「結婚は人生の墓場だ」は男女の脳差の断絶に絶望した者が言った言葉

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『ドラクエ的な人生』とは?

心の放浪者アリクラハルトの人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

書籍『市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)』。小説『ツバサ』。『通勤自転車からはじめるロードバイク生活』。『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』。Amazonキンドル書籍にて発売中。

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愚痴を言いたい女。黙って耐える男。

ウチのヨメがやたらと仕事の愚痴をいうのでウンザリしてしまった。

オレはオトコだ。愚痴や職場の悪口を陰でコソコソ言うなど男らしくないと教育されて育ってきたのだ。それは社会に教育された部分もあれば、自らの意思でそういう男になってきたという部分もある。

ヨメの言い分はこんな感じだ。

「聞いてくれればいいのよ。口に出して言えば発散できるんだから。喋りたいだけで何か解決策がほしいわけじゃないの。ただ聞いてくれればいいのよ」

いや。そうはいってもな。仕事の愚痴の行きつく先は「退職したい」という我が家の財政上不可能な結論が待っているだけなのだ。どうせ否決される話題をなんでわざわざ持ち出す必要があるのだろう。

喋ると発散できる、その気持ちはわかる気がする。だったら何か別の明るい話題を……と思うが、それでは駄目らしい。プラスの話題ではなく、マイナスの話題じゃないと駄目らしい。職場の不満など、欲求不満の内容について大声でぶちまけて、同意してもらうことでカタルシスを得るという脳の構造になっているらしい。

しかも女友達どうしで、旦那の悪口を言い合うことで女の絆を深めるという悪趣味が、楽しくて仕方がないらしいのだ。OMG!

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男女脳の違い。すべては心次第で決まる。

毎晩二十四時近くに帰ってくるとか、毎日始発電車出勤とか明らかにブラックな仕事内容であるのなら、愚痴も聞こう。いや、そもそもそんな職場からの転職を勧めよう。

しかしヨメの職場は客観的に見てそれほど過酷な仕事だとは思えない。そりゃあ上を見ればキリがないから、もっと恵まれた職場はいくらでもある。YouTuberとかね。しかし客観的に言えばヨメの職場は「悪くない」と思う。どちらかといえば恵まれたいい職場なんじゃないだろうか。

しかしその正論を吐いても、反発を食らう。「そうだよね。きみの言う通りきみの職場は最悪だ」と言ってやらなければならないのだ。しかしそう言えば「でしょ~仕事やめようかな」と来る。「いやそれは我が家の財務上……」とドン詰まりになるのだ。この話題は行き場がない。どうせ否決される話題をなんでわざわざ持ち出す必要があるのだろう。

歯痛なんて痛風や癌痛にくらべたらたいした痛みじゃない。これは正論だが、歯痛の人には通用しない理屈だ。それはわかる。パートナーに同意してあげることが大事だという理屈もよくわかっている。

しかしこの場合の「同意」は「嘘をついている」ことでもある。他の人には聞かせられない嘘っぱちの内容だ。夫婦ここだけの話し、というやつだ。

この話題だけ限定ならばいいのだが、万事がこの調子では、おれは嘘ばかりついて生きていかなければならない。しかしオレは男らしく正直に生きてゆきたいと思っているのだ。

その愚痴、心の中にしまっておけないものかな。

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幸福とは体内のホルモンバランス、脳内の電気信号の結果現象に過ぎない。

男脳のおれの考え方はこうだ。

そもそも幸福、幸せというのは畢竟、体内のホルモンバランス、脳内の電気信号の結果に過ぎない。ハワイのビーチで過ごせばいつでも絶対に幸せを感じられるというわけではない。同じ場所で不幸を感じる人だっている。ワイキキで幸せを感じたのは、その時たまたま太陽と風と波の音とリゾート気分まるだしの半裸の男女が、あなたの体内のホルモンを分泌させて、脳が刺激を受けて「しあわせ」だと感じただけのことなのだ。

岡本太郎がピカソの絵を見て涙を流した。「太郎さんに涙を流させるピカソって凄いのね」と隣の者が言ったら「君は泣いてないじゃないか。ピカソが凄いんじゃない。泣くオレが凄いんだ」と返されたという。オレが言っているのはコレと同じことだ。大切なのは外的要因ではなく、心の内側なのだ。

岡本太郎とは何者なのか

これは逆も同じことだ。職場に不満があるかもしれないが、それは体内のホルモンバランス、脳内の電気信号の結果に過ぎない。同じ職場でも、満足して、楽しんで過ごしている人もいるはずである。

愚痴なんか言ってないで、ものの感じ方を変えるべきなのだ。

そもそも不満を言う人はどんな職場に行ったって不満を言うのではないか? いつもニコニコしている人は、どこへ行ってもニコニコしているのではないか? だってそれは環境の問題じゃなくて心の問題だもの。個人の内側の問題だもの。

環境は変えられないかもしれないが、心の内側は変えることができる。人生修行、修練、鍛錬で。たとえば外を全力で走るとか。自分で自分にプラスの刺激をあたえればいい。

脳内モルヒネ。快楽のランニング中毒。世界が美しく見える魔法

自分の世界を眺める見方を変えれば、地獄だって天国に見えるはずだ。

ジョン・ミルトン『失楽園』を、現代サラリーマン劇に書き換えてみた

一週間、何の予定もないことを幸せと感じるか、不幸と感じるかは人による。自由を満喫できる人もいれば、何もやることがないと感じて退屈で不幸だと感じる人もいるのだ。すべては心の問題なのだ。心の持ち方でどうとでもなるのだ。

ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』人生の意味、意義はフィクション。おのれが選んだ物語

人生の楽しみとはクリスマスや誕生日のように年に数回、周囲からあたえられるものであってはならない。自分で心の持ちようをかえられなければ人生は楽しくはならない。

【肉体宣言】走るために生まれた

しかし愚痴をグチグチ言うということは、はじめからマイナスの心情を全肯定してしまっている。だからグチを喋り散らした後はスッキリするかもしれないが、結局、明日からまたマイナスの場所へ戻らなければならない。負の世界は終わらない。

愚痴を肯定するのは、心が負けてしまっているからだ。

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泣く女、泣かない男。生のままの女。克服してきた男。

陰でこっそりグチグチ言うなんて男らしくない、と言われ続けてずっと育ってきた。自分を律してきた。だからそういう人を見ると、自分が決別してきた世界の未熟な人を見るようで、いい気持ちがしない。まるで女みたいなやつ、と思ってしまう。

でもこれが男脳ってやつなんですよ。これが女脳ってやつなんですよ。実際、女である彼女に「女みたいなやつ」と思ったところでしょうがありません。

男脳、女脳ってやつはこれほどまでに違います。

たとえばウチのヨメはテレビドラマを観てしょっちゅう泣いています。しかし私はもう二十年以上も泣いたことがありません。泣くなんて男らしくない、と思っているからだと思います。習い性となり泣かない男になりました。

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男女脳の違いは、血液型性格診断とは違う。医学的な根拠もある。

このように男脳、女脳という風に分けると、かならず十把一からげの議論はおかしいと反論する人がいます。もちろん人によって違います。

そして男脳、女脳の違いを、まるでA型、B型の違いみたいな血液型の違いみたいにいう人が言うんですよ。でも男女脳の違いは血液型の違いよりは医学的、生物学的に根拠のあるものです。脳のつくりが解剖学的に違うとか、子孫を残すための繁殖戦略上の要求によって男女は分化した、というような化学的根拠が示されています。

人によって違うなんてことは、よくわかっています。世界一の女たらし、ジャコモ・カサノヴァも「すべての女性が、同じ顔、同じ性質、同じ心であるなら、男は決して不貞をはたらいたりしない。それどころか、恋もしなくなるだろう」と言っています。

世界一モテる男に学ぶ男の生き方、人生の楽しみ方

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結婚=ゲームオーバー。男女脳差の断絶に対する絶望から発せられた言葉

このコラムの読者には独身の方もいらっしゃるだろうと思います。

「結婚は墓場だ」とかいうニュアンスのアフォリズムが古今東西にありますが、それはこの男女脳の溝のことを差しているのです。その断絶があまりにも大きいため、絶望した者がこのような言葉を吐いたのです。

この例でわかりましたかね。男女の脳がどれほど違っているか?

往年の名画オードリー・ヘップバーンの『マイ・フェア・レディー』なども、これと同じテーマを扱っています。未視聴の方はどうぞ。

多くの先人たちが悩んでいたのと同じ悩みを、オレも今、生きています。

願わくば、男女の脳の感じ方の差を楽しめますように。

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