災害関連死とは、災害がなかったら生きていたであろう人たち
先日、車中泊の旅で、東北地方の帰宅困難区域を車で通りました。町が黒い波に呑み込まれた東日本大震災のことを思い出した次第です。
とくにわたしが関心をもったのは「災害関連死」と呼ばれる人たちです。災害関連死というのは、災害で直接死んだわけではないけれど、災害がなかったら生きていたであろうと認定された死亡者のことをいいます。たとえば津波で電気が止まったことで緊急手術とか人工透析ができなくなって直接の水死や圧死じゃないけれど死んじゃった人とか、あまりの災害の大きさにストレスで数か月後に自殺しちゃった人などを災害関連死というのです。
地震と津波の当日に圧死したり水死したりした人たちには、かわいそうですが、とくに謎はありません。災害にまきこまれたんだな、かわいそうにとは思いますが、謎ではないです。
ところが「災害関連死」と呼ばれる人たちは、人それぞれ状況が違っていて、とくに自殺する人などは、謎に満ち溢れています。
1年で元の職場に戻れる公務員がなんで自殺しなければならないのか? これは文学のテーマになりえるような問題
たとえば地元の役場の職員が水死したために全国から臨時のおたすけ職員として期間限定で現地に派遣された公務員がいるのですが、そういう人たちの中に「自殺」してしまう人がいたそうです。
海沿いで漁業をやっている人なんて、家も船も流されて、仕事もなくして、家族もなくして、それでも生きていっている人もたくさんいました。それなのに仕事も給料も保証されている、一生そこにいるわけじゃなくて長くても1年で元の職場に戻れる公務員がなんで自殺しなければならないのか? これは謎です。これは文学のテーマになりえるような問題ではないでしょうか?
たとえば「金閣寺」に放火した僧侶の心中を三島由紀夫が描いてみせたように。
迷惑系ユーチューバーは「ヘロストラトスの名声」アルテミスの神殿・放火消失事件
東日本大震災の直後、テレビで大惨事のニュースが流れまくっていました。それを見ていたスピッツの草野マサムネさんが具合が悪くなっちゃってコンサートが中止になっていました。アーティストはずいぶんと心が繊細なんだなあ、と感想をもちましたが、1年で地元に戻れるのに自殺しちゃった公務員も、草野さんのように繊細な人だったのかもしれませんね。ぼくならモヒカンで通うけどね!(奥田英朗『町長選挙』より)
被災者に心が寄り添いすぎたのでしょうか。とくに公務員は一生懸命やってもやっても、ひどい言葉を投げつけられたようです。かたや給料もらって物資を配り、かたや職を失って物資の列に並ぶ明と暗なので、怒りが爆発してしまう人もいたようです。自分も被災者なのに家にも帰れず避難所に泊まり込み、配給された食料も被災者優先で、自分は残り物をギリギリもらえるだけなのに対応が悪い、土下座をしろと怒鳴られる……心を病む人もいるでしょう。被災者も先の見えない不安の中で、当たれる人に当たってしまうのでしょう。
災害関連死は、災害と死の因果関係を証明しなければならない
役所は申請主義なので、災害関連死の場合、申請そのものをしない人も多いそうです。そうでなくても災害死の場合、手続きが山積みです。死亡届、健康保険、国民年金の資格喪失届、住民票の除票、相続手続き、相続税の申告など、やらなければならないことに忙殺された上、災害関連死の場合は、災害との因果関係を証明しなければなりません。
津波で両親が死んだ十代の少年が後追い自殺したら、それは災害関連死ではないのでしょうか?
災害のストレスからアルコール中毒になって死んだら? ケースバイケースでしょうけど、難しい判断だと思います。
「たとえ災害がなくても、アル中になったんじゃないの? 本人の心の弱さの問題だよ」
と言われたら、苦しいでしょう。同じ状況でもアル中にならない人もいるわけですから。
災害関連死の申請にあたっては、このような申請不受理の言葉に傷つけられる人も多かったようです。
地震から1年後に、うつ病で自殺したら?
遺族の中にはこれを災害関連死とは思わない人もいたのではないでしょうか。実際に、本人の問題だと市役所の窓口で断られたケースもあるそうです。3.11から死まで一年も経過しているわけですから。
ビルの屋上に乗っかった巨大な船——脳裏に焼き付いた衝撃的な映像でPTSDになる人は多かったそうです。映像を見ると当時の思い出がよみがえり動悸が激しくなる人がたくさんいて、あの頃のニュース番組には「これからの映像には津波のシーンが含まれます。視聴する際には注意してください」と注意喚起するテロップが流れたものでした。
災害のストレスによる心筋梗塞、脳梗塞、急性くも膜下出血
災害関連死とされる人にはこんな人がいるそうです。
遺族の葬儀などのストレス、被災者と認定されないと何の支援も得られないことから役所へのぼうだいな申請書ストレス、がれきの撤去などコミュニティーの仕事、家族の生活費、子の学費を仕事を失ったことで払えないストレス、新しい慣れない仕事のストレス、避難所の共同生活のストレス、などが積もり積もってプッツンして自殺した人がいるそうです。
みんなが悲惨な目にあっているので、弱音を吐けず、地域や生活を再建するために頑張りすぎてしまう人が多かったといいます。自殺だけでなく、ストレスによる心筋梗塞、脳梗塞、急性くも膜下出血などで死ぬ人も災害関連死と認定されました。認定されるのも申請主義であるため、医師の診断書や服薬の記録、通院歴、健康診断書など役所とバトルしないと簡単には認められませんでした。病院が機能しなくなったことで、常用薬を飲めなくなったりすることは、被災地ではあたりまえにありました。ストレスで激やせする人も。そういう人は災害の日からすぐに死ぬわけではありません。しばらくたってから死ぬのですが、それを災害と関連付ける証明力が遺族には必要なのでした。
高齢者の場合、認知症が一気に進むケースが多かったそうです。でも認知症と震災ストレスとの関連を証明するのはとても難しいと容易に想像がつきます。
でも因果関係が証明されれば、災害弔慰金が支給されるそうです。主たる生計を担う者・生計維持者だと500万円。ほかは250万円。
関東大震災のときから変わらない雑魚寝の避難所
関東大震災のときから変わらないといわれる雑魚寝の避難所もストレス大でした。放射能による帰宅困難区域の人たちはコミュニティーをズタズタにされてしまったため会話相手が誰もいない状態となってしまいました。
まあ、言ってみればずっと車中泊しているようなものです。
夫婦車中泊。一緒に旅してくれる女房は金の草鞋を履いてでも探せ
避難所では動き回ることがすくないため、エコノミークラス症候群になる人がいたそうです。カップラーメンなどを食べることが多いため塩分をとりすぎ運動不足で高血圧が増えました。
音が筒抜けですから、子どもが泣き止まないと近所がじろっと睨んできます。精神的にまいって口数も減って、手が震え、動悸がする。ストレス由来の統合失調症、抑うつ状態による妄想状態などが発生しました。自律神経失調症です。
実際に、放心したり、急に涙があふれてきたり、眠れなくなったりするなどの精神的な不調だけでなく、眠れないなどの睡眠障害、胃が痛くなる、便秘や下痢などの胃腸不良、不整脈、食欲不振、疲労・無気力、頭痛、めまい、異常な体重減のように具体的な肉体的な症状があらわれるそうです。
雑魚寝の避難所よりはマシだった仮設住宅でも隣の部屋の騒音が気になって近隣トラブルになるストレスがあったそうです。長屋状態ですから。
車中泊が趣味で、登山の山小屋が大好きで、安宿をメインに海外放浪を繰り返してきたビンボー主義者のわたしは、二三日なら雑魚寝の避難所も面白そうだなと思ってしまうのですが、これを二週間三週間で続けるのは辛かろうと思います。
人生を「買う」という行為だけで終わらせないために。『ロビンソン・クルーソー』
プライバシーがない雑魚寝の避難所は、アルプスの雑魚寝の山小屋にそっくりですものね。
悪夢を見て、自殺を考えた夜(ダイヤモンドヘッド232mに登れなかった女のキナバル山4095m登山挑戦記)
女性のトイレ問題。人目をしのんで夜中に、野外で穴を掘ってウンコを埋める。
酸素こそアルプスの山小屋よりも避難所の方が濃かったと思いますが、問題はトイレでした。
水が流れないためトイレがつまっているのです。ウンコonウンコ。
しかたがないのでトイレは野外で穴を掘ってしたそうです。囲いもないから、女性は見られないように夜中にこっそりしたそうです。やがて拭く紙もなくなりました。
ウンコの処理がこれですから、衛生環境はいいわけありません。インフルエンザ、ノロウイルスなどの感染症もはやったそうです。
雑魚寝の避難所のマットレス問題。床が固いと眠れない。
雑魚寝の避難所のもう一つの問題にマットレス問題があるそうです。
テントキャンプでも同じですが、大事ですよね、マット。床が固いと痛くて眠れません。マットは必需品です。
ところが雑魚寝の避難所では、このマット問題がおろそかにされがちです。毛布は配られてもマットは配られなかったりするのです。
普段、ベッドで寝ていた高齢者が、体育館でマットなしで寝るようになると、床が固く関節に負担がかかります。高齢者には立ち上がるのすら苦労するそうです。
イタリアの避難所は、テントどうし離れているのでプライバシーもある程度たもてますし、テントにエアコンまでついているそうです。コンテナ式のトイレ、シャワー、キッチンが近くにあるので不便はないそうです。まるでグランピングの施設のようですね。日本の雑魚寝とはまったく違います。
日本の雑魚寝の避難所ではせいぜい体育のマットが使われるそうですが、ダンボールベッドがおすすめされていました。ダンボールベッドがあればだいぶ体が楽にすごせるそうです。
日本には災害対策の専門省庁がなく、対策が市町村まかせになっていることが問題のようです。
恋人との関係が終わってしまった。ペットが死んでしまった。リストラにあって仕事を失った。親友や伴侶に裏切られた……。こういうストレスにあってもへっちゃらという人もいれば、そうでない人もいます。心へのダメージが、不眠や拒食、動悸、頭痛、下痢、耳鳴り、脱毛……具体的に肉体に現れる人もいます。心の傷みに体が反応するのです。グリーフケアが必要なのです。
そもそも「同じ状況でも平気な人もいるんだから災害関連死とはいえない」と言い出したら、すべての心の病を否定しなければなりません。心の傷、心の病が人によって違うのはあたりまえのことなのです。
※このブログはこちらの書籍を参考に書かれています。