日本語だけで生きていくには人生は退屈すぎる。

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※この原稿はビジネスなどで「外国語を使わざるを得ない人」ではなく「趣味で外国語を学んでいる人」に向けて書かれています。なお、面倒なので英語(=外国語)で統一します。英語のところは、ところどころ外国語(ターゲット・ランゲージ)と置き換えてお読みください。ちなみに本コラムの著者は英語喋れません。

海外旅行の方が国内旅行よりも刺激があって面白い

コロナ禍の影響もあって、最近はぶらり海外放浪の旅に行けていません。車中泊などで日本国内はそれなりに回っていますが、やっぱり海外旅行の方がずっとおもしろいと思います。

旅の本質(価値)は恐怖にある、と言ったのはカミュですが、その恐怖が国内旅行には足りないからです。慣れきった言語、文化、食べ物、人種……で刺激が足りません。

これが海外旅行旅行だと、理解できない言語、見たこともない文化、食べたことのない料理、日本人とはあきらかに違う人たち……と刺激がいっぱいで面白いんですけどねえ。

「趣味は英語」は「海外旅行のかわり」

しかたなくこの島国の中で暮らしていく中で、いつのまにか英語の勉強が趣味になってしまいました。きっと私にとっては「英語の勉強」は「海外旅行のかわり」なのでしょう。「相手が何言ってるのかわからない」ところが共通しています。

英語は、バカにしてんのか、ぐらいの発音でちょうどいい

ドイツやフランスといっても、ドイツ語、フランス語ではありません。各国の英語サイトがYouTube上に立ち上がっているので、英語で聞くことができます。しかしこの英語がわからないですよ残念ながら私の耳では今のところ。

日本語と韓国語。英語とフランス語。どっちが近い言語か? 似てるのはどっちか。

日本語で聞いたら取るに足らないような内容でも英語でなら最後まで聞ける。

こうして海外旅行の替わりに英語の勉強をはじめて、感じたことがあります。

おもしろいね。外国語の勉強。たとえば……日本語で聞くととるに足らない内容でも、英語だと面白く最後まで聞くことができます。

英語だとはじめて聞く内容のようにワクワクして最後まで聞くことができます。ところどころわからない単語を、想像力で埋める作業が入りますので、脳ミソがフル回転状態で聞いています。

日本語だと「わかり切ったこと言ってるなあ。つまらん」と感じるような内容が、英語で聞くと「よく聞き取れないなあ。ワクワクするな」と感じます。

たとえば「大平洋戦争史」だとか「地球温暖化」とかを、日本語で聞いても(すでに理解済なので)今さら面白いと感じませんが、これを英語で聞くと「面白いなあ」と感じてしまうのだから、おかしなものです。

この効果を利用すれば、これまでに日本語で刺激を受けて面白かった内容を、英語で聞いてもう一度刺激を受けて楽しむことができます。

これはちょっと人生を二度生きることに似ていると思いませんか?

人生はモノリンガル(単一言語の話者)だけで生きていくには退屈だ

興味のないことは何語で聞いても興味がもてないので、自分の趣味の範囲内でのことですが、長く生きていると(日本語で)満足できるような濃い内容ってだんだんすくなくなってきます。「なんか聞いたことのあるもの」「すでに経験していること」領域が大きくなると、刺激が減ってくるのです。たとえば私はランニングが趣味で、著作ももっている専門家です。

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雑誌『ランナーズ』のライターが語るマラソンの新メソッド。ランニングフォームをつくるための脳内イメージ・言葉によって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。

(本文より)

【入力ワード】写真からランニングフォームを学ぼうとする人が多いので注意喚起したいと思います。写真からフォームを学ぶのはお勧めできません。写真というのは瞬間を切り取ったものなので、間違った解釈をする可能性があるからです。「振り上げた脚」(往路)なのか「戻ってきた脚」(復路)なのか、写真ではわかりません。大地を蹴ったように見えている脚が本当に大地を蹴っているのか、大地を蹴ったように見えているだけなのか、写真からはよくわからないからです。写真で振り上げた膝の高さを見て「ふむふむ、膝はここまで上げるのか」と思い込んでマネするのもよくありません。慣性の法則で結果として脚がそこまで上がっているだけで、実際のランナーの意識としてはそこまで上げようとしていないかもしれません。「結果としてのフォーム」と「ランナー本人の走るときのフォーム意識(入力ワード)」は、必ずしも同じではないのです。

【腹圧をかける走法】そもそも息をするのは、酸素を吸うためです。吐くことよりも、吸うことに意識をおくほうが自然な発想です。肺の中に残っている空気(残気量)は、どうせゼロにはできないのです。吐き切るという努力は、動かない壁を押すような無駄な努力です。そこに力を割くべきではありません。持ち上がらないバーベルを無理やり持ち上げようと喘ぐと、余計に息が苦しくなってしまいます。楽に息するのとは真逆のことです。それよりも思いっきり吸うことです。そのための走法が腹圧をかける走法です。肺を絞って痩せた人のように走るのではなく、腹はたるんたるんと力を抜いてだらしなく腹が太った人のように走ります。そもそも重力は下向きなのだから、横隔膜を下げることは理にかなったことです。それに対して、吐き切ることを意識すると、重力に逆らって横隔膜を持ち上げながら肺を絞らなければなりません。どちらが楽にできると思いますか?

【ストライド走法】ピッチ走法には大問題があります。実は、苦しくなった時、ピッチを維持する最も効果的な方法はストライドを狭めることです。高速ピッチを刻むというのは、時としてストライドを犠牲にして成立しているのです。

【踵落としを効果的に決める走法】私はカラテ素人ですが、サブスリーランナーとして、すくなくとも「踵落とし」を無力化する方法をすぐに思いつくことができます。答えはカンタン。攻撃側が踵を振り上げて止まったポイント(これを上死点といいます)に、自ら打撃ポイント(脳天など)を近づけていくことです。上死点では運動エネルギーがゼロになっているために、破壊力もゼロです。上死点から距離をとらないことで「踵落とし」というキックを無力化できます。
ストライドを稼ぎたいあまりに、未熟ランナーほど振り出した前足が最も伸びきったところで着地してしまうのです。つまり「膝が伸びきったまま」「踵から着地」してしまうのです。これは「踵落とし」の運動エネルギーがゼロになっている上死点で着地してしまっているのと同じことです。これでは速く走ることはできません。

言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化して速く走れるようになる新理論の書。言葉による走法革命。とくに走法が未熟な市民ランナーであればあるほど効果的です。本書はあなたのランニングを進化させ、市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。
●「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」「かかと落としを効果的に決める走法」「ハサミは両方に開かれる走法」「腹圧をかける走法」
マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」
究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」
●【肉体宣言】生きていることのよろこびは身体をつかうことにこそある。

Amazon.co.jp: 市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座) 電子書籍: アリクラハルト: Kindleストア
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ランニングの専門家の私にとって、今さらランニング系の話題で「へえ、はじめて聞いた。開眼しました!」ってことは、もはやなかなか考えられません。そういう時代はとうに終わってしまいました。

ところがすでに知っている内容でも、英語で聞くと面白く聞くことができます。穴埋めパズルのようにして脳力全開でヒアリングするからです。

人生はモノリンガル(単一言語の話者。日本語しか喋れない人)として生きるには、あまりにも長く、退屈なのではないか、と思います。

人間、同じことばっかりやっていると飽きる。人生にも、飽きる。

すでに経験済み、知っていること、は刺激がすくなくて退屈なのです。同じことばっかりやっていると人間、飽きます。同一の場所で、同一の言語で、同一のことばかりして、同一のものばかり食べていると、やがては人生に飽きてしまうのです。

人生が退屈になったときには、いよいよ外国の登場です。まったく言葉の通じない外国に行ったら退屈なんかしていられません。盗難にあったり、パスポートを紛失したり、飛行機に乗り遅れたり……生存を賭けたドキドキがあなたを待っています。

旅先でのトラブル集(トラベルはトラブル)

バイリンガル(二か国語の話者)は人生を二倍楽しめる。

海外旅行に行けないときには、外国語の世界にひたると人生、退屈しません。これはちょっと人生を二度生きることに似ていると思いませんか?

人生は、単一言語で生きるには、あまりにも退屈です。もう一か国語ぐらい喋れたら、その分、面白くなります。

すでに知っている内容でも、それを外国語で聞けば、なぜか新鮮で、最後まで面白く聞いていられます。

ハリー・ポッターを二度読むならば、今度は原書(英語)で読みたい。

たとえば私はハリー・ポッターシリーズを全冊(日本語で)読破しています。もう一度再読しようとは思いませんが、英語の原書がストレスなく読めるぐらいの英語力になったら、こんどは原書で読んでみたいなと思います。

つまりハリー・ポッターというひとつの刺激が、バイリンガルになると二回楽しめるということです。

外国語は習得後、母国語と同じで刺激がなくなる。習得途中が面白い

そう考えると、こう思えてきます。

仕事でどうしても必要な人は別として、趣味の英語でなかなか英語が習得できなくてイライラしたり、投げ出したりする人がいますが、英語というのは習得途中が面白いんですよ。だって習得しちゃったら、それは母国語と同じで、何の刺激もないってことだもの。

ところどころわからなかったりするから、穴埋め作業に想像力がフル稼働して補おうとするわけだからさ。それが当たっていたり、外れていたりするから面白いんでしょ?

それがぜんぶわかっちゃったら、また刺激がなくなってしまうじゃないですか。

そういう刺激中毒の人は、また次の原語を習得しようとするんじゃないかなあ。フランス語、ドイツ語、ポルトガル語……あなたを小学生レベルの語学力に戻してくれる世界は他にいくらでもありますからね。

英語は習得途中が花なのよ。ちょっとわからないうちがいちばん面白いのよ。

(そう信じて勉強しましょう)

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