『月と六ペンス』サマセット・モーム

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どうもハルトです。みなさん今日も楽しい旅を続けていますか?

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作家にあるのは書き上げた解放感だけ

イロハ「そういえば、飛行機の中でずっと本を読んでいたね。eBook(kindle)で読めば荷物が軽くなるのに。そういうところがコンサバ系バックパッカーのハルトらしいけど。何を読んでいたの?」

ハルト「サマセット・モームの『月と六ペンス』。超名作だ」

イロハ「かつては世界中で読まれた大ベストセラーだったとか。。。どうして急に読もうと思ったの?」

ハルト「マラッカといえば夕日。夕日といえばサマセットでしょ!」

イロハ「そりゃ、サンセットだろ!」

ハルト「読むのはもちろんはじめてじゃない。おれにとっては忘れられない名作のひとつなんだ」

イロハ「へえ。どういうところが?」

ハルト「画家の主人公ストリックランドは、不治の病に失明しながら、タヒチの白木の家の壁一面に『秘められた自然の深みにわけ入り、美しくも恐ろしい、知ってはならない秘密を探し当てたような傑作』を描きあげるんだ。『雄大で冷淡、美しく残酷な大自然への賛歌のような、黒魔術を思わせるような原始的で、恐ろしい絵』を死の直前まで描き続けて、描きあげて、死ぬ。

問題はその後だ。ストリックランドは、傑作だと自分でわかっている、自分の人生のすべてといってもいい生涯最後の大壁画を、ほかの誰にも見せることなく、自分の意思で焼いて無にかえしてしまうんだ。生涯の苦痛も、すべてはこの絵のためにあったというのに」

イロハ「手塚治虫先生の『ブラック・ジャック』にも似たようなキャラクターが出てくるね」

ハルト「おそらく同じ人物だろう。ストリックランドは実在の画家ポール・ゴーギャンにインスパイアされて描かれているんだけど、この壁画に相当するのは『我々はどこから来たのか。我々は何者か。我々はどこへ行くのか』に違いない。ボストンマラソン前日に、わざわざこの絵を見るためにボストン美術館に行ったのも『月と六ペンス』を読んでいたからなんだよ」

イロハ「私も大塚美術館で見たよ! あそこは世界で二番目にすばらしい美術館だよね!」

ハルト「激しく同意(もちろん1番はルーブルだ)! 関東から遠くて頻繁に行けないのが本当に残念だ」

イロハ「でもどうしてストリックランドは傑作を灰にしちゃったのかな。もったいない」

ハルト「作者らしき語り手が、小説の中で『作家にあるのは書き上げた解放感だけ。自分の楽しみのために物語を書くのであって、ほかの目的をもって小説を書こうとする者がいれば、それが大ばか者だ』と書いているから、ストリックランドも人生の目的を果たして満足して死んでいったという解釈が一般的なんだけれど、おれはすこし違った感想をもっているんだ」

イロハ「へえ。それはどんな?」

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傑作が燃えて灰になっても、すばらしい世界は今も目の前にある

ハルト「ストリックランドは大自然とか世界にインスパイアされて傑作を書き上げたけれど、彼の傑作がなくなっても、傑作を生みだした母体である自然や人間世界はまだ残っているから」

イロハ「オリジナルがある限り、傑作はまた再現されるってこと? 他の人がその人の人生の中で、悩み苦しむ中から、自然や世界から何かを得て、彼なりの傑作をまた描き上げるだろうってこと?」

ハルト「そういうこと。ストリックランドはすばらしいものは自分の絵ではなく、オリジナルである世界そのものだと考えていたから、絵の方は燃やしてもよかったんじゃないのかな。絵は世界を鏡に映しただけに過ぎないから」

イロハ「作品は宇宙の偉大さを映し出したに過ぎず、燃えてなくなっても、世界がある限り、何ら損なわれるものはない、ってことかな?」

ハルト「そういうこと。だから『画家にあるのは描き上げた解放感だけ。自分の楽しみのために絵を描くのであって、ほかの目的をもって絵を描こうとする者がいれば、それが大ばか者だ』って話になるんじゃないかな。

ストリックランドの絵は、いつかどこかでまた再現されるよ。誰かの手によって。

だってすばらしい世界は今も目の前にあるのだから」

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プロフィール


温人ハルト。雑誌『ランナーズ』等に執筆歴のある物書き。サブスリーランナー。グランドスラム達成者(100kmサブテン。富士登山競争登頂)。スイス・ブライトホルン。台湾・玉山。南アルプス全山縦走など登山歴も豊富。キャンプ・車中泊マニア。西天取経の旅人

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はたして放浪のバックパッカーは社会復帰できるのか!? 自由と社会との折り合いを模索するブログです。

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