- 熊鈴のデメリット。一般的な登山者に熊鈴は無意味。ただうるさいだけ。
- 車中泊して登山する場合。アイドリング・ストップがマナーです。
- お地蔵様の錫杖か? 熊鈴、意味なし、うるさいだけ
- 熊鈴騒音登山者よ、せめて人と離れて歩いてくれないか
- 追記。YouTube動画のリニューアル。「熊鈴、うるさい」原稿
- 山を静かにプロジェクト。ノー熊鈴派宣言【完全版】
- 【熊鈴論争】YouTube動画配信した結果、賛否両論があった。
- 登山者の多い山の場合、全体がひとつの巨大な登山パーティーのようなもの
- 場面場面で熊鈴を付けたり外したり周囲に配慮して調整する
- 僧侶の錫杖は、ストックと熊鈴の役割。金属音が繰り返されることによる瞑想効果
- 熊を避けられるのは、熊鈴だけではありません。
- 山のマナーを守れない人は、人間社会のマナーも守れない。
- 熊鈴というのは「熊は人を恐れて逃げていく」ことを前提に設計されている。
- 「熊鈴がうるさいのなら人の来ない山に行け」おまえが来るな、という意見。
- 【熊鈴のデメリット】熊より圧倒的に事故率の高い落石など、災害の元となる音に気づきにくくなる。
- バードウォッチャーが趣味の人も熊鈴の音には迷惑している。
- アンチ熊鈴派は先行登山者の足音や人声、体臭によって熊が逃げてくれるはずだと考えている。
- YouTube上では否定的な意見の方が多かった。
熊鈴のデメリット。一般的な登山者に熊鈴は無意味。ただうるさいだけ。
ひさしぶりにお散歩コースの渓流登山散歩をしたら、熊鈴をチャリンチャリンと鳴らす登山者がずっと近くを歩いていて不快な思いをしました。
このページでは「熊鈴やめろ。意味ないじゃん」ということを主張しています。
※※「多くの登山者がすでに登っている山を、あとから登るような一般的な登山スタイルの場合」限定で語っています。単独で山菜を取りに行くような場合は想定していないことをご了承ください。※※
車中泊して登山する場合。アイドリング・ストップがマナーです。
車中泊をして登山をするような週末ライフを送っています。車中泊をしていると、周囲に迷惑な人が来て、いやな思いをすることがあります。それは夜中にエンジンを切らない人です。うるさいっちゅーねん。
思い出したかのように鳴る車のエンジン音と振動は、静まり返った深夜には不快なほど響くものです。エアコンをつけたり、カーテレビを見たりしている本人は、周囲の迷惑に気づかないかもしれませんが。
車中泊では停車中はアイドリングしないのがマナーとされています。でもマナーを守れない人は必ずいて、ずっとエンジンをかけて周囲に騒音、振動をまき散らしているのです。
お地蔵様の錫杖か? 熊鈴、意味なし、うるさいだけ
それと同じように登山をしていると、周囲に迷惑な登山者が来て、いやな思いをすることがあります。それは熊鈴をつけた登山者です。
こっちは沢の水音、鳥のさえずりなどを聞いているのに、チャリンチャリンとうるさくてしょうがありません。
あんたはいったい何を聞きに来たんだ。鈴の音か? 家で聞いてくれ。
熊鈴をつけているのは、たいていは初心者の山ヤさんです。
山の本に書いてあったから真面目に熊鈴を買って装着しているのでしょうが、あんなものつけていたら、風の歌やセミの鳴き声など、自然の音が何も聞こえません。
まるでエンジンかけっぱなしで寝る車中泊の人のように、自分は歩くたびに歩調にあわせてシャンシャンと音がするし、慣れて気にならないのでしょうが、周囲ははっきりいって迷惑です。
地蔵様の錫杖か? なんか地獄っぽいんだよな。
熊鈴騒音登山者よ、せめて人と離れて歩いてくれないか
上級者になるにしたがって自然の音を聞くために、熊鈴なんてしなくなるのですが、シングルトラックでずっと熊鈴騒音登山者と一緒になると、正直、うんざりします。
少し離れて歩いてくれればいいのですが、こういう人に限ってそういうデリカシーはありませんので、やたらと近くを歩いてきます。チャリンチャリンチャリンチャリン……うるさいっちゅーねん。
だいたい何を怖がっているんだ。もしかしてクマが恐いのか?
北海道のヒグマは別にして、本州のツキノワグマなんか、人間にあったらびっくりして熊の方が逃げるんだから、何を恐れることがあろうか。
熊鈴騒音登山者よ、せめて人と離れて歩いてくれないか。
それが無理なら、熊鈴、やめてくれ! 自然の音を聞こう。そのために山に来たんじゃないか。
追記。YouTube動画のリニューアル。「熊鈴、うるさい」原稿
こちらのブログの内容をYouTubeで公開したところ、意外と反論がありました。
その中にはわたしの主張する意図がしっかりと伝わっていないなあと感じたコメントもありました。なのでもっとしっかりとこちらの意図が通じるように書きなおしました。それをここにも上げておきます。こちらが【山を静かにプロジェクト】ノー熊鈴派宣言の主張(完全版)になります。
山を静かにプロジェクト。ノー熊鈴派宣言【完全版】
※※この記事は「多くの登山者がすでに登っている山を、あとから登るような一般的な登山スタイルの場合」限定で語っています。「ひとりで山菜を採りに行くようなスタイル」の場合はまったく考慮していません。ご了承ください。
とある日本百名山をひさしぶりに登山したら、熊鈴をチャリンチャリンと鳴らす登山者がずっと近くを歩いていて不快な思いをしました。
「熊鈴やめろ。意味ないじゃん」
こっちは風の歌、森のせせらぎ、沢の水音、鳥のさえずりなどを聞いているのに、熊鈴の音にかき消されてしまいます。チャリンチャリンとうるさくてしょうがありません。
日本百名山のような登山者の多い山で、熊鈴をチャリンチャリン鳴らした登山者たちが鈴なりに連なっているのを見ると異様に感じませんか? ここはどこなんでしょう。地獄ですか? 賽の河原? ろっこんせいじょーおやまはせいてーん。チーン。チーン。チーン。チーン。チーン。チーン。
どれだけ速く歩いても、どれだけ離れて歩こうとしても、熊鈴の音が聞こえてきます。まるで自分が【地獄の亡者の群れ】の一員になったかのような気がします。 自然のただ中に来たはずなのに、ずっと人工音を聞かされ続けます。
わたしにとって熊鈴は、車のアイドリングを彷彿とさせます。自分が熊鈴を鳴らしていると、あのカン高い鈴の音もあまり気にならないんでしょうけど、ノー熊鈴派にとってはけっこう不快な音なのです。車のアイドリングも同じですよね。自分の出している音はさほど気になりません。自分の体臭は臭くないでしょ? それと同じです。
熊鈴をつけているのは、たいていは初心者の山ヤさんです。山の本に書いてあったから真面目に熊鈴を買って装着しているのでしょうが、その装備、本当に必要ですか? あんなものつけていたら、自然の音が何ひとつ聞こえません。
シングルトラックでずっと熊鈴騒音登山者と一緒になると、正直、うんざりします。
少し離れて歩いてくれればいいのですが、こういう人に限ってそういうデリカシーはありませんので、やたらと近くを歩きたがります。チャリンチャリンチャリンチャリン……うるさくてたまりません。
本人も歩くたびに歩調にあわせてシャンシャンと音がするし、うるさくないのでしょうか? 周囲ははっきりいって迷惑です。
熊鈴騒音登山者よ、せめて人と離れて歩いてくれないか。それが無理なら、熊鈴、やめてくれ!
だいたい何を怖がっているんでしょう。もしかしてクマが恐いのでしょうか?
北海道のヒグマは別にして、本州のツキノワグマなんか、人間を恐れて熊の方が逃げるんだから、何を恐れることがありましょう。
よく考えてください。熊鈴というのは「熊は人を恐れて逃げていく」ことを前提に設計されています。だからわざわざ人の存在を熊に知らせているのです。熊が人を恐れているのは間違いありません。人を恐れる臆病な性質の熊の子孫しか今日まで生きのびることができなかったためです。
そうでなければ熊鈴は「熊さん、わたしに襲い掛かってください」と大声で叫んでいるようなものです。もしそうでないというのならば、熊鈴はただちにやめてください。非常に危険です。 熊は鈴の音を恐れているのではありません。人間が怖いのです。
山ではすべて自己責任です。遭難するのも自己責任。遭遇するのも自己責任です。だから熟慮の上で熊鈴が必要だと感じるのならばそれは止めません。しかし本当にそれが必要でしょうか?
わたしは極端な意見は危険だと思っています。極端な意見は、極端だという理由だけで間違っているとさえ思います。
わたしはここで熊鈴をつける登山者をゼロにしろ、と主張しているわけではありません。 たとえば「5人パーティーで登山する場合、5人全員が熊鈴つける必要ありますか?」と問うているのです。先頭のひとりだけでいいんじゃないでしょうか? 5人パーティー全員が熊鈴つける必要ありますか? それは無駄ではないでしょうか?
ところで日本百名山のような登山者の多い山の場合、全体がひとつの巨大な登山パーティーのようなものです。たとえ熊がいたとしても先行登山者がとっくに食われるか追い払うかしているはずです。だから後続登山者が熊鈴をつける意味はほとんどありません。
100人登山者がいたら、100人全員が熊鈴つける必要ありますか? 今の日本の百名山には、熊鈴人口が多すぎると思います。ほとんどの人には熊鈴なんて必要ありません。
本当に熊鈴が必要だと感じる人は、周囲の迷惑なんて気にしないで騒音をまき散らしながら登山すればいいと思います。 でも現状では、何も考えずに熊鈴をつけている人が多すぎるんじゃないでしょうか? すくなくとも先頭を歩いていない「あなた」には必要ないのではありませんか?
もちろんあなたが百名山以外のマイナーな山の単独行であったり、百名山であっても誰よりも早く朝一番で登る場合、山菜採りなど「単独」前提の場合は熊鈴をつけるべきだと思います。 この場合、そもそも「チリンチリンと無駄だし、うるさいな」と感じる人が周囲にいないのですから、何の問題もありません。
何も考えずにいつも同じ装備というのは登山者の正しい態度ではありません。常に熊鈴を着けて歩くというのはこれと同じことです。
登山の上級者は自分が登る山にあわせて装備を変えます。夏の日本百名山と、アルプスやヒマラヤ登山の装備が同じはずがありません。ヒマラヤの奥地に熊なんかいません。いるのはイエティです。熊鈴では追い払えません。
そして登山では熟達するほど知恵を使って荷物を軽量化しようとするものです。経験を積めば積むほど山で必要なものとそうでないものがわかってきます。水分や非常食、防寒着やヘッドライトなどを削るわけにはいきませんが、あなたのその熊鈴は削れるのではないでしょうか?
あなたの登山スタイルに、熊鈴、本当に必要ですか?
自然のまっただ中に来たはずなのに、常に人工音を聞かされ続ける登山スタイルを是とするか、非とするか、よく考えてみてください。
とりあえずここでは日本百名山を後続登山者として登る場合、熊鈴を家に置いて来ることをオススメします。山を静かにプロジェクトです。ノー熊鈴派宣言です。
そうすれば山が静かになりますし、あなたの登山ライフはこれまで以上に充実したものになるでしょう。風が、森が、川が、鳥が、あなたに語りかけてくることでしょう。
熊鈴を家に置いてくれば、熊鈴の質量以上に心が軽くなりますよ。
忘れてはいけないことは、熊鈴があっても熊に遭うときには遭うということです。熊鈴は絶対の利器ではありません。ただ単に確率の問題なのです。ところで百名山の後続登山者が熊に遭う確率が熊鈴を装着したところでどれだけアップするでしょうか。ほとんど変わらないのではありませんか? そういうものを無駄というのです。
自覚ある登山者が「自分の登山スタイルに熊鈴は必要ない」と気づいて、山がすこしでも静かになってくれることを願っています。 そうすればさらに自然を愛する登山者が増えて、さらに熊鈴は必要なくなります。
あなたも「山を静かにプロジェクト」に参加してください。「ノー熊鈴派宣言」をしてください。
どうしても、という方は「消音機能付きの熊鈴」というものが販売されています。
こちらを利用してください。周囲に人がいるときは鳴らさないことができます。それがマナーというものです。
【熊鈴論争】YouTube動画配信した結果、賛否両論があった。
わたしはYouTubeで動画配信もしています。
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本ブログの筆者はYouTubeで動画を配信しています。
【車泊でGO!! Vehicle Night】
気に入っていただけましたら、チャンネル登録をお願いします。
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こちらの記事は【ドラクエ的な人生】の中でも読まれている方の記事なので、本記事を読み上げてYouTube動画に配信したところ、賛否両論がありました。
その動画は下記の事情※※があって消去してしまったのですが、そのときに寄せられたコメントとわたしの返事をここにコピペして残しておきます。
※※ご意見ありがとうございました。この動画は「多くの登山者がすでに登っている山を、人の後ろをついて登るような一般的な登山スタイルの場合」限定で語っています。ところが動画には言葉足らずの反省点があるため、視聴が一段落したら削除する予定です。いただいたコメントは貴重なご意見として下記のブログに転記して残させていただきます。
登山者の多い山の場合、全体がひとつの巨大な登山パーティーのようなもの
Q.自分も登山初心者ですが自分は自然の音ってよりかは景色見るため、達成感を得るために山に行きます( ˙꒳˙ ) それに主さんも最初は初心者だったはず、それくらい寛大な心で受け入れてあげましょうよ^^ それに100%ツキノワグマは襲ないという保証はどこにもないですし、熊に出会わないために熊鈴などがある訳でそれを否定するのは自分の身を案ずる事を放棄するのと同じように思いますけどねw 自然の音を聞きたかったら同じ事が言えますが家で自然音の動画を聴いてればいいと思いますよ!それか深夜帯に登って誰よりもはやく登頂するかですかね!
A.うp主です。ご視聴ありがとうございます。 自然のまっただ中に来たはずなのに、常に人工音を聞かされ続ける登山スタイルを是とする非とするか、よく考えてみてください。 日本百名山のような登山者の多い山の場合、全体がひとつの巨大な登山パーティーのようなものです。たとえ熊がいたとしても先行登山者がとっくに食われるか追い払うかしているはずです。だから後続登山者が熊鈴をつける意味はほとんどありません。 忘れてはいけないことは、熊鈴があっても熊に遭うときには遭うということです。熊鈴は絶対の利器ではありません。ただ単に確率の問題なのです。ところで百名山の後続登山者が熊に遭う確率が熊鈴を装着したところでどれだけアップするでしょうか。ほとんど変わらないのではありませんか? そういうものを無駄というのです。 とりあえずここでは日本百名山を後続登山者として登る場合、熊鈴を家に置いて来ることをオススメしています。 自覚ある登山者が「自分の登山スタイルに熊鈴は必要ない」と気づいて、山がすこしでも静かになってくれることを願っています。
Q.もちろん理屈は動画で仰ってたようにわかりますよ! でも初心者の人なんかはそんな事なんか知らずに無意識に熊鈴を買う人がほとんどでしょうし、達人の域に達してる人も最初の頃は鈴を付けてた人がほとんどだったはずです(データはあまりませんが…) それに失礼な言い方になるんですが、主さんがいくら注意喚起しようが、その登録者数じゃほぼほぼ効果ないと思います… もっと知名度を上げるか、富士山とか六甲山辺りの世間一般の人にも有名な山に行って、登山道の入口付近に鎮座して一人一人声掛けするくらいしか対策ないと思います。 もちろん主さんもそんなに暇じゃないと思いますし、そんな変人みたいな行為恥ずかしくて自分には出来ないです。 そうですね…人工音は聞きたくないけど登山はしたい 登山家なんかになられたらどうです? それなら初心者なんかはまず登れない山に登って行くことになりますし、人工音なんかはほとんどしない トランシーバーとかは必要になってくるとは思いますが少なくとも初心者は登れないので人工音を最小限に抑えられると思いますよ! それか新たに法を制定するとか… 一時的に抑えられても一般常識にするのはやっぱり人1人の力じゃほぼ不可能でしょう登山家以外の方法を考えるならやっぱり知名度を上げて行くしかないと思います。 最初のコメントですが自分は人工音を全く気にしない人間なんですが、主さんのように自然の音を聞きにくる人の事を全く加味してないコメントをしてたのでそこは申し訳なかったです…
A.うp主です。コメントありがとうございます。 政治を変えたければ、デモに参加するのではなく、国会議員になれという意見ですね。 しかしわたしは熊鈴を憎悪し、根絶するのを生涯の宿願としているわけではありません。それほど暇じゃありません(笑)。 すぐ近くに「うるさいな」と感じている人がいるんだゾ、ということをわずかでもわかってもらえればそれでいいのです。 そういうの、いわなきゃ伝わらないじゃないですか。
場面場面で熊鈴を付けたり外したり周囲に配慮して調整する
Q.ど田舎に住む住人です。 近所の人が庭先で1名、犬の散歩中に1名、山菜採り中に1名、ツキノワ熊に襲われ大怪我をして過去に入院しています。 私自身も、登山(百名山97登頂)や山菜採りが趣味の為、年間50回以上は山に入り、8回熊に遭遇した経験有ります。人馴れした熊には効果は薄いですが、山奥にいる熊は基本臆病なので、人の存在をいち早く知らせる為、初心者の私は熊鈴を絶対に付けます。人の気配を察知するとだいたい向こうから逃げてくれます。一番危険なのは、近くにいるのにお互いの存在に気づかず、至近距離でのばったり遭遇ではないでしょうか?臆病な熊は必死なので、ビックリして逆上して何をしてくるか想像できません。 私は山が大好きで、人の居ない山に入る事が多いのでバッタリ遭遇は正直すごく怖いので熊鈴は必須アイテムです。 ベテランさんにご迷惑をおかけしてすいませんが、どうかご理解をよろしくお願いいたします。ちなみに、百名山などの人が多い山では、鈴を外す事が多いです。
僧侶の錫杖は、ストックと熊鈴の役割。金属音が繰り返されることによる瞑想効果
A.うp主です。ご視聴ありがとうございます。 わたしよりもはるかにキャリアのある方と推察いたします。百名山中九十七座まで熊鈴とともに登頂されたのなら、残りの三座もぜひ熊鈴つきで登頂してください。なにか功徳(ご利益)があるかもしれませんから。 山のあなたの空とおく、さいわい住むと人のいう。
ブログ【ドラクエ的な人生】「日本百名山、全山制覇の難易度」 https://arikura.com/hotaka-hawaii-mania/
功徳(ご利益)という言葉をここで使ったのは、わたしには熊鈴とストックが僧侶が右手に持つ「錫杖」をイメージさせるからです。錫杖というのは、杖の上に金属の輪がついていて、杖をつくたびにシャンシャンと音が鳴る仏具です。 「錫杖」というのは、やっぱり今でいう「熊鈴とストック」の役割なんでしょうかね? なんで昔の遊行僧は錫杖なんか携帯したんでしょうか? やっぱり熊が怖くてクマよけに鳴らしていたんでしょうか? お釈迦さまの前世のように潔く虎に食われるという選択肢は遠慮したかったんでしょうか? そんなことで色即是空の境地にたどり着けるのか???
チベットのシンギングボールのようにある種の金属音の繰り返しには、瞑想効果があるとされています。 ベテランさんにお尋ねしたいのは、そういう効果が錫杖に、つまり熊鈴には瞑想効果がありますか? もし瞑想効果が熊鈴に「たしかにある」というのならば、わたしもぜひ熊鈴をつけて登山したいと思います。 「自分にとってうるさい」(デメリット)と思ってノー熊鈴派になりましたが、「瞑想効果がすごい」(メリット)があるのならば、話しは別です。転向します(笑)。 その場合、登山者全員が熊鈴をつければ、隣人の熊鈴の音など、自分の熊鈴でかき消されてまったく気にならないと思います。楽器のセッションのようなものです。みんなで一緒に集団陶酔しましょう。 わたしは熊鈴なしで自然の音を聞いた方が瞑想効果が高い(=登山が楽しい)と判断したので熊鈴をやめました。しかし熊鈴に瞑想効果(明確なメリット)があるのならば、話しは別です。 このことは熊鈴派の方にしかわかりませんので、もしよろしければ教えてください。
Q.タイトルに、人が多い百名山限定と書いて有れば良かったです。 百名山でも誰にも会わない山も有るので。 私事ですが… 登山は14才から初め、百名山ハントは30才から始めて20年が経ちました。 (すっかりおじさんです) 穂高も良い山ですよね。私自身、百名山を巡る事で、他にも魅力的な山が沢山有る事を知りました。 あ、熊鈴ですね… 私はいつも自然の音の中で暮しているので、山奥に入ると静けさのみが逆に怖く感じる時が有ります。誰も居ない山奥では、熊鈴の音で逆に気持ちを落ち着かせる事が出来ます。あくまで私の場合ですが。 北アルプスなど、人が多い場所では正直、熊鈴は要らないでしょう。人気が多いし、周りにも迷惑になるので。 私の場合、付ける付けないの判断基準は、人気が多いか少ないかです。 人により判断基準が様々で、考え方も様々で理解できない事も多い世の中です。 投稿者様のうるさいと言う心境も理解出来ます。 しかし、私のように人気が少ない場所では熊鈴を付ける事が必要と強く感じる人間も居る事を理解していただけると幸いです。 ちなみに、参考になる熊の動画
A.うp主です。コメントありがとうございます。もはや意見は完全に一致していると思います。 「北アルプスなど、人が多い場所では正直、熊鈴は要らないでしょう。人気が多いし、周りにも迷惑になるので。私の場合、付ける付けないの判断基準は、人気が多いか少ないかです。」わたしが言いたかったことも、これに尽きるからです。 ご紹介いただいた熊の動画、見ました。「うぉおオオ」と叫んで熊を追い払った後、何も語らないのがシュールですね(笑)。 「マジか!」とか「死ぬかと思った」とか、ああいう場面で人は能弁になるものだと思っていました。不安は人をおしゃべりにするってやつです。でも投稿主は何も語らない。シュールだ。
かつてわたしもハセツネカップという日本山岳耐久レースでいい成績を残すために、奥多摩の山を夜間トレイルランニングしたことがありました。朝まで夜通し走らないと完走できない厳しいレースなので、夜ランに慣れるためにヘッドライトとハンドライトだけで誰もいないトレイルを走る特訓でした。そのときも熊鈴はしていませんでした。 そのとき鹿には何度もバッタリ遭遇したのですが、明らかに鹿とはひづめが違う大型獣とバッタリ遭遇しました。超強力なハンドライトをライトセーバー(ビームサーベル)のように振り回して闇を切り裂き、大声で威嚇してその四つ足の獣を追い払いました。先の投稿者のように。 無事に下山した後、あの獣は何だったんだろうと考えました。あきらかにタヌキのサイズではありませんでした。サイズ的には鹿でしたが、足音が鹿とは違いました。逃げ去るリズム(ひづめの音)でわかります。 なにせ周囲は真っ暗で、はっきり熊だとわかったわけではありませんが、あれは熊だったのだと思っています。奥多摩には熊が生息していますので。 単独行だと熊にバッタリ遭遇しますよね。熊鈴を携行してください。それとて完璧ではありませんが。 長谷川恒男カップ本番で熊に遭わなかったことはいうまでもありません。わたしの前にも、そしてわたしの後ろにも、たくさんのトレイルランナーがいたからです。あんなシーンで熊に遭うわけがありません。そういうときに「熊鈴いらんだろ」とツッコミたくなるのです。
× × × × × ×
※雑誌『ランナーズ』の元ライターである本ブログの筆者の書籍『市民ランナーという走り方』(サブスリー・グランドスラム養成講座)。Amazon電子書籍版、ペーパーバック版(紙書籍)発売中。
「コーチのひとことで私のランニングは劇的に進化しました」エリートランナーがこう言っているのを聞くことがあります。市民ランナーはこのような奇跡を体験することはできないのでしょうか?
いいえ。できます。そのために書かれた本が本書『市民ランナーという走り方』。ランニングフォームをつくるための脳内イメージワードによって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。「言葉の力によって速くなる」という本書の新理論によって、あなたのランニングを進化させ、現状を打破し、自己ベスト更新、そして市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。
●言葉の力で速くなる「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」「かかと落としを効果的に決める走法」
●絶対にやってはいけない「スクワット走法」とはどんなフォーム?
●ピッチ走法よりもストライド走法! ハサミは両方に開かれる走法。
●スピードで遊ぶ。スピードを楽しむ。オオカミランニングのすすめ。
●腹圧をかける走法。呼吸の限界がスピードの限界。背の低い、太った人のように走る。
●マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」とは?
●究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」
本書を読めば、言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化されて、同じトレーニング量でも速く走ることができるようになります。
あなたはどうして走るのですか? あなたよりも速く走る人はいくらでもいるというのに。市民ランナーがなぜ走るのか、本書では一つの答えを提示しています。
× × × × × ×
どんなレースに出ても自分よりも速くて強いランナーがいます。それが市民ランナーの現実です。勝てないのになお走るのはなぜでしょうか? どうせいつか死んでしまうからといって、今すぐに生きることを諦めるわけにはいきません。未完成で勝負して、未完成で引退して、未完成のまま死んでいくのが人生ではありませんか? あなたはどうして走るのですか?
星月夜を舞台に、宇宙を翔けるように、街灯に輝く夜の街を駆け抜けましょう。あなたが走れば、夜の街はイルミネーションを灯したように輝くのです。そして生きるよろこびに満ち溢れたあなたの走りを見て、自分もそんな風に生きたいと、あなたから勇気をもらって、どこかの誰かがあなたの足跡を追いかけて走り出すのです。歓喜を魔法のようにまき散らしながら、この世界を走りましょう。それが市民ランナーという走り方です。
× × × × × ×
Q.言いたい事が、理解できました。やはりベテランさんでしたね 意見交換ありがとう御座いました。今後もお互いに、自然を楽しみながら、気持ち良い山行が出来たら良いですね
熊を避けられるのは、熊鈴だけではありません。
Q.ツキノワグマに遭遇して大怪我をしている人はたくさん居ます。 山の上級者だって熊鈴つけます。 山菜採りやきのこ採りは必ずつけます。 山で鈴が鳴ることは周囲にも自分の居場所を知らせる上で大切な役割を果たしていると考えています。 それをうるさく感じられるなら、登山者など入らない奥地で過ごされた方が良いです。
山のマナーを守れない人は、人間社会のマナーも守れない。
熊鈴というのは「熊は人を恐れて逃げていく」ことを前提に設計されている。
「熊鈴がうるさいのなら人の来ない山に行け」おまえが来るな、という意見。
【熊鈴のデメリット】熊より圧倒的に事故率の高い落石など、災害の元となる音に気づきにくくなる。
バードウォッチャーが趣味の人も熊鈴の音には迷惑している。
日本人は心配性な人が多いのとマニュアル人間が多いので仕方ないとあきらめています。
ついでに 車のバックの際の警告音も気になります。林道で鳥を見つけてもバックすると飛んでしまうのでついに外車に買い替えることになりました。外車にはついていない
アンチ熊鈴派は先行登山者の足音や人声、体臭によって熊が逃げてくれるはずだと考えている。
YouTube上では否定的な意見の方が多かった。
その分を差し引いて考える必要がありますが、割合でいうと賛成派20%、反対は80%ぐらいでした。
コメントに返答することで、こちらの考えが深まった部分もあります。また自分の言い足りなかった部分にも気づかされました。
コメントをくださった方、ありがとうございました。このブログでもご意見を募集しています。秀逸な意見は個人情報に配慮して、上記のように引用して多くの人に見ていただきたいと思っています。