大型連休の大渋滞に巻き込まれない方法

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桜を追いかけて車中泊大遠征1日目。冬と春の境界線を越えて

平成の終焉。ゴールデンウィークの車中泊大遠征は3年連続です。ずっと続けてきたゴールデンウィークの海外旅行をこのところずっとしていません。それほどこの車中泊の旅が面白いということです。海外旅行以上に面白い!

1年目は山陽地方、2年目は山陰地方でした。今年は桜前線を追いかけて東北地方を北上していきます。旅先で本ブログをリアルタイムに更新していきます。その後、家に戻ってから詳細を書き込んで完成させる手はずです。

以前、リアルタイム・ブログ更新をタイでやろうとしたことがあります。その時はエックスサーバーに海外Wi-Fiからのアクセスを許可するセキュリティがかかっており、そのパスワードを本人が覚えていなかったために、初っ端から失敗してしまいました。

しかし今回は国内です。auが圏内である限り問題ありません。

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平成31年4月26日(金)車中泊1日目

明日から史上初の10連休で心をときめかせていると思いますが、ハルトとイロハは有給休暇をいただいて、一日お先に出発です。

一日早く出発するのはもちろん連休の渋滞を避けるためです。大都市圏さえ抜けてしまえばゴールデンウィークGWといえどもさほど渋滞しないのは過去2年の経験から感じているところです。

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ゴールデンウィークの渋滞に巻き込まれない方法

千葉県の自宅を午前3時に出発します。渋滞に巻き込まれたらそこで時間を取られてしまいますので、出発と帰宅の朝は思い切り早起きして行動しましょう。快適なGW旅のためにはここが踏ん張りどころです。

ゴールデンウィークの車大渋滞を避けるためには、登山のノウハウを活用しましょう。

たとえば北アルプスの山々を縦走するとき、ほとんどの人は休暇日が同じで、早朝バスでアクセスポイントに移動して同じルートを同じペースで登るため、自然を味わいに来たのに周囲に人ばかりということがあります。山小屋などは大渋滞。いびきのうるさいオッサンと肩が触れ合うようにして寝ないとならないことも珍しくありません。GWの大渋滞と同じ状況です。

これを避けるコツは初日に大多数の人が行けない『次の山小屋』まで登ってしまうことです。早朝のバスが上高地のようなアクセスポイントにたどり着いたらヨーイドンでスタートダッシュをかけて『次の山小屋』まで行ってしまうのです。みんながトイレに行ったりストレッチしたりしているすきに、予め準備をすませて先に先にと登ってしまいましょう。どんな人間の集団も先頭はすいています。

そしてみんなが泊まる山小屋よりも先にある『次の山小屋』まで歩いてしまいましょう。『次の山小屋』は空いています。頑張るのは初日だけ。次の日からはみんなと同じペースで歩いて構いません。みんなが同じペースで移動すれば、混んでいる人はずっと混んでいるし、空いている人はずっと空いているのです。ゴールデンウィークの旅も同じです。朝にスタートダッシュをかけて大都市圏を抜けてしまえば、後はずっと空いているのです。登山の縦走の場合は健脚にものを言わせて渋滞を抜けるのですが、車の場合は早起き早立ちがものをいいます。

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登山用のザックは車中泊の旅に向いていない

後部座席の様子。乱雑に積んであります。寝るときは前のシートに移動させます

今回の車中泊の装備はこちら。左下に見えるのは登山用のアタックザックです。これは大失敗でした。寸胴の登山用ザックはずっと背負っていることを前提に設計されています。重たい荷物を長時間快適に背負うための設計なので、それ以外のことは犠牲にされているのです。具体的には「荷物の中身が見えない」「必要なものが取り出しにくい」という大欠点があります。

車中泊の旅のザックはボストンバックのようなタイプの方が向いています。ボストンバックは登山には全く使えませんが、車中泊の旅では鞄を持ち上げる場面はほとんどありませんし、むしろ荷物の中身が見えるため取り出しやすいメリットを取った方がいいでしょう。登山用ザックは必要なものがザックの最下部に入っていたりすると、取り出すために中身を全部ぶちまけなければならないことがあります。非常に不便です。車泊には向いていません。

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三国峠ごえ。上杉謙信の関東遠征避寒説(私の新説)

千葉県を出て、利根川の源流を追いかけるルートを選びました。上越線に沿う形で、一般道を使い、移動します。五時には明るくなりました。太田市の山岡屋で朝からラーメン朝食。

コンビニに頼るのは簡単だ。選べる時にはコンビニ以外を選びたい

太田市、前橋市、道の駅こもちで小休止。沼田市。沼田で電車は谷川岳方面に向かいますが、車は国道17号でドラゴンドラのある苗場スキー場方面に向かいます。国道17号は昔でいう三国街道、三国峠です。上越を結ぶ最大の難所・三国峠は、東海道の箱根の険のようなものです。現在は三国トンネルのおかけで山越えはないが、昔は難所だったようで、それゆえに三国峠越えをした著名人の石碑が存在します。川端康成とか与謝野晶子の名前が刻まれているのですが、なにせ圧倒的にこの道を利用した有名人は上杉謙信です。

越後から関東に行ったり来たり。いったい何往復したことか。越後じゃ豪雪でジョギングもできない。。。

新潟県の春日山城(本拠地)から、敵の北条氏がいた小田原城の方まで「遠征しては勝ち、帰国しては元の木阿弥」を繰り返した残念な戦国武将です。兵農分離ができていない時代の将なので稲の刈り取り(9月末)から翌年の田起こし(4月頭)の間の6か月間しか配下の農民兵が出兵できなかったために、越後に戻っている半年の間に奪った領土は常に奪い返されるというある意味「シーシュポスの神話」状態を繰り返した将でありました。上杉謙信の凄いところは、遠征するたびに勝ってしまうところにあります。孫子のいう「逸を以て労を待つ」(遠征して疲れている兵を、元気な兵で待ち伏せて叩けば必ず勝つ)で普通は何回か戦っているうちにいつかは負けてしまうものなのですが、軍神と呼ばれるまでに勝ち続けた戦国武将です。

その上杉謙信が名付けたという「猿ケ京」あたりから桜を見かけるようになってきました。ピンクの桜よ、久しぶりだね。千葉では4月の半ばにはもう散っていましたから、2週間ぶりに桜と再会です。猿ヶ京の由来は「京の人々のように猿がいる」という命名ではないそうですが、国道の路肩には本当に猿の家族がいました。轢かれないように気ぃつけや!

苗場には雪がまだかなり残っていました。やはり千葉とは天候が全然違います。5月上旬のゴールデンウィークに関東から上越・東北方面に旅をすると、桜も見られますが、雪も見ることができます。「同じ日本。そう遠くない」と思って防寒装備をろくにしてきませんでしたが、大誤算でした。三国峠から北はまだ寒かったです。車内はいいのですが、外に出ると寒くてたまりません。

上杉謙信が毎年にように行った関東遠征。いくさというのは大将にとっては将棋を指すみたいなところもありますから謙信本人はきっと「いくさ好き」だったのだろうと思います。いくさが楽しくていくさが生きがいだったから毎年関東に遠征して戦争をしたのでしょう。いくさはお祭りやスポーツに似ています。(正確にはお祭りやスポーツがいくさに似ているというべきでしょう)

精悍な越後兵はどうして毎年謙信に付き従って関東遠征したのでしょうか? 強制された兵役の為? お手当がもらえたから? それもあるのでしょうが、雑兵が毎年の関東遠征に付き従ったのは実は越後の豪雪が原因だったのではないかという気がします。越後の冬は寒くて身動きが取れず不便で仕方がない。関東はもっと暖かいです。すくなくともメートル単位で雪が降り積もったりしません。雪国では冬はジョギングもできないのです。避暑地という言葉はポピュラーですが、その逆を避寒地といいます。豪雪越後の雑兵が三国峠を越えて上杉謙信に毎年つき従ったのは、関東で冬を越せれば雪に閉じ込められるのを避けられるという期待もあったのではないでしょうか。いわば謙信の関東遠征避寒説です。私の新説ですけど(笑)。こういう新説を発想できるのも、車中泊大遠征のだいご味です。雪や気温の変化を一日のうちに肌で感じることができるからこそ思いつくことができるのです。

もうすぐこどもの日なので川を渡るように鯉のぼりがゆらめいていました

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インスタ映えのする風景。日本三大峡谷・清津峡。冬と春の境界線

この日は雨でした。雨雲の中に突入です。千葉と気温は4℃ほども違う。その差のゆえか山上には桜が咲いています。テレビでよく言う桜前線というやつにそろそろ突入したのでしょう。千葉ではありえないこの時期の桜も遠征初日から見慣れたものになってきました。ただし咲いている木もあれば、散っている木もあり、木によって違います。まばらにちらほら咲いています。関東では桜は一斉に咲いて一斉に散るというイメージですが、どうもそのイメージを日本全国で通用させるのは無理があるかもしれません。

道の駅南魚沼で「コシヒカリのおにぎり」を食べようと寄りますが、そんなものはありませんでした。魚沼産のコシヒカリといえば全国的に有名です。しかし魚沼の人にとっては地元産の「ただの米」なのです。ニューヨークのコーヒーショップでアメリカンコーヒーを頼んで店員に失笑されたことがあります。アメリカにアメリカンコーヒーは売っていません。ただのコーヒーが売っているだけです。魚沼では魚沼産コシヒカリは何ら特別感がないのです。どうせコメは全部魚沼のコシヒカリに決まっています。ただのお米が売っているだけです。

特に表記はないが地元じゃ魚沼産コシヒカリはあたりまえ

おにぎりは食べられませんでしたが、車中泊賊にとって道の駅とはトイレ、ごみ捨て、飲食、そして情報収集です。そこで仕入れた情報によって、日本三大渓谷に数えられているという清津峡に予定なしで訪問します。車中泊の旅は宿泊地に縛りがないため、自分のいる場所と時間で予定が変わってきます。観光地にも営業時間というものがあるために、あまり詳細の予定を立ててもあまり意味がありません。9時に開園する美術館の前を6時に車で通ったときには見るのはあきらめざるを得ません。自由こそが最高。自由こそ車中泊のだいご味でもあります。

今晩、どこに寝るかわからない。どこにいるか、どこに行くか、行ってみなければわからない。だからあまり詳しく予定を立てないのです。道の駅で情報収集し、即興で旅をプランします。清津峡もノーチェックでした。現地で道の駅で知ったのです。日本三大××のワードを信じて、清津峡に寄ることにしました。

根本は咲いていますが、枝の先はまだ蕾。ここが春と冬の境界線です。

清津峡にも桜がちらほら咲いていましたが、決定的な桜をここで発見しました。桜の根元は花が咲いていますが枝の先はまだ蕾です。。桜の花と蕾の境界線です。これが冬と春の境界線です。

近未来的なトンネル遊歩道

清津峡は落石によって遊歩道がたびたび崩壊する歴史を繰り返した挙句、現在はトンネル状になっています。ところどころ景勝地には観覧口があってそこから写真を撮ることができます。実はここはインスタグラムでも有名なインスタ映えのスポットらしくイロハが写真で見たことのある場所でした。

ウユニ塩湖のように映る清津峡

清津峡は激流でした。アメリカ人が日本の川を見ると「これは滝だ」というそうです。それほど流れが速い場所でした。早朝なので誰もいませんでした。思う存分写真が取れました。

日本三大峡谷 清津峡|新潟県十日町市
新潟県十日町市の日本三大渓谷「清津峡」。雄大な柱状節理の岩肌とエメラルドグリーンの清流が、訪れる人々に深い感動を与えます。渓谷美を間近で堪能できる「清津峡峡谷トンネル」も是非ご利用下さい。
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新潟県立歴史博物館。縄文文化旅のはじまり

地元千葉の国立歴史民俗博物館(れきはく)に親しんでいる私です。ふいっと引き寄せられて立ち寄りました。司馬遼太郎『峠』で有名な河合継之助の長岡にある歴史民俗博物館で幽霊モノノケの浮世絵展がやっていました。

企画展「浮世絵で見る! お化け図鑑」をやっていました。忍者・児雷也(ジライヤ)のような架空のキャラクターも出てきて非常に面白かったです。青森ねぶたのモデルになるような浮世絵や歌舞伎の上での物語を知ることができます。中には地元千葉の佐倉宗吾さまが幽霊になっている浮世絵もありました。

また縄文文化の常設展示もあり非常に面白かったです。縄文人はウリボウを食用に飼っていたのか!

火焔土器のレプリカがこれでもかと並んでいます。触れるような展示で火焔土器はレプリカだとすぐに分かったのですが、ガラスケースの中に遮光器土偶や合掌土偶があり本物かと思った。よく考えてみたら世界にただ一点の土偶がこんなところにあるはずがないのだが、だとしたらどうしてガラスケースの中に入っているのだろうか。火焔土器と同様、ガラスにしまうひつようはなかったのではないだろうか。

縄文人の生活というのは、明日からでも私たちにも実践できそうなレベルなので見ていてとても共感できる。

新潟県立歴史博物館公式サイト | Niigata Prefectural Museum of History
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とうとう日本海へ。

ゴールデンウィークの大渋滞を早立ちによって避けられたので、一日で日本海へとたどり着いた。千葉からだと日本列島を縦断したようなものである。千葉では東京湾と太平洋は見慣れているが、今回の大遠征では日本海と津軽海峡しか見ない予定である。太平洋を見る気はない。

海沿いを走り寺泊港に着いた。「きんぱちの湯」で入浴して一日の汚れを落とす。5時以降は500円で入浴できる。海洋深層水をつかっているというお湯はトロトロでした。熱すぎることもなく、浴槽もひろくて、満足できるお湯でした。大勢の有名人のサインが飾ってありましたが、金八先生武田鉄矢さんのサインはなかったな~

食事もできます。寺泊では刺身を食べられる居酒屋のようなものがたくさんあるかと想像していたのだが、食事する場所は限られています。夜はほとんど閉店してしまっています。きんぱちの湯で食事するのが一番無難な選択でしょう。もちろんお刺身を食べられます。

寺泊では刺身を食べないとイロハにへそを曲げられる

寺泊 きんぱちの湯
詳しくは投稿をご覧ください。

本日は日本海沿いの無料駐車場で車中泊である。おやすみなさい。

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~~このサイトについて~~

比叡山の大阿闍梨(千日回峰行者)様を超える生涯走行距離の中で走りながら感じたことをサブスリーランナーが綴るコラム。

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プロフィール


サンダルマン・ハルト。雑誌『ランナーズ』等に執筆歴のあるライター。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。サブスリーランナー。グランドスラムの達成者(100kmサブテン。富士登山競争登頂)。スイス・ブライトホルン。マレーシア・キナバル山。台湾・玉山ニイタカヤマ。南アルプス全山縦走など登山歴も豊富。キャンプ・車中泊マニア。アウトドア派の放浪の旅人。現在、仮想地球一周ランニング中。
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