遊民主義・ユーミン主義

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【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者アリクラハルトの旅する人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

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ここでは「放浪のバックパッカー」が、諸国をめぐってたどり着いた境地【ユーミン主義】(【遊民主義】)について書いたページです。

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遊民主義・ユーミン主義とは何か?

マレーシアのマラッカでのことです。わたしは公園や路肩に寝転がっている人たちをたくさん見てきました。そしてある日、スーツ姿のサラリーマンを見てギョッとしました。

なんでマラッカくんだりでこの人はスーツを着て仕事をしているんだろう。かわいそうに……。

なんだかスーツ姿のサラリーマンが、憐れむべき貧しい人に見えたのです。実際には公園に寝転がっている人よりも給料はたくさんもらっているんでしょうが、人生の豊かさとは貯金残高で決まるものでしょうか。

わたしは心から思いました。どっちになりたいかと聞かれたら、寝転がっている方だ、と。

この時の強烈な印象が、わたしの遊民主義を形づくっています。サラリーマン生活を貧者の生活と再定義し、遊んで暮らすものを豊かなものと考えるコペルニクス的価値転換を遊民主義・ユーミン主義と呼んで、啓蒙しています。

遊民の豊かさとは金銭的なものでは決してありません。しばりのない豊かな時間こそが遊民の宝ものです。

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日本のホームレスは東南アジアの遊民とどうして違うのか?

わたしはバックパッカーを「歩く人たち」と定義しています。ついでにホームレスを「長期間のキャンパー」ととらえて応援しています。

ホームレスというとイメージが悪いですが「ちょっとばかりキャンプ生活が長引いているだけだ」と物事を見る視点を変えれば、ちょっと楽しくなりませんか? 週末ごとにキャンプに行っている知り合いがいますが、彼なんか登山テント生活のホームレスを羨ましがるのではないでしょうか?

そして世界各地を放浪してきたバックパッカーのひとりとして、日本のホームレスが、何もしないで寝転がっている人「遊民」にどうしてなれないのか、検討しています。

路上がステージ・世界の路上生活者・オンザロード写真集

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放浪のバックパッカー≒登山家≒キャンパー

ここは隅田川の川べり。週末ともなるとたくさんのランナーが走っている場所です。私はここでウルトラマラソンの有名な選手が練習しているのを見たことがあります。

ウルトラマラソンの走り方『ばあちゃん走法』(内股高速ピッチ走法)
ウルトラマラソン完走走法『必殺・ばあちゃん走法』とは、女性ランナーのように内股で、おジイちゃんのように細かくピッチを刻むの内股ピッチ走法ことです。筋肉にダメージをあたえないことを最優先に、足を高く上げないように注意して走ります。

桜のシーズンにはたくさんの観光客が訪れる場所ですが、シーズンオフだったため、それほどの人はいませんでした。

お探しのページは見つかりませんでした。 | ドラクエ的な人生
人生恋歌

首都高速の下にブルーシートハウスが数軒並んでいました。ホームレスの仮の住まいでしょう。ほとんどの人が目をそむけて通り過ぎるであろうスポットに、わたしの目は釘付けになりました。「なんだかおもしろそうだ」と思ったんですね。

ホームレスの住居スペースだと思いますが、完全に登山用のテントもありました。なんともいえない同類のにおいがするのです。放浪のバックパッカーと同種の人たちという気がします。

ホームレスともいえますが、長期間のキャンパーといってもいいのではないでしょうか。

わたしは放浪のバックパッカーです。放浪のバックパッカーは登山家とほぼ同じです。歩くのが外国の市街地か、大自然の中かという違いはありますが「歩く人たち」であるという本質は同じです。

登山をするとほとんど山の上のキャンプなので、キャンプもやります。ほとんどすべての用具が流用できます。

バックパッカー≒登山家≒キャンパーという図式がなりたつのです。ここにホームレスも加えたらキャンパーの人たちから怒られますかね?

ホームレスというとイメージが悪いですが、ちょっとばかりキャンプ生活が長引いているだけだ、と物事を見る視点を変えれば、ちょっと楽しくなりませんか? 週末ごとにキャンプに行っている知り合いがいますが、彼なんかこの生活を羨ましがるのではないでしょうか?

フライシートを貼った登山用テントです。それ自体雨水対策がされてありますが、更に上には首都高速という大屋根があります。よほど横殴りの雨でない限りは雨の心配はいらないでしょう。むしろ心配は風の方でしょう。背面を守ってくれる壁が風の通り道をつくるから、むしろ風は強く吹くかもしれません。

しかしそれでもあえてこの場所をホームレスが選んでいるのは「蚊」だろうと思います。

蚊を絶滅させろ!【追記】
人以外で、人を一番殺している動物は蚊なのだそうです。直接殺すのではなくて、病気を媒介してですが、人類の天敵であることに変わりはありません。遺伝子操作で繁殖能力のない蚊をつくり、激減させることが可能だそうです。可能なら、なぜ今すぐやらないのでしょうか?

河川敷の橋の下のホームレス住宅(?)は藪の中にあることが多いものですが、あれでは蚊と同居するようなものです。叢は蚊の住み家ですから。

蚊は人類最悪の天敵
ドローンよりも高性能な静謐の飛行物体。それが蚊です。しかし人間の耳はそれ以上の進化をして、やつらの羽音を聞き分けてきました。しかしもうそろそろこの生存競争の進化合戦に最終決着をつけてもいい頃ではないでしょうか? 遺伝子工学など科学の鉄槌を人類の天敵に下し、奴らを駆逐してくれることを私は心から望んでいます。

草木が無くて風通しがよければ蚊はすくないはずです。叢という隠れ家もありませんので、蚊は風に飛ばされるはずです。アウトドアで蚊ほど不愉快な生き物はありません。かれらはそれを避けているのではないでしょうか。

台湾花蓮の蚊のホテル
蚊、蚊、蚊。何十匹も蚊がいます。どこから湧いて出てきたのでしょうか。壁に止まった2匹の蚊を左右の手で4匹同時に殺したのはこれが初めてです。宮本武蔵か、おれは? 
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車中泊≒ホームレス。寝るだけなら何の問題もない

わたしは車中泊もやります。車中泊≒ホームレスという図式も成り立つのではないでしょうか。するとこういう図式が成り立ちます。バックパッカー≒登山家≒キャンパー≒車中泊≒ホームレス。

家の中でずっと過ごすのは好きではありません。「アウトドア派なの?」と言われますが、そんなに単純なものでもありません。

この世界をリアルに感じて、充実した人生を生きたかったら、アウトドアはむしろ必然ではないかと思っています。

真実とは自然のこと。人が生きていく限り、アウトドアは必然
人は生き方を真剣に考えれば考えるほど、自然と向き合わざるを得ないのです。なぜなら人間は自然の中の一部だから。 自然と向き合うことなしに、真実を探すことなんてできません。なぜなら真実とは自然のことだからです。真実に人が生きることを追求するのならばアウトドアは必然だと思うのです。

自宅はぬるま湯です。ずっと自宅で暮らすのは、ずっとぬるま湯につかって生きているようなものです。

外敵の恐怖のようなものがないと脳に刺激が足りません。アウトドアは先祖が生きてきたのと同じ環境で暮らすことになり人間本来の古い力が覚醒します。

エジソン以前は電灯なんて世界になかった
2019年9月。台風15号が千葉県を襲った。被害を受けた方、お気の毒です。しかし「もう限界だ」とか「生きるか死ぬかの状況だ」とか軽々しく言うのは待ってもらいたいと思う。そんな最上級の形容詞を使ってしまったら、もっと大きな本当の危機がおとずれ...

そんなアウトドア目線からするとホームレスの生活を「一度ぐらいは体験してみたい」「ショートなら面白そう」と思ってしまったのでした。

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ホームレスの辛さは「やめたくてもやめられない」ところにある

ホームレスの辛さは「やめたくてもやめられない」というところにあるのではないでしょうか。実際ホームレスの暮らしは、短い期間ならばそれほど辛くないだろうと思います。だってキャンプしているのと同じだもの。

そのことをキャンパーとして、登山家として、自分の経験から想像することができるのです。お風呂やトイレなどが自宅内にない不便などをイメージすることができるのです。室内で立ち上がれない窮屈さは車中泊で経験しています。

ベトナム・ハノイの安宿に泊まったときには、夜中にバイクが轟音でホテル前を飛ばしまくって、まるで暴走族の集会の中で眠っているようでした。あのハノイの安宿にくらべたら、まだ墨田川のテントの方がずっと静かなはずです。

ホームレスの問題は「やめたくてもやめられない」ことでしょう。「いやになったらいつでも止められる」という条件なら「体験してみてもいい」とさえ思ってしまいました。いや、マジで(汗)。

本当のホームレスの人たちは、お金を稼がなければならないため、そっちの心配もしなければなりません。お金の心配をしなくてもいいというのは最高の精神安定剤となります。

この日本では「住所」がないと就職は難しいため、労働のわりに、たいして稼げないという仕事にしかありつけないかもしれないですよね?

このようにホームレスには「住む」以外の問題があります。金銭的な不安定は心も不安定にします。もちろんそれは辛いことでしょう。

しかし寝るだけなら何の問題もないと思いました。

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最貧国の貧者ですら楽しそうに見える

わたしはバックパッカーとしていろいろなものを見すぎてしまいました。もう日本のサラリーマンの価値観には戻れません。

カンボジアの湖上生活者とか。最貧国貧者ですが、それでもなんだか楽しそうでした。

短い期間で「やめたければやめられる」ならば、体験したいとさえ思いました。

長年バックパッカーを続けていると、どうもまともな生活には戻れそうにありません。

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遊民とは何か? ユーミン主義

放浪の旅人で東南アジア諸国を回っていると、何もしないで寝転がっている人「遊民」を少なからず見かけます。暖かいため、外の風がいい気持ちなのです。汚れたTシャツに短パン、そしてもちろんサンダルです。「サンダルは自由の象徴」なのです。

暖かいため、こういう生き方をしているのですね。自宅はあるのでしょうが、昼間はホームレスしています。仕事は……してるのかな? 夜の仕事をしている可能性はありますが、たぶん仕事もしていないんだと思います。

日本の冬は寒すぎて、外で寝転がっていては凍死してしまいます。だから家の中で暮らすことが常態となってしまいます。こうして「ぬるま湯」が普通になるのです。夏場も湿気が多く、外で過ごすのにいい季節ではありません。気候のせいで日本人は「ぬるま湯」の自宅に戻ってしまうのです。

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アリンコ・ジャパニーズ。外国のホームレスには、悲壮感がない

冬のあいだ家に閉じこもると思考がリセットされてしまいます。「ずっと寝転がってばかりいちゃいけない。働かなきゃ」と考え直してしまうのです。アリとキリギリスのアリンコのように。

寒くて貧しいから日本人は、遊びきれないのです。ホームレスになり切れないのです。遊民にはなり切れないのです。

気候が最大の要因だと思います。常春の南房総をハワイにできないのは冬があるせいでしょう。

諸外国には、ホームレスがたくさんいます。でもなんかみんな気楽そうで、日本のホームレスのような悲壮感がありません。熱帯雨林の常夏の国では、だらけきった思考がリセットされず、遊びきれるでしょう。思考がリセットされなければ、一生そのまま生きていけます。遊民になれるのです。

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遊民とは働かないでぶらぶらしたり寝転がったりしている人

東南アジアでは、スーツ姿で仕事をしている人が貧しく見えました。働かざるを得ないから働いている、という風に見えたのです。

それはそれは強烈な印象でした。

そして公園で寝転がっている遊民が実に豊かに見えたものでした。もちろん気候がいいからそう見えるのですが、別に働かなくてもいいから働かない、という感じです。どっちが豊かに見えたかは言うまでもありません。決まりきった時間に決まりきった場所に行って決まりきったことをしなければならないのは、一番貧しい生活なのかもしれません。

スーツ姿で仕事している人よりも、遊民の側に行きたいとわたしは熱望しました。

遊民の豊かさとは金銭的なものでは決してありません。しばりのない豊かな時間こそが遊民の宝ものです。

美しいもの、豊かなものは、天地が人にもたらしてくれるのです。

遊民の豊かさを知った者として、そういう豊かさを知らない日本人に、遊民の哲学を伝道することも、このブログの使命のひとつなのかもしれません。

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映画『タイタニック』は「お金持ちよりも、貧乏の方が人生楽しい」という映画

ひるがえって日本のホームレスが「遊民」に見えないのは、やはり気候の影響が大きいと感じます。冬のある日本でホームレスを「豊か」だなあ、とまでは思えません。悲惨なかわいそうな人に見えてしまう。

本質的には何も変わっていないというのに。

しかし遊民の豊かさを知るものとしては、どうにかしてこの文化を日本に輸入できないものかと思うのです。

わたしにとって映画『タイタニック』は「お金持ちよりも、貧乏の方が人生楽しい」という映画です。ヒロインのローズはお金持ちの暮らしにうんざりして死のうとしますが、貧乏人のジャックと知り合って、貧者の生活の中に人生の楽しみを知ったのでした。

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遊民になりたい。あの人たちがなれたんだ。わたしたちにだってなれるはずだ

わたしは遊民主義(ユーミン主義)を提唱していますが、わたしが遊民哲学を伝えようと伝えまいと、日本に冬は来ます。

寒さは強力で、人間の思考を変えてしまいます。暖房のためなら、人間は奴隷にだってなるでしょう。

そういうことがわかるのもわたしがアウトドアを経験してきたからです。

ホームレスの人たちも、それをわかっていると思います。わかっていても、どうにもできずにいるのでしょう。

人間は季節の奴隷だから。

こんなことをほざいていて、果たして放浪のバックパッカーは本当に社会復帰することができるのでしょうか?

……いや、別に社会復帰しなくてもいいか。それだけが唯一の生き方じゃない。なんなら一生、遊民として生きていくのもいい。

いやむしろ遊民になりたい。あの人たちがなれたんだ。わたしたちにだってなれるはずだ。

そういうことをわたしたち放浪のバックパッカーは見てきたのです。

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FIREファイア とユーミン主義は似た概念

※追記です。

最近、「FIRE(ファイア:Financial Independence, Retire Early)」という概念があることを知りました。

わたしが遊民主義を唱えだしたのは、ファイアムーブメントよりも古く、時代がわたしに追いついてきたという印象です。

FIREというのは Financial Independence, Retire Early 経済的に自立した早期リタイアという意味です。親のすねをかじるニートのような寄生獣ではなく、ちゃんと自活した上で、サラリーマン生活はリタイアするというムーブメントですね。投資運用などをして生きていく生き方だそうです。

わたしの遊民主義と、ファイアは、ひじょうに似ています。違うところといえば積極的に貧乏やアウトドアを楽しもうとしているところでしょうか。

FIREには「貧乏に陥らないようにする備え」のニオイがプンプンします。それに対して遊民主義はそんなものはケセラセラなのです。

FIREは「とにかく仕事を辞めたい」という動機の運動です。それに対して遊民主義は「しばりのない豊かな時間を遊んで暮らそう」という動機の行動のことです。

遊民の豊かさとは金銭的なものでは決してありません。しばりのない豊かな時間こそが遊民の宝ものです。

人生には『仕事を辞める』という選択肢があります。あなたも遊民になってみませんか?

人生を変えたいのならば、仕事を辞めるという選択肢がある。
団体バスの行き先がろくな場所ではないとわかったら、もうバスは降りてしまっていいのではないですか? 仕事を変えれば、生き方を変えることができますよ。 今は退職代行サービスや、転職エージェントがあなたのキャリアアップを助けてくれる時代です。
サハラ砂漠で大ジャンプする著者
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このブログ著者の小説『結婚』
小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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このブログの著者の小説『片翼の翼』
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
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Amazon.co.jp: 片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? eBook : アリクラハルト: 本
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?
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【この記事を書いている人】

アリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。
市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。
また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。
そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。
その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。
登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。

【この記事を書いている人】
瞑想ランニング(地球二周目)をしながら心に浮かんできたコラムをブログに書き綴っているランナー・ブロガーのアリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。 市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。 また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。 そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。 その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。 登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。
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