブリ呂布

三国志の関羽雲長(道教の神様)

ところが三国志ほど太平記は人気がありません。三国志どころか、平家物語にも知名度、人気では劣るのではないでしょうか。

その理由ですが、私は「一騎打ち」がないせいだと思います。

太史慈が死ぬ時のように、無名の兵士に囲まれて射殺されてしまうのは……そればかりだと三国志も今ほど人気がなかったのではないでしょうか。やぱり張飛と馬超、関羽と黄忠、呂布と三英傑が一騎打ちしてこその三国志です。

太平記も……楠木正成と足利尊氏が、高師直と北畠顕家が「やあやあ我こそは……」と一騎打ちしてこそ人気が出るのではないでしょうか。

その点、「平家物語」はわりと一騎打ちをしています。

平教経源義経とタイマン勝負をしかけますが、八艘飛びの大ジャンプで逃げられてしまいます。ガキの頃に武蔵坊弁慶を打ち据えた男も平教経にはビビッて倒せませんでした。

平家物語には、巴御前と敵将の一騎打ち、平敦盛熊谷直実の一騎打ち、など個人を主体にした一騎打ちの名シーンがたくさんあります。

一騎打ち以外にも個人が活躍する場面も多く、船の碇を抱いて入水自殺した平知盛とか、「南無八幡大菩薩、願はくは、あの扇の真ん中射させてたばせたまへ。 これを射損ずるものならば、弓切り折り白害して、人に二度面を向かふべからず」と命がけで扇の的を射た那須与一など、個人の名シーンがたくさんあります。

それに比べると太平記は集団戦闘の描写が多く、個人の活躍に欠けるところが欠点だと思います。名シーンと言えばやはり「七生報国」楠兄弟の刺し違えのシーンでしょうか。

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大将が一騎打ちをしたり、戦場の先頭を駆けるというのは、現実にはありえない夢物語

英雄が無名の雑兵集団に取り囲まれて討ち取られてしまうシーンばかりではロマンがありません。読んでいて面白いものではありません。

まあ……史実だから、大将の「一騎打ちなし」はしかたがないんでしょうけどね。

大将が一騎打ちをしたり、戦場の先頭を駆けるというのは、現実にはありえない夢物語なのでしょう。

戦場を大将が先頭で突っ込むというのは、桶狭間の織田信長や、北アフリカのエルウィン・ロンメルなど一部の例外を除いて聞いたことがありません。山本五十六なんかミッドウェイ海戦では後方の大和ホテルで将棋を指していたといいます。最前線で戦えっつーの。

ハルト

太平記は、一騎打ちなどの名シーンがあれば、個人の英雄性が目立って人気が出るのに残念だなあと感じました。たくさんの一騎打ちがあれば、ゲーム化もされて大人気になるのではないでしょうか。

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このブログの著者が執筆した純文学小説です。

「かけがえがないなんてことが、どうして言えるだろう。むしろ、こういうべきだった。その人がどんな生き方をしたかで、まわりの人間の人生が変わる、だから人は替えがきかない、と」

「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」

本作は小説『ツバサ』の後半部分にあたるものです。アマゾン、楽天で無料公開しています。ぜひお読みください。

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