サマセット・モーム『淵』

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わたしの大好きな作家サマセット・モーム。新潮文庫に収録されている作品としては、とうとう『淵』が最後になってしまいました。もっと読みたい。

ここでは文豪サマセット・モームの『淵』の魅力に迫ります。この小説は『エドワード・バーナードの転落』と対になっています。

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『淵』は『エドワード・バーナードの転落』と対をなす作品

小説『エドワード・バーナードの転落』は三つのセリフに要約することができます。

「いつシカゴへ帰るんだ?」

「たぶんもう帰らないだろう」

「かわいそうな、エドワード」

約束の期日になっても、なぜタヒチから帰ってこないんだ、とシカゴ在住の白人の婚約者がエドワードを心配します。しかしエドワードはシカゴの都会の勤め人と演劇鑑賞というルーティーンの暮らしではなく、タヒチの海辺のココヤシを加工して夜空の星を眺めるのんびりとした暮らしを自ら選んだのでした。美しい白人のフィアンセではなく、現地の混血の娘と結婚することをえらびます。白人社会の成功とは違うものをエドワードは見つけてしまいました。「僕は成功しなかったと伝えてくれ。貧乏なだけでなく、貧乏にあまんじていると伝えてくれ。仕事をくびになったと伝えてくれ」そこまで言わなければわかってはもらえないと思いました。しかしそれでも「かわいそうな、エドワード」と、シカゴのフィアンセには理解はされなかったのでした。白人社会からみずからドロップアウトした白人の人生を描いています。

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『淵』あらすじ

教養も地位もあったローソンという白人男は、サモアで酔いどれに転落していた。書物や芝居を語れるほど教養のある男だったがサモアには話し相手さえいなかった。ロンドンに戻りたがっていたが、サモアの混血の娘に結婚していたのだった。銀行の支配人としてサモアに赴任してきたのだが、泉の淵で水浴びするエセルに恋をしてしまった。島の白人社会では、島の女と遊ぶことはあっても結婚なんてもってのほかだった。ローソンは白人女・白人社会から無視されてしまう。結婚当初は幸せだったが、サモアの親戚たちは遠慮なく居候のように同居して金づるにされてしまう。やがて色の黒い子供が生まれて衝撃を受けたローソンはロンドンにエセルと子どもを連れて帰ることにした。

しかしロンドン暮らしになじむことができないエセルは置手紙を残してサモアに帰ってしまう。愛しているとも名残惜しいとも書いていなかった。ただサヨナラと手紙には書いていなかった。ローソンは銀行を辞職してサモアへエセルを追いかけた。しかしエセルはもう白人男に対する敬意も尊敬も失ってしまっていた。銀行をやめたローソンは元の地位に戻れず、とうとうサモア人に使われる身分になってしまった。酒におぼれる。

卑屈になるローソンをますます嫌いになるエセル。エセルは白人男と浮気していた。それを突き止めたが返り討ちにされて、ボコされてしまう。サモアの女を愛しすぎたあまり、道を誤ってしまったローソン。そしてその愛も失ってしまった。エセルと知り合った泉の淵でローソンは自殺する。

※あらすじに対する考え方はこちら。

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南洋に同化しきれなかった白人男の悲劇

『淵』はひとことでいうならば「南洋に同化しきれなかった白人男の悲劇」です。『エドワード・バーナードの転落』が「南洋に同化しすぎて白人社会を捨ててしまった白人男の生き様」だったのとは対照的です。

わたしは『遊民主義』を唱え、積極的に「のんびりと人生を楽しむ生き方」をしています。書評『エドワード・バーナードの転落』でも、本作を激賞しています。それは今流行しているFIREムーブメントにも通じるものです。

それだけに『淵』を読んでギョッとしました。モームはこんな作品も書いていたのか、と。

たしかにわたしは書評『エドワード・バーナードの転落』で、エドワードのような生き方をするものは少数、ほとんどの人はシカゴに帰る、と書きました。その「ほとんどの人向け」の作品を残しておかないと片手落ちだとモームは考えたのでしょうか。

ローソンは、自分の子どもが真っ黒なのに衝撃を受けます。そしてサモア語でなければ会話もできないことに無力感を募らせていきます。

エドワードと違い、どうしてローソンは南洋に同化できなかったのでしょうか?

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現地に溶け込めなかった理由は「優越感」「昔の感情」

ローソンが南洋に同化できなかった最大の原因は、「優越感」だとわたしは思います。当時のサモアは白人だというだけで島の女をあてがってもらえるような白人優位世界でした。白人が地球の主人というような感覚でした。南洋の島々にもキリスト教文化を押しつけています。

またローソンは銀行の支配人として「金も地位もあるエスタブリッシュメントな白人」としてサモアに赴任してきています。「原住民は奉仕する人たち、自分は奉仕される側」だとあたりまえのように思い込んでいます。

ところがエセルに恋をしたことで、みずから下層階級に飛び込んでしまいました。自分は奉仕される側だという「昔の感情」が残っている限り、島では白人社会からも、原住民社会からも、はぐれものです。

そしてもっとも大切だった愛まで失って、とうとう自殺を選びます。

ローソンは、エセルを囲い女にしておくだけにしておけば、白人社会から仲間外れにされることもなく、地位を失うこともなく、原住民に尊敬されて、白人の威厳をたもってエセルの愛を失わずに済んだかもしれません。

囲い女・妾だったら、ずっと混血女エセルは白人男を「追う立場」「待つ立場」だったかもしれません。それが結婚したことでパワーバランスが変わってしまいました。

結婚って難しいものですね。

※この稿の作者の『結婚』を主題にした小説です。おすすめします。

ラヴァラヴァ一枚で笑いながら「僕は成功しなかったと伝えてくれ。貧乏なだけでなく、貧乏にあまんじていると伝えてくれ。仕事をくびになったと伝えてくれ」と堂々とシカゴの婚約者に言うことができたエドワード。

それに対してローソンは、肌の色の黒い男のもとで使われることを屈辱に感じて、酒で気持ちをまぎらわせるような男でした。

そこが「転落しなかったバーナード」と、転落してしまったローソンの差だったのだと思います。

※※他のサマセット・モーム作品についての書評も書いています。よかったらこちらもご覧ください。

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