物語のあらすじを紹介することについて

漫画-映画-アニメ-書物
スポンサーリンク

どうもハルトです。みなさん今日も楽しい旅を続けていますか?

スポンサーリンク

書評に対する基本スタンス

本ブログでは書評についての稿をじゃんじゃん書いていきたいと思っている。とくに文学作品については、読書へと誘うイントロダクションとしてガイド的な稿を充実させていきたい。

私はものごとを単純化するのが得意だ。それは人に「簡潔に」「要点を」紹介できるということである。大切なことが何なのか、はっきりと言うことができるということである。

そのために文学作品ではあらすじを紹介することをおそれない。ネットの世界では「ネタばれ」としてタブー視されることもある粗筋紹介であるが、私のあらすじ紹介に関する基本的なスタンスを表明しておきたい。

スポンサーリンク

読まれなければ意味がない

たとえば文学史上最高峰とされる『カラマーゾフの兄弟』であるが、通して読んだことのある人がどれぐらいいるだろうか? 名前は知っているが、読んだことはないという人がほとんどではないだろうか。

読まれない理由は、私に言わせれば簡単である。

答えは「面白くないから」

ではどうして面白くないのか。

それは「事件」があまり起きないからである。

冒頭から恋人が殺されて主人公が復讐に燃えるサスペンス小説を読みなれている読者からすると、文学作品はあまりにも「何も起きない」のだ。

冗漫な描写が延々と続いている気がしてしかたがない。やがて本を放り出してしまう。

「小説なんてつまらない」「おれには文学なんてわからん」「ゲームやってた方がいいや」

ということになる。文学作品は、時間に追われた忙しい人間の読むものではないのだ。

永遠とも思えるような時間の中で、国を変え姿を変えて現れる「人間というものの姿」を、探求するのが文学である。だから学問の分野なのだ。

時間をかけて、ゆっくりと読むのが文学なのだ。

スポンサーリンク

文学作品は若いうちに読むべきだ

本当は老後の趣味に向いているのだが、人生、そうはうまくいかない。

老眼という問題がある。年をとると小さい字が霞んで読めなくなる。本を読むなら若いうちのほうがいい。時間はないのだ。

読書するなら若い方がいい理由はほかにもある。若さとは脳みそが柔軟であるということだ。年をとると自分の生き方とは違う価値観が受け入れられなくなる。

滅私奉公のサラリーマン生活を尾羽打ち枯らすまで続けた老人が、貴族文学や、ヒッピー文学を心から受け入れることは不可能だろう。それは自分の人生を否定するのと同じことだから。

それぐらいなら「その文学」を否定してしまう方が簡単だ。それで自分の生きてきたことのプライドを守ることができるのだから。

やはり年を取ると文学は読めないのだ。

たとえ脳みそが柔らかい人でも、違う未来を描くだけの先(時間)がないと、結局、自分を肯定する思想は受け入れるが、自分の生き方とは違う価値観は否定してかかるしかない。

スポンサーリンク

未来があるということが、どれほどすばらしいことか

若者がどんな価値観でも吸収することができるのは、これからどんな生き方でもできるからだ。どんな生き方が描かれていても、自分もその生き方を選ぶことができるからである。

作品に描かれているのは「未来の自分」だといっていい。その生き方を自分が選ぶのならば。

また文学が学問である以上、頭を使う。しかしあまり年を取ると難しいことが理解できなくなる。残念ながら人間はピークを過ぎると能力は衰えていくものなのだ。

やはり学問というものは若いうちに学んで、世のため、自分の未来のために役に立てていくべきものなのだ。

スポンサーリンク

あらすじは地図のようなもの

さて、では冗漫で刺激の少ない文学作品を、刺激を求めてさすらう若者が読むためには、どうすればいいだろうか。

そこで登場するのが「あらすじ」である。文学作品は物語的な面白さなんかまるで追求していない場合もある。それよりも「こころ」である場合が多い。桃太郎が鬼を退治したというサクセス・ストーリーそのものではなくて、桃太郎が鬼を斬ったときにどんな感情がよぎったのか、とか、桃から生まれたことのアイデンティティの不在をどう解消したのかとか、育ての親に対する恩愛の情とか、そういうことが文学作品の核心であることが多い。

それには詳細(ディテイル)を読むしかない。あらすじは文学の理解を助けこそすれ邪魔しないのだ。

「あらすじ」を最初に読んで大きな流れを頭に入れれば、自分が全体の中でどこにいるのかわかるのだ。あらすじは地図のようなものである。

全体の中で自分がどこにいるか把握していれば、道に迷うこともない。

あらすじで把握したその場所、状況の中で、作者が何を訴えたかったのか。

それを追求することが、読書という冒険、旅になる。

おそらく名作と呼ばれる作品ほど人間の深淵を描いていることであろう。

同じ恋でも、恋人の幸せのために身を引く恋もあれば、破滅に向かう恋もある。

文学者は言葉の達人、表現の名人である。

文学にはあなたが感じたけれどうまく言葉にできなかった思いが表現されているはずだ。

スポンサーリンク

「あなた」を知ることができる文学

文学にはあなたが気づけなかった感情が描かれていて、それを発見し、それに触発されることもあるだろう。

その淵源の感情を追体験することも文学の目的だから、あらすじに文学の本当の味はないのである。

旅先の市場や路上を歩くことと、地図を眺めることは全然違う。

読書という冒険のおもしろさはディテイルにこそある。

あらすじで把握した状況の中で、感じた「あなたの思い」と「作者の思い」が違っていれば、それが「あなたの個性」だ。

目の付け所が違うかもしれない。胸をよぎる感情が違うかもしれない。

それが「あなた」なのである。そういうことも文学作品からは知ることができる。

あらすじを読んで面白そうと思ったら、その文学作品を手に取って読んでみるといい。

そのためのガイダンスが私にできればさいわいである。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

~~このサイトについて~~

比叡山の大阿闍梨(千日回峰行者)様を超える生涯走行距離の中で走りながら感じたことをサブスリーランナーが綴るコラム。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

プロフィール


サンダルマン・ハルト。雑誌『ランナーズ』等に執筆歴のあるライター。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。サブスリーランナー。グランドスラムの達成者(100kmサブテン。富士登山競争登頂)。スイス・ブライトホルン。マレーシア・キナバル山。台湾・玉山ニイタカヤマ。南アルプス全山縦走など登山歴も豊富。キャンプ・車中泊マニア。アウトドア派の放浪の旅人。現在、仮想地球一周ランニング中。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

ツイートしています。見てね!
精一杯でいいから走ろう


オートキャンプランキング
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

仮想世界一周ランニング旅に挑戦中。応援おねがいします
漫画-映画-アニメ-書物
スポンサーリンク
sandalsmanをフォローする
ドラクエ的な人生
タイトルとURLをコピーしました