【荒野のおおかみ】ステッペン・ウルフのあらすじ・書評・魅力・解説・考察

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書籍『市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)』。『通勤自転車からはじめるロードバイク生活』。『バックパッカー・スタイル』『海の向こうから吹いてくる風』。『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』『読書家が選ぶ死ぬまでに読むべき名作文学 私的世界十大小説』Amazonキンドル書籍にて発売中です。

映画『イージーライダー』の主題歌を歌うバンド名の由来にもなっているステッペンウルフ『荒野のおおかみ』

ここではヒッピーたちのバイブルでもあり、映画『イージーライダー』の主題歌を歌うバンド名の由来にもなっているヘルマン・ヘッセステッペンウルフ『荒野のおおかみ』について書評しています。

この書でいう「荒野のおおかみ」とは「満たされないままに残っている幼いころの欲求」ではないかと私は思います。それが「幼いころの欲求=ヘルマン」「幼いころの憧れ=ヘルミーネ」として立ち現れて、過去に決着をつけていく寓話だと私は認識しています。

黄色下線は本書から。赤字は私の注意喚起、感想です。

オオカミの遠吠え、叫び

自由な意志をくじくことを原則とする教育でハリーは育った。

個性を破壊し、意志をくじく教育によって、主人公ハリー・ハラーは、本来の自分と、つくられた自分の二重生活を送ることになりました。

私は規則的に生活する市民的人間だというハリーは書物の人間で実際的な職業を営んでいません。そしてこんなたとえ話で。自分の破滅を意識している人間です。

「もちろん大多数の人間は泳ごうとしません! 地面に生まれついて、水に生まれついていません。それからもちろん彼らは考えることを欲しません。生活するようにつくられていて、考えるようにつくられていません! そうです、考える人・・・は、・・・、まさしく地面を水ととりかえたものであって、いつかは溺れるでしょう」

自分は孤立していて、水の中を泳いでいること、根を失っていることを確信していました。

つくられた自分に安住しながら、荒野のおおかみの遠吠えを意識する人物です。あなたにも幼いころにやり残したこと、古い欲求の声が聞こえますか?

ハリーは平穏無事、満足健康快適、市民的楽天主義、中流で平凡を憎み嫌い呪った。平凡で決まりきった一日の仕事に不満と嫌気を感じてむしゃくしゃした気持ちになる。小市民社会の孤独な憎悪者なのに、ちゃんとした市民の家に住む自分に矛盾を感じていた。

神秘体験を、市民生活の中に見つけることは困難だ。荒野のおおかみはみすぼらしい隠者であってはならないのか? ハリーは破産した理想をさかなにじっと考え込んでいる酔いどれでした。自分と自分の生活に満足することを学ばなかった。

オオカミの声を聞かない人ほど、社会では楽に生きられます。

人間としての善行を果たしてもおおかみは一人で荒野を走ったり、雌のおおかみを追ったりすることがどんなに快いかを心中で知り抜いている。

彼の中の野獣を教育者たちが打ち殺す試みをした。

人間と荒野のおおかみは、一方はただ他方を苦しめるために生きていた。おおかみは滑稽に見えてむごたらしいあざけりを持って歯をむき出して笑った。

ハリーは二重性、分裂性をもっています。『荒野のおおかみ』はその相剋のドラマです。

ふたつの魂を、二つの性質を内に持っている。神的なものと悪魔的なもの、母性的なものと父性的なもの、本能と精神、おおかみと人間。

自分の自由は死であることを、孤立していることを、世間はハリーをほったらかしにしていることを、人間はもはやハリーに関係ないことを、希薄な空気の中で窒息していくことを学んだ。捨て置かれた。結びつきはなく、生活をともにすることは誰も欲しなかった。

畜群的人間、ハリーは市民の領域に住み続けた。その外には住んだことも暮らしたこともなかった。

高度の個性化によって非市民たるべき運命を負わされた人間だった。本能、野生、残虐性、粗野な性質を残しながら。

人間はむしろひとつの試み、過渡状態である。自然と精神のあいだの狭い危険な橋にほかならない。

オオカミと人間のあいだ、おさな心とおとなの心のあいだの危険な橋だとも言えます。

僕は研究をし、音楽をやり、本を読み、本を書き、旅行をしました。「いつもむずかしい複雑なことをやってきたくせに、簡単なことはぜんぜん習わなかったの? 人生を思う存分ためしてみたが、何も見つからなかったとでもいうようなふりをなさるのはいけないわ。あなたは気が狂っていなさすぎるんだわ」ヘルミーネはいった。あんたは子供じみていること天下一品ね。

私はヘルミーネは「やり残したおさな心」の幻想だと思います。彼女は母親に、初恋の彼女に、姿を変えてハリーのおさな心を目覚めさせる存在です。

彼女はときどき男の子の顔になる。私自身の少年時代とその頃の友だちを思い出させた。ヘルマンという名。女の時はヘルミーネという名。

ヘルマンというのはまさに作者ヘルマン・ヘッセの名前です。ヘルミーネの性別が変わるのは、ハリーが中世的存在だった幼いころの幻想だからに他なりません。まさに「やり残した思い」の象徴だと思います。

ゲーテは踊りを習うことをおこたらなかった。かれはすばらしく踊ることができた。しかしハリーの凝固した心臓ではうまく踊れない。

僕に対する最後の命令とは何かね。ヘルミーネ「私の命令を果たし、私を殺すのよ」。

『プライマル・スクリーム』でいうところの幼いころの報われなかった苦痛がヘルミーネです。やり残した思いを果たして、決着をつけることを「殺す」といったのでしょう。

なんて臆病者なの。若い女に近づく人は誰だって笑われる危険をおかすわ。当たって砕けるのよ。最悪の場合は笑われるまでのことよ。

死ぬってことがあればこそ、生命がほんのひと時あんなに美しく輝くことがあるのよ。

心のたたかい。緊張状態。闘争です。ハリーは勝てるでしょうか?

あの人とはじゅうぶんに気をつけて交際しなければいけない。あの人はひどく不幸だ。

理想的に悲劇的に恋することはできても、平凡に人間らしく恋することができない。

インテリの秀才意識(自分は特別だ)という意識が、人間に埋没することを忌避させて、ハリーは不幸になっていたのでした。

音楽は語るものでなく音楽するもの。

自分の問題や思想を女性たちに押しつけていた。

マリアは回り道や代用を必要としなかった。

この現代日本にも人生を楽しめないインテリがたくさんいます。学校の成績が悪かった人ほど人生を楽しんでいたりしますよね。

ヘルミーネ「あんたと私の間には、あの人の思いもつかないことがあるわ」

それは過去の幻想ということでしょう。自分の少年時代であり、母との関係だということでしょう。

金儲け主義の男に使われて、タイプライターの前でみじめに無意味に年を取っていく。

あんたは世間にとっては次元をひとつ多く持ちすぎているのよ。今日の生活を楽しもうと思う者は、ほんとの仕事、ホントの情熱を求める人は、世間は故郷じゃないわ。

ひとつだけ次元が多い、遊びであり、象徴だった。

ヘルミーネの言ったことばかり考えていた。それは彼女の思想ではなく、私の思想であると思われた。それを目の鋭い彼女は読み取り吸い込んで再現してくれた。

心は過去の闇の中にある。次元をひとつ多くというのは「荒野のおおかみ」ということであり、「古い感情」ということであり、「やり残したこと」であり、本能というよりは、童心だと私は思います。

大勢の中に個人が没し去る秘密。夢中になって自分から解放された人。荒野のおおかみが祝祭の陶酔の中に溶けていた。自分も一度は幸福になったことがあるのだ、輝かしく、自分から解放され、兄弟になり、子供になったのだ。

三島由紀夫が「御神輿かつぎ」の陶酔を執筆していますが、同じものだと思います。

『サド侯爵夫人』三島由紀夫の最高傑作

ヘルミーネは私の目からだけでなく、頭からも消えた。婚礼のダンス。聞き覚えのある笑い声。不満のために、世界に絶望したために、殺しているのです。世界には人間が多すぎるんだ。僕たちは人間を減らしてるんだ。

サーカスの見世物にされる飼いならされたおおかみ。

おさな心は現実の中に消えてしまう人がほとんどです。ハリーは例外にほかなりません。飼いならされて、ありふれたつまらないオトナになってしまう人がどれほど多いことでしょうか。

自分の過去の生活はすべて誤まっており、愚かな不幸に満ちていた。今はしかし、誤りは償われた。すべてが別なようになり、すべてがよくなった。

プライマル・セラピーでいうところの、過去の原初の傷に触れて、苦痛を理解して、今とつながった。かつての恋愛をもう一度経験した。取り逃がした恋愛のすべてが、魔法のように私の庭で咲いた。それによって心を突き上げる叫びは解消されたということです。

彼女たちは来て去った。おおかみの生活が恋と機会と誘惑に富んでいたことを知った。

自分の天分から不幸をこしらえあげた。

いかにして愛によって人を殺すか。それはつまり幼き頃の傷ついた自分を愛によって葬り去ることでした。チャンスがなかった不幸な人生ではありませんでした。選ばなかった自分を知ったのです。

芸術家の理想モーツアルト「私はその職業をあきらめて、隠退しましたよ」。

君なんか書いたり、たわいもないことを喋ったりしたつぐないに、さんざんにうちのめされるがいい。何もかも盗んできた寄せ集めじゃないか。

進め、老ハリー。老い疲れた男よ。

作者ヘルマン・ヘッセが必死に自分を励ましています。ノーベル文学賞を受賞した作家ですが、作家として成功しようと、一行も何も書かなくても、人生の価値はそこにはないということでしょう。

裸で他の男とたわむれていたヘルミーネを刺し殺してしまう。

実際に刺殺したわけではなりません。象徴的にトラウマからの解放を意味します。過去の傷がおおかみの叫びとなっていたものを、理解し、葬り去ったのでした。

自分の内部の地獄をもういちど、いやいくどでも遍歴しようと思った。

反復脅迫。もういちど同じことが起こっても傷つかなくてもすむように、なんども同じ苦痛をくりかえし味わって、耐性をつけようとする精神です。失恋体験を何度も繰り返し思い出すような状態のことをいいます。

いつかは生命というゲームをもっとうまくプレイできるようになる。笑うことをおぼえるだろう。

ニーチェは『ツァラトゥストラ』で、「これが人生だったのか、よしもう一度」と結んでいます。同じようなエンディングでした。

こうしてハリーはオオカミの叫びにケリをつけたのです。

『荒野のおおかみ』は寓話です。現実の物語ではありません。闇から突き上げてくるもの、オオカミは外部ではなく、心の内側にいます。

もっと遊びたかった。恋したかった。ダンスしたかった。楽しみたかった青春。愛されたかった自分。二度と戻らない青春。一回きりの人生。果たされなかった思い。荒野のおおかみの叫び。

そのことに気づいて、ケリをつけにいく物語がステッペンウルフだったのだと私は思います。

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『ギルガメッシュ叙事詩』にも描かれなかった、人類最古の問いに対する本当の答え

(本文より)「エンキドゥが死ぬなら、自分もいずれ死ぬのだ」

ギルガメッシュは「死を超えた永遠の命」を探し求めて旅立ちますが、結局、それを見つけることはできませんでした。

「人間は死ぬように作られている」

そんなあたりまえのことを悟って、ギルガメッシュは帰ってくるのです。

しかし私の読書の旅で見つけた答えは、ギルガメッシュとはすこし違うものでした。

なぜ人は死ななければならないのか?

その答えは、個よりも種を優先させるように遺伝子にプログラムされている、というものでした。

子供のために犠牲になる母親の愛のようなものが、なぜ人(私)は死ななければならないのかの答えでした。

エウレーカ! とうとう見つけた。そんな気がしました。わたしはずっと答えが知りたかったのです。

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(本文より)

カプチーノを淹れよう。きみが待っているから。
カプチーノを淹れよう。明るい陽差しの中、きみが微笑むから。
ぼくの人生のスケッチは、まだ未完成だけど。
裏の畑の麦の穂は、まだまだ蒼いままだけど。
大地に立っているこの存在を、実感していたいんだ。
カプチーノを淹れよう。きみとぼくのために。
カプチーノを淹れよう。きみの巻き毛の黒髪が四月の風に揺れるから。

「条件は変えられるけど、人は変えられない。また再び誰かを好きになるかも知れないけれど、同じ人ではないわけだよね。
前の人の短所を次の人の長所で埋めたって、前の人の長所を次の人はきっと持ちあわせてはいない。結局は違う場所に歪みがでてきて食い違う。だから人はかけがえがないんだ」

金色の波をすべるあなたは、まるで海に浮かぶ星のよう。
夕日を背に浴び、きれいな軌跡をえがいて還ってくるの。
夢みるように何度も何度も、波を泳いでわたしのもとへ。

あの北の寒い漁港で、彼はいつも思っていた。この不幸な家族に立脚して人生を切り開いてゆくのではなくて、自分という素材としてのベストな幸福を掴もう、と――だけど、そういうものから切り離された自分なんてものはありえないのだ。そのことが痛いほどよくわかった。

あの人がいたからおれがいたのだ。それを否定することはできない。

人はそんなに違っているわけじゃない。誰もが似たりよったりだ。それなのに人はかけがえがないなんてことが、どうして言えるだろう。

むしろ、こういうべきだった。

その人がどんな生き方をしたかで、まわりの人間の人生が変わる、だから人は替えがきかない、と。

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