図書館が閉鎖されている
新型コロナウィルスの影響で、図書館が閉鎖されている。図書館は無料で本が読めるし、休憩もできるし、ご老人の憩いの場になっていたというのに、閉鎖されてしまっては、さぞや退屈してしまうだろうな。
家族にとっても図書館はギャンブルのような散財の心配もなく、交通事故の心配もなく、アル中になる心配もないのでありがたい施設だったのだが、閉鎖によってアル中が増えたりして。
せっかくの読書習慣をここで中断するのはもったいない。こういうときこそ図書館の蔵書にない本をネット通販で買おうと思う。地方都市に住んでいると、読みたいけれど図書館に置いてない本、というのがけっこうある。しかし図書館が開館していると、他にも本がいくらでもあるから、本当に読みたい本がなくても、他の本で代用してあきらめてしまうのだ。
しかし、今、そもそもその図書館が開いていないのだから、本(情報)不足は深刻だ。退屈もしている。今こそ、ネット通販で本を買おう。
知っていますか、アマゾンはもともと本屋だったのだ。
読みたいけれど図書館に置いてない本はネット通販で買う
買うべき本は、読みたかったけれど図書館には置いてない本、です。恋焦がれた本を今こそ買おう。
図書館はやがてまた開館するだろう。図書館にある本はいずれそこで借りればいい。新型コロナウィルスの影響がマイナスだけだなんてつまらない。転んでも何かを拾って起き上がりたいものだ。
この自粛、自宅待機、巣ごもりを機会に生活を変えようと言われている。退屈な自宅籠城中、読書をはじめたいと思っている人もいるはずだ。
しかし頼みの綱の図書館が閉館している。
今どき、どこの図書館でもオンライン予約ができる。ネット検索で、蔵書が調べられるはずである。あなたが100万人も人口がいるような巨大都市に住んでいてアレクサンドリア図書館のような巨大図書館が地元にあるというのならば別だが、ほとんどの人は「読みたい本が図書館にない」経験をしたことがあるはずである。
時間こそもっとも大切なものです。その時間がコロナからのプレゼントだとすれば、この時間を無為に過ごすのは人生の損失です。
読書週間はただちにはじめるべきです。図書館に蔵書がない読みたい本をアマゾンで買って、退屈な巣ごもりを充実させていただきたいと思います。
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(本文より)知りたかった文学の正体がわかった!
かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。
しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。
世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。
すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。
『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。
その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。
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読書について
いろいろな人が、退屈な巣ごもり生活の過ごし方を提言している。
読書は家の中での過ごし方の王者のような趣味だが、読書に関するスタンスは人それぞれ。
私は「死ぬときに、読んでおけばよかったと後悔しないように」本を選択しています。
読書はランニングと同じでいきなり速く長くは走れない。大作を読むには、ジョギングのような訓練が必要だ。
平易な読みやすい本からジョギングスタートするのもいいだろう。
なにぜ巣ごもりで時間だけはたくさんあるのだから。