小麦アレルギーだと、世の中のうまいもののほとんどが食べられない

私の知人に、子供が小麦アレルギーだという人がいました。その知人のことを「かわいそうに」と心から同情しました。だって子供が小麦を食べられなかったら、世の中のうまいもののほとんどを家で食えないってことじゃん。「その子はきっと嫁の貰い手がないんだろうなあ」と同情していました。だってあなた、小麦が食べられない女なんて嫁にしたいと思います?
ところが……そんな同情心あふれる私に、大悲劇が襲いかかります。結婚するまではそんなそぶりのなかったうちの嫁が、年をとって体調がかわったのか、グルテンアレルギーになってしまいました。

小麦を食べると下痢します。セリアック病といいます

ゲッ!
これは……同情していた知人と同じ境遇に私もなってしまったのでした。
しかしいまさらどうこうできません。これも愛情のなせるわざでしょう。嫁の和食主義、お米暮らしにつきあっているうちに、私も小麦抜き生活に慣れてきました。外食しても、カツ丼屋やカレーライス屋には入れないのですが、それでもフードコートや、松屋みたいなメニューがたくさんある飯屋ならば、カレーやカツ丼を自分だけ食べることができます。きっと私の知人もこのようにして何とかなっていたのでしょう。同情するだけ野暮でした。反省!
令和の米騒動の原因は?

ところでそのように嫁が小麦を食べられないものですから、我が家ではお米ばかりを食べています。他の家よりもおコメの消費量は多いだろうと思います。
ところで現在、令和の米騒動といわれるぐらい、お米の値段が高騰しています。

なんでなん?

知らんけど、品切れ状態だし、ものすごく高くなってるよ

知らんけど、じゃないわ。小麦アレルギーで、ガチンコで主食なんだから、なんでコメの値段が高騰しているのかぐらいは知っとけ!
というわけで、本稿はおコメばかりを食べている私が、なんで昨今、お米が高騰しているのか、コメしか食えない嫁のためにまとめたものです。
転作奨励金による飼料用米がコメ不足の根本原因

じつは日本には、人間が食べる主食用米と、家畜が食べる飼料用米と、二種類があります。
飼料用米は、味がマズくても構わないので、面積あたりの収量の沢山とれる品種が選ばれます。田んぼの管理も適当です。雑草のように飼料用米は生えています。主食用米にくらべて手間がかかりません。
でも、政府が飼料用米に転作奨励金を払っているので、農家はこの「ほったらかし米」を生産した方が儲かったりします。だから人間用の主食用米をやめて、飼料用米ばかり作るようになったんですね。政府・農林水産省がなんでこんなことをしているのかというと、昔の減反政策と同根です。コメの価格が暴落しないように生産調整しているのです。

令和の米騒動は、生産調整がうまくいかずに、コメ不足になったのが原因の人災なんだよ
コメの収量計算は、作付面積×収量で計算します。しかしただでさえ収入がすくないから後継者がいない農家では、高齢化により離農(農家の廃業)が起こっています。このような田んぼは耕作放棄地と呼ばれているわけですが、その耕作放棄地が、政府の計画を上回って進んでいるということなのです。だから人災なのです。
おコメの相場取引で儲けるという『信長の野望』みたいなマネーゲーム

昔、コーエーの『信長の野望』というゲームに熱中していました。織田信長など戦国武将のひとりになって全国統一をはたすというシミュレーションゲームでした。全国統一のための軍備をととのえるためにはお金が必要なのですが、そのお金を準備する方法に、お米の相場で儲ける、という手段が用意されていました。コメ相場の安いときにコメを仕入れて、相場の高いときに売れば儲けになります。
石油ショックのときにトイレットペーパーがなくなったのと同じように、おコメの価格が高騰しているので、多くの人が自宅にお米をため込んでいます。そのせいでますますお米が店頭から姿を消しているのですが、自宅で食べて終わりの個人と違って、一部の業者は転売して儲けるためにお米をためこんでいるそうです。

信長の野望かよ!
ゲーム『信長の野望』のコメ相場で儲けるのと同じことを、令和の米騒動でもやっている人がいるそうです。主食のことなのでムカつくと思いますが、あらゆる商売はコレですので、文句は言えません。資本主義は投機と相場なのです。

なるほど。相場で儲けようとストックしている人もいるけれど、根本的には農政の失敗によるコメ不足なのね

農協や農林水産省は、消費者よりも生産者のことを優先して考えているから、米価の高騰をむしろよしとしているんだ。
お米が高いなら、小麦を食べればいい、と言いたい

貧乏主義者の私としては、本当ならば「お米が高いなら、小麦を食べればいいじゃない」と言いたいところなのですが、嫁がアレなので、そういうわけにもいかないのでした。
うちのように代替手段をとれない人に、米価の高騰はたいへんな問題です。コメなんて買わなきゃいいんだ、という対抗手段がとれません。
「おコメが高いなら、小麦を食べればいいじゃないの」とマリーアントワネットは言ったとか、言わなかったとか。。。
『ベルサイユのばら』(アニメ)の主人公はマリー・アントワネット? Wikipediaの間違い発見!
コメよ、安くなれ!
競争が性能を飛躍的に高める
知り合いの農家からお米をもらった。お米というのは県の農業研究所が品種改良の研究を毎年続けており、今も新しい品種が日本各地で誕生している。
お米と言えばコシヒカリだったのは今は昔の話である。今はコシヒカリをベースとした改良種のほうがおいしかったり、倒伏しにくかったり、収量が多かったりするのだ。
しかし新種は誰でも栽培できるというわけではない。新発明が特許によって知的所有権が守られているように、お米の新種も基本的にはしばらくの間は県内でしか栽培できないルールがある。新潟県の農業研究所が開発した新種は、当分の間、新潟県の水稲農家でしか販売できないとされているのだ。
これはもっともな措置だと思う。研究費をかけて研究所が新しい品種を開発しても、成果をただ盗りされては、誰も新しい種を改良しようとは思わないだろう。
兵器開発がそうだが、敵に勝たなければ我が方が死んでしまうというような命がけの生存競争こそが、性能開発を飛躍的にあげるものだ。ロケットもジェットエンジンも原子力もそのようにして生まれた。
県の予算で開発したのだから、その県内の農家のみが儲けられる仕組みでいいと思う。悔しかったら自分の県の農業研究所にはっぱをかければいい。そして県どうしで熾烈な争いをすれば、その競争が日本の農業競争力を高める。
韓国や中国が、日本が開発したイチゴなどの果物、花の改良種のタネを盗んで自国で栽培して儲けているという。そのように植物の種なんていうのは、改良の知的所有権を維持するのが難しい。もともとお米などは中国や韓国経由で日本にやってきたものなのだ。それに対して日本は何ら対価を支払っていない。逆にトウガラシは日本を経由して韓国にひろまったとされているが、元をただせばメキシコ原産である。日本は偉そうにトウガラシの権利を韓国に主張できる立場にはない。
私がもらったお米も実はこのようなお米である。某県(名は伏す)の農業試験所が開発した新種を地元の農家が「自分ちで食べる分だけ」生産したものだ。JA全農などは全国組織であるから地元の顔役農家が新種の種もみを手に入れることなんてことは難しいことではないのである。
ただしルールはルールだ。市場に出して儲けてはならない。私がもらったお米は、いわば公に市場に出すことができない自家用のお米なのである。
市場に出せない自家用のお米は、統計上のコメ生産高にカウントされていない
ところで日本人の一人当たりのコメの消費量が減っているという。減っているのは確かだろうが、実はこの統計上の数字には「からくり」がある。市場に出回っているお米の量を人口で割ったのがコメの消費量である。つまり私がもらったような「自家用のお米」はいくら食べても日本人の消費量にカウントされないのである。
日本ではサラリーマンをやっていたほうが楽に多くのお金が稼げるために農業離れが進んでいる。親の代までは農家だったが息子の代は他人に耕作してもらって自分は専業サラリーマンという「土地持ち非農家」が増えているのだ。この「土地持ち非農家」は自分の田んぼを耕作者に貸して地代の代わりにお米をもらっている。先祖の田んぼが広ければ家族が一年かけても食べきれないほどのお米を地代として受け取っており、彼らは生涯、お米を買うことはない。
彼らはお腹いっぱいお米を食べているが、市場に出回っていないお米であるため、日本人の一人当たりのコメの消費量にはカウントされていないのである。お金が発生しないものは経済行為としてカウントされないからである。
旅行者的ライフハック「お金を節約することは稼ぐことと同じ」
さすらいのバックパッカーである私は、旅行者的ライフハック「お金を節約することは稼ぐことと同じ」を啓蒙しているが、似たような話だと思う。
たくさん稼いで、たくさん買うことが、資本主義の原則で、そのような生き方を私たちは強制されている。
しかし、稼がなくても、買わなければ、貯蓄残高は変わらない。
節約できることは、稼げることと同じなのだ。
買わないことが「ひもじい」と思うから、広告に踊らされ、強制された人と同じ生き方をするしかなくなるのだ。
私がもらった自家用の新種米は、直売所で買うコシヒカリよりもおいしかった。
大枚をはたいて買った経験が最高だなんて、いったい誰が決めたんだ?

