警察のネズミ捕りは汚い、卑怯、悪質だ

感動・ライフ・お金・仕事
スポンサーリンク
『ドラクエ的な人生』とは?

アリクラハルトの人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

アリクラハルトのYouTube・著作・書籍

 

スポンサーリンク

信号のない横断歩道で警察がネズミ捕りやっているんだが【義憤】

駅前に信号のない横断歩道があります。車の交通量もすくなく、歩行者もほとんどいない場所なので信号機はありません。電車がとまったときだけ降車客がいるぐらいの人通りのない交差点です。ここは私のランニングコースなので状況をよくわかっている場所なのでした。

その交差点ちかくにパトカーが物陰に潜んでいるのです。最初はこっそりとパトロールの仕事をさぼって隠れて昼寝でもしているのかと思っていたのですが、何度もその前を通っているうちに警察が何をしているのかがわかりました。信号のない横断歩道で歩行者が来た場合に自動車がちゃんと一時停止しているか隠れてチェックしているのでした。いわゆる「ネズミ捕り」です。

つい先日も私の目の前でパトカーが一時停止しなかった車を追いかけて物陰から出てきました。「その●色の車、止まりなさい」とスピーカーから大きな声がしました。強制的に車をとめて路肩に寄せて違反切符を切っていました。はぁ?

それを見ていてむらむらと義憤の気持ちが沸きあがってきました。なんかひどくないですか? 警察のねずみ捕りは汚い、卑怯だ、と感じます。

スポンサーリンク

横断歩道を本当に渡ろうとしているのか、曖昧な人が多い

私は車中泊をしているので、どちらかといえば車は乗っている方です。

×   ×   ×   ×   ×   × 

本ブログの筆者はYouTubeで動画を配信しています。

【車泊でGO!! Vehicle Night】

気に入っていただけましたら、チャンネル登録をお願いします。

×   ×   ×   ×   ×   × 

だからよくわかるのですが、運転手から見て、交差点あたりにいる人というのはきわめて曖昧な人が多いんですよ。歩行者が完全に「わたし、待ってますよ」というガチンコスタンスで横断歩道前に陸上競技のスタート前の格好で立っていてくれればわかりやすくていいのですが。

でも「私、待ってます」アピールって恥ずかしいじゃないですか。だから日本人にはとても曖昧な態度の人が多い気がします。横断歩道を本当に渡ろうとしているのか、ただ単にそこでブラブラしているだけなのか、よくわからない人がほんとうに多いんですよ。運転手から見ると。

たとえば横断歩道から1メートルぐらい離れたところで横断を待っている人がいます。横断歩道にぴったりとくっつくように待っていてくれればわかりやすくていいのですが、たいていの人はかなり車道から距離をとって待っています。 この場合判断の難易度は急に上がります。横断を待っているのかよくわからないのですよ。

これは「フラれたら恥ずかしいから惚れたそぶりを見せない人」みたいなものです。待っていて止まってくれないと恥ずかしいから、止まってくれるのを待ってるような待っていないような曖昧な感じで歩道の前のたまり場で空を見ているような、何かを思索しているような感じでたたずんでいる人がたくさんいます。

しかし自分がランニングしているときもよくやるのですが「渡れたら渡りたいけれど無理なら別にいいや。走るの中断したくないし状況を見てどっちでもいいけど、どうかな?」という曖昧なスタンスでよく信号なし横断歩道の前を走っています。たぶん私の姿を見ても運転手は「ああ、このランナー、横断したいんだな」とは思わないだろうと思います。

私が歩行者・ランナーのときもそうですし、運転手のときもそう思うのです。信号のない横断歩道で歩行者のために一時停止するのは、たしかに道路交通法の定めるルールではありますが、その解釈は一様ではありません。きわめて曖昧なケースが多いのが実情です。

×   ×   ×   ×   ×   × 

雑誌『ランナーズ』のライターが語るマラソンの新メソッド。ランニングフォームをつくるための脳内イメージ・言葉によって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。

(本文より)

【入力ワード】写真からランニングフォームを学ぼうとする人が多いので注意喚起したいと思います。写真からフォームを学ぶのはお勧めできません。写真というのは瞬間を切り取ったものなので、間違った解釈をする可能性があるからです。「振り上げた脚」(往路)なのか「戻ってきた脚」(復路)なのか、写真ではわかりません。大地を蹴ったように見えている脚が本当に大地を蹴っているのか、大地を蹴ったように見えているだけなのか、写真からはよくわからないからです。写真で振り上げた膝の高さを見て「ふむふむ、膝はここまで上げるのか」と思い込んでマネするのもよくありません。慣性の法則で結果として脚がそこまで上がっているだけで、実際のランナーの意識としてはそこまで上げようとしていないかもしれません。「結果としてのフォーム」と「ランナー本人の走るときのフォーム意識(入力ワード)」は、必ずしも同じではないのです。

【腹圧をかける走法】そもそも息をするのは、酸素を吸うためです。吐くことよりも、吸うことに意識をおくほうが自然な発想です。肺の中に残っている空気(残気量)は、どうせゼロにはできないのです。吐き切るという努力は、動かない壁を押すような無駄な努力です。そこに力を割くべきではありません。持ち上がらないバーベルを無理やり持ち上げようと喘ぐと、余計に息が苦しくなってしまいます。楽に息するのとは真逆のことです。それよりも思いっきり吸うことです。そのための走法が腹圧をかける走法です。肺を絞って痩せた人のように走るのではなく、腹はたるんたるんと力を抜いてだらしなく腹が太った人のように走ります。そもそも重力は下向きなのだから、横隔膜を下げることは理にかなったことです。それに対して、吐き切ることを意識すると、重力に逆らって横隔膜を持ち上げながら肺を絞らなければなりません。どちらが楽にできると思いますか?

【ストライド走法】ピッチ走法には大問題があります。実は、苦しくなった時、ピッチを維持する最も効果的な方法はストライドを狭めることです。高速ピッチを刻むというのは、時としてストライドを犠牲にして成立しているのです。

【踵落としを効果的に決める走法】私はカラテ素人ですが、サブスリーランナーとして、すくなくとも「踵落とし」を無力化する方法をすぐに思いつくことができます。答えはカンタン。攻撃側が踵を振り上げて止まったポイント(これを上死点といいます)に、自ら打撃ポイント(脳天など)を近づけていくことです。上死点では運動エネルギーがゼロになっているために、破壊力もゼロです。上死点から距離をとらないことで「踵落とし」というキックを無力化できます。
ストライドを稼ぎたいあまりに、未熟ランナーほど振り出した前足が最も伸びきったところで着地してしまうのです。つまり「膝が伸びきったまま」「踵から着地」してしまうのです。これは「踵落とし」の運動エネルギーがゼロになっている上死点で着地してしまっているのと同じことです。これでは速く走ることはできません。

言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化して速く走れるようになる新理論の書。言葉による走法革命。とくに走法が未熟な市民ランナーであればあるほど効果的です。本書はあなたのランニングを進化させ、市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。
●「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」「かかと落としを効果的に決める走法」「ハサミは両方に開かれる走法」「腹圧をかける走法」
マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」
究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」
●【肉体宣言】生きていることのよろこびは身体をつかうことにこそある。

Amazon.co.jp: 市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座) 電子書籍: アリクラハルト: Kindleストア
Amazon.co.jp: 市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座) 電子書籍: アリクラハルト: Kindleストア

×   ×   ×   ×   ×   × 

たとえば歩道のたまり場で近くの中学生がよく立ち話しをしています。彼らは行く先が別々で、そこが帰路の分岐点になっているのですが、まだサヨナラしたくないからそこでウダウダと雑談しているのです。彼らのうちの一人はたしかにその歩道を渡っていずれは家に帰るのですが今はそのタイミングじゃないんですよ。横断歩道のたまり場に人がいるからといってそれをいちいち止まっていたらはっきりいってやってられません。だって実際に止まっても歩道を渡らない人もいるんですよ。それをネズミ捕りでコソコソと捕まえて罰金払わせるのは無理があるのではないでしょうか? それが王道のやりかたでしょうか? この社会で正義を行う姿でしょうか? どっちかというと正義の味方というよりはコソ泥に見えるんですけど?

ボッタクリバーか、ヤクザの事務所かと思ったら、そこは警察だった

スポンサーリンク

【シャイな日本人】スピード違反と違い、横断歩行者妨害は基準が曖昧すぎる

信号のない横断歩道で歩行者がいる場合、車は止まって道を譲らないと、横断歩行者妨害という道路交通法違反になるのは承知しています。私自身は「横断歩道等における歩行者等の優先違反」で違反切符を切られたことはありません。しかしアッと思った瞬間には歩行者が立っている横断歩道を通り過ぎてしまったことは何度もあります。そりゃあそうでしょう。あらかじめ黄色信号で赤になることがわかっている信号のある場所とは違って、歩行者というのは常にいますし信号なしの横断歩道というのは突然現れます。車は急に止まれません。

警察の職務質問を受けた車中泊の体験談

ただでさえ曖昧な横断歩道での日本人の立ち居振る舞いに加えて、歩行者は「その横断歩道」を渡ろうとしているのかも厳密にはわかりません。十字交差点の「もうひとつの横断歩道」を渡ろうとしているかもしれないじゃないですか。先も述べたようにシャイ民族の日本人は「はっきりとわかるように待っていない」のですから。

これがスピード違反ならば数字ではっきりしていますので摘発もやむを得ないかな、と思いますが、横断歩行者妨害はあまりにも基準が曖昧だと思います。

警察の匙加減ひとつではないですか? そういうものは公正とはいいません。正義とはいいません。

「ちょっと待て。本当に横断歩道を渡ろうと明確に態度で示していた人がいたか? おれにはわからなかった、証拠を見せろ」と警察にイチャモンをつけたくなります。善良な市民が多い日本人はそんなことしないで泣き寝入りで罰金を支払うんだと思いますが。

駐車違反は警察に出頭しなくてもいい。反則金をおさめてそれで終わり

スポンサーリンク

警察のネズミ捕りは汚い、卑怯、悪質だ

 

 

せめて横断歩道を渡りたい場合、横断歩道に正対して手をあげるぐらいルール化してもらえませんかね? 本当に横断歩道を渡ろうとしているのか、それとも靴の紐を結ぼうとしているだけなのか、わかりにくくてしょうがありません。

明確に手をあげて待っているいるにもかかわらず車が素通りしたら、横断歩行者妨害として違反切符を切られても仕方がないかもしれません。でも現状では極めてあいまいな態度をとる人が多いこの国で、信号のない横断歩道で止まらなかったからといって罰金を支払わせるというのはどうなんでしょうか?

人が横断歩道のところで立ち話しをしているのはよくある風景です。ずっと歩きながらしてきた話しがまだ途中だから、交差点のところで立ち話をしている主婦なんかザラにいるじゃないですか?

それを止まるべきか、止まらなくてもいいのか、誰が判断するんですか?

警官の匙加減ひとつというのでは納得できません。客観的で公正な判断材料が必要です。警察のねずみ捕りは、きたない、卑怯、悪質だと思います。

そもそもそんなみみっちいことやって庶民をイジメてないで、もっと巨悪を逮捕しなさいよ。汚職市長とかさ。どうせ巨悪に限って尻尾を振っているんだろ、このケーセッキャー(犬野郎)。

タイトルとURLをコピーしました