アバター3の低評価。走れる歓び、飛べる歓喜。大切なものが日常に溶けこみ描かれなくなった

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『ドラクエ的な人生』とは?

心の放浪者アリクラハルトの人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

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アバター3の低評価。走れるという歓びがあたりまえのものになっている

もうすぐ映画館での上映が終わるというので、駆け込みで『アバター3 ファイアー&アッシュ』を3D映像で見てきました。そりゃあ映像は綺麗だったのですが、どうにもストーリーには物足りなさを感じました。結局、アメリカ映画にありがちな家族、大事」「サークル・オブ・ライフ、大事」というテーマで説明できるものだったからです。

パート3に比べるとパート1には感動がありました。

サム・ワーシントンの演じるジェイク・サリーは、半身不随の海兵隊員でした。彼は歩けませんでした。車いす生活者でした。しかしアバターに乗り移っているときには、自分の足で立ち上がって歩けるのです。その瞬間はファースト・アバターの最大の見せ場でした。はじめてアバターに乗りうつる映画の大ネタに係るシーンであったことに加えて、やはり主役の感動が観客にひしひしと伝わってきたからです。もう一度自分の足で歩ける歓びにサリーは笑いがとまりません。そしてとうとう彼は走り出します。もう一度走れる歓びを感じて、ジェイクのはじめてのアバター体験は大成功でした。

もうこの時点で、ジェイクは、車いすの現実よりも、走り回れるアバター暮らしの方を選んだといってもいいでしょう。その感動がファースト・アバターのキモだったのですが、パート3ではもう歩けること走れることがあたりまえのことになっていて、何の感動も呼び起こさないのです。

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・あなたはもっとも自分がインスピレーションを感じた「イメージを伝える言葉」を自分の胸に抱いて練習すればいいのです。最高の表現は「あなた」自身が見つけることです。あなたの経験に裏打ちされた、あなたの表現ほど、あなたにとってふさわしい言葉は他にありません。

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鳥に生まれ変わる体験。自分で飛ぶのは飛行機に乗るよりも楽しい

その後、アフリカをほうふつとさせる異星パンドラで、現地人と恋をして、その国の文化を愛し、自然を愛して、アメリカ的な資本主義社会(自分の母国)を裏切って、ジェイク・サリーは戦うことになります。

惑星パンドラ(アバター世界)でジェイクは飛竜に乗って飛ぶことができました。竜のからだを自分のもののように感じて飛ぶことができたのです。これは楽しいに決まっています。鳥に生まれ変わったような体験ですから。はじめて飛んだ時、やはりジェイクは笑いが止まりませんでした。飛行機の座席に座って空を飛ぶのとは大違いです。

生まれ変わるなら何がいい?

自分で飛ぶのは飛行機に乗るよりも楽しいに決まっています。どっちを選ぶかと言われたら、私だってアバター世界を選ぶよな、という圧倒的な説得力がファースト・アバターにはありました。

だからジェイク・サリーは戦います。「自分が走り回れる世界を選ぶ」「飛竜で飛べる楽しい世界を選ぶ」という自分勝手さが理由の中に確実にあったはずです。こんな理由で母国を裏切る戦士の話しなんて、これまでに聞いたことがありません。だからファースト・アバターは名作だったのです。

しかしアバター3だと、母国と戦う理由が、「家族が大事」「命の循環が大事」だから、というアメリカ映画にありふれた理由で戦っているようにしか見えません。これまでその理由で戦う戦士は飽きるほど見てきました。それがアバター3がイマイチな理由です。

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自分が走り回れる世界を選ぶ。それが自由を選ぶってことさ

車いす生活者のジェイク・サリーが、本体よりもアバターを選んだのは、自分の足で走れ回れる快楽からだと私は理解しています。

しかしパート3になると、もうその自分の二本の足で走れ回れる歓びなどどこにもありません。

はじめてあじわった飛竜に乗って飛ぶ飛翔感の快楽のようなものも、まるで描かれていません。

それらはもうあたりまえのこととして、コモディティー化してしまいました。

部族の一因だから部族を守る、とか、家長だから家族を守る、とか、そういった聖人君子のような理由でなく、もっと単純に自分が走り回れる世界を選ぶ、自由に空を飛べる世界を選ぶといった理由で戦ってくれた方が、斬新だし、説得力があります。だってそれが自由を選ぶってことですから。

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