みなさん。おはようございます。ハルトです。たった今、ウェイクアップ・ランニングから戻って水シャワーをあびて、パソコンを開いたところです。
私は起きたらまず走ることを習慣にしています。朝、起きたらヨガをしたり、瞑想したりする人がいるように、私たちランナーはとりあえず走ります。走れば何かいいことがあることを知っているからです。
起きたばかりは何もする気になれない怠惰な気分の一日も、ウェイクアップランニングの後は活力に溢れているのですから不思議なものです。
毎日のようにブログを書いていますが、何も書くことが思い浮かばなかった朝でも、ウェイクアップランニングから戻ってくると書きたいことが溢れて脳ミソからこぼれんばかりになっています。
ちなみにウェイクアップランニングは朝に走るとは限りません。朝に走るのはモーニングランニングです。
たとえ夜に走っても脳ミソをシャキッと覚醒させるためのランニングはウェイクアップランニングです。平日の仕事の後に、執筆前の儀式のように走っている夜ランも、ウェイクアップランニングだったりします。
※※※YouTube動画はじめました※※※
書籍『市民ランナーという走り方(マラソンサブスリー・グランドスラム養成講座)』の内容をYouTubeにて公開しています。言葉のイメージ喚起力でランニングフォームを最適化して、同じ練習量でも速く走れるようになるランニング新メソッドについて解説しています。
『マラソンの走り方・サブスリー養成講座』
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雑誌『ランナーズ』のライターが語るマラソンの新メソッド。ランニングフォームをつくるための脳内イメージ・言葉によって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。
(本文より)
【入力ワード】写真からランニングフォームを学ぼうとする人が多いので注意喚起したいと思います。写真からフォームを学ぶのはお勧めできません。写真というのは瞬間を切り取ったものなので、間違った解釈をする可能性があるからです。「振り上げた脚」(往路)なのか「戻ってきた脚」(復路)なのか、写真ではわかりません。大地を蹴ったように見えている脚が本当に大地を蹴っているのか、大地を蹴ったように見えているだけなのか、写真からはよくわからないからです。写真で振り上げた膝の高さを見て「ふむふむ、膝はここまで上げるのか」と思い込んでマネするのもよくありません。慣性の法則で結果として脚がそこまで上がっているだけで、実際のランナーの意識としてはそこまで上げようとしていないかもしれません。「結果としてのフォーム」と「ランナー本人の走るときのフォーム意識(入力ワード)」は、必ずしも同じではないのです。
【腹圧をかける走法】そもそも息をするのは、酸素を吸うためです。吐くことよりも、吸うことに意識をおくほうが自然な発想です。肺の中に残っている空気(残気量)は、どうせゼロにはできないのです。吐き切るという努力は、動かない壁を押すような無駄な努力です。そこに力を割くべきではありません。持ち上がらないバーベルを無理やり持ち上げようと喘ぐと、余計に息が苦しくなってしまいます。楽に息するのとは真逆のことです。それよりも思いっきり吸うことです。そのための走法が腹圧をかける走法です。肺を絞って痩せた人のように走るのではなく、腹はたるんたるんと力を抜いてだらしなく腹が太った人のように走ります。そもそも重力は下向きなのだから、横隔膜を下げることは理にかなったことです。それに対して、吐き切ることを意識すると、重力に逆らって横隔膜を持ち上げながら肺を絞らなければなりません。どちらが楽にできると思いますか?
【ストライド走法】ピッチ走法には大問題があります。実は、苦しくなった時、ピッチを維持する最も効果的な方法はストライドを狭めることです。高速ピッチを刻むというのは、時としてストライドを犠牲にして成立しているのです。
【踵落としを効果的に決める走法】私はカラテ素人ですが、サブスリーランナーとして、すくなくとも「踵落とし」を無力化する方法をすぐに思いつくことができます。答えはカンタン。攻撃側が踵を振り上げて止まったポイント(これを上死点といいます)に、自ら打撃ポイント(脳天など)を近づけていくことです。上死点では運動エネルギーがゼロになっているために、破壊力もゼロです。上死点から距離をとらないことで「踵落とし」というキックを無力化できます。
ストライドを稼ぎたいあまりに、未熟ランナーほど振り出した前足が最も伸びきったところで着地してしまうのです。つまり「膝が伸びきったまま」「踵から着地」してしまうのです。これは「踵落とし」の運動エネルギーがゼロになっている上死点で着地してしまっているのと同じことです。これでは速く走ることはできません。
言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化して速く走れるようになる新理論の書。言葉による走法革命。とくに走法が未熟な市民ランナーであればあるほど効果的です。本書はあなたのランニングを進化させ、市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。
●「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」「かかと落としを効果的に決める走法」「ハサミは両方に開かれる走法」「腹圧をかける走法」
●マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」
●究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」
●【肉体宣言】生きていることのよろこびは身体をつかうことにこそある。
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移動手段ではなく「走るために」走っている
子供の頃から走るのが大好きで、どこへ行くにも、歩くぐらいなら走っていく子供でした。

子供の頃は何か「目的」のための「手段」として走っていました。たとえば学校に通学するために走るとか、電車に遅れないように走るとか。
しかし今では「走るために走っています」。走ることそのものが目的です。あるいはもっと「何か別のもののために」走っているといっても過言ではありません。
※何か別のもの、については後述します。
結果としてダイエットになっていますが、とくに痩身効果を求めているわけではありません。むしろ快楽のために走っています。
走っている時は無心ですが、いろいろな言葉が頭の中を流れることもあります。むしろ何か執筆のネタでも思いついたらそれで一日楽しく過ごせるというものです。
しがないこんなコラムでも脱稿までに1時間では終わりません。書き上げるまでには何時間もかかります。書くのが好きだからできることです。ランニングと執筆はひじょうに似ていると思います。
書くネタがあれば全く退屈しません。キーボード執筆は指先のランニングです。ランナーは執筆に向いています。執筆は一日を充実したものにしてくれます。
今日も朝起きた時は何も書くネタなんて思い浮かばなかったどころか、ものを書く気力もなかったのですが、ウェイクアップランニングから戻ってきた頃にはいくつものネタが頭の中に思い浮かんでいました。
そのうちのひとつを今こうして書いています。それが「ウェイクアップ・ランニングのすすめ」です。
書くことは心の冒険の旅のようなものです。書いている間はその世界の旅人です。今日もウェイクアップ・ランニングのお陰で、想像もしなかった内容の一日が過ごせそうです。
今ではもう「走らずに書くことはできない」といっても言い過ぎではありません。
充実した一日を回す原動力になってくれる。それが私にとってのウェイクアップランニングなのです。
ウェイクアップランニングとは何か?
ウェイクアップ・ランニングとは文字通り、目覚めるためにするランニングのことです。
ウェイクアップ・ランニングでは、私がこれまで「サブスリー養成講座」で語ってきた走りの技術のことは全て忘れてリラックスして走ります。
「サブスリー養成講座」は速く走るためのノウハウであり、ウェイクアップランニングには全く必要ありません。ウェイクアップ・ランニングは身体と脳を目覚めさせることが目的です。速く走ることが目的ではありません。
走るのですから足が動くのはあたりまえですが、腕も大きく振って肩甲骨を動かしましょう。すると熱い血が全身を駆け巡ります。一気に目が覚めますよ。

凝り固まった身体をほぐすように手足をブラブラさせながら、滞っていた血を循環させることを意識してゆっくり走ります。
また腰の筋肉を緩めて動かしてみましょう。魚が泳ぐように脊髄まわりの体幹の筋肉を大きく動かすことが、動物の本能です。四肢を動かすだけでは足りません。
ところでこのウェイクアップランニングですが、朝にやるものと思い込んではいませんか?
そうではありません。
ウェイクアップランニングとは目覚めるためにするものです。
モーニング・ランとは違う定義です。実際、私の場合は、夜にウェイクアップ・ランニングをしています。
平日は働いているので朝ランは無理です。仕事から帰ると1時間ほど睡眠をとってそれから走ります。外はもう暗くなっていますが、これも立派なウェイクアップランニングなのです。
週末の休みの日には目覚めてすぐに走れますが、私が習慣的に朝ラン(モーニング・ランニング)とは呼びません。ウェイクアップランニングと呼んでいます。

ウェイクアップ・ランニングは朝ラン(モーニング・ラン)とは違う。夜のウェイクアップランニングもおすすめ
目的は目を覚ますこと、ウェイクアップなのです。だからウェイクアップランニングと呼んだ方がピッタリです。
わたしの場合、ウェイクアップ・ランニングを朝にするのは、休みの日だけです。仕事のある日は夜に走っています。
特に夏場は夜に走った方が、暑さもおさまっていますし、日焼けもせず、いいことだらけです。帽子やサングラスも必要ありません。
金星や月を眺めながらのムーンライト・ランニングが私の日課です。
人生にはロマンが必要です。ロマンというのは物語のことです。物語というのは夜に向いています。わたしは昼間に読書する気にはなれません。読書というのは夜に向いています。星空や焚火を囲んで、長老が子供たちに語ったことが物語の始まりだと言われています。テレビも電灯もなかった時代には夜は物語を聞くことぐらいしか楽しみがなかったのでしょう。その頃の遺伝子が人間の心のどこかに残っているのかもしれません。
昼間は現実的なことばかりです。空想は夜にするものです。
みなさんもウェイクアップランニングをしてみてはいかがでしょうか。夜の暗闇は見慣れた街の風景を一変させてくれます。星座を眺めながらロマンチックな夜のウェイクアップランニングを楽しんだらやみつきになりますよ。
さあ、走りましょう。
日が昇ったら、走ったほうが身のためだ
名著『BORN TO RUN』にこのような文章があります。
「アフリカで毎朝、一頭のガゼルが目を覚ます。そのガゼルはいちばん速いライオンに走り勝たなければ、殺されることを知っている。アフリカで毎朝、一頭のライオンが目を覚ます。そのライオンはいちばん遅いガゼルよりも速く走らなければ、飢え死にすることを知っている。ライオンであるかガゼルであるかは関係ない。日が昇ったら、走ったほうが身のためだ」
人を走らせるのに、これほど深い言い回しがあるでしょうか。どうやってもこれ以上の表現ができないので、そのまま引用させてもらいました。
ウェイクアップ・ランニングを人におすすめしようとすると、たいていの書き手は「××すべき×個の理由」とか書くんですよ。こんな感じです。
・あなたが朝ランをすべき3つの理由
(1)血圧が下がって、痩せて、健康になる。
(2)便通がよくなり、腹が減って食欲がわいて、飲み食いが楽しみになる。
(3)ストレスが解消されて、仕事への意欲がわく。
このような構成の記事をどこかで見たことがあるでしょう。しかし本当にこの手の箇条書きで、人を「走る」ことに駆り立てることができるでしょうか。
箇条書きで走ることができるようになる人は、義務を遂行できるタイプの人だけです。
よろこびに溢れて、思わず走り出してしまう「子どもの走り方」とは別物です。
上の箇条書きでは人をよろこびの走りに駆り立てる何かが決定的に足りない。そう思っています。
箇条書きに比べて『BORN TO RUN』の著者のなんと力強いことか。人間の太古の記憶がよみがえってくるような表現です。この過酷な世界を生き抜いていくことと走ることが見事にリンクしている表現です。
箇条書きの書き手とは、全然モノが違います。
走ることだけではなく、ここには世界のすべてがあります。他の何かを想像させてくれる「物語」があります。
『BORN TO RUN』が世界的ベストセラーになったのは、ただ単に「廃タイヤで作った自作サンダルで走る人たちが、最新テクノロジーを搭載したランニングシューズで走る近代ランナーに走り勝った」ことがセンセーショナルだっただけが原因ではありません。「近代の栄養学にかなった食事をする先進国のアスリートに、トウモロコシとレンズ豆の質素な食事しかしない発展途上国の人現地人ちが走り勝ったという事実」だけであれだけ売れたわけではないのです。
筆者の筆力によるところが大きいということが、おわかりいただけたでしょうか。
イエスがたとえ話で真理を語ったように、ものごとは直接語るだけが能ではありません。
日が昇ったら、走ったほうが身のためだ。
走れ、が、生きろ、と聞こえてきます。
なぜ走るのか。走りたいのか。走らなければならないのか。一緒に走ろうといざなうのか。
人を走りに誘うのに、これほど力強い言葉を、私は知りません。
※ライオンは夜行性で、狩りはたいてい夜に行うとかいうツッコミはやめてください(笑)。大切なのは人の心を動かせるかどうか、です。
ウェイクアップ・ランニングの結果、生まれたコラム、今日という一日
いかがだったでしょうか。記事は、楽しんでもらえましたか?
走ることで、脳内モルヒネがつくりだされます。ランニングを習慣にしているランナーはこの天然の自分由来のモルヒネの中毒者のようなものです。
走ったことの「ごほうび」は気持ちのよさだけではありません。たとえば本稿はウェイクアップ・モーニングの中から生まれてきたコラムです。
目覚めた時はこんなことを書く気はさらさらなかったのに、朝ランをしているうちに脳内で何かが起こり、こんな記事が完成しました。
ウェイクアップ・ランニングは、私にとってアイディアを生み出す源泉となっています。
走ることには何か魔法のような効果があるのです。
脳内モルヒネがあなたの一日をすばらしいものに変えてくれます。
それが「世界を美しく見える魔法=走ること」なのです。


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雑誌『ランナーズ』のライターが語るマラソンの新メソッド。ランニングフォームをつくるための脳内イメージ・言葉によって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。
(本文より)
【入力ワード】写真からランニングフォームを学ぼうとする人が多いので注意喚起したいと思います。写真からフォームを学ぶのはお勧めできません。写真というのは瞬間を切り取ったものなので、間違った解釈をする可能性があるからです。「振り上げた脚」(往路)なのか「戻ってきた脚」(復路)なのか、写真ではわかりません。大地を蹴ったように見えている脚が本当に大地を蹴っているのか、大地を蹴ったように見えているだけなのか、写真からはよくわからないからです。写真で振り上げた膝の高さを見て「ふむふむ、膝はここまで上げるのか」と思い込んでマネするのもよくありません。慣性の法則で結果として脚がそこまで上がっているだけで、実際のランナーの意識としてはそこまで上げようとしていないかもしれません。「結果としてのフォーム」と「ランナー本人の走るときのフォーム意識(入力ワード)」は、必ずしも同じではないのです。
【腹圧をかける走法】そもそも息をするのは、酸素を吸うためです。吐くことよりも、吸うことに意識をおくほうが自然な発想です。肺の中に残っている空気(残気量)は、どうせゼロにはできないのです。吐き切るという努力は、動かない壁を押すような無駄な努力です。そこに力を割くべきではありません。持ち上がらないバーベルを無理やり持ち上げようと喘ぐと、余計に息が苦しくなってしまいます。楽に息するのとは真逆のことです。それよりも思いっきり吸うことです。そのための走法が腹圧をかける走法です。肺を絞って痩せた人のように走るのではなく、腹はたるんたるんと力を抜いてだらしなく腹が太った人のように走ります。そもそも重力は下向きなのだから、横隔膜を下げることは理にかなったことです。それに対して、吐き切ることを意識すると、重力に逆らって横隔膜を持ち上げながら肺を絞らなければなりません。どちらが楽にできると思いますか?
【ストライド走法】ピッチ走法には大問題があります。実は、苦しくなった時、ピッチを維持する最も効果的な方法はストライドを狭めることです。高速ピッチを刻むというのは、時としてストライドを犠牲にして成立しているのです。
【踵落としを効果的に決める走法】私はカラテ素人ですが、サブスリーランナーとして、すくなくとも「踵落とし」を無力化する方法をすぐに思いつくことができます。答えはカンタン。攻撃側が踵を振り上げて止まったポイント(これを上死点といいます)に、自ら打撃ポイント(脳天など)を近づけていくことです。上死点では運動エネルギーがゼロになっているために、破壊力もゼロです。上死点から距離をとらないことで「踵落とし」というキックを無力化できます。
ストライドを稼ぎたいあまりに、未熟ランナーほど振り出した前足が最も伸びきったところで着地してしまうのです。つまり「膝が伸びきったまま」「踵から着地」してしまうのです。これは「踵落とし」の運動エネルギーがゼロになっている上死点で着地してしまっているのと同じことです。これでは速く走ることはできません。
言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化して速く走れるようになる新理論の書。言葉による走法革命。とくに走法が未熟な市民ランナーであればあるほど効果的です。本書はあなたのランニングを進化させ、市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。
●「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」「かかと落としを効果的に決める走法」「ハサミは両方に開かれる走法」「腹圧をかける走法」
●マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」
●究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」
●【肉体宣言】生きていることのよろこびは身体をつかうことにこそある。
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