アムステルダム【アンネ・フランクの家】訪問前に読む『アンネの日記』
これまで読む予定のなかった本でも、なにかのきっかけで読もうという気持ちになることがあります。6月にオランダ・アムステルダムへの旅行を計画しているので、アムスのことをよく調べていたら「アンネ・フランクの家」という観光スポットがあることを知りました。
ユダヤ人アンネがナチから隠れ住んでいた家です。それで、読んでみる気になりました。『アンネの日記』。正直言って、五十代の男が真面目に読む本ではないと思っていました。日本でいえば中学生の女の子の書いた日記です。
しかし読んでみると、これがまたものすごく面白かったです。これがフィクションだったらつまらない読み物だったかもしれません。しかしノンフィクションで、しかも登場人物はアンネの父親以外は全員死んでしまうことが史実として確定しています。
アンネの夢も、反発していた母親も、たばこ好きのファン・ダーンおじさんも、口やかましいおばさんも、恋心をいだいたペーターも、トイレを争った歯医者のデュッセルさんも、全員死ぬことがわかっています。フィクションだったら、もうちょっとハッピーエンドにしたほうがいいと編集者に注文をつけられる場面でしょう。しかし『アンネの日記』はアンハッピーエンドと、はじめから決まっています。気の強い少女だったアンネの希望や夢が、収容所で完全に潰え去るということがわかっているだけに、あわれみを誘う読書感となるのでした。
もしかしたら中島みゆきの失恋ソングを聞くような気持ちで『アンネの日記』を読むという読み方があるかもしれません。世の中の作品には、読者に忖度したハッピーエンドものが多すぎます。ハッピーエンドじゃないとウケない、売れないから、というのが忖度理由なわけですが、アンネの日記はそれとは真逆の存在です。アンネはけっきょく病死するのですが、ほぼ虐待死と同じ状態でした。ファン・ダーンおじさんは悪名高きアウシュヴィッツの毒ガスで殺されているのです。
ユダヤ人強制収容所をめぐる二大巨頭。『夜と霧』と『アンネの日記』
ユダヤ人の強制収容体験といえば、ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』。私は私的十大小説という書籍の筆頭に、文学の頂点としてこの本をあげました。
同じユダヤ人強制収容所をめぐった著作ですが、『夜と霧』と『アンネの日記』には内容的に被るところは何もありません。どちらもナチスの黒い影に覆われていますが、『夜と霧』は収容所に入ってからの書物であり、『アンネの日記』は収容所に入る前の物語です。
ヴィクトール・フランクル『死と愛』子供のいない女性は無意味なのか? 生きること。人生の意味を問う格好の命題
もしも「どう生きるか」といった哲学的なことを知りたかったら『夜と霧』でしょうし、「強制収容される不安や恐怖」についてだったらアンネの日記のほうが、心に迫ってきます。とくに〈人間は未来のことがわからずに希望を抱いたり不安を抱いたりするんだなあ〉とアンネの日記を読むと強く感じます。死を覚悟していたフランクル博士が生き残り、生きる希望を抱いていたアンネが死んでしまうのも皮肉な結末です。
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『ギルガメッシュ叙事詩』にも描かれなかった、人類最古の問いに対する本当の答え
(本文より)「エンキドゥが死ぬなら、自分もいずれ死ぬのだ」
ギルガメッシュは「死を超えた永遠の命」を探し求めて旅立ちますが、結局、それを見つけることはできませんでした。
「人間は死ぬように作られている」
そんなあたりまえのことを悟って、ギルガメッシュは帰ってくるのです。
しかし私の読書の旅で見つけた答えは、ギルガメッシュとはすこし違うものでした。
なぜ人は死ななければならないのか?
その答えは、個よりも種を優先させるように遺伝子にプログラムされている、というものでした。
子供のために犠牲になる母親の愛のようなものが、なぜ人(私)は死ななければならないのかの答えでした。
エウレーカ! とうとう見つけた。そんな気がしました。わたしはずっと答えが知りたかったのです。
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手紙文学の傑作。隠れ家生活という謎めいた魅力
もらった日記にキティーと名づけ、キティーに語りかける体裁で日記はつづられます。『あしながおじさん』のような手紙文学として読むことができます。
アンネの日記は冒頭から隠れ家生活が始まります。洞窟の中のような隠れ家ぐらしには、なぜか人を惹きつけるものがあります。アンネ自身もやがてはうんざりして愚痴をこぼすのですが、ワクワクするような描写もはじめにはありました。
私は『氷点下で生きるということ』というアラスカの人の生活を描いた映像作品が大好きです。アラスカの冬は極夜です。一日中ずっと暗闇の中、アラスカ僻地の人たちはずっと「家ごもり」をしているそうです。アンネも同じ境遇でした。ずっと隠れ家ぐらしです。しかしアラスカの人は隣近所に誰もいないので、どんな大きな音をたてても問題ないのですが、アンネは昼間は音をたてられませんでした。なぜなら下のフロアには父親が経営する会社の従業員が働いていたからです。水音がするので水洗トイレを流すこともできませんでした。どうしても我慢できないときは、おまるに用をたしていました。
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私だったら、ドイツ占領下のオランダなんかに残らずに、アメリカに逃げてしまえばいいのに……と思いますが、おそらくアンネの父親オットーは自分の会社を置いて逃げることができなかったのでしょう。隠れ家生活ができたのは、父親が会社の経営者だったから、隠れ家を会社の奥に準備できたことと、従業員の中に外部の協力者を求めることができたおかげなのですが、やはり最善手は会社経営なんかほっぽり出してアメリカに逃げることだったでしょう。父オットーは死ぬ寸前でソビエト赤軍に救出されますが、妻も娘二人も二度と戻ってくることはありませんでした。
チャップリンは『独裁者』というヒットラーをパロディー化した映画を撮影していますが、彼は強制収容所でのユダヤ人虐殺のことは知らなかったと言われています。知っていたら、あのような映画は怖くて撮れなかっただろうと言われています。しかしアンネたちはどうやら自分たちが捕まったら毒殺されることを知っていたようです。そのような描写があります。
隠れ家の中でアンネは読書、フランス語の勉強、速記の勉強などに励みました。もちろん最大の楽しみは執筆です。アンネは自分の文才に自信をもっていました。これだけのことを書けるなら自信をもって当然でしょう。日記も、他人に見られてもいいような推敲の跡があったそうです。戦争が終わって生き残っていたら発表するつもりだったのでしょう。
初潮。ファーストキス。処女のまま死んだ人
アンネの日記というのは、その中で初潮をむかえるシーンが有名です。そのシーンのおかげで読者はどれほど幼い少女がこの文章を書いているのか、ということを思い知るのです。隠れ家の中ではじめての生理をむかえて、そのまま発見され、連行されて、チフスで病死するので、アンネは処女のまま死んだということです。そういう史実もまたあわれを誘います。
実際に、歯医者のおじさんが隠れ家にやってきたとき、アンネは同居人になりました。おじさんのいびきに悩まされたことも日記に登場します。同部屋で起居することになったのは、彼女がまだ女あつかいされていなかった証拠でしょう。人が世の中で知る人間社会の多くのいい面や悪い面を、わずか8人しかいない隠れ家のメンバーの中からアンネは学びます。子供あつかいされて怒ったり、母親に不満をぶつけたりしますが、鋭い目で大人を観察しています。アンネはめきめきと知能をあげていきます。同居人との暮らしの葛藤と、周囲の人間への観察眼の鋭さが、アンネの日記を文学の域まで高めているのです。
アンネは隠れ家生活の最初は「にぶい人」ぐらいにしか思っていなかった同居人のペーターに恋心さえ抱きます。8人に、同年代の男は彼しかおらず、他に選択肢がない状態でしたが、アンネの恋心は純粋に燃え上がります。このペーターは解放の三日前に力尽きて死んでしまったそうです。お母さんは餓死だとか……なんというか、残念でしかたがありません。この残念な感じが『アンネの日記』を記憶に残る作品にしている核心です。
ラジオで世界とつながる隠れ家の人たち
まだ実社会で負けを知らないので、アンネは気の強いところもあるのですが、大人たちにはまだ「子どもは黙っていなさい」の一言で片づけられてしまうような存在です。そのことが悔しくて日記でキティーに愚痴るのですが、めきめきと知能を上げたアンネは大人たちを議論でやりこめるぐらいまで成長します。その成長ぶりもまた『アンネの日記』の見どころのひとつです。
アンネたちはラジオをもっていました。イギリスからのラジオ放送でチャーチルの声を聞いたり、戦況を聞いたりしています。そのラジオ情報で閉じられた隠れ家世界が、第二次世界大戦中の世の中の動きと繋がるのです。トルコが参戦したり、イタリアが降伏したり、ソビエト赤軍がドイツ国防軍を打ち破ったりする情報がラジオから流れてきます。そしてついにDデイ、ノルマンディー上陸作戦まで時代は動きます。あとすこし、もうすこしで、ナチスは倒れます。終戦となり、アンネたちは解放されるはずです。それがわかっているのに、間に合わないんですね。そういった時間的な悲劇によって、よけいに残念に思うのです。
これがフィクションであったりとか、史実であっても隠れ家は最後まで発見されず終戦を迎えて解放されて長生きしたというハッピーエンドだったら、ここまで世界中の人たちの心を打たなかったと思うんですよね。
だから仕方がないとは思うんですが、残念だな、というのが、リアルな感想です。
アンネの最期が知りたかったら『アンネフランク 真実の物語』がおすすめ
『アンネの日記』は、フィクションではないため、何の前触れもなく、突然、終わります。隠れ家がゲシュタポに襲われる場面も、8人が強制連行されるシーンも、アンネが強制収容所でどのような目にあって、どんな風に死んだかは、日記からは知りようがありません。日記は強制連行のときに、アンネの手を離れました。
アンネのその後の運命は、映画など、アンネ以外の人の手を借りたものからしか知りようがありません。私は『アンネフランク、真実の物語』という2001年の作品を観たのですが、この作品は強烈でした。ものすごい名作でした。
最後、アンネは素っ裸にされ、髪の毛を短く切られます。手に囚人番号を入れ墨で入れられ、トイレも共同便所で人前でしなければなりませんでした。しらみがわいて体が痒いので囚人服も捨ててしまいました。そしてチフスで力尽きて病死したようです。強制収容所でのアンネの姿を見た人の証言が残っていますので、おそらくこの通りだったのでしょう。
なんら罪をおかしたわけでもないのに、この最期は悲惨すぎます。まだ少女だったのに。せめて大人だったら自らの意志でアメリカに逃げるなどできたでしょうが、まだ父親の決定にすべてを委ねなければならない年齢でした。それでこの最期は本当に悲惨すぎます。あまりにもかわいそうでした。でもこれが『アンネの日記』という作品なのだと思います。アンネ自身が書かなかった、アンネ及び8人の運命を描き終えてはじめて完結する物語なのだと私は思っています。そこまで描かないと、アンネの日記がユダヤ人が受けた悲劇の運命と繋がりません。
【アンネ・フランク・ハウス】の予約方法
アンネフランクハウスを見るためには、ネットでの予約が必要です。狭い場所なので、限られた人数しか入れません。英語のサイトからですが、なんとか予約することができました。その方法をこちらにシェアしておきます。
アンネの家は、毎火曜日に、一週間分の予約枠が解放されます。日本時間の午後5時(サマータイム)もしくは午後6時(サマータイム以外)に一斉に予約スタート。
予約はこちらの公式サイトから、
チケットを選択します。
introductory program の ticket and ticket+ program を選択します。
※introductory program(第二次世界大戦やユダヤ人迫害の歴史的背景を見てから、アンネの隠れ家を見るという+αのチケット)を選んだ方がいいでしょう。英語ですが、写真などで、見てわかる部分も大きいので。
背景の説明を聞かない人は buy Ticket を選択。事前に説明を聞く人は Ticket+ programを選択。
adult(大人)2枚、など人数を選択。
時間と日付を選択(ここの指定が早い者勝ちです。頑張って)
メールアドレス登録、クレジットカードを入力して購入完了です。チケットがメールアドレスに送られてきます。
【アンネ・フランクの家】は、オランダでもっとも行きたい場所
アムステルダムに行ったら、作品中によく登場した西教会の時計塔も見てみたいと思っています。目の前の運河もゆっくり眺めてみたい。
隠れ家の中はもちろんですが、アンネが歩きたかった外の世界をゆっくり歩いてみたいです。本棚の隠し扉の裏の、アンネの隠れ部屋に行けるのかと思うと、今から楽しみです。
ひさしぶりにものすごく面白い本が読めました。アンネ、ありがとう。
オットーフランクの隠れ場所が、アンネフランクの家と呼ばれるのは、もちろん『アンネの日記』が世界中にあたえた感動のゆえです。
アンネの家は、真珠の首飾りの少女よりも、ゴッホ美術館よりも、オランダでもっとも行ってみたい場所になりました。

この言葉をもって、十五歳の少女の書いた日記に対する最大の賛辞とさせてください。
