なぜ働いていると本が読めなくなるのか? 物語りが夜に向いているのは太古の習慣の名残り。夜にしか読めない

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なぜ働いていると本が読めなくなるのか

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という本が、本屋に平積みになっています。かなり売れているようです。

人の興味をひくタイトルですね。

この本の著者が何と言っているか、未読なので知りませんが、私なりに「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の答えはもっています。それをここでは書こうと思います。

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読書する時間。夜にしか読めん

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」に対する、私なりの答えは「本は夜にしか読めないから」です。

私の読書は、実用書ではなく、世界文学(小説)なのですが、昼間はまったく読む気がしません。読んでもぜんぜん集中できません。

読書なんかよりも外を走った方が楽しい、と本を放り投げたくなります。内容がまったく頭に入ってきません。

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雑誌『ランナーズ』のライターが語るマラソンの新メソッド。ランニングフォームをつくるための脳内イメージ・言葉によって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。

(本文より)

【入力ワード】写真からランニングフォームを学ぼうとする人が多いので注意喚起したいと思います。写真からフォームを学ぶのはお勧めできません。写真というのは瞬間を切り取ったものなので、間違った解釈をする可能性があるからです。「振り上げた脚」(往路)なのか「戻ってきた脚」(復路)なのか、写真ではわかりません。大地を蹴ったように見えている脚が本当に大地を蹴っているのか、大地を蹴ったように見えているだけなのか、写真からはよくわからないからです。写真で振り上げた膝の高さを見て「ふむふむ、膝はここまで上げるのか」と思い込んでマネするのもよくありません。慣性の法則で結果として脚がそこまで上がっているだけで、実際のランナーの意識としてはそこまで上げようとしていないかもしれません。「結果としてのフォーム」と「ランナー本人の走るときのフォーム意識(入力ワード)」は、必ずしも同じではないのです。

【腹圧をかける走法】そもそも息をするのは、酸素を吸うためです。吐くことよりも、吸うことに意識をおくほうが自然な発想です。肺の中に残っている空気(残気量)は、どうせゼロにはできないのです。吐き切るという努力は、動かない壁を押すような無駄な努力です。そこに力を割くべきではありません。持ち上がらないバーベルを無理やり持ち上げようと喘ぐと、余計に息が苦しくなってしまいます。楽に息するのとは真逆のことです。それよりも思いっきり吸うことです。そのための走法が腹圧をかける走法です。肺を絞って痩せた人のように走るのではなく、腹はたるんたるんと力を抜いてだらしなく腹が太った人のように走ります。そもそも重力は下向きなのだから、横隔膜を下げることは理にかなったことです。それに対して、吐き切ることを意識すると、重力に逆らって横隔膜を持ち上げながら肺を絞らなければなりません。どちらが楽にできると思いますか?

【ストライド走法】ピッチ走法には大問題があります。実は、苦しくなった時、ピッチを維持する最も効果的な方法はストライドを狭めることです。高速ピッチを刻むというのは、時としてストライドを犠牲にして成立しているのです。

【踵落としを効果的に決める走法】私はカラテ素人ですが、サブスリーランナーとして、すくなくとも「踵落とし」を無力化する方法をすぐに思いつくことができます。答えはカンタン。攻撃側が踵を振り上げて止まったポイント(これを上死点といいます)に、自ら打撃ポイント(脳天など)を近づけていくことです。上死点では運動エネルギーがゼロになっているために、破壊力もゼロです。上死点から距離をとらないことで「踵落とし」というキックを無力化できます。
ストライドを稼ぎたいあまりに、未熟ランナーほど振り出した前足が最も伸びきったところで着地してしまうのです。つまり「膝が伸びきったまま」「踵から着地」してしまうのです。これは「踵落とし」の運動エネルギーがゼロになっている上死点で着地してしまっているのと同じことです。これでは速く走ることはできません。

言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化して速く走れるようになる新理論の書。言葉による走法革命。とくに走法が未熟な市民ランナーであればあるほど効果的です。本書はあなたのランニングを進化させ、市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。
●「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」「かかと落としを効果的に決める走法」「ハサミは両方に開かれる走法」「腹圧をかける走法」
マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」
究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」
●【肉体宣言】生きていることのよろこびは身体をつかうことにこそある。

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ところがふしぎなことに、夜だとお話が頭に入ってくるのです。熱中して読むことができます。

外はもう真っ暗です。外で何かをしようという気にはなりません。外に出かけるよりも読書をする方がずっと楽しいという時間です。夜になって初めて読書に熱中できます。

ほかにやることがないから仕方なく読書しているわけではありません。不思議なことに夜になると読書が面白いのです。こりゃいったいどういうことなのでしょうか?

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物語りが夜に向いているのは太古の習慣の名残り

読書には読書にふさわしい時間というものがあるのではないでしょうか。私の場合はそれは夜です。夜にしか読めません。

かつて人々は、夜には何もやることがありませんでした。電灯がなかったからです。電灯がないと夜は寝るぐらいしかやることがありません。そうしたなかで唯一の楽しみが、焚火を囲んで、お話しをきくことでした。

長老からいにしえの物語を聞いて、楽しんだり学んだりしました。言葉をしゃべる動物や精霊の話しだったり、教訓めいた故人の実際の話しだったりしたことでしょう。いま、これらの物語は小説というかたちで伝えられています。

思うに、夜にしか物語が頭に入ってこないというのは、この太古の習慣の名残なんじゃないでしょうか?

私の遺伝子の中に、物語は夜に聞け(昼間は働け)、と刻まれているから、夜じゃないと本が読めないのではないかと感じます。

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働いていると本が読めない理由は、夜更かしができないから

夜にしか物語を聞けない脳の人が、物語をぞんぶんに満喫しようとしたら、夜更かししなければなりません。

するとどうなるか……朝方、眠くて起きるのがつらくなります。夜に読みまくると、必然的に、朝方、寝坊してしまいます。

本に熱中して2時、3時になったら、翌朝、眠くないわけがありません。しかし働いていると、会社に行くために、むりやり起きなければなりません。サラリーマン生活をしながら、夜更かし読書をすると、翌日仕事中に猛烈に眠くなります。大学生だったら講義中に眠ってしまえますが、お金をもらっている手前、サラリーマンは就業中に居眠りができません。睡魔と戦って起きているのは、地獄です。そんな地獄に苦しむぐらいだったら、夜更かし読書をやめてしまおう……これが「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」のファイナルアンサーではないでしょうか。

大学時代にたくさん本が読めたのは、朝方、早起きしなくてもよかったからではないでしょうか? 夜更かしすることができたから、本をたくさん読めたのです。

眠たくなったらいつでも眠れるという恵まれた状態でなければ、本を読むことはできません。これが働いていると本を読もうという気にならなくなる最大の理由だと私は思っています。

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『ギルガメッシュ叙事詩』にも描かれなかった、人類最古の問いに対する本当の答え

(本文より)「エンキドゥが死ぬなら、自分もいずれ死ぬのだ」

ギルガメッシュは「死を超えた永遠の命」を探し求めて旅立ちますが、結局、それを見つけることはできませんでした。

「人間は死ぬように作られている」

そんなあたりまえのことを悟って、ギルガメッシュは帰ってくるのです。

しかし私の読書の旅で見つけた答えは、ギルガメッシュとはすこし違うものでした。

なぜ人は死ななければならないのか?

その答えは、個よりも種を優先させるように遺伝子にプログラムされている、というものでした。

子供のために犠牲になる母親の愛のようなものが、なぜ人(私)は死ななければならないのかの答えでした。

エウレーカ! とうとう見つけた。そんな気がしました。わたしはずっと答えが知りたかったのです。

私的世界の十大小説
私的世界の十大小説

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