悪夢を見て、自殺を考えた夜(ダイヤモンドヘッド232mに登れなかった女のキナバル山4095m登山挑戦記)

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note にて書籍『市民ランナーという走り方(グランドスラム養成講座)』を発売しています。

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目次

富士山よりも高い山に登ったことがあるでしょうか? 私はあります。

スイスのブライトホルン4164mでは、山頂は真っ白で、山頂まで続く氷河の上を南アフリカ人とザイルで体を結んで登頂しました。

台湾のニイタカヤマ(玉山)3952mでは、登山者の半数が日本人で、ヤマト民族はもう一度アメリカに戦争を仕掛けるつもりかと思うほどでした。現地登山ツアーで台湾人と一緒に登頂し、彼らの親日ぶりに感激したものです。

ニイタカヤマノボレ。台湾最高峰・玉山登山。標高3,952m。謝謝台湾。世界一の親日国。Thank you,taiwan
もしもあなたが「親日国を旅してみたい」というのであれば台湾一択でおすすめします。いわば国家レベルでは「日本にフラれた国」だというのに、その親日ぶりはいじらしいほどです。いつでも富士山や槍ヶ岳に登りに来てください。待ってますよ!! Thank you,taiwan

そしてマレーシア最高峰キナバル山4095m。年末年始の休暇で妻イロハと一緒に登頂してきました。以下はその山行記録となります。なにかの参考にしていただければ幸いです。

題して『ダイヤモンドヘッド232mに登れなかった女のキナバル山4095m登山挑戦記』

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【この記事を書いている人】

瞑想ランニング(地球二周目)をしながら心に浮かんできたコラムをブログに書き綴っているランナー・ブロガーのサンダルマン・ハルトと申します。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。

初マラソンのホノルル4時間12分から防府読売2時間58分(グロス)まで、知恵と工夫で1時間15分もタイム短縮した頭脳派のランナー。市民ランナーの三冠王グランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。ボストンマラソン、ニューヨークシティマラソン、バンクーバーマラソン、ユングフラウマラソン、ロトルアニュージーランドマラソン、ニューカレドニアヌメアマラソン、ホノルルマラソンなど海外マラソン歴も豊富。月間走行距離MAX600km。雑誌『ランナーズ』で数々の記事を執筆していた物書きです。「頭のよさで走り勝つことはできるか?」その答えを書いたハルトの【サブスリー養成講座】を展開しています。

また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。

そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。スピードが目的、スピードがすべて。ロードバイクって凄いぜ!!

山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。

その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。インドネシア。マレーシア。ニュージーランド。タイ。ベトナム。カンボジア。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の27ケ国。パリとニューカレドニアを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。ソウル日本人学校出身の元帰国子女。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。

登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。

夢は海外移住。希望移住先はもう決まっています!!

※この稿の内容は以下のとおりです。

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ダイヤモンドヘッドに登れなかった女のキナバル山挑戦‼️

今回の挑戦のテーマは「私が登れるか?」ではなかった。あくまで「妻を登らせることができるか?」である。

というのも数年前、妻イロハはハワイのダイヤモンドヘッドで息を切らして一気に登ることができなかったのである。途中の休憩所で膝の上に手をついて息を切らして休んでいたのだ。

えええ~っ! どんだけ体力ないのよ!

みんながサンダルでサクサクと登る山である。っていうかダイヤモンドヘッドの標高は232m。そこらへんの里山ぐらいの高さしかない。

私は冗談かと思った。ところが彼女はこの時、橋本病という甲状腺機能低下症という病気にかかっていたのだ。

元気がでるホルモンの分泌が低下しており、そのせいで息が切れてワイキキの丘を一気に登ることができなかったのだ。

シェーグレンとハシモト病を併発する
ガンなど病気になって肉を断ちベジタリアンになる人は多いのですが、私たちの場合は逆でした。いえ、シェーグレン症候群とハシモト病にイロハがかかった原因が、植物性たんぱく質だけのベジタリアン生活だと主張しているわけではありません。ベジタリアン生活をしなくてもイロハは自己免疫疾患にかかったかもしれない。

現在、病気の方は低下したホルモンを錠剤で補給することで日常生活には支障のないレベルとなっている。

しかしダイヤモンドヘッドでのヘタレぶりを間近で見ているだけに、私は非常に不安であった。

果たしてダイヤモンドヘッドを一気に登れなかった体力なし女性がマレーシア最高峰キナバル山の頂上まで登れるのであろうか?

私たちにとってキナバル山のテーマは、この一点に尽きたのである。

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キナバル山登山情報

4095mという標高のわりには、難所が少なく初心者でも登りやすい山と言われている。
そのため日本からの登山ツアーもある。

キナバル山は入山料を払ってガイドをつけて登らなければならない規則になっている。
このルールで地元にお金が落ちるようになっているのだ。
入山料もガイドもなしでは山には一銭のお金も落ちない。

入山制限もある。
キナバル山は日帰り登山はよほど健脚でないと難しく、普通は一泊二日で登る山である。
山頂付近でご来光を見て降りてくるのが一般的だ。
途中の山小屋で一泊することになるのだが、この山小屋の収容人数に限りがあるため、一日に登頂許可される人数にも制限があるのだ。

キナバルに登頂するためには、まずはこの入山パーミッションをとらなければならないということになる。

入山手続きやガイドの手配を含めて、日本からの登山ツアーならすべてを旅行会社がやってくれる。
あなたが旅行初心者だったら、日本からの登山ツアーに申し込んでおくのがもっとも確実である。

なぜかというと私たちのように現地ツアー頼みで行くと、登頂どころか入山さえできない、ということになりかねないからだ。

コタキナバルでインド系の安宿に泊まったのだが、ホテルのレセプションでまだ入山パーミッションを取得していないことを言うと「Oh,it’s a problem」と言われて、こいつはまずいな、と思った。

インド系の人がプロブレムというのをはじめて聞いた。
インド人は何があっても「No problem」(問題ない)と言うものなのだ。
死ぬ以外は全部ノープロブレムというインド人がプロブレムというのだから、これはよっぽどパーミッションを取るのが難しいのだろうと思った。

年末年始のことである。
ところでゴールデンウィークと年末年始のどちらが旅行代金が高いか知っていますか?

答えは年末年始である。
ゴールデンウィークは日本だけのお休みだが、年末年始は世界的なお休みだからである。
当然キナバルの入山も年末年始の方が混み合うに決まっている。
世界中から人が集まるからだ。

だから絶対にキナバル山に登頂したい人は、日本で入山許可(つまり宿の予約)を取っておいた方がいい。

確実に登山できるというメリットもあるが、デメリットももちろんある。

日本の登山ツアーのデメリットは「値段が高くなる」ことと「登頂日の天候が読めない」ことである。

とくに登頂日の天候が読めないことは、たいへんな足かせになりかねない。

日本で登山ツアーに予約するということは一カ月以上前に登山日を決めてしまうということだ。
当然、その日の天候はわからずに予約するのである。
当日、大雨であっても、予約したその日に登らなければならない。
翌日、快晴の天気予報であっても、予約したその日に登らなければならないというのは、ものすごいデメリットになる。

私たちが日本発の登山ツアーを申し込まなかったのは、値段よりも何よりも「快晴の日を選んで登りたい」ためであった。
そのためには現地で天気予報を調べてから登頂日を決めたほうがいい。
「今日申し込んで、明日出かける」という現地ツアーを利用するバックパッカースタイルをキナバル登山でも貫いた。

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日本発ツアー。現地ツアー。どちらがお得か?

年末年始の長い休みをコタキナバルだけで過ごすのは少々きびしいものがある。
小さな地方都市で、数日いるともうすべてが見慣れてしまうような小さな街だ。
長居して楽しいような街ではない。

このコタキナバルでの滞在を充実したものにするためには、どうしてもキナバル山に登らなくては!

私はそう感じていた。
インド人に「プロブレム」と生まれてはじめて言われ、山小屋の確保が難しい場合、イロハをコタキナバルに置いて、単独で登頂することを私は考えはじめていた。

トレイルランナーならば、日帰りでキナバル登頂も不可能ではないのだ。
日帰り登山の場合、山小屋の収容人数は関係なくなる。
その代わり登山者の安全確保のために各場所で関門タイムアウトの制限時間が設けられている。
まさにトレランではないか。
ハセツネのようなトレラン大会を走ってきた私単独ならば、日帰り登山で登頂できるだろう。

そう思った。

ダメ元で現地の旅行会社を片っ端から当たってみる。

こういう場合、日本で申し込むツアーよりも、現地ツアーの方が値段が安いことが普通である。

日本申し込みツアーだと6万円ほどかかるキナバル登山ツアー(コタキナバル往復)が、現地ツアーだと4万円台だという事前情報もあった。
おそらく「売れ残り」を「投げ売り」しているチケットだろう。
シーズンによってはこのような「投げ売り」チケットが発売されることもあるかもしれないが、世界中から人が集まる年末年始では期待できない。

現地コタキナバルで旅行会社を回った私の場合は以下の通りだった。

コタキナバルは観光都市であるため、街中にたくさんの旅行会社があった。

しかし小さな旅行会社が扱っている現地ツアーはアイランドホッピング(パラセイリング、シーウォーカー)や、ポーリン温泉、テングザル見学などばかりであり、キナバル山登頂ツアーは大手の旅行会社しか扱っていなかった。そしてラフレシア開花ツアーは皆無だった。

立派なオフィスを構える大手の現地旅行会社を数社回ってキナバル登山ツアーについて尋ねたが、すべてのツアーは日本で申し込むツアーとの価格差はほとんどなかった。
これも繁忙期の年末年始のせいかもしれないが、パンフレットにきちんと印刷された文字を見て、日本申し込みに比べて格安で申し込むことはきっぱりと諦めた。

私の場合は2100リンギットで申し込んだ。これは日本とほとんど同じ価格である。

とにかく入山できなければ、イロハが登頂することはありえない。

2020年の初日の出を拝むことは入山規制で無理だったが、日にちを数日ずらせば入山できるという。

天気予報で晴れた日を調べて、即座に私は申し込むことにした。
うかうかしていては山小屋が埋まってしまうかもしれない。

現地ツアーにしても、価格面でのメリットはなかったが、それでも「雨だとわかっているのに行かざるを得ない」状況は避けることができた。

入山規制で登れないかも、とドキドキしたが、世界中から人が集まる年末年始でもこの混み具合であるから、それ以外ならば人が多すぎて宿が取れないということは、まずないのではないだろうか。

とにかく一泊二日の現地登山ツアーを申し込むことができた。

これで私の「ランニング登頂」はなくなり「ダイヤモンドヘッドすらまともに登れなかった女の4000m峰への挑戦」企画がスタートすることになったである。

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バックパッカーが登山しても、普段と同じ格好

1月1日の初日の出をキナバル山上で拝むことは入山規制(山小屋の収容人数オーバー)のために無理であったが、その数日後は現地旅行会社に飛び込みで申し込んでも大丈夫だった。

現地ツアーの内容はコタキナバルへの送迎と、登山ゲートでの入山手続きとガイドの手配だけだ。
国内手配ツアーだろうが個人旅行だろうが山頂までのルートは自分の脚で登っていくしかない。

午前6時にコタキナバルを出発する。
安宿街のインド系経営のホテルに荷物をデポジットしてもらい、ここからはアタックザック一つでキナバル山に向かった。

アタックザックといっても元々バックパッカースタイルで旅行しているため、メインザックをそのまま山上まで持ち運ぶだけだ。
バックパッカーが急遽登山しても、ほとんど普段の旅と同じ格好で山に登ることになる。

明後日の夜はまた同じホテルに予約済みなので、登山に関係のない荷物は預かってもらった。サブバックなどに登山に必要のないものを集めて置いていく。これで随分と荷物が軽くなった。

現地ツアーバスのピックアップは近くのシャングリラホテル(リッチホテル)を指定した。
本当は歩いて5分もしないところにある安宿に泊まっているのだが、こういう場合は誰でも知っているリッチホテルに出向いて拾ってもらった方がいい。
インド系安宿ホテルの名前なんて誰も知らない。

登山ツアーのバスといっても、ワンボックスワゴンで実際には私たち二人しか客はいなかった。

市営モスクのある郊外まで走ると、手前の山の向こうにキナバルの山頂だけは見ることができた。
そもそもコタキナバルというのは「キナバルの町」という意味なのだ。
富士市から富士山が見えないわけがないように、街中から絶対にキナバル山が見えるだろうと思っていたので、むしろコタキナバル市街地から遮蔽物のせいでキナバル山が見えないことが意外だったくらいである。

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キナバル山へのアプローチ

日本の田舎道のような舗装道路を走ってキナバル山へと近づいていく。車はやがて熱帯雨林のジャングルに入っていった。キナバル自然公園の中に入ったのだ。

世界最大の花ラフレシアの情報を必死に聞き出そうとするが、運転手も通りいっぺんのことしか知らなかった。
どこに咲いているとか具体的な開花情報は何も知らなかった。
このインターネット時代にラフレシア開花情報を誰ももっていないことには本当に驚いた。
いくらインフラが整備されても情報発信する人がいなければどうにもならないではないか。

ラフレシアを見ることはとても難しい。
死ぬまでに一度は見たいラフレシア たった一度の人生だから、できるだけたくさんの素晴らしい経験をしたいと思う。 感動の人生を望む。それは誰しも同じだろう。 感動の種類にもたくさんある。読書の感動なども捨てがたい魅力がある。そのこ...

キナバル自然公園の中に入ってからも、かなり長い舗装道路のアプローチをクルマで進んだ。
「どんどん行け、どんどん進め」と私は思った。
途中見えたキナバル山は「あの山頂まで行くのか」とうんざりするような高さである。

標高232mのダイヤモンドヘッドさえ一気に登れなかったイロハにはあの山は無理だと思う。

幸いにして舗装道路は大胆にキナバル山へと続いていた。
コタキナバルから2時間ほど走った午前8時。車は登山のためのキナバル公園管理事務所(入山ゲート)で停車した。
もう完全にキナバル山の中腹まで来ていた。
ここまで送迎してもらえば文句は言えないというギリギリのところまで舗装道路が続いていた。

マレーシア政府が観光客のため最大限のアプローチを整えてくれている。
だからキナバル山は標高の割には難易度が低いと言われているのだろう。
ここまで運んでもらえばもう十分である。これで登れなかったら、それはもう自分の責任だ。

入山ゲートでこれから山頂までのルートをご一緒する登山ガイドを紹介される。
ロナウジーニョみたいな顔をした色黒のマレーシア人だった。山麓の町に住む地元民だという。ガイド業に従事することで山から収入を得ているのだ。

入山ゲートから登山ガイドと一緒に最終アプローチ地点まで更に10分ほど車に乗り込む。

ティンポフォン登山口から、いよいよ登山開始である。

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ダイヤモンドヘッドに登れなかった女のキナバル山登頂作戦とは?

パスポートを見せるなどしてID(入山許可証)をもらい、9時頃、登山を開始することができた。

「入山許可証はずっと首からぶら下げて求められたらいつでも見せるように」言われるが、馬鹿正直に首からブラブラ下げていてはいけない。
この先、風で飛ばされてなくしてしまうかもしれない。
山では首から何かをブラブラさせてはいけない。入山許可証はきちんとしまっておこう。
「求められたらいつでも見せられるように」しておけばそれで十分だ。

山域に入ると冒険を祝福してくれるようにいきなり滝と橋が現れた。
周囲の緑は熱帯雨林の緑である。これからの登山が楽しみになる。

ダイヤモンドヘッドに登れなかった女を、キナバル山に登らせる大作戦といっても、私にできることは限られている。到底「お姫様抱っこ」して登る事なんてできない。ポーターのように二人分の荷物を担ぎ、彼女の背中の負担を軽くしてやるぐらいしかできることはないのだ。

二人分の水や食料、着替えなどをアタックザックに詰め込んで、私の肩にかかる負担は大きくなったが、途中で出会うポーター(ボッカ)のものすごい荷物を見ると、こちらの泣き言は吹き飛んでしまう。

このポーターは三人分のザックを担ぎ上げている。なるほどザックを三つ担ぐときにはこうして紐で左右に結べばいいのか。放浪のバックパッカー旅行の参考に……ならないな。そんな機会は絶対にないだろう。

キナバル山では別途お金さえ払えば、自分の荷物をラバンラタ小屋までポーターに運んでもらうことができるのだ。

こちらの方は山小屋に水や食材を運んでいるのだろう。いや、こんな荷物で登るのはおれには無理です。

このようなシェルター(休憩所)があってラバンラタ・レストハウス(宿泊する山小屋)まで7か所ある。すべてに水洗トイレがある。トイレは日本の富士山のような現地処理のバイオトイレではなく、下水道が引かれていて下まで運んでいるということだ。

こちらが下水管。汚水管が登山道沿いにずっと下まで引かれているからキナバル国立公園を汚さないというわけである。

私はかなりの数の日本の百名山を登っているが、このように山上のトイレから下水管がずっと下まで引かれている山はひとつも知らない。
日本の山はたいていバイオ処理(現地処理)である。この下水管作戦は日本山岳界も見習ってもいいのではないか。富士山では凍結などの問題があるんだろうが。

登山道の脇に食虫植物ウツボカズラがあった。
大きくて見ごたえのある美しい食虫植物であったが、私が見たいのは食虫植物ではない。世界最大の花ラフレシアなのである。

山道にラフレシアが咲いていないか聞くが、ガイドもラフレシア情報はもっていなかった。キナバル登山道にラフレシアは咲いていないのだろう。もっと低い場所、ポーリン温泉の方に咲いていると聞いた。

やはりお前も通りいっぺんの情報しか持っていないのか。

ガイドは休憩中、ずっとスマホをいじっていた。
ところどころ電波が通じるようで、情報があれば教えてくれるはずである。
ラフレシア情報はネット上に無いのだ、そう思わざるを得ない。

12時ラヤンラヤン・ハット(比較的大きな休憩所)で昼食をとった。

シェルター(休憩所)で休んでいるとリスが餌をねだってやってくる。
すべてのシェルターでリスが来た。
もう完全に人間から餌をもらえることを覚えてしまっているな。

ところでダイヤモンドヘッドに一気に登れなかった女イロハであるが、一歩一歩快調に登っている。後ろから見ていて何の不安もなかった。

やはりダイヤモンドヘッドに登れなかったのは、あの時の甲状腺機能低下症(甲状腺ホルモン減少)橋本病が原因だったのだろう。
甲状腺ホルモンは代謝を調節するホルモンで、減少すると筋力が低下し、疲労しやすくなり、気力がわいてこなくなるらしい。

9時ごろから登り始めて、直線距離で約6kmのラバンラタ・レストハウス(山小屋)に15時30分には到着した。

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北岳や穂高よりも高い山小屋

キナバル山を朝9時に登り始めた。

途中、避難小屋のベンチで休憩しながらゆっくりと登り、午後3時30分には今夜の宿泊場所ラバンラタ・レストハウスに到着することができた。標高3273m。

ダイヤモンドヘッドで息を切らして休憩しないと一気に登れなかった女でも、穂高(3190m)よりも高い場所にある山小屋まで休憩しながらマイペースでなんとか登ることができた。

これから挑戦しようという人は、このことを山行の参考にしてください。

ラバンラタ・レストハウスから山頂の方を眺めると、もうとっくに森林限界を超えた不毛の大地が空に隆起している。

キナバル山は富士山のような噴火によってできた山ではない。ヒマラヤのように大地がぶつかり合って隆起してできた山である。

山頂付近は「巨大な岩盤」というよりは「大地そのもの」が隆起しているように見える。
風にすべて飛ばされて大地だけが空に盛り上がっている。

日本でこのような山は見たことがない。
これだけでも来た甲斐があった。

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ラバンラタ・レストハウスは超高級リゾートホテルが経営。費用も高い

他の登山客とバッティングを避けるために、到着してすぐにシャワーを浴びる。

温水ではなく冷たい水だった。水の勢いもチョロチョロだったので、イロハが文句を言う。

いやはや、知らないということはおそろしい。

普通、山小屋にシャワーなんてないのものだ。
標高3273mの山小屋にシャワーがある方が異常なのである。日本第二位の高峰北岳(3193m)よりも高い山小屋なのだ。

シャワーがあるだけすごいことなのである。冷たいのを我慢して汗を流した。

夕食は16時30分からとる事ができた。

ラバンラタ・レストハウスは、日本の感覚でいうと山小屋というよりはホテルに近い。

日本の山小屋のように決まりきったメニューで総入れ替え戦ではなく、ビュッフェ形式である。好きなものを好きなだけ食べることができる。

到着後すぐにシャワーを浴びて食事をすれば、混み合うという状態になることはなかった。ゆったりと座って食事ができた。

たぶん悟空は筋斗雲で空を飛んできたと思います(標高3273m)

ラバンラタ・レストハウスは、コタキナバルの超高級ホテル・グループのステラ・ハーバーが経営している。

ビュッフェやシャワーなど日本の山小屋とは全然違うのはリゾートホテルが経営者だからであろうか。

コタキナバルのステラ・ハーバー・リゾートなんて高級ホテルには私は一生泊まれない。
でも同系列のラバンラタ・レストハウスに泊まれたから、いっそこれでステラ・リゾートに泊まったことにしよう……ボカッ!!(イロハに殴られた音)

しかし実際、一泊の宿泊料金は、日にちによってはステラ・ハーバー・リゾートよりもラバンラタ・レストハウスの方が高いぐらいなのである。

ラバンラタ・レストハウスの宿泊費用が高いからキナバル登山ツアーは高く、ラバンラタ・レストハウスの宿泊客数が決まっているからキナバル山の一日の入山者数は決まっているのである。

寝室も上下2段ベッドでゆったりと眠ることができた。
バックパッカーが泊まるドミトリーのようなものだ。慣れている。

富士山の山小屋のようにマミーシュラフで身動きがとれないほどぎゅうぎゅうに押し込められることもない。

食事を済ませたらもうやることはないので、午後8時には就寝した。

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降りれば、楽になる

私はマレーシア最高峰キナバル山(4095.2m)の最終アタック前の山小屋にいた。

ラバンラタ小屋の標高は3272mである。

海にダイビングしようとしている人のように、鼻から息を吸い込む。下腹部まで膨らませて。

人為的な呼吸である。意識的に呼吸を繰り返す。延々と繰り返す。

もうすでに頭痛の症状が出ていた。

こいつは、まずいな……。

登山をしていると、高山病というものにかかることがある。

高山病とは酸欠症状で、頭痛を主たる症状とするが、嘔吐したり、昏睡したりすることもあるらしい。

コタキナバルは海沿いの港町である。ほぼ海抜ゼロメートル地点にある。そこから一日で3272mもあがっているのだ。

高地順応なしに一気に2500m以上あがると高山病に発症しやすいと言われている。

ここには地上の3分の2の酸素しかない。あまりにも過酷な環境のために植物が住むのをあきらめた場所だ。もうすでに森林限界を超えている。

酸欠で頭が重くなっている。おそらく脳細胞が大量死しているのだろう。

この深呼吸をやめたら、まずい。

メキシコシティーの標高2250mで終始息苦しかった私である。ここはそこよりもさらに1000mも高いのだ。

もしかしたら私は人よりも高所に弱い体質なのかもしれない。嫌な予感が的中してしまった。

高山病というのは体質であり、体力があっても、体を鍛えていても、出るときには出るものなのだ。

高山病の症状を改善するためには、酸素の濃いところまで降りるしかない。

これはすなわち登頂は諦めるということである。

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苦しさの中、悪夢を見て、自殺を考える

私は、あきらめたくなかった。明日の朝の最終アタックのための山小屋で、朝を待っていた。

ここまで来たら、ぜひとも登頂したい。

何度も高山病を経験しているからわかることがある。ここで寝たら絶対にまずい。

高山病にかかりやすいのは、寝ている間である。

起きている間は、意識的に深呼吸をして酸素を取り込むことができるが、睡眠中は下界と同じ普通の呼吸に無意識に戻ってしまう。

いつもと同じ浅い呼吸をしていては、酸素が薄いため酸欠になってしまうのだ。それが高山病だ。

そのことを知っていたから、寝るわけにはいかなかった。

二段ベッドの中で、マラソンレースの時のような呼吸を繰り返す。荒く息を吸い込む。それでも息苦しい。酸素が足りない。苦しい。眠れない。

おれは人生に失敗したのかもしれない……。

苦しさを気にし始めると、ずっと気になる。
苦しい。ただ呼吸するだけで苦しい。ただ生きているだけで苦しい。

とにかく大きな呼吸を。さもないと翌朝、本格的に頭痛になってしまうぞ。

下山したい。いっそコタキナバルに瞬間移動できないものだろうか。そうなれば楽になるのに。

じっとしているのが苦しい。
せめて頂上に向けて移動中であったら。
マラソンレースの時だって酸欠で苦しいのは走り始めだけで、走り慣れてくれば体が酸欠に慣れて苦しくなくなるのだ。脳内モルヒネがドバっと出て、苦しさが消える。

登山も同じだ。
せめてサミット・アタックのアクションさえ起こしていれば、行動に集中して、呼吸の苦しさなんて忘れてしまえるはずなのに。

ただ待って、苦しさに耐えていることが辛かった。動けないことが辛かった。

下界で望みを叶えられなかった。おれは人生に失敗した……。

悪夢が頭の中を渦巻く。息苦しさの中、朦朧とした頭の中、うなされるように。

いっそ死んでしまおうか。

ついに、自殺を考えた。

この場所でどうやったら死ねるだろうか。こんな何もない山小屋の中で。

ただ呼吸するだけで苦しい事業だというのなら、いっそ死んでしまった方がいい。

この地球に受け入れてもらえなかったならば、どうして生きていけるだろうか。

酸素の足りない世界だなんて、ここはなんてひどいところなんだ。

人の世に受け入れられなかったとしてもそれが何だというのだ。
地球に受け入れてもらえればそれだけで満足すべきじゃないか。

自殺をなんとか思いとどまろうとするもう一人のおれが言う。

だがこの高所では地球にさえ拒絶されているようだ。
人の世で認めらえなかったように、この地上にさえ居場所はないのか。

死——

死とは何だろう。この世界から自分の意識が消えてしまうとは。

感じているこの主体が消えてしまうとはどういうことを意味するのだろう。
その時、世界はどうなってしまうんだろう。
そしてそのことに対して私は何をどうすることもできないのだ。

人間の世界で拒絶されたさえ忘れてしまうようだ。
酸素が欲しい。
ただ生きているだけで十分だ。それ以上、何も望まない。

ささやかな望みさえかなえられない。苦しい。寝ていられない。

ベットから起き上がって、トイレに立つ。せめて自由に動きたい。

山小屋の廊下に座って、荒い息を繰り返していた。

すると二段ベッドの上で寝ていたパートナーのイロハが廊下に出てきて「星を見に行こう」と笑顔で言った。

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賢者の言葉や真理ではなく、妻の無邪気さに救われる

外に出て、空を見上げるとイロハが歓声をあげた。

輝くばかりの星、星、星、星、星…………

外に出るとボルネオ島の上空には輝くばかりの星空が広がっていた。

星の数が多くて、星屑の中に星座が消えてしまうほどだ。

天の川銀河が見えた。日本じゃこんな天の川はまず見られない。

オリオン座は転んだように前につんのめって倒れていた。赤道直下の島だとオリオン座は転んで見えるのか……

北斗七星が、そして南十字星が同時に見えた。

私たちの銀河の端から端までは光の速さで10万年もかかるという。
もっとも近いアンドロメダ銀河さえ光の速さで254万年もかかるほど離れていて、そのような銀河がこの宇宙に2兆個もあるという。
そしてその銀河はさらに互いに遠ざかっているというのだ。

まさしく途方もない世界が頭上にひろがっている。たかだか100年の人生で悩んだりしてもはじまらない。

山小屋の中で苦しさのあまり自殺を考えていたが、私が生きても死んでも何も変わらない。

死んでも何も終わらない。

人間の輝きなど、ほんの一瞬のことにすぎない。
太陽の光を浴びて、一瞬、照り返したぐらいのものだ。

肉体は老い、固くなり、やがて人は塵になって星屑の世界に戻っていくのだ。

そんなことを考えて空を眺めていた。

驚嘆すべき星空にイロハは歓声をあげている。彼女の明るさ、無邪気さに救われた思いがした。

「実はさっきまでおれ、自殺を考えていたんだ」

「ええっ何で!?」

イロハは本気で驚いていた。

二段ベッドの上下に寝ていたのに、人の感じ方はこれほどまでに違う。

イロハは全然苦しくなかったらしい。体質的に高山に強いのだろう。

ベッドでぐっすり眠っていたら、眠れない私が何度もトイレに立ったりしたので、起こされてしまったらしい。

最初からこの星空を狙っていたといたずらっぽく笑った。

賢者の言葉や真理に救われたのではなく、妻の無邪気さ笑顔に私に救われた。

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壁いっぱいの励ましの言葉。誰もが同じ状況の中で生きている

山小屋に戻ってイロハにおやすみを言った。

おれはもう大丈夫だ。おれは耐えられる。

眠らなくてもいい。

夜明けの来ない夜はない、と誰かが言った。
たった一夜の高山病が何だというのだろう。

廊下で音楽でも聞いて朝を待とう。

苦しくて俯いていた先ほどと違って、イロハの無邪気さ明るさに救われた後、顔をあげて周囲を見渡すと、ラバンラタ小屋の壁には、自殺を考えた私を励ましてくれるような言葉が次から次へと踊っていた。

私なりの最高の私になろう

BE THE BEST VERSION OF ME

私なりの最高の私になろう、とでもいう意味だろう。

ここが世界一高い山でなくてもいい。
高山病で苦しむ私でもいい。
自殺を考えるような弱い自分でもいい。
それでも私なりの最高の私になろう。
それでいいじゃないか。
そんな意味だろう。

しょせん人生は一瞬の夢。

時間こそが人生

時間こそが人生。
時間を浪費することは、人生を浪費することと同じ。
時間を管理できれば、人生を管理できる。

輝く星空の下で私が感じたことの一部を言葉にしてくれたようだ。

ラバンラタのこの山小屋にはどうしてこんなに人を励ます文句ばかりが並んでいるのだろうか。

私のように、たくさんの人間がここで悪夢を見て、自殺を考えたからかもしれない。

キナバル山は整備されすぎていて、富士山よりもはるかに高い標高の割には簡単に登れるとなめられていて、けっこうな確率で登山のド素人が登ってくる。

私自身、一切の登山装備をもたない無謀な登山者を何人か見た。
金さえ払えば荷物はポーターが持ち上げてくれるので、完全に街中の格好のまま登ってくる人がいる。

そういう人の中で、私のように苦しみ、中には自殺を考えるような人がいるのかもしれない。

強くなろう。凄い、びっくりするようなやつになろうぜ。

強くなろう。凄い、びっくりするようなやつになろうぜ。そんな意味だろう。

明日の山頂への道はそんな道なのかもしれない。

これは私(のような人)に、贈られた言葉なのかもしれない。

壁全体で山小屋が勇気づけてくれる。励ましてくれる。

千里の道も一歩からはじまる

目の前の賭場が開いたら、手持ちのカードで勝負するしかない。能力とか体調とか言ってる場合ではない。

いいカードを待っている間に、勝負はついてしまう。
手持ちのカードで賭けるしかないのだ。

目の前の賭場からは、降りるか、手持ちカードで勝負するしかない。

勝負に私は勝てなかったかもしれない。だが本当の敗者は「何もしなかったやつ」なのだろう。

だから私はキナバルの山頂直下にいるのだ。

海外で盗難に遭って無一文になったらどうするか
海外で盗難に遭って無一文になったらどうするか たとえばおれが海外で財布を盗まれるなどして無一文になったら、どうすればいいだろうか。 せいぜい街から空港まで遠くても30kmぐらいが普通だから、おれの場合は「空港まで走る」という選択肢も...

賭けもせず、勝負から下りてしまう生き方だけはしなかった。
手持ちのカードで勝負した。
それがおれの生き方だった。
その生き方に満足しよう。

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2時30分登頂開始

ここは日本第二位の高峰、北岳よりもさらに高いところにあるキナバル山のラバンラタ・レストハウス(標高3273m)である。

悪夢を見て自殺を考えた夜、イロハの無邪気さに救われた。
ラバンラタ山小屋にあった壁一面の人生賛歌に救われた。

 

他人との比較ではなく、おれもまた自分のベストバージョンでさえあればいい

星空の下で、パートナーの明るさ無邪気さに救われてからずっと、朝まで眠らなかった。
目を閉じて深い呼吸を繰り返していた。
ただその時が来るのを待っていた。

130分、携帯電話のアラームが鳴る。
スマホの時計は電波時計みたいなものだから正確きわまりない。
山小屋じゅう全員のアラームが一斉に鳴って起床時間を告げる。

起床後すぐに夜食を食べた。
朝食ではない。朝食はピークハントから戻ってきてからゆっくりと食べる予定だ。

昨夜と同じ食堂で、朝食なのにビュッフェ・スタイルである。
カフェイン中毒の私には、コーヒーが飲み放題なのがありがたかった。
こういうところがさすがステラ・リゾート経営なのである。

酸欠で高山病ぎみだったが、眠らずに意識的な深呼吸を繰り返し続けたおかげで最悪の状態ではない。
悪夢の夜は明けた。
立ち上がり動いて、攻めの呼吸ができていれば大丈夫だ。

朝食の会場では単独行のヤンキー白人に、新しい友だちができていたので驚いた。
自分の方がずっと体力がありそうなのに、市街地仕様の荷物はオバサンのポーターに担がせて、彼女が苦しそうにしているのに自分は「遅えなあ。オバン」という態度の典型的なヤンキーだった。
途中で飲み終わったペットボトルは森の中に投げ捨てるし、ぺっぺと唾は吐くし、おれなら絶対に友だちになりたくないタイプであったが、わずかな山行の間に親友のような友だちを作っちゃっているのだから山行旅行というのは凄いなあと思う。
死や危機が近いと人は団結するのである。

キナバル山のピークハントはピストン登山なので必要最低限の荷物を背負って着替えなどはすべて山小屋に置いていくことができる。

230分登頂開始。

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キナバル山のピークハントにはIDとウインドブレイカーを忘れずに

木の階段をヘッドライトを点けて登っていく。
同時刻にラバンラタ・レストハウスの宿泊客みんなが登り始めるため、美しい光源の行列ができていた。
富士山や、玉山登山の時も同じだった。

これが「特別の山」の証明である。
キナバル山が非常によく登山道が整備されているからといっても、街灯があるわけではない。
周囲は真っ暗闇である。

ミルクをこぼしたような星空、天空に北斗七星と南十字星が同時に輝いている。
下界の街の灯も見える。それが同じような光の強さで天上天下に点滅しているのだ。

幻想的な景色であった。

ミルクをこぼしたような銀河が見える。日本ではクッキリと見えるオリオンが他の星屑の輝きにまぎれこんでしまって消えてしまう。

浜辺の砂のような星屑

サヤットサヤット・チェックポイントでID(入山許可証)を見せる。ラバンラタ・レストハウスにIDを忘れてくるゲートを通してもらえないかもしれないかもしれないから注意が必要だ。

天空に突き出た岩肌の大地の上を進む。

赤道直下のボルネオ島であるが、さすがにキナバル山の高度ではしっかりとした手袋がないと冷たい。

軍手のようなものでは準備不足である。
スキー用の手袋があれば十分だ。

サミットアタック時は寒い。
もうこれで十分だろうと思う衣服に、さらにもう一枚持って行った方がいい。
風が体温を奪っていくからだ。

だんだん雲が出てきた。視界が白いものに覆われる。

ものすごい突風にさらされた。
かつて吹かれたことのないほどの強い風だ。
岩山の上を風が走る。一切の遮蔽物がないから、風は吹き放題である。

風によろけて、イロハの足がとまる。
十歩ほど歩くと、また足が止まる。
まるでエベレストの登山者が数歩歩いて酸素を求めて喘ぐように。

男でも「これはたまらん」というほどの風だ。
これほど長時間、これほどの猛烈な風に吹かれつづけたのは人生初である。
しかも雲に視界が遮られているため、どこまで続くのかわからないのだ。

遅々として進まない妻のことが気にかかる。その姿を見ていて

「これは、登頂は無理かもしれない」

と私は思った。数歩歩いては止まってしまう。

……イロハが諦めるのならば、私も山頂は諦めて一緒に山小屋に戻ろう。

死のうと思った夜、イロハの無邪気さに救われたことを、私は忘れてはいなかった。

「諦めるか? 戻ろうか?」

私は聞いた。

しかしイロハは首を縦に振らない。
こうなると頑固なのが彼女だ。こちらの言葉は耳に届かないようだ。

標高4000mに吹く猛烈な風に全身をさらされながら、よろけながら前へ進んでいく。

進んでは休み、歩いては立ち止まり、風に苦しみながらとうとう私たちは山頂に着いた。

サミットアタック開始から3時間後、530分、登頂成功。

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なぜ泣いているのか、言葉に出来ない

イロハが泣いている。
感情が高まって涙があふれて止まらなくなるほどに。

なぜ泣いているのか、言葉に出来ないようだ。

最大の敵は風だった。
登頂断念のギリギリまで彼女を追い詰めたのは猛烈な風だった。

その難関に打ち勝って、甲状腺機能低下症という病気に打ち勝って、登頂できたから涙があふれた。

でもそれだけじゃない。それだけじゃない涙が溢れた。

かつてハワイのダイヤモンドヘッドで息を切らせて一気に登れなかったイロハだが、どうにかこうにかマレーシア最高峰キナバル山4095mに登頂することができた。

キナバル山は誰でも登れる。あなたでも登れる。

空気の薄さ、果てしなく続く昇り、驚くほどの強風。そんな中を一歩一歩前に進む。

辛い。でも休みながら進む。呼吸を整えて進む。

自分を信じて登る。パートナーと一緒に登る。そしてテッペンが見えた時、うれしすぎて涙が溢れた。

山頂には届いたが、雲に包まれて何も見えない。
ご来光は諦めて早々に降ることにした。

それでも夜明けを山頂で待とうとする登山者たちは岩のくぼみに身をひそめる。
まるで塹壕に身をひそめる第一次世界大戦の兵士のように。

私たちが下りはじめてからやっと視界を奪っていた雲が風に吹き飛ばされた。

明るくなり、雲が消え、風がおさまり、ここでやっとカメラを取り出して撮影することができた。

原子爆弾が落ちたかのような閃光を太陽がはなつ。

それまではあまりの強風にカメラを取り出すどころではなかったのだ。

今は平穏なこのルートに猛烈な風が吹いて私たちを苦しめた。

見ての通り、遮るものが何もないため、ジェットストリームが力いっぱいイロハの肉体に吹きつけたのだ。

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世界遺産キナバル山は日本の山とぜんぜん違う

巨大な一枚岩のような大地が山頂まで続いている。このような山を私は日本で見たことがない。

日本人の百名山ハンターは、一度キナバル山に挑戦したら面白い。
これまでの山では味わったことがない経験ができるだろう。

ようやく雲が飛んで、光が差し込んできた。肉や皮が風に飛ばされて骨が剥き出しになった大地が続く。

遙か雲の上にこのような岩の荒涼な世界が広がっていようとは。キナバル山は日本の山とは全然違う。

830分ラバンラタ・レストハウスに帰還。

ダイヤモンドヘッドに息を切らしていた女は、こうしてマレーシア最高峰キナバル山4095mの登頂に成功した。

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Tropical Rain Forest 熱帯雨林を体験する。

キナバル山登頂成功後、ラバンラタ・レストハウスにピストン登山で戻った私たちは、それから朝食をとった。

ピークハント前にとったのは行動食(夜食)であり、朝食は一般ホテルと同じ時間に供されるのだ。

みんなが登頂に成功したよろこびに笑顔である。
夜食の時のような緊張感はもうない。
もう明るいし、標高もピークから800mほど下がってきているので息苦しさも緩和されて、みんなリラックスしている。
リラックスして飲むコーヒーはうまい。夜食の時と同じ飲み物とは思えないほどだ。

山小屋のチェックアウト時間は10時である。
こちらも街中のホテル並みの時間である。戻ってから1時間30分ほど余裕があった。

朝食のあとは、ベッドにデポしてあったバックパックにすべての荷物を収納して下山を開始する。

ティンポフォンゲート(入山チェックポイント)までは下山も山岳ガイドと一緒に行動するルールである。

下山途中で、とうとう雨に降られた。
できるだけ雨を避けるために、日本での登山予約を避けて、天気予報で晴れの日を確認してから現地で直前に予約した登山計画であったが、それでも雨に降られた。

それが山の天気というものである。

晴れの予報でも雨、雨の予報でも雨、山は雨に打たれに行くようなものだ。
修験道の行者心の雑念を雨に洗い流されるように、われら一般登山者も修行の場と心得て、無心に下ろう。

ましてやここは熱帯雨林地方である。
英語だと「tropical rain forest」。
トロピカルな雨と森の地域なのである。

少しぐらいの雨になら降られてもいい。森に雨が降ってこそ熱帯雨林の雰囲気も出るっていうものだ。

キナバル山の頂上直下は森林限界を越えた荒涼たる岩の世界であった。
剥き出しで逃げようのない岩盤で雨に打たれ続けたらたら辛かっただろうと思う。ましてやあの強風だ。

しかし山麓には世界遺産の森がある。
森は風や雨を和らげてくれる。周囲は日本とは違い食虫植物などが繁殖する熱帯雨林の森なのだ。

下山途中、ダイヤモンドヘッド232mすら息を切らしてまともに登れなかった女のキナバル山4095m登頂成功を祝うかのように空に虹がかかった。
標高差は3863m、富士山以上である。

よく頑張ったものだ。パートナーを褒めてやりたい。

熱帯雨林の虹は美しかった。おれたちは、やった!

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登山ガイドという仕事について考える

熱帯雨林の森の中、登山ガイドと一緒にひたすら下山していく。

父親と二人連れの日本人の小学生に、途中のシェルター(休憩所)で追い抜かれた。
登るときはまるで病人のように父親と登山ガイドに両脇から抱きかかえられるようにしていた男の子だ。
あまりのバテぶりに登頂は無理なんじゃないかと心配していたが、どうにか登頂できたらしい。

おめでとう。
友だちはせいぜい富士山ぐらいしか登ったことがないだろうから、小学生でキナバル山に登ったらさぞや自慢できるだろうな。
もしかしたら将来は登山家になってしまうかもしれないぐらいの経験を彼はしているのではないだろうか。

ばてて両脇から抱きかかえられていた登りにくらべて、下りはすこぶる元気である。
小学生は体重が軽いので、降るときに膝にかかる負担が小さいためだろう。
軽い足取りで下っていく。
酸素も、お湯も、美味しい食事も、何でもある市街地に戻れるのが嬉しいのか、登りの時とは別人のように元気に下って行った。

小学生にして下山家か!?

下山家というのは、山に登るのは下山するためと公言する一塊の人々のことである。
下山の時は街での食事や飲み物のことしか考えない煩悩丸出しの人々のことである。

もちろん私もこの中に含まれている。
たいてい下山の時はビールを飲んでお風呂に入ってマッサージして爆睡することばかり考えている。

キナバル山には三本の登山ルートがあるのだが、ほとんどの外国人登山者は一本のルートを辿って山頂にたどり着く。ネット上にある日本人の登頂記録のルートはみんな同じものだ。違うのは天候と本人の体力だけである。

私たちにも、小学生の日本人親子にも、それぞれ別の登山ガイドがついているが、ルートを外れて熱帯雨林の森に入り込まない限り、キナバル山は道に迷うところではない。
そういう意味では登山ガイドなんていらないのだが、せっかくだから仲良くしたほうがいい。

日本の山だと視界ギリギリのところの岩にペンキで印が付いているだけだったりして道に迷うことがよくあるのだが、完全整備されたキナバル山で道に迷うことはまずないだろう。

よってキナバル山の登山ガイドの仕事は、道案内ではない。
ただ一緒に登るだけである。
キナバル山に登山者と一緒に登ることが仕事、生業なのだ。

ルートを外れて熱帯雨林の森に入り込むなどありえないように思えるが、何をするかわからないのが初心者だ。
そういう人を注意したり、貴重な植物を採取しようとする輩を注意するのも仕事だろうが、おとなしい日本人目線からいうと、ただ山を登るだけが仕事である。

お金を払えばガイドからポーターに急に変身するらしい。
登山途中でバテたら、金にモノを言わせて、から身で登ることができるよ。

ロナウジーニョ似の私たちの登山ガイドは、登山靴ではなく街中で履くようなズックで登っている。

他のガイドも似たようなものだ。ハイカットのいわゆる登山靴を履いている人はひとりもいなかった。

レインジャケットはなく、ユビソオで買えるようなポンチョを着込んでいる。

小さなザックに傘を差していた。
小雨の時は傘をさすのだ。街中とほとんど変わらないスタイルである。

外国から来た登山者の装備はリッチで万全、現地ガイドの装備は貧弱、というヒマラヤ登山みたいな構図である。

しかし彼らは決して登山靴を買うお金がないわけではない。世界はもうそれほど貧富の差はないし、マレーシア人が登山靴も買えないほど貧しいと思ったら大間違いだ。

簡単な英語しか喋れないので、日本人の私たちとは交流もできないから、休憩中はいつもスマホをいじっていた。スマホが買えるんだ。登山靴なんて買えるに決まっている。

「金がない」から登山靴を履かないというよりは「登山靴なんかに金をかける必要がない」というスタイルだろう。

日本のアルプスではトレラン・シューズでさえ「そんな靴で山に登って! 山をなめるな」と注意されることがある。
ちょっとばかり経験のある高齢登山者が口だししてくるのが常だが「登山には登山靴がマスト」と思い込んでいる日本の登山者はキナバル山の登山ガイドが安っぽい麻の靴で登っていたことを覚えておいてもいいだろう。

固定化した自分の価値観を押し付けるだけが能ではない。
肉体のスキルこそが能なのだ。
山での判断能力こそが能なのだ。
豊富なキナバル山の経験の中でズックで十分と判断したのなら、彼にはそれで十分なのだ。

地下足袋で山に登ったっていいと私は思っている。どんな高機能シューズでも肉体に勝るものはないのだから。

厚さは速さだ。ナイキの大逆転劇。厚底ランニング・シューズ「ヴェイパーフライ」のメリット・デメリット
このページでは裸足感覚の着地を推奨するランニングのバイブル『BORN TO RUN』ですっかり悪役にされてしまったナイキが、厚底シューズで薄底シューズに逆襲していく企業の逆襲劇を描いています。

私は登山ガイドという仕事のことを想った。
もうこれまでに何度キナバル山に登っただろうか? 週に何回登るのだろう?

気分が乗る日ばかりじゃないだろう。天候の悪い日もあるだろう。登りたくない日もあるだろう。仕事が嫌になったりしないだろうか?

キナバル山は難所のある山ではない。
何百回もそんな山に登ったらいい加減うんざり飽き飽きしてしまうのではないかと思う。

もうすでに地球一周するほど走ってきた私だが、この仕事が私に務まるだろうか?

彼らはキナバル山麓の地元民だという。
これ以上の割のいい収入口はないのかもしれない。
すくなくとも山麓で土産物屋を経営するよりは収入は確実だ。

しかしオフィスワークの方がずっと楽な仕事だと言わざるを得ない。
私だったらキナバル登山ガイドの仕事はできればやりたくない。

どんな山でも同じ山を週に2回も、生涯に何百回も登りたいとは思わない。

私にとってキナバル山は一生に一度の山だった。
コタキナバルの街も。今日という一日も。

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メチャクチャな日本語を教えるのがバックパッカーの伝統芸

その登山ガイドにシェルターで休憩中に話しかけられた。
まだ若い、ロナウジーニョ似の登山ガイドだ。

「日本人をガイドする機会がこれからもあるかもしれない。ガンバレって日本語でなんて言うのか教えて」

そう英語でロナウジーニョ君は言った。

頂上直下で猛烈な風に吹かれて登頂を断念しかけた私たちに「ガンバレ」と声を掛けようと思ってくれていたのかもしれない。

「お前はもう死んでいる」私は教えた。

「オマエハモウシンデイル?」

こういう時にはメチャクチャな日本語を教えるのが放浪のバックパッカーの流儀である。伝統芸のようなものだ

世界中の市場で「バザールでゴザール」とか「見るだけタダ」とか「ソンナのカンケーネー」とか変な日本語で声を掛けられることがよくあるが、それらはみんなイタズラ心のあるバックパッカーがアホな日本語を教えてそれが現地に流布したものである。

数年前のテレビの流行語が、世界の片隅のバザールで大流行していてビックリすることがよくある。
イスラム圏で「アタリマエダノ、クラッカー」とか普通に言われるよ。

ロナウジーニョ君は何度が繰り返した。

「オマエハモウシンデイル!」

どうやら教えた日本語を覚えてくれたようだ(笑)。

もしキナバル山で、登頂を断念しそうな苦しい瞬間、「お前はモウ死んでいる」とガイドに声を掛けられたら、それは私がひろめた「ガンバレ」という意味です。
間違ってもガイドに怒ったり、ガックリきて登頂を断念したりしてはいけません。

キナバル山でこの言葉が流行るといいな~♪

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下山のコツ。カニのヨコバイで降りる

登山というのは不思議なもので、人によっては登山よりも下山の方が辛いというタイプの人がいる。

先ほどの日本人小学生のように、登りは辛すぎるのに下りは楽勝という人がいるのだ。

私のようなランナー系登山者は、どちらかというと登るのは得意だけれど降りるのは苦手という人が多いのではないだろうか。

ランナーが速く走るためには、背中からハムストリングにかかる体の後ろ側の筋肉は強靭な方がよく、なおかつ膝上の大腿四頭筋のような体の前面の筋肉は必要以上にはない方が有利である。
着地筋が必要以上にあるとブレーキになる。
ボディビルダーは速く走れないのだ。

ダイヤモンドヘッドを一気に登れないような女性はもちろん十分な着地筋をもっていないため、しばらく下るともう足を前に出すのが嫌になるほど膝にダメージを受ける。斜面や階段に正対して降りると膝上の着地筋が悲鳴を上げてやがて耐えられなくなってくる。

そうなってから下山するときのコツを教えます。

そういう場合、斜面に対して体を横にしてカニのヨコバイで降るといい。すると着地の衝撃を膝上の筋肉ではなく、体の裏側の筋肉や腰が受け持ってくれる。

ハムストリングやお尻の大きな筋肉が着地の衝撃を受け止めてくれるので、正対下山と、横向き下山を織り交ぜながら下山すると長持ちする。

膝の上が痛くなってまっすぐに降りるのがきつくなったらカニのヨコバイで。
すると体の裏側の筋肉を使って降りられます。覚えておいてください。

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何故山に登る? 登山家ではなくて下山家の主張

キナバル山の下山道の長さにはマイッタ。もちろんカニのヨコバイを織り交ぜながら下山しているのだが、もうとっくに着地筋がへたってしまっている。

キロメートル毎に表示があるので、ゴール(公園管理棟)までの距離はわかるのだが、山では距離というのはまったくアテにならない。問題なのは斜度であり距離ではないからだ。

9時30分に下山を開始して14時にはチェックポイントに下山した。

下山後に昼食をとり、15時にゲートをマイクロバスで出発。

バスの中ではふたりとも爆睡してしまった。

17時30分にはコタキナバルのホテルに着いた。

バックパッカー系の人は街に戻った後のホテルをあらかじめ決めておくといいだろう。
ここからさらに安宿を求めて右往左往するのは辛い。

予約したホテルの前までバスで送ってくれる。

私たちは登山に必要のない荷物を予約したホテルで預かってもらっていた。

ホテルで熱いシャワーをあびて、薄い寝間着に着替えると、バスであれほど寝たにもかかわらず、また睡眠タイムである。

外国に観光に来たのに19時まえにホテルで眠ってしまうことを勿体ないことと思うだろうか。

だがおれたちはキナバル登山のためにここに来たのだ。

今夜はコタキナバルの町に用はない。

これでいいのだ。

登山は下界のすばらしさを確認するためにやるものだ。

下界にはエアコンと柔らかい布団がある。息がくるしくない。酸素がある。

何の心配もない人のように眠った。

自殺しようと思った夜が嘘のようだ。

今はもう昼寝しようと思うだけなのだった。

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××はレベルが上がった(まとめ)

下界では自殺したいなんて思わない、ただ昼寝したいと思うだけだ。

人間が作った快適な世界が広がっている。

たくさんの酸素と、自由がある。

山上で悪夢を見て、自殺を考えた。

星空と、妻の明るさと無邪気さに救われた。

私にとってのキナバル山は、そんな山だった。

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