ラビット走。ママチャリを追い抜け

ランニング・マラソン・ダイエット
スポンサーリンク

どうもハルトです。みなさん今日も元気に走っていますか?

スポンサーリンク

スピード練習。スピードプレイ。

いよいよマラソンシーズンである。

僕がライターとしてマラソン2時間30分を切るような超人市民ランナーたちを取材していた時、彼らの中でスピード練習をしていないという人は一人もいなかった。

いや正確には「スピード練習なんてしていません」と口で言う人はいた。しかしそれは東大生が「受験勉強なんてしませんでしたよ」と言うようなものである。練習内容を聞いてみると立派なスピード練習をしていた。

あるいは「本人がスピード練習だと意識していないだけ」ということもあった。

速く走る練習をしなければ、女子だったら優勝してしまうぐらいのタイムで走れるわけがない。なぜならゆっくり走っている時と、速く走っている時では、主として使う筋肉が全然違うからだ。LSDでは速く走れるようにはならない。LSDに期待できるのは脂肪を燃焼して痩せることだ。痩せれば速く走れるようになる。宙に浮きやすくなるからだ。

ゆっくりでも普段から走り込んでいれば一瞬ならば速く走ることができる。しかし走り続けることは無理だ。

普段からメインでパワーを出す筋肉を無理せず使えるようにしておかないと、いざレースの時に使えない。

いざという時に速く走るためには、普段から速く走っていなければならないのである。

スポンサーリンク

走ることの本質的な意味

人はなぜ走るのか。

走ることの本質的な意味は元来二つしかない。獲物を追いかけるために走るか。獲物とされないために走るか。ウサギを追いかけて食うために走るか。トラに食われないために走って逃げるか。

それだけだ。

だったらそのいのちの根源的な動きをスピード練習に取り入れたらどうだろうか。

英語圏ではマラソンのペースメーカーのことをラビットと呼ぶことがある。ラビットというのはウサギのことだ。ウサギを追いかけるキツネのように、肉食動物が獲物を仕留めるという感覚で、先行するウサギを追いかけて、追いついて、仕留める。

ここでの先行するウサギというのは、先を走るランナーのことである。先行するランナーを獲物と定めて、仕留める。

皇居外周や大阪城や大濠公園なんか走ったら、いくらでもライバルがいるはずだ。彼らと競争しながら、ついでにスピード練習をしてしまうのである。

スピード練習というと「キツイ」「辛い練習」と敬遠されがちであるが、この行為には練習という概念はない。いわば遊びだ。競争することを楽しむのである。スピードプレイという。

ランナーは競争好きな種族のはずだ。お金を払って市民マラソン大会に参加するのは、他者との競争が楽しいからだろう。

その競争を、家の近所の路上で、無料でやれてしまうのだから、ラビット・ランナーはありがたい存在だ。日常のジョギングに起伏をつけてくれる。

スポンサーリンク

ママチャリを追い抜け(ラビット走)

皇居外周のような獲物(ご近所ランナー)に事欠かない場所で走っている人はいいが、そうではないところを走っている地方ランナーはどうしたらいいのだろうか。

僕の場合は、ゆっくり疲労抜きLSDをしているときでも、他のランナーに抜かれたら、その瞬間に走りがガラッと切り替わる。「しめた」と思い、心の中で草レースが始まる。

地方でも、最近は街にランナーが溢れ返っているので、ゆっくり走っていれば誰かが追い抜いてくれる。

きっちりとお返し(抜き返す)をするのが礼儀というものだ。そのことがいつのまにかサブスリー練習になっている。疲労抜きの日だったはずが、めちゃめちゃしんどい日もある(笑)。しかし楽しいからやっている。

もっと本格的に走る日は、いっそランナーなんか捨ててママチャリを追いかける。

先行するママチャリを追いかけて、追いつき、追い抜くのだ。

ママチャリというのは、車よりも速いという伝説のあのママチャリのことではない。あなたの目の前を走るそのママチャリだ。

あのママチャリに追いつき、追い越せ。ママチャリをラビットにして追いかけるのだ。

おばさんが乗っているようなママチャリはライバルにふさわしい。ちょうどいい速さで僕を牽引してくれる。クロスバイクやロードバイクはダメだ。相手が速すぎて勝負にならない。ラビットにふさわしいのはあくまでもシティサイクル。ママチャリである。

若者が乗っている場合でもママチャリならばたいていの場合、必死に走れば追いつくことができる。自転車を追いかけて必死の走りをすれば、スイッチが入ったかのように走りが切り替わる。主動筋が切り替わったのだ。すると走るということがどういうことなのか、あなたにもわかるだろう。

俯きがちだった視線が前を向いて先行する獲物を真っすぐに見つめる。うつろだった瞳にはギラギラと闘争心が燃えている。

トボトボと走っていたのに、太腿を高く上げて大きなストライドになり、やがて体は宙に浮く。

ただ速く走る。そのことが誰よりも何よりも「走る」ということをあなたに教えてくれる。自分の走りに自分自身が教わるのだ。

アトムのジェット走法」も「踵落としを効果的に決める・走法」も、この際、何もかも忘れてしまおう。「ヤジロベエ走法」なんてどうだっていい。

そうではない。ラビットを追って必死に走っている時、身体が宙に浮いていることに気づくだろう。走るとは飛ぶことだ。宙に浮くことだ。アキレス腱のバネなんて使っちゃいねえよ。

体のどこの筋肉が使われているか、なんて意識することもない。なにも筋トレしながら走ることはないのだ。どこに負荷がかかっているかなんて考えもしない

楽に、軽く。それが究極の正解だ。

ただラビットに追いつくことだけを考えている。スピードを出すことに必死だ。ただそれだけだ。無心夢想。思いはひとつ。無我夢中

ひとりでゆっくり走っているときだけ、意識は内面に向き、走ることは思索になり、禅に似てくる。

しかしあのママチャリを追いかけて必死に走っている時、あなたの心は少年に戻り、子供がただひたすらにこの世界に生まれたことを楽しむかのように遊んでいるのだ。野原を駆けるように。あのママチャリが実力以上の力を生み出してくれる。そのスピードプレイがあなたの限界を打ち破ってくれるだろう。あのママチャリに追いつけ、追い越せ。

「どこまででもいい。精一杯でいいから、走れ」

走れ。

★~~このサイトについて~~

比叡山の大阿闍梨(千日回峰行者)様を超える生涯走行距離の中で走りながら感じたことをサブスリーランナーが綴るコラム。

自由と社会との折り合いを模索するブログです。

はたして放浪のバックパッカーは社会復帰できるのか!?

プロフィール


サンダルマン・ハルト。雑誌『ランナーズ』等に執筆歴のあるライター。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。サブスリーランナー。グランドスラムの達成者(100kmサブテン。富士登山競争登頂)。スイス・ブライトホルン。マレーシア・キナバル山。台湾・玉山ニイタカヤマ。南アルプス全山縦走など登山歴も豊富。キャンプ・車中泊マニア。アウトドア派の放浪の旅人

精一杯でいいから走ろう
ソウル日本人学校の出身です。応援おねがいします
ランニング・マラソン・ダイエット
スポンサーリンク
sandalsmanをフォローする
ドラクエ的な人生
タイトルとURLをコピーしました