ページビュー激減の原因は?

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【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者アリクラハルトの人生を旅しながら走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

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ブログのページビューがある日を境に激減した。

こんにちは、ハルト@sasurainorunnerです。

ここではブログのPV急落の謎を探求します。

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君たちがいて、僕がいる。繋いでくれたのは検索エンジン

ブログをやっている。私の名前はハルトといいます。ほとんどの人、どうもはじめまして。

この記事を読んでくれた人がいたら、私がブログをやっているからである。

そしてあなたが読んでくれたからである。どうもありがとう。

そして検索エンジンgoogleが私とあなたを繋いでくれたからである。

きっとあなたもブロガーさんかな?

ほとんどの人は検索からの訪問だから、この記事を読んでいるということは、ページビューの急落について興味があるんですよね。

そしてたぶんたった今、自分のブログのページビュー(PV)の激減に悩んでいるんですよね?

私も同じです。

私の場合2019年9月23日に370台だったPVが28日には120台まで下がった。実に77%の激減である。わずか5日間で。

ガビーン。OH、NO!

別にブログで飯を食っているわけじゃない。影響力のあるインフルエンサー、αブロガーとはほど遠い。

それでもブログを続けている。

オリンピックで金メダル獲れるようなランナーではないが、走り続けてきた。それと同じことだ。

しかしそんなスタンスの私でも、ブログのページビューがすこしづつ増えていくのは、毎日の楽しみであった。

走るからには、速くなりたいもんね。楽に走りたいもんね。

PVが増えていくのを見るのは、サイトが成長しているような実感があった。

それがある日、理由もわからずに激減しているとガックリきてしまう。

執筆内容の水準が落ちてきたと自分で自覚できているのなら、まだ納得できる。

今までと同じサイトが、なぜ急に激減してしまうのだろうか。ひどいじゃないか、神さま。

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これはゲームだ。ブロガーのPVは、ゲーマーの点数みたいなもの

ブロガーがページビュー獲得に血道を上げるのは、ゲーマーがゲームの点数を競う感覚に近いと思う。

ゲームをするとき、点数にこだわらなくても楽しいけれど、点数を競うともっと楽しい。

ブログもページビューにこだわらなくても十分に楽しいけれど、PVをどんどん獲得できるようになると、もっと楽しい。

ブログ。これはゲームだ。

どうせプレイするなら、うまくゲームができるようになりたい。

28日からまた徐々にPVは上がって来ているが、23日の水準には到底もどってはいない。

いったいこの間に何があったのだろうか?

それを知ることは、ゲームの世界をよく知る事と同じだ。

google の規約違反で手動によるペナルティを受けるような根本的なミスは犯していない。

また検索語が「一時的な」「シーズンもの」ということはない。

かつて「大阪で万博が開催されることが決定された日」に、普段は全く読まれていない私の「つくば万博」の記事がメチャメチャ読まれたことがある。

万博という言葉がニュースに踊って、つくば万博のことを懐かしく思い出した人が検索したのであろう。

その後、つくば万博の記事はまた読まれなくなった。検索ワードが普段から読まれるようなものではないからである。

しかし私の記事の主力は「ホンダ車の赤い点滅」と「auWi-Fiのステータスが黄色点滅した場合」という点滅系の2サイトなのである。

ホンダやauが倒産したなら話しは別だが、急に77%もPVが激減するとは考えられない。

となると、君たちがいて僕がいる、間を取り持つ「検索エンジン」の評価が変わったのだとしか言いようがない。

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PVを稼いでくるのは、わずか数サイト。

ブログというのは100記事あって、それぞれが平均的にPVを稼いでくるというものではない。

PVを稼いでくるのは、わずか数サイトなのだ。

ほとんどの記事は、海に漂うゴミのように、誰にも読まれることなく、世を漂流している。

先の「つくば万博」の記事のように、誰かに読まれた記事は幸運なほうなのだ。

それも「私の記事が人を感動させるようなすばらしい内容だったから」読まれたわけではない。検索エンジンの「つくば万博」というワードが、たまたまひっかかったからというだけに過ぎない。

同じ「読まれた」でも、作家とブロガーは違う。作家の文章は「感動した」という評判で読まれるものだが、ブロガーの文章は検索エンジンに引っかかればとりあえずゴミでも読まれるのだ。

逆に言えば、ものすごく素晴らしい記事を書いても、ブロガーの記事は検索にヒットしなければ誰にも読まれない。

いい記事だからPVが増えるわけではない。すべては検索エンジン次第なのである。

当サイト『ドラクエ的な人生』は雑記ブログであるが、二本の柱がある。

地球一周以上走り、市民ランナーのグランドスラムを達成した「ランニング」。

一般の人よりも明らかに経験豊富で多くを語れる「放浪の旅」。

記事の数も「旅行」「マラソン」の記事が圧倒的に多い。筆者の文章に込めた思い入れも圧倒的である。

それにも関わらず読まれているのは「点滅系」のマラソン、旅行とは直接関係のない記事ばかりである。

ブログの運営としては「狙った記事」が検索上位を獲れないわけであるから、失敗サイトだともいえる。

一般に検索エンジンの1ページ目に表示されないと、ほとんど読まれることはないと言われている。

わざわざ検索2ページ目まで詳細チェックするのは、よほど詳しく知りたい人か、ヒマ人であろう。

1ページ目ということは、その検索ワードで全国トップ10に入らないと、人に読まれることはないというわけである。

これは相当に無理ゲーなのではないだろうか。

ランニング・マラソンならば「高橋尚子」や「小出義男」や「青山学院」のサイトにイチ市民のサイトが上位検索されることはほとんど不可能なのではないか。

旅行・放浪ならば「JTB」「楽天トラベル」や「旅の総合サイト」「沢木耕太郎」なんかにイチ市民のサイトが打ち勝って上位検索されることは、どう考えても難しそうである。

全国ベスト10を競うという無理ゲーが展開されているわけだが、「高橋尚子」が書いた記事ばかりが検索ベスト10を占めては困ったことになる。世の人は「野口みずき」や「金哲彦」の書いた記事も読んでみたいからだ。

それを「高橋尚子」の記事だけが占めては「何だこの検索エンジンは。使えないな」ってことになる。

だから検索エンジンも考えていて「一般的なワード」で検索した場合「一人一記事」的な力が働く。

そうでないと検索上位はすべてアルファブロガーの「イケダハヤト」「はあちゅう」の記事ばかりで埋め尽くされてしまうことになってしまうからだ。

しかしそうはなっていないのは「一人一記事」的なパワーが働いているせいである。

私のサイトがマラソンや旅行のことだけを書いているサイトだったら、いくら書いても検索上位にはヒットせず、誰にも読まれないサイトになっていたに違いない。

それがたまたま他の誰も書かない「ホンダ車の赤い点滅」と「auWi-Fiのステータスが黄色点滅した場合」という点滅系の2サイトが検索上位にヒットすることで、一部の同じ症状で困った人が読んでくれることになっているわけだ。

そのような検索エンジンの仕様には定期的な変更がある。

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検索エンジンには「入れ替え戦」がある。だからゲームが面白くなる

基本的に「古い記事は新しい記事に負ける」ようになっている。

みんなが知りたいことに答えるのが検索エンジンだから、windows95の古い記事よりはwindows10の新しい記事の方が検索上位に表示されるわけだ。

困った人は最新の情報を求めているのだから新しい記事が検索上位となる。

つまり検索には「入れ替え戦」があるってことだ。

誰でもブロガーははじめは閲覧0から始める。検索流入0だったところから検索上位を目指してゲームをプレイしてきた。

繰り返すがこれはゲームだ。

「新しい記事」だというパワーを借りて、古い記事に打ち勝ってすこしづつ検索上位になっていった。

自分が上に行くということは、誰かが下になるということである。

全国トップ10を狙うなら、椅子は10しかないのだ。

ところが新しかった自分の記事も、いつしか古くなる。それが新しい他の人の記事に勝てなくなる原因だ。

別に記事の質が下がったわけじゃない。たとえば「どう生きて、どう死ぬか」みたいな普遍的な内容の記事でも、作成日時で古い記事と判断されて、やがては新しい記事に負けるのだ。

これは仕方がない。自分もそうやって上位に躍り出たのだ。

今度は誰かがそうやって上位に躍り出ていくのだ。

入れ替え戦のさだめである。

その時、PVを稼いでいる数サイトが入れ替え戦で落ちると、全体としてPVが激減する。

これがPVが激減した原因だった。

新しい記事が、また大きくPVを稼ぐ記事に育ってくれればいいのだが、そう簡単ではない。

点滅系の記事なんて、狙った記事ではないからだ。たまたま生まれた末っ子のようなものである。

何の期待もしていなかった末っ子が稼ぎ頭になるのがブログの世界だ。

だからこのゲームは面白いともいえる。

そして立派に育てようとした愛する長子は、無名のままデジタルの海をただよっている。

サハラ砂漠で大ジャンプする著者
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このブログ著者の小説『結婚』
小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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このブログの著者の小説『片翼の翼』
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?
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小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?
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【この記事を書いている人】

アリクラハルト。走る哲学者。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。千葉県在住。

【この記事を書いている人】
アリクラハルト。走る哲学者。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。千葉県在住。
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