晴耕雨読なんて過去のライフスタイル。走る哲学者の生き方

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ランナーは晴走雨読

晴耕雨読という言葉があります。晴れた日は田畑を耕し、雨の日は読書にいそしむ生活です。勤勉であるとして「美徳」とされました。

昔はほとんどの人は農民だったのです。だから晴耕雨読。

しかしランナーです。農家ではありません。

いわば晴耕雨読ならぬ、晴走雨読ですね。あたらしい言葉をつくっていい気になっていました。

しかしよく考えてみると、この言葉では足りません。

何故ならよほどどしゃ降りでない限り、雨の日にも走っているからです。

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シリアスランナーは、晴走雨走

わたしはシャワーランニングと称して、雨の日にも走っています。

いわば晴走雨読ならぬ、晴走雨走ですね。あたらしい言葉をつくっていい気になっていました。

しかしよく考えてみると、まだまだこの言葉では足りません。何故なら雨の日も本を読み、晴れの日も本を読んでいるからです。

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ランニング隠者、走る哲学者の生き方。晴走雨走にして晴読雨読

いわば晴読雨読ですね。そして晴走雨走でもあります。

そもそも一日のうちに、どちらか両方しかできないと考えるのは、おかしいのです。

両方やればいいのです。

そう考えると、晴耕雨読というのは、今どき通用しない古いタイプのライフスタイルですね。

晴読雨読ですね。そして晴走雨走。これがランニング隠者、走る哲学者の生き方です。

晴耕雨読なんてオールドタイプのライフスタイルだと思いませんか?

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走っているときは、一日で一番大切な時間

近親者が亡くなった。

そして走りながら考えた。私にとってランニングとは何であろうか、と。

【肉体宣言】走るために生まれた

死んだらもう走れない。生きているから走れるのだ。私にとってランニングとは一日のうちで生きている実感をもっとも濃密に感じられる瞬間である。限界スピードに近づけてダッシュで走れば走るほど、辛ければ辛いほど生きている実感を感じられる。

【スピード持久力の強化】ラビット走。ママチャリを追い抜け

「いやしの時間」では生きている実感を感じられない。ハレあってこそのケなのである。

私にとってランニングとは一日で一番大切なものだ。必ず毎日そうというわけではないが、たいていの平凡な一日の中でもっとも輝いている時間だ。

しかし一生で一番大切なものではない。

そう思ったのである。走りながら。

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一日のうちで一番大切なものなのに、一生のうちで一番大切なものではない。不思議なことだ

一日のうちで一番大切なものなのに、一生のうちで一番大切なものではない。

これは大いなる矛盾ではあるまいか?

まるで禅の公案のように、おもしろい問いだと思う。げに不思議なことよ。

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走らずには、他のもっと大切なものが成立しない

死ぬ間際、わたしは自分の人生をどのように回想するであろうか?

わたしは比叡山の千日回峰行者よりもこの地球にステップを刻んでいる。

比叡山千日回峰行者はウルトラマラソンランナーに似ている

このまま走り続けることができれば、おそらくとても充実した人生だったといえるだろう。

しかし、走ることがわたしのすべてではない。むしろ一生のうちで一番大切なものはランニングではない。パートナーとの関係や執筆業の方がずっと重要だ。しかしその人間関係や執筆そのものが走らずには成立しないのだ。

怪我で走れなくなった市民ランナー。リゾートランナーの悟り「人生とは肉体」

走らずには、他のもっと大切なものが成立しない。わたしにとって走るとは、気持ちよく生きるためのベース。それがわたしにとっての「走ること」だ。

あなたにとってランニングとは何ですか?

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