オン・ザ・ロードをジムにするアウトドアスポーツマン。パルクールな人の話しではない。
このページではジョゼフ・コンラッドの『ロード・ジム』について書評しています。最初、ロードジムというタイトルを聞いた時、オン・ザ・ロード(路上)で、ロードをスポーツジムのように使用するアウトドアでパルクールな人の話しかと思いました。
しかし実際にはLOAD JIMです。ジム卿という意味でした。白人男がアジアの奥地でボスになってジム卿と尊敬をうけることから命名された名前です。
1900年ちょうどに刊行された本です。
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このブログの著者が執筆した「なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?」を追求した純文学小説です。
「きみが望むならあげるよ。海の底の珊瑚の白い花束を。ぼくのからだの一部だけど、きみが欲しいならあげる。」
「金色の波をすべるあなたは、まるで海に浮かぶ星のよう。夕日を背に浴び、きれいな軌跡をえがいて還ってくるの。夢みるように何度も何度も、波を泳いでわたしのもとへ。」
※本作は小説『ツバサ』の前編部分に相当するものです。
アマゾン、楽天で無料公開しています。ぜひお読みください。
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『ロード・ジム』のあらすじ
主人公ジムは船員だったのですが、船が事故に遭って沈む際に、乗客を捨てて自分だけ逃げてしまいます。そのことが裁判沙汰になって糾弾され、ジムは名誉を失います。他人の評価だけでなく自分自身の自負を自分で裏切ってしまいました。
やがてジムは有色アジア人種のあいだで白人リーダー・ジム卿として尊敬されるまでになります。かつて船員を助けず見捨てたジムのリーダーとしての信念は、仲間を助けて見捨てないことでした。
そこに外から飢えた現代の海賊がやってきます。白人同志で話し合い、排撃しようという地元民の意見を退けて、なんとか穏便に外の世界に出て行ってもらうよう取り計らいます。しかしその際に現地首長の息子を銃撃で失ってしまいました。
ジムは逃げることもできましたが、息子を失って悲しむ父親のまえにみずから姿を現し、撃たれたのでした。
本文より抜粋
わたしは小説の真髄はあらすじよりも描写そのものに宿っていると考えています。
物語のあらすじを述べることについての私の考えはこちらをご覧ください。
私は反あらすじ派です。作品のあらすじ、主題はあんがい単純なものです。要約すればたった数行で作者の言いたかった趣旨は尽きてしまいます。世の中にはたくさんの物語がありますが、主役のキャラクター、ストーリーは違っても、要約した趣旨は同じようなものだったりします。
たいていの物語は、主人公が何かを追いかけるか、何かから逃げる話しですよね? 生まれ、よろこび、苦しみ、死んでいく話のはずです。あらすじは短くすればするほど、どの物語も同じものになってしまいます。だったら何のためにたくさんの物語があるのでしょうか。
あらすじや要約した主題からは何も生まれません。観念的な言葉で語らず、血の通った物語にしたことで、作品は生命を得て、主題以上のものになるのです。
作品のあらすじを知って、それで読んだ気にならないでください。作品の命はそこにはないのです。
人間描写のおもしろさ、つまり小説力があれば、どんなあらすじだって面白く書けるし、それがなければ、どんなあらすじだってつまらない作品にしかなりません。
しかしあらすじ(全体地図)を知った上で、自分がどのあたりにいるのか(現在位置)を確認しつつ読書することを私はオススメしています。
作品のあらすじや主題の紹介は、そのように活用してください。
黄色は本文。赤字はわたしの感想です。
唯一真の報酬とは仕事を心から愛せる気持ちにこそあるはずだ。その報酬がどうにも訪れなかったのである。
弱さを知られてしまった人間を——見ることほど恐ろしいものはない。自分でも知らない弱さからは見張っていようが祈ろうが蔑もうが抑圧し無視しようが誰ひとりとして自由ではいられない。
彼は私たちのひとりなのだ。
→こちらの一文こそ『ロード・ジム』の心理的な伏線です。ジムは海難事故で自分でも知らない弱さにぶち当たります。後半生は理想とする自分と弱い自分とのたたかいでした。
自分は倫理的にこういう人間であるはずだ、という思い。
人の倫理のありようとは、ゲームの数ある規則のうちのひとつにすぎない。
沈没したパトナ号。シムは乗員を捨てて逃げた船員のひとり。
何もかも沈んだんだ——すべてが終わったんだと思いました。僕に関しては終わったんだと。
→作者のコンラッドも船員だった履歴があるそうです。ジムの経歴と重なります。
「逃げ場をもらえて……いつの日か、すべてを取り戻す機会がきっと来ますよね。絶対に!」
何をそんなに取り戻したいのか、何をなくしてそんなに悔しいのか、それすら私にはわからなかった。
今回の件を持ち堪えられるんなら、這い上がれないなんてことは……。
「君は一生の幸運を投げ捨てたようなものだぞ」「ここではどうだっていいんです」
→白人社会を逃れ有色人種の世界でジムは生きていました。ここではどうだっていいんです、というのは、本当の名誉は白人社会でしか取り返せないということでしょう。
しかし最終的にジムは有色人種の世界で生涯を終えます。あたかも「そこがどこであっても神は見ている」とでもいうかのように。ジムの矜持の相手は最終的には白人でもアジア人でもなく自分自身だったのではないでしょうか。
あんな男はそうそう手に入りやしません。ジムが出てくれたらよそは勝ち目がありませんでしたよ。
異教徒の異邦人として生きる。
ぼくは命が惜しくてここへ逃げてきたんじゃありません。自分を追い込むため、追いつめるために来たのであって、ここを出る気はないんです。完全に満足するまでは。
ここではあんな男、ほんの子どものようなものです。
義父コーネリアス「帰国する気がない? 私を死ぬまで踏みつけにするなんて」「今に見ていろ! 私から何もかも盗む」
私有奴隷。ジムがすべてを変えた。パトゥザンの国を丸ごと盗んだ白人の統領となった。
→パトゥザンというジャングルの奥地でジムは村のリーダーになりました。堕ちたジムの名誉は回復されたかのように見えました。しかし本人の心情はそれほど単純ではありませんでした。沈んだ船がパトナ号だったことと、彼の王国がパトゥザンだということは、象徴的な意味をもっています。
涙や、叫び声や、非難よりもこたえる無関心さ。あの人のためにわたしは泣きません。わたしが死よりも嫌なものになったみたいにあの人はわたしから去っていきました。
ショックは娘の情熱を石に変えた。
現代の海賊ブラウン。パトゥザンへの侵入者。おれは食い物を手に入れるためにここに来た。ジムの留守中に地元民の次期リーダーであるダイン・ワリスたちとの射撃戦。
まっすぐここに来ます。馬鹿みたいな男ですから。幼い子どもみたいなのです。
ブラウンはジムを一目見ただけで嫌った。
自分の命を救うとなれば他に誰が何人死のうと知ったこっちゃないはずだ。
やっこさん、たじろいでたね。
粗野な率直さをしめしたブラウンを信じた。
ブラウンを立ち去らせるにあたって、もしも民に危害が及ぶようなことがあったら、自分の命をもって償うつもりです。
→ジムが海賊ブラウンを信じたのは同じ白人であるということの他に、自分にリベンジのチャンスがあったように、ブラウンにも運命に打ち勝つチャンスがあたえられるべきだという気持ちからではないでしょうか。しかしブラウンは運命に復讐するかのように銃撃戦を選びます。
「もしも民に危害が及ぶようなことがあったら、自分の命をもって償うつもりです。」反対する地元民たちに、ジムはやくそくをしてしまいました。
ブギス族の長ドラミンの息子ダイン・ワリスが指揮を執る。
ぼくはこの土地のすべての命に対して責任があるんだ。眠るわけにはいかないのさ。僕らの民が危険にさらされている限りはね。
→それは船の船員だったとき、船客に対して負っていたものと同じでした。
命を助けて逃がしてもらえるはずだったブラウンは裏切ってダイン・ワリスを急襲する。
裏切りもの義父コーネリアスは忠臣タム・イタームに殺される。
かつて自分への信頼を裏切った男は、いまふたたびすべての人々の信用をなくしてしまった。
闘う理由などありはしない。彼は別のやり方で自分の力を証明し、破滅にいたる運命そのものを超越する気なのだ。
ドラミンに胸を撃たれて死んだ。最後に誇り高い怯むことのない眼差しを送ってよこして。
去る準備を、このすべてを去る準備をしているのです……。
→「卑怯者に栄光はあるか?」
この問いに対する答えは、イエスなんだと思います。
人間というのは死にざまで決まるところがあります。
かつて自分の命大事に船客を見捨てて逃げたことで卑怯者の烙印をおされたジムでしたが、最期は違いました。逃げて自分の命を助けることはできましたがそうしませんでした。自分が守るべき人たちに対して最後まで責務をまっとうしました。
ジムは自分の命よりも大切なものを見つけた、自分の命を賭けてでも守りたいものを守ったのです。
闘う理由などありはしない。彼は別のやり方で自分の力を証明し、破滅にいたる運命そのものを超越する気なのだ。
→キリストがやったみたいなどんでん返しを示唆していると思いませんか? 一般的に十字架にはりつけにされて殺されることは「敗北」ですが、イエスはそのことによって「なしとげた」とすることによって敗北を超越しました。
ジムもみずからを銃口の前にさらけだすことによって、約束を守り、過去の不名誉を払拭したのでした。
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このブログの著者が執筆した純文学小説です。
「かけがえがないなんてことが、どうして言えるだろう。むしろ、こういうべきだった。その人がどんな生き方をしたかで、まわりの人間の人生が変わる、だから人は替えがきかない、と」
「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
本作は小説『ツバサ』の後半部分にあたるものです。アマゾン、楽天で無料公開しています。ぜひお読みください。
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