コーチ理論と引退哲学。よい指導者になるための条件

マラソン・ランニング
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ほとんどのアスリートは引退したら二度と試合会場に戻ってきません。その理由が、あなたにわかるでしょうか?

ここではその理由について解説しています。

いくらやっても勝てないマインドになる前に、勝ったマインドのままに去った方がいいと考える。これがアスリートが引退して、二度と試合会場に戻ってこない最大の理由です。

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アスリートが引退して二度と試合会場に戻ってこない理由

わたしは市民ランナーの三冠王です。ランニングの世界でそこそこの実績を残してきました。市民マラソン大会で入賞したこともあります。

ランニング雑誌のライターをやっていたこともあります。ランニング・マラソンに関しては「こうすれば勝てる」というハウツーを持っていると自負しています。そのハウツーをまとめたマラソンの本も出版しています。

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雑誌『ランナーズ』のライターが語るマラソンの新メソッド。ランニングフォームをつくるための脳内イメージ・言葉によって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。

(本文より)

【入力ワード】写真からランニングフォームを学ぼうとする人が多いので注意喚起したいと思います。写真からフォームを学ぶのはお勧めできません。写真というのは瞬間を切り取ったものなので、間違った解釈をする可能性があるからです。「振り上げた脚」(往路)なのか「戻ってきた脚」(復路)なのか、写真ではわかりません。大地を蹴ったように見えている脚が本当に大地を蹴っているのか、大地を蹴ったように見えているだけなのか、写真からはよくわからないからです。写真で振り上げた膝の高さを見て「ふむふむ、膝はここまで上げるのか」と思い込んでマネするのもよくありません。慣性の法則で結果として脚がそこまで上がっているだけで、実際のランナーの意識としてはそこまで上げようとしていないかもしれません。「結果としてのフォーム」と「ランナー本人の走るときのフォーム意識(入力ワード)」は、必ずしも同じではないのです。

【腹圧をかける走法】そもそも息をするのは、酸素を吸うためです。吐くことよりも、吸うことに意識をおくほうが自然な発想です。肺の中に残っている空気(残気量)は、どうせゼロにはできないのです。吐き切るという努力は、動かない壁を押すような無駄な努力です。そこに力を割くべきではありません。持ち上がらないバーベルを無理やり持ち上げようと喘ぐと、余計に息が苦しくなってしまいます。楽に息するのとは真逆のことです。それよりも思いっきり吸うことです。そのための走法が腹圧をかける走法です。肺を絞って痩せた人のように走るのではなく、腹はたるんたるんと力を抜いてだらしなく腹が太った人のように走ります。そもそも重力は下向きなのだから、横隔膜を下げることは理にかなったことです。それに対して、吐き切ることを意識すると、重力に逆らって横隔膜を持ち上げながら肺を絞らなければなりません。どちらが楽にできると思いますか?

【ストライド走法】ピッチ走法には大問題があります。実は、苦しくなった時、ピッチを維持する最も効果的な方法はストライドを狭めることです。高速ピッチを刻むというのは、時としてストライドを犠牲にして成立しているのです。

【踵落としを効果的に決める走法】私はカラテ素人ですが、サブスリーランナーとして、すくなくとも「踵落とし」を無力化する方法をすぐに思いつくことができます。答えはカンタン。攻撃側が踵を振り上げて止まったポイント(これを上死点といいます)に、自ら打撃ポイント(脳天など)を近づけていくことです。上死点では運動エネルギーがゼロになっているために、破壊力もゼロです。上死点から距離をとらないことで「踵落とし」というキックを無力化できます。
ストライドを稼ぎたいあまりに、未熟ランナーほど振り出した前足が最も伸びきったところで着地してしまうのです。つまり「膝が伸びきったまま」「踵から着地」してしまうのです。これは「踵落とし」の運動エネルギーがゼロになっている上死点で着地してしまっているのと同じことです。これでは速く走ることはできません。

言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化して速く走れるようになる新理論の書。言葉による走法革命。とくに走法が未熟な市民ランナーであればあるほど効果的です。本書はあなたのランニングを進化させ、市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。
●「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」「かかと落としを効果的に決める走法」「ハサミは両方に開かれる走法」「腹圧をかける走法」
マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」
究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」
●【肉体宣言】生きていることのよろこびは身体をつかうことにこそある。

Amazon.co.jp: 市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座) 電子書籍: アリクラハルト: Kindleストア
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誰かに乞われたら「こうすれば速く走れるようになるよ」と教えてあげられるマインドを持っています。それは実績を残してきた感触がこの身に残っているからなんですね。

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市民ランナーには引退がないって本当か?

かつてわたしは「市民ランナーには引退がないって本当か?」というブログで、練習を嫌というほどやりつくしたアスリートにはその反動が来て引退がある、という内容を書きました。

市民ランナーに引退はないって本当か?

そこに書いたことは「もう去年と同じ練習量は二度とできない」ほど練習をやりつくした人は、その反動から練習から逃げたくなる。うんざりするほど練習した人は、その反動から、練習がいやになる。そういう人には引退がある、ということを説きました。

しかしここで説こうとしているのはランナーに限らず、あらゆるアスリートが引退した後に試合場に戻ってこない理由についてです。

「もう二度と去年と同じ練習はできない」という理由とは別の、もう一つの理由についてです。

去年の練習量を今年も維持することはもう無理だと感じるところからアスリートの引退は始まる

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失敗体験。敗北の体験を積み重ねると負のマインドセットになってしまう。

勝ってきたからアスリートと呼ばれるわけです。アスリートと呼ばれるような人は、みんな成功体験をもっています。

だからその体験を人に教えることができるのです。指導者として第二の人生を送ることができるのです。それは実績を残してきた成功の感触が身の内に残っているからなんですね。

ところが全盛期を過ぎた後も、試合に出続けて負け続けたらどうでしょうか。自分の持っているノウハウをいくら駆使しても、勝てないというマインドになってしまいます。

肉体の衰えによって勝てなくなっているだけなのに、負ける体験を積み重ねると自分のハウツーに自信がなくなってしまいます。

そうはいっても肉体がすべて

これまでは自分のノウハウを駆使すれば勝てるというマインドだったものが、敗北の体験を積み重ねると、ノウハウを駆使しても勝てないじゃないかというマインドになってしまうのです。

負のマインドセット。そうわたしは呼んでいます。

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どんなに優れた選手も最後は負けて引退するが……ズルズルと負け続けるのはよくない。

自分のこれまでのノウハウを駆使しても勝てなかったという直近の記憶が鮮明だと、そのノウハウに自信がなくなってしまいます。

そうするとコーチになったり、人に教えたりすることができなくなります。自分のノウハウを疑いながら人に教えることはできません。

もちろん誰でも最後に一回は負けるわけですが。

ボクシングの世界チャンピオンはたいてい最後に負けて引退します。どんなに優れたアスリートでも永遠に勝ち続けることはできません。

まれに故障などでチャンピオンのまま引退する選手もいますが、そういう人は自分に負けているのです。リングに上がれなかったマインドというのは、自分に負けたマインドと同じ感触を残します。

最後に一回や二回、負けるのはしょうがありません。また負けを知らないのは本当の強さではないといいます。

でも引退の時期を伸ばしてダラダラと負け続けるのはよくありません。その後の人生に響くからです。

いくらやっても勝てないマインドになる前に、勝ったマインドのままに去った方がいいと考える。これがアスリートが引退して、二度と試合会場に戻ってこない最大の理由です。

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〈コーチ論〉勝って実績を残してきた感触がこの身に残っているから人に教えることができる。

将来、コーチや監督など、その業界の指導者としてやっていこうと考えているアスリートは、「勝てる」マインドを損なわないためにも、二度とガチンコの試合には戻ってこないのです。

そういう意味では指導者になる気なんてさらさらないアスリートは負け続けても現役を続けることがあります。何人かそういう人の顔が浮かびます。みなさんにも浮かぶんじゃないでしょうか。とことん現役選手であることにこだわる人もいます。きっと指導者になる気はさらさらない選手たちだと思います。

市民ランナーの場合、もともと指導者になる可能性がなかったりしますので、自己ベストが更新できなくなっても、現役を続けることが多いようです。だから市民ランナーに引退はないと言われるんですね。

しかしわたしの場合、マラソンの書籍を出版してやろうという野心をずっと持っていました。

書物を出版するということは、一種の指導者のようなものです。ある程度、上から目線でなければハウツー本なんて書けません。

だから「自分のノウハウが通用しない」という負のマインドセットはしたくありませんでした。

だから今も走り続けていますが、ガチのレースには出ていません。何よりも最盛期の練習量をもはや維持できないというのがレースに出ない最大の理由ですが。

死ぬ気で走ったレースに、ぶざまな練習量でのぞんで、ぶざまな結果を残したくないのです。

おかげさまで出版したマラソン本は思い出したようにときどき売れています。お金を払ってでもわたしのノウハウを買ってくれる人がいるということです。こういう喜びを味わえる市民ランナーも少ないのではないでしょうか?

もちろん本には自分としては自信をもってオススメすることができる内容が書いてあります。

なぜなら「こうすれば勝てる」というハウツーを持っていると自負しているからです。「こうすれば速く走れるようになるよ」と教えてあげられるマインドを持っているからです。

それは勝って実績を残してきた感触がこの身に残っているからなんですね。そのハウツーで、そのマインドで勝ってきた成功体験が、感触がまだ残っているからです。

引退して、負のマインドセットの洗礼を受けていないからです。

これがアスリートが引退して二度と試合会場に戻ってこない理由なのです。

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