ウルトラマラソンは旅。才能とか体質とかではなく「慣れ」で完走できる

マラソン・ランニング
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【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者アリクラハルトの旅する人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

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『市民ランナーという走り方(グランドスラム養成講座)』著者のアリクラ・ハルトです。

市民ランナーのグランドスラムと呼ばれる三冠は、フルマラソンの3時間切り、富士登山競争の制限時間内の登頂、そして100kmウルトラマラソンの10時間切りです。

超長距離のウルトラマラソンはどのような気持ちで走ればいいのでしょうか?

このゲームをクリアするためには、マラソンとは「ゲームの目的を変える」という意識改革が必要です。

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ウルトラマラソンとフルマラソンの違い「競技というよりは旅」

ウルトラマラソンは、マラソンとは「ゲームの目的を変える」という意識改革が必要とはどういう意味でしょうか?

フルマラソンを一度も走ったことなしに、いきなりウルトラマラソンを挑戦する人はいないと思います。

ですから本稿では、あくまでもフルマラソンを基準に、ウルトラマラソンではどのように意識改革すればいいのか、を語っていきます。

なお、あくまでも『グランドスラム養成講座』の中の一部のコラムですから、ここでのウルトラマラソンとは100kmを想定していることをご了解ください。

まず最初に、マラソンとウルトラマラソンの違いについて、私の思うところを書いておきます。

「マラソンはレース、ウルトラマラソンは旅」というのが両方を走った私の率直な感想です。

サロマ湖100kmウルトラマラソンの場合、5時スタートして、10時間後にゴールするとすれば、ゴールは午後3時です。普段、朝食と昼食を食べている時間を、ずっと走り続けるということです。閉門(制限)時間は18時。13時間内にはゴールしなければなりません。

マラソンは、3時間ならギリギリ走り通せるスピードで、限界ギリギリまでスピードを上げる競技という印象です。あくまでも競技、あくまでもスピードレースなのがマラソンです。「こんなスピードじゃいつ限界がきて走れなくなってもおかしくない」という危機を感じながら走るのがマラソンです。

それに対して、10時間も走りつづけるウルトラマラソンでは、限界ギリギリまでスピードを上げるという局面は一度だって訪れません。スピードレースという要素が完全に欠落しています。スピードという意味では追い詰められた感じがありません。持久走の本来の意味の通り、持久力勝負なのがウルトラマラソンです。

この持久力ですが、走力とは別のものです。たとえば3時間立っていても疲れませんが、10時間も連続で立っていたらそれだけで疲れます。

ディズニーランドでアトラクション待ちの行列に10時間も並ぶのは無理です。単純に体力的にも無理なのではないかと思います。ぶっ通しで10時間も立っていられますか? それを走り続けるのがウルトラマラソンなのです。

また仮に行列に10時間立ち続けることが可能だったとしても、立ちながら何かを食べたり飲んだりすることでしょう。ウルトラマラソンでは走りながらそれをやらなければなりません。

ランニング以外の私の趣味は、放浪の貧乏旅行です。しかし「旅人ではない人」からは、お金も使わず海外で何をしているのか、と疑問に思われることがあります。

答えは「ぶらぶらしています」。逍遥しています。気の向くままに歩いているのです。放浪の旅とは、知らない世界をうろつき歩くことに他なりません。

人生を変えた本『旅に出ろ! ヴァガボンディング・ガイド』リアル・ドラゴンクエスト・ガイドブック
いくら旅に時間を費やしたところで、自分と向き合うことに時間を費やさなければ、何の意味もありません。どれだけ何かが変わっても、それに対処するのは自分しかないからです。 どこに行こうと、何が変わろうと、そこには自分がいます。これは言葉ではありません。生き方なのです。

帰国便が迫っている最終日に、まだ見ていない場所がたくさんある場合には、まるでマラソンみたいにえらい勢いですっ飛んで回ることもあります。

そういう意味ではウルトラマラソンは、放浪の旅をみんなで一緒に行っているようなものです。

宙に浮遊して空中で前に進むマラソン・アスリートとは別の能力が試されることになります。

マラソンの場合、ブリンカーをつけた競走馬のように走ります。それにくらべるとウルトラマラソンはまるで観光旅行のようです。

トラックをグルグル回るハムスターレースでもない限り、100kmも走ると、いろいろな景色が目の前に現れます。

ゴールした時にはまるで旅をして戻ってきたかのようでした。

競技というよりは旅。そう考えると一緒に走るランナーが同じ旅路を行く旅人に思えてきます。

モロッコや、ヨルダンで出会った同胞の旅人と旅路をともにしたように、今、同じコースを一緒に走っている。そう思うと、一緒に走るランナーが競争相手ではなく、同じ旅の仲間だと思えるようになります。

マラソンレースの途中で挨拶をする人はいませんが、ウルトラマラソンでは会話をしながら走ったりします。

「競争ではなく旅だ」とまずは意識改革することで、走っている時間が特別なものに変わります。

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足を高く上げない着地筋温存走法。滞空しない地面スレスレ走法

マラソンの場合は、スピードのことだけを考えています。スピードはストライドで出すものです。速い人ほど宙に浮いているものなのです。ダメージなんか度外視して宙に浮きあがって、大きなストライドでライバルよりも速く前に進むものです。

マラソン『ピッチ走法よりもストライド走法』ダメージなんか度外視して走れ
オリンピッククラスの指導者の考え方の本質的ベースにあるのは『オリンピックで、凄いストライドの黒人選手に、短脚の日本人が勝つため』に編み出されているということを見落としてはなりません。 市民ランナーがサブスリーを達成するために考え出された指導方法ではないのです。

しかしウルトラマラソンの場合はまったく逆です。スピードなんか気にしないで、とにかく肉体にダメージをあたえないことを最重視します。

走ることに関しては、とにかく体幹の大きな筋肉をつかって走ることと、足を高く上げないで着地筋を温存することだけを考えます。

その前提で、キロ6分(100km10時間)以上のスピードが出てしまった場合には、わざとスピードを落としたりしません。

ウルトラマラソンの場合、ジャンプとかストライドとかは考えない方がいいと思います。宙に浮いて速く前に進むよりも、着地衝撃による肉体ダメージ蓄積の方がレース全体から見るとマイナスになる可能性が高いからです。

何も筋トレしながら走ることはありませんので、腰高フォームで走ります。腰高フォームにすると、歩幅が小さくなります。

マラソンの場合は、宙に浮いて滞空でストライドを伸ばすので歩幅が小さくなっても問題ありませんが、ウルトラマラソンの場合、滞空・浮遊を捨てるために腰高フォームにするとスピードが遅くなります。

しかし着地筋を温存できているので、結果として長持ちして走り続けることができることで早くゴールにたどり着きます。これが持久走(ウルトラマラソン)の醍醐味です。

腰が低く歩幅が大きな走り(スクワット走法)をしては、瞬間的には速く走れますが、長く走り続けることができません。後半、走れなくなって、ゴールする頃には、腰高フォームの遅い人に抜かれてしまうことでしょう。

このようにウルトラマラソンではスピードが遅くなっても、肉体を温存できる腰高フォームを採用します。なによりも筋肉をもたせることを最重要視します。

必殺! ばあちゃん走法も、大きな筋肉を使って肉体へのダメージを減らして完走しようとする走法です。参考にしてください。

ウルトラマラソンの走り方『ばあちゃん走法』(内股高速ピッチ走法)
ウルトラマラソン完走走法『必殺・ばあちゃん走法』とは、女性ランナーのように内股で、おジイちゃんのように細かくピッチを刻むの内股ピッチ走法ことです。筋肉にダメージをあたえないことを最優先に、足を高く上げないように注意して走ります。
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ウルトラマラソンの走り方は「着地筋の温存」

いくらウルトラマラソンだからといっても、わざと遅く走ることはおすすめしません。

肉体へのダメージを減らすために、わざと遅く走る人がいますが、かしこい選択ではありません。

わざとゆっくり走ると、膝から下で走る小さな走りとなってしまいます。これは「ふくらはぎの筋肉」を酷使する小さな走りです。

末端の小さな筋肉ではなく、できるかぎりお尻や腸腰筋つまり大きな体幹の筋肉を動かして走るべきです。この走り方をすると大腿骨を動かすことになります。大腿骨を太鼓のバチのように動かす骨格走法です。

「骨格走法」筋肉ではなく骨で走る。疲労しない走り方
骨格走法とは、骨以外は「ないもの」と意識から追い出してしまう走法です。骨が骨として走れば筋肉のサポートは最小限で済みます。自然といいフォームになって速く走れるようになります。筋肉は疲れても、骨は疲れません。

大腿骨を動かすと必然的にある程度のスピードが出てしまいます。膝から下で小さく走る人よりはいやでも速く走れてしまいます。これが「わざと遅く走るな」の理由です。

問題はそのスピードです。ヤジロベエ走法のように、遊脚を高く上げて着地衝撃を感じるほどだとスピードの出しすぎです。

走りの技術。ヤジロベエ走法。腰椎の一点で上半身のバランスをとる走法
ヤジロベエ走法とは、腰の筋肉を緩めて、腸腰筋を力強く使うための走法のことです。
逆説のランニング。ストライド走法の極意「ハサミは両方に開かれる走法」
『ハサミは両方に開かれる走法』とは支脚よりも遊脚を意識する走法です。走っている時の二本の脚はまるでハサミのようなものです。片方の脚を意識するだけで、結果として両方の脚を動かすことができます。なぜならハサミは両方に開かれるからです。
最速のストライド走法フォームの作り方
ストライドは開脚して伸ばすのではなく、宙に浮かんで伸ばします。なぜ「ハサミは両方に開かれる・ヤジロベエ走法」が、速く走れるのかというと、前傾姿勢の「動的バランス走法」よりも、ストライドが伸びるからです。 骨盤・腰椎を立てれば膝が高く上がります。そして落下するあいだもストライドを稼ぐことができるのです。

ウルトラマラソンでは後半、着地筋がへたって走れなくなってしまうのですから、「着地筋の温存」を第一に考えてください。

なるべく足は高く上げないようにします。すると必然的にスピードが抑えられます。「アトムのジェット走法」はやらないということです。

マラソン初心者が習得すべき走り方(アトムのジェット走法)
足裏に鉄腕アトムのジェットがあると想像して、下腿を地面と水平にするイメージを持つと、急に楽に速く走れることが実感できると思います。これを私はアトムのジェット走法と命名しています。 サッカーでも膝を曲げて後方に振りあげなければ、凄いシュートを打つことはできないのです。それと同じです。

繰り返しますが、わざと遅く走る必要はありません。

目安は呼吸をハアハアさせないことです。息がハアハアするというのは心拍数が上がっている証拠です。ウルトラマラソンでここまで自分を追い込むのは、速く走りすぎです。

速く走りすぎると、スタミナが切れたり、レース後半、着地筋が衝撃に耐えきれず走れなくなってしまいます。

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ウルトラマラソンには逍遥力が必要。どこまでも行こう。道は厳しくとも

タイムレースのマラソンでは絶対にかなわないような若いアスリートが撃沈してしまうのは、ウルトラマラソンを競技として考えすぎて、レース前半で着地筋をボロボロにして、後半、走れなくなってしまうためです。

女性や、お年寄りのランナーが、堅実な走りで、若いアスリートよりも速くゴールできることの謎は、ここにあるに違いありません。走り通せること、それが強さなのです。

ウルトラマラソンの走り方『ばあちゃん走法』(内股高速ピッチ走法)
ウルトラマラソン完走走法『必殺・ばあちゃん走法』とは、女性ランナーのように内股で、おジイちゃんのように細かくピッチを刻むの内股ピッチ走法ことです。筋肉にダメージをあたえないことを最優先に、足を高く上げないように注意して走ります。
地球一周ランニング。間寛平アースマラソン(kanpei Earth marathon)
リアル地球一周は、たった一人で挑戦できるようなことではありませんでした。 多くの人たちがサポートしてくれたからこそ、成し遂げられたことでした。 だから彼は心から叫んだのでしょう。おれは幸せ者だ、と。

ウルトラマラソンではアスリートの速さではなく、旅人の強さが必要なのだと思います。天竺まで歩きとおした三蔵法師のように強靭な旅人はどこまでも歩き続けます。

西天取経の旅(旅の思想まとめサイト)
三蔵法師が西域へと旅立ったのは、冒険がしたかったからではありません。「生きるとは何か」「幸せとは何か」「悟りの境地とはいったいどんなものか」知りたかったからです。 それを追求せずに旅をしても意味はないと私は考えています。

スピードを出さないため、足が攣るような緊急事態は、あまり起こりません。

疲労して徐々に困憊していくというような持久戦になります。

そこが面白いところでもあると思うのです。

マラソンでは心拍数が上がりすぎて失速したり、筋肉のダメージが一気にきて体が動かなくなったりするものですが、ウルトラマラソンの場合は、徐々に削られていく感じです。

枯渇して、もう走れないと思うのです。

マラソンが野戦だとすれば、ウルトラマラソンは籠城戦のようなものです。

マラソンはスピード勝負で一気に決着がつきますが、ウルトラマラソンは食料貯蔵庫が尽きるまでは勝負が尽きません。

水が尽き、食料が尽きるまでは戦う。

まるで自分の体を城に見立ててセルフ兵糧攻めをしているようなものです。

疲労は確実に来る。これはそういうゲームなんだ。

ウルトラマラソンでは、ゲームの目的を変え、そのように意識改革します。

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「ベストでないのが普通」「体調悪い状態どうしの勝負」なんだと意識改革する

ウルトラマラソンの場合、足を高く上げない着地筋温存走法をつづけている限り、筋肉痛や関節痛などはマラソンほど強烈に感じることはないと思います。一歩一歩の瞬間ダメージが小さいためです。

それでも筋肉痛や関節痛を感じるようになった場合は、「これを感じるために走っている」と意識改革するしかありません。

「来た、来た。この状態になるのを待っていたんだ」迎え撃つぐらいの気持ちに心の持ち方を切り替えます。

そもそもベストな状態でウルトラマラソンを走れることの方が珍しいのです。

もし仮にベストの状態でレースに臨めたとしても、ベストな状態でいられるのは、レース前半の数時間だけでしょう。残りの7時間は疲労困憊し「ベストでない状態」で走ることになります。

つまりは「ベストでない状態」で走ることは、むしろレースの前提ではありませんか?

だったら「ベストな状態でなくなったから」リタイアするなんておかしなことです。ゲームの目的はもう変わっているのですから。

マラソンが「体調がいいもの同志の勝負」「ベストを競う」勝負だとすれば、ウルトラマラソンは「体調が悪いもの同志の勝負」「悪い状態でのねばり勝負」「バッドコンディションへの対処」を競う競技だと気持ちを切り替えます。

意識改革して、ゲームの目的を変えてしまうのです。それがあなたを完走させてくれます。

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リタイアするか否か。心理的限界、生理的限界の差を利用して脳を騙すゲームだと意識改革する

それでものっぴきならない疲労困憊の時間がおとずれるでしょう。

リタイアするか否か。ギリギリの状態に陥いるでしょう。

その場合でも、サブテン(100km10時間以内)といった時間目標を捨てて、目標を完走に切り替えれば、何とかなる可能性があります。

最初、あなたはウルトラマラソンを「走るゲーム」だと思っていました。しかし意識改革して「走るゲーム」は「バッドコンディションに対処するゲーム」へと変わりました。

ここではさらに発想を転換し「自分を騙す」ゲームだと頭を切り替えてください。

「自分の脳を騙して」このギリギリの状態から立ち直れないか、工夫しましょう。

心理的限界、生理的限界という言葉を知っていますか?

もう走れない、と考えているのは実際には脳ですが、まだ肉体は本当の限界を迎えてはいません。

スポーツ科学ではこれを心理的限界、生理的限界といいます。

心理的限界とは脳からの運動停止命令のことです。「もう無理!」と思う心といってもいいでしょう。肉体的にマジでヤバい状態になる前に、先に心理的限界は訪れます。これは生命を守るシステムといってもいいでしょう。

生理的限界というのはまさに肉体の限界のことです。何日も連続で徹夜できないのは、生理的限界が原因ではありません。心理的限界が原因です。生理的限界が先に来る設計だったら、人はバタバタ突然死してしまうでしょう。生理的限界よりも、心理的限界が絶対に先に来るように人間の身体はできています。

つまりリタイアぎりぎりの状態というのは、「本当はまだ走れるのに、脳がもう走れないという命令を出している」状態ということです。

この脳を騙すことを考えてください。自分で自分を騙すのです。

ウルトラマラソンを「これ以上走るまいとする心理的限界をみずから騙して生理的限界に近づけるゲーム」だと意識改革します。心理的限界の壁をみずから取り払ってやるのです。

血糖値が低かったり、酸素濃度が下がると、脳はあんがい簡単に「もう走れない」と思うものです。それが心理的限界なのですが、即座にこれに従っていたら、誰もがリタイアしてしまいます。それを騙すのです。長距離ランナーは多かれ少なかれこれをやっているのですが、ウルトラマラソンはそれが目的のゲームだと意識改革しましょう。

一例ですが、延髄を冷やすとシャキッと目が覚めます。眠たい朝に試してみてください。もうこれ以上走れないと思っていても、冷たい水を延髄にぶっかけると、神経がシャキッとして走る気力がよみがえってきたりするのです。心理的限界を誤魔化したわけです。

このような物理的(肉体的)なテクニックもありますが、もっとも効くテクニックはやはり「意識改革」です。「ゲームの目的を変えてしまう意識改革」で、完走できなかったウルトラマラソンが、完走できるようになるのです。

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補給しながら走る。内臓の強さが鍵。ドカ食い厳禁

10時間連続走(ウルトラマラソン)では、補給しながら走ることになります。朝から10時間も何も飲まず食わずでは、日常生活でも苦しいのではないでしょうか? 補給は必須です。

日常では朝、昼、晩と三回に分けてドカ食いしていますが、走りながらドカ食いしてはいけません。胃袋の中に食べ物がおさまった状態で走ると胃が上下左右に暴れてしまいます。

ドカ食いすると、消化にエネルギーが回るため、走るためのエネルギーが減ります。

また血糖値が大きく変化するため、これまでと同じように走れなくなります。

なるべく消化吸収のよいものをこまめに補給するようにしましょう。

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レースウエア選びは最重要

マラソンの場合、軽量化を考えます。スピードを上げて発熱量もあがるため、暑いぐらいなら寒くなるぐらいの軽装で走ります。自家発電を当てにして軽量化するわけです。

しかしウルトラマラソンの場合、自家発電するほど速くは走りません。寒さに震えながら10時間を過ごすのはあまりにも無理があります。暑くなりすぎたら脱げばいいのですから、レースが寒くなりそうならば、もう一枚防寒着を余計に準備します。寒くて困るぐらいなら、暑くて困る方がマシです。

私は寒すぎて低体温症でウルトラマラソンをリタイアしたことがあります。この先7時間も8時間もこの寒さには耐えられないと判断してのリタイアでした。

【走力の差ではなく装備の差】ウルトラマラソンは距離でなく気候に負けることがある
ウルトラマラソンの途中に自宅があると、完走できません(笑)。熱いお風呂、暖房、毛布、それらの誘惑を断ち切って、その先に進むのは鉄の意志が必要です。 成功するまで故郷にはかえらないと決意して上京する青年のように、ゴール地点まで走り切らざるを得ない状況だからこそ、実力以上の力を発揮して完走することができるのです。

足がへたってリタイアしたのではありません。寒すぎてのリタイアです。確実な防寒着があれば防げたリタイアでした。

もっともおすすめなのはこちら、撥水性インナーシャツ(ファイントラック)です。

マラソンでシリアスランナーだった人がウルトラマラソンをやると、同じ調子でとにかく軽量速攻を考えますが、ウルトラマラソンはどちからといえば登山に近い別の種目だと考えてウェアは充実させるべきです。

冒頭で意識改革したとおりウルトラマラソンは「レースではなく旅」なのですから、旅のウェアには気を使うべきです。

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ランニング・キャップはハンデキャップ。日射疲労に、肌を露出しない選択をする

スピード勝負のマラソンのレースで、私は帽子を被ったことがありません。

だいたいスタートライン近くの前の方からスタートしていたのですが、周囲のほとんどのサブスリーランナーは帽子を被っていなかったと思います。時々、帽子を被っている人がいると「こいつ、真面目に走る気あるのか?」と思っていました。

理由は簡単。ランニングキャップは風で吹っ飛ぶからです。きつく目深にかぶっても、強風が吹けばキャップのつばから持っていかれそうになります。それをいちいち手で押さえながら走るわけにはいきません。走ることへの集中力が阻害されます。

帽子を捨ててもいい覚悟がないならば、マラソンでのランニングキャップはハンデキャップになります。

ランニングキャップによって頭が蒸れるのも、冷却効果を阻害していることです。秒単位でタイムを削る気持でレースしているのならば「ランニングキャップはかぶらない」選択をするべきです。

実際、ほとんどの上位ランナーは帽子をかぶっていないと思います。

しかしウルトラマラソンは別です。ランニングキャップには直射日光を遮り、暑さや眩しさを防ぐ効果があります。ウルトラマラソンの場合、被った方がいいと思います。

長時間屋外活動(キャンプでもウルトラマラソンでも)の場合、日射による疲労はあなどれません。帽子はそもそも日射を防ぐための装備です。風による集中力の阻害や蒸れといったマイナス要因よりも、日射を防ぐプラス効果の方が大きくなるのがウルトラマラソンです。帽子はかぶりましょう。

実際、ほとんどの上位ランナーは帽子をかぶっていると思います。

長時間屋外活動(キャンプでもウルトラマラソンでも)の場合、日焼けによる疲労も侮れません。暑熱順化がすんでいればいいのですが、レース後に肌が真っ赤に日焼けしているようなレースでは、満足できる結果を残せなかったのではありませんか?

レース当日の気象によるので一概にはいえませんが、肌を出さないウェアを選ぶことも検討してみてください。

日焼けは、疲れるのです。

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ザックの中には知恵が詰まっている。キネシオテープ

ウルトラマラソンでは、普段のジョギングでは予想もつかなかったようなことが起こります。

擦れて、乳首が痛くなったり、肛門が痛くなったりするのです。

「点滴石を穿つ」効果で、小さな擦れが、やがて大きな肉体へのダメージになります。

マラソンの場合だと事前の準備で対処します。乳首にはキネシオテープを貼るとか、股間にはワセリンを塗りたくるとか。

しかしウルトラマラソンの場合、ザックに何かを忍ばせて対処できる場合があります。

特にキネシオテープを持参すると、マメ、靴ずれなどの皮膚のトラブルに対処できる場合があります。小さく切って持参することをおすすめします。

ザックの中には補給食だけが詰め込まれているのではありません。知恵とレース戦略が詰め込まれているのです。

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すべては「慣れ」。才能とか体質とかではなく「慣れ」で行ける

ウルトラマラソンに対する適応は、世界レベルなら別ですが、100km10時間以内ぐらいだったら「慣れ」で行けてしまいます。才能なんか関係ありません。

長距離体質とか長距離の才能とか、そんな言葉に騙されてはいけません。

すべては、慣れです。

血糖値が下がってしまったから走れなくなるのではなく、血糖値が下がった状態でも走れるように体と心を慣らしてしまえばいいのです。

「バッドコンディションに対処して、どうやってゲームをクリアするか?」ウルトラマラソンはそういうゲームだと頭を切り替えることで、急に面白くなります。

そしてその意識改革が、完走できなかったレースを、完走させてくれます。

競争だったものを、旅という名の関門突破ゲームへと変えてくれるのです。

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このブログ著者の小説『結婚』
小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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このブログの著者の小説『片翼の翼』
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
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小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
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【この記事を書いている人】

アリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。
市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。
また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。
そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。
その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。
登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。

【この記事を書いている人】
瞑想ランニング(地球二周目)をしながら心に浮かんできたコラムをブログに書き綴っているランナー・ブロガーのアリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。 市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。 また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。 そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。 その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。 登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。
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