髭は賢者、自由の象徴。ヒゲ男と、腋毛なし女

旅行-放浪-車中泊-アウトドア
スポンサーリンク

アリクラハルトの『ドラクエ的な人生』は、オピニオン系ブログです。

アリクラハルトのYouTube・著作・書籍

 

スポンサーリンク

ヒゲとサンダルは自由の象徴

サラリーマンをしていたときは、毎日ヒゲを剃っていたものだった。しかし今は髭を伸ばしている。無精髭なので、サラリーマンではないとすぐにわかってもらえる。たぶん一部上場企業で私の髭面では無理だろう。

つまりヒゲは誰かに仕えていないことを意味する。髭は自由の象徴なのだ。サンダルがそうであるように。

旅行におすすめの靴はサンダル。サンダルは自由の象徴。

じっさいのところ、毎日、髭剃りするなんて面倒くさい。髭を伸ばすほうが楽でいい。私には古代ギリシャ哲学者への憧れがある。髭は賢者の象徴でもある。ソクラテスもアリストテレスもイエスキリストも髭を生やしていたではないか。

ヒゲの魅力。イエスは髭づらなのに、ブッダは顎髭がないのは何故だ?

しかし私の嫁は、ことあるごとに「髭を剃ったら?」と言ってくる。この賢者と自由の象徴、どうも女性には理解されにくいようだ。

とくに西欧では、評判が悪い可能性のほうが高いだろう。男が髭を剃る理由の大半は、そのほうが女性受けがいいことにあるのではないだろうか。バカにしてはいけない。女性受けはことのほか重要である。男性ファッションのほとんどは女性が決めているといってもいいのではないだろうか。

自分がかっこいいと思うファッションよりも、自分を見てくれる人が好感をもってくれるファッションを選ぶべきだろうと思っている。私は嫁が選んだものしか着ない。不満を言ってくるのは常に嫁であるからだ。彼女の好みを着れば、問題がひとつ解決する。

だから髭に関しても基本的にはパートナーの好みに従うべきであるのだが、こればかりは私も譲れなかった。嫁が和服が好みだからといって常時和服を着るわけにはいかない。和服は面倒なのだ。髭も同じである。毎日髭を剃るなんて冗談じゃない。

スポンサーリンク

髭は自由と賢者の象徴

自由と賢者の象徴であるヒゲ。こともあろうに嫁は私に脱毛をすすめてきた。

髭の脱毛は、もう髭剃りをしなくてもいいというコスパの面では一考に値する。しかしツルツルの顔になったら、周囲からサラリーマンかと思われてしまうではないか。

しかも嫁は陰毛も脱毛まで勧めてきた。あのね、お風呂で恥ずかしいでしょうが。あそこがつるつるなのは子供だけだぞ。

嫁自身、腋毛を永久脱毛している。剃らなくていいから楽なようだ。VIOラインの毛も脱毛処理を行っている。私はロリコンというよりは熟女ごのみなので、ツルツルなのはタイプじゃないのだが、彼女の体なので好きにさせた。ガキみたいなのは興奮しないのだが仕方がない。

スポンサーリンク

異性の好みが、ファッションを決定する

「女性の好み」というものは、多く男性の行動やファッションを決定づけてきた。これは動物も同じで、鳥に派手なのが多いのは、メス鳥が派手なオスを好むからである。

しかしなぜ女性は髭のない男性が好みなのだろう。清潔に見えるのは確かだろう。インド人は、髭のない男はお子ちゃまとして性的対象にならないと聞いたことがある。

好みというのは、たぶんに文化的なものなのだ。嫁も彼女自身の好みももちろんあるだろうが、社会が髭のない男性を受け入れられているという社会的状況(つまりそれがサラリーマンということだが)にも影響されているに違いない。

スポンサーリンク

なぜ男は髭を剃るのか? 女は腋毛を剃るのか?

なぜ男は髭を剃るのか? 異性にモテたいからという切実な理由以外にも、他にも理由がある。

そもそも髭を剃る習慣というのは、やはり衛生の面から発展してきたらしい。私もヒゲ男なのでわかるのだが、口ひげがあまりに長くなると、食べ物に触れるのだ。食後に髭を洗わないと不潔である。ソースが口ひげについてしまうからだ。だから私はそこまで伸びたら口ひげを一気に剃っている。私はずっと髭のある人ではなく、ある日突然、ツルツルのサラリーマンのような顔になる。そのルーティーンを繰り返しているのだ。

それに対して顎鬚は不潔さには直結しない。なのになぜ顎鬚を剃るのかというと、面白い話を聞いた。顎鬚は戦場で兵士がそれをつかまれて引き倒されることが多かったから剃ることが命令されたらしい。それを命じたのはアレキサンダー大王だ。頭髪は兜で隠れていたけど顎鬚は剥き出しだったから、そこを引っ張られちゃったんだね。

いったん軍隊で髭を剃る習慣を身に着けた人は、地元に戻ってからも髭を剃りつづけた。これがつまり栄光あるアレクサンダーの兵士であることの証明でもあった。常勝アレキサンダー軍の兵士をかっこいいと思った女性が彼に惚れて、憧れた少年が真似をして、こうして髭剃りの習慣は世界にひろまっていったという。

そして近代工業社会になって、カミソリ産業が生まれた。今もあるGilletteが、自社の産業として髭剃りを商品化したのだ。ジレットは広告をつかって商品を売った。そして女性の腋毛を剃ることも広告として広めた。世の中を自社に都合がいいように教育したのである。腋毛を剃ってくれれば自社のレザーが売れる。そういう習慣がなければ、売れることは期待できない。それには腋毛は恥ずかしいもの、エチケット違反だという常識を世の中に植えつけたのだ。

ジレットの広告は成功し、アメリカの女性は腋毛を剃るようになった。世界最強国の風俗は世界中にひろまる。やがて欧州の腋毛を生やしていた女性も、アメリカ女のように腋毛を剃るようになったというわけだ。すべてはレザーを売るためのコマーシャルの結果なのである。マーケティングキャンペーンの結果なのだ。Schickも PhilipsもGilletteも創業者の名前である。Schickの髭剃りはSchickさんが、Philipsの髭剃りはPhilipsさんが、Gilletteの髭剃りはGilletteさんが始めたのだ。みんな彼らの手の上で踊らされているのである。

男性の髭も同様である。髭を生やしているなんて無精者、社会の不適合者という風潮が広まれば、みんなが髭を剃って、シックやフリップスやジレットのカミソリが売れるというキャンペーンがあったのである。その延長線上に、我らは生きているのだ。

すべては価値観なのだ。髭のない男がかっこいいわけではない。かつては髭のある男がかっこいいとされていた時代もあるのだ。現代の価値観は、資本主義者の広告、洗脳の結果なのである。

でもみんなが髭を生やしたら、もはやそれはただの多数者である。「髭は自由の象徴だ!」と叫べるのは、多くの男たちが毎日のように律儀に髭を剃っているからこそなのだ。少数者だからこそ、そういえるのである。だからみんなは髭を剃ってね。おれだけ伸ばすから。

街でサンダルと髭の男を見かけたら、きっと彼は自由を満喫しているはずである。

タイトルとURLをコピーしました