修験道の行者さんの滝行を受けて真似をしようと思った
私が中学生の時の話しです。修験道の行者が滝に打たれる姿がテレビに映っていました。
自然と溶け込もうとしているのか、煩悩を振り払おうとしているのかわかりませんでしたが、感銘を受けたアホな私はさっそく滝行をやってみることにしました。
自宅の風呂場で。
まるで「ドラえもん」の秘密道具のような簡易滝行セット
シャワーを高いところに設置して、そこから水を流します。そして洗い場で座禅を組みます。
まるで「ドラえもん」の秘密道具のような簡易滝行セットがこれで完成しました。
こうして瞑想をはじめた私です。
ところがこれがなかなか快適なんですな。
そもそもお風呂場のシャワーですから適温のお湯が流れてくるのです。水圧は圧迫を感じるほどじゃないし、いくらでも瞑想を続けられました。
外的要因に心を左右されないで心を無にするのが禅の極意
本当の滝行の場合、水圧はものすごいし、そもそも水が身を切るように冷たかったりします。
そういう外的要因に心を左右されないで、ざわついた心を無にするところに禅の極意があります。滝行の意味があります。
ところがシャワー滝行の場合、快適すぎて心を乱すほどの外的要因とはなりません。いくらでも水に打たれながら瞑想することができました。
ところが……一時間近くたったころ、親父に怒られました。
「いつまで風呂入ってんだ! 水がもったいないだろう!」
すいませんでした。__|\○_
滝の水はいくらでも流れてきて無料だけど、自宅のシャワーは水道代がかかっていることを忘れていました。
悟りってのはなかなか開けないもんですな。
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