令和最初の日。文豪だって汎用性のある文章なんて書けない

旅行-車中泊-温泉-アウトドア
スポンサーリンク
スポンサーリンク

令和元年5月1日(水)令和よ、こんにちわ

桜を追いかけて車中泊大遠征も6日目になります。雨の東北です。平成最後の夕陽も見らせませんでしたが、令和最初の朝日も雨のため眺めることはできませんでした。

この旅恒例の5時半出発です。本州最北端の大間を目指す途中、とうとう全国レベルの桜の名所の前を偶然通りかかりました。

スポンサーリンク

芦野公園。とうとう桜前線に追いつく

県立芦野公園。日本の桜100選にも選ばれており、昨日も車内の全国テレビで見たばかりです。ゴールデンウィークの各地の込み具合を中継した全国版で「桜祭り」真っ最中の込み具合だと放送されていました。

テレビで見たときは満開の桜で大混雑だったのですが、まだ6時すぎです。ほとんど人はおらず、昼間は有料でも大混雑する駐車場に大雑把に車を止めます。他に誰もいません。

満開です。旅の途中、これまでに桜は何百本と見てきました。満開の桜もあり、散った桜もありました。同じ地域でも咲いている桜と散っている桜があり、関東の「一斉に咲いて一斉に散る」イメージはいかにも地域限定の感受性なのだと知りました。

だから「桜前線においついたなあ」という実感はなかったのです。しかし芦野公園でやっと桜前線に追いついたと実感できました。ぽつぽつ咲いている桜はいくらでもありましたが、ついに全国レベルの桜祭りの会場です。関東では半月前に終了している桜まつりが今花盛りです。満開です。

花盛りの公園

芦野公園の桜はまさに満開でした。昨日テレビでやっていたのは、満開の桜のトンネルを電車が通る写真がインスタ映えするという内容でした。これほど桜と電車が近いのは「全国でも珍しい」と撮り鉄さんが喋っていたのですが、しばらく待っていると電車の音がします。

ラッキーでした。タイミングよく電車が来てくれたのでほとんど待たずに桜トンネルを獲ることができました。駅舎には撮り鉄さんが沢山います。

アッラーアクバル、アッラーアクバル。このポーズはとても気持ちがいい。やってみなはれ

撮り鉄の凄い格好。アッラーの神に祈りを捧げるポーズと同じです。

桜を追いかけて車中泊・東北大遠征の旅も、どうやら目的を達成することができたようです。

スポンサーリンク

斜陽。人間は、恋と革命のために生まれて来たのだ。

車中泊の旅に目的地はありません。なぜならどこにでも寝ることができるからです。それがホテルの旅との大きな違いではないかと思います。

ホテル旅行の場合は寝る場所を決まっています。夜にはそこにいなければなりません。なので目的地を決めて、目的地付近の宿をとり、すべては最終目的地から逆算して旅のプランをつくります。いわば出発前に「おおよそどこに行くかもうわかっている」旅になるわけです。宿の都合上、大きく方向転換するわけにはいきません。

ところが車中泊はどちらかといえば「ふらっと世界一周してくる」バックパッカースタイルの旅に近いと思います。世界一周バックパッカーは三か月後の今日、どこの国のどこの町で何をしているかなんて想像することもできません。出発前には想像もしていなかった国にいる場合もあるでしょう。そういう偶然の出会いに身をまかせるのが楽しいのです。

車中泊の旅もそれに近いものがあります。ざっと「本州最北端の大間でマグロを食べて帰る」と目標を立てましたが、イレギュラーな出会いは沢山ありました。白瀬南極探検隊記念館チェスボロー号遭難慰霊碑などは出発する前には想像もしていなかった場所です。

今日もまた二つの大きな偶然の出会いがありました。

ひとつ目はこちら。太宰治の生家、斜陽館です。

共産主義者なのに実家は大資本家の太宰治

学生時代に何冊か読んだっけなあ太宰治。津軽ではいまでも太宰はスターです。ユーミンのCDが懐メロコーナーに収蔵されていくっていうのに、いまだに忘れられていないっていうのはもの凄いことです。

狙って行ったわけではなく、通っていたらたまたま出会う。偶然の出会いというのは『運命』な感じがします。こうして太宰と再会したのも何かの運命かもしれません。これを機会にいつか読み直してみたいと思います。いつ読むか? 退職後でしょう! 今は無理……

太宰治記念館「斜陽館」 - 太宰ミュージアム
Myルートガイドとは行ってみたい観光スポットをナビつきで道案内してくれるサービスです。自動車での運転ルート・距離・移動時間がわかります。ルートの周辺の寄り道スポットも調べることができ、満喫できる旅行プランができること間違いなしです!ぜひご活用ください!!

人間は、恋と革命のために生まれて来たのだ。

スポンサーリンク

縄文遺跡の泰斗。三内丸山遺跡。縄文文化は世界遺産登録間違いない

三内丸山遺跡も大間を目指す途中で偶然に出会った遺跡でした。五所川原から青森を経由して下北半島に向かう途中、青看板に「三内丸山」という表記を見つけて、思い切ってハンドルをそちらに切ったものです。初日の新潟県立歴史博物館で縄文文化のジオラマを見ているので、ちょっと面白そうかなと思ったものでした。

行ってみて驚きました。これは凄い。文字が残っていないのが惜しいところですが、ほぼ世界遺産登録間違いないと思いました。

私の世界遺産の登録予測はよく外れます。世界の凄い一級遺跡を見すぎてきたせいで「こんなもの」と低く見ていたものがよく登録されるので、予想が外れてしまうのです。世界遺産は超級、A級、B級ぐらいに分けて登録すべきではないでしょうか。私のいう世界遺産というのは「超級」のみを差します。「超級」というのは、アブシンベル神殿や、ミラノ大聖堂や、ペトラ遺跡や、万里の長城などを差して言います。それに比べると国立西洋美術館などは「B級」です。感動がないもの。歴史的な意義とか言葉で説明されてようやく納得できるレベルのものです。

しかし、しかーし。この縄文遺跡は間違いなく世界遺産に登録されると思います。しかも「超級」で。文字が残っていないのが残念ですが、世界五大遺産に入れてもいいくらいのものだと思います。

スポンサーリンク

縄文文化はキャンパー向き。明日からでも始められそうだから

車中泊賊というのはオートキャンパーの一種です。テントに寝るか車に寝るかぐらいの違いしかなく、本質的にはキャンパーなのです。キャンパーというのは「大自然の中、限られた文明の利器のみを使用して不便さの中で生活することを楽しむ人たち」と定義することができます。あれ? これって縄文人と同じじゃね??

縄文ポシェット。ごみ場に捨てられていたもの。よく残ったなあ

釣り針とか縫い針とか生活感あふれる遺物がたくさん掘り出されています。縄文人の生活はキャンパーが明日からでも始められそうなものなので見ていてワクワクしてきます。実際、縄文ポシェットをつくろう体験コーナーなどもあります。縄文ポシェット、作り方さえ教わればそんなに難しくありません。しょせんは縄文人が手でつくったものです。そういうところがアウトドア派のキャンパーを刺激するんだよなあ。大好き縄文文化。

これが弥生文化だと稲作の展示がメインになってきますので、キャンパーが明日からでも始められるというわけにはいきません。土地はどうするのか。道具はどうするのか。収穫という成果がでるのは半年後です。稲作文化が村社会と指導者をつくったと言われているぐらいです。集団で協力して行っていくのが稲作であり、稲作というのは放浪のバックパッカーが背を向けようとする文化そのものなのです。

弥生文化は西に。縄文文化は東に。いいね。東北。

ピラミッドはカイロの街のすぐそばにあるのですが、意外なことに三内丸山遺跡も青森市のすぐそばにあります。遺跡は県営野球場を建設する予定地だったのだとか。青森市民が簡単に行けるような場所にあるのです。ところが、建築前の発掘調査により想像以上の大遺跡であることがわかり、野球場や都市計画道路など一切を中止したということです。当時の首長さんの大英断でしたね。野球場は他の場所でも作れますが、世界遺産間違いなしの三内丸山遺跡はここにしかありません。六本柱建物や大型竪穴式住居など、復元建物がたくさんあるところも評価できます。やっぱり現在生きている人間には遺構(穴)だけ見せられたって面白くありませんから。想像による再現だということですが、いいんです。それで。

むしろ原始の祭祀(お祭り)も再現したらいいんじゃないかと思います。

男鹿真山伝承館で毎日なまはげを見せているように扮装する専門の役者を雇って。

晴れた夏の月夜に、縄文料理と縄文酒だけで縄文の衣装を着てお祭りを再現すれば観光客が入りきらないほど人気になること間違いありません。それが歴史ロマンというものです。

青森には「ねぶた祭り」しか行ったことがないという人は、三内丸山遺跡にも行くことを強力におすすめいたします。将来、世界遺産登録される前に。今なら空いていますよ。

ようこそ三内丸山遺跡
縄文時代の「ムラ」を体験しよう! 三内丸山遺跡は、江戸時代から知られている有名な遺跡です。 平成4年(1992年)から始まった発掘調査では、縄文時代前期~中期(紀元前約3,900~2,200年 現在か...
スポンサーリンク

季節感が狂う車中泊大遠征。日本語で文章を書くのって難しい

下北沢半島に向かう。途中、横浜町という中華街がありそうな名前の町を通った。道の駅よこはま「菜の花プラザ」というところで小休止。トイレを済ませ、食事をしていると、びっくりするようなポスターに出会った。

下北半島横浜町は本州一の菜の花の面積を誇るのだという。こちとら菜の花のメッカ千葉県から来ているのだ。なぜかライバル心がむくむくと頭をもたげる(笑)。それでポスターをよく読んでみると

「菜の花フェスティバルinよこはまは5月18、19日に開催」だと書いてある。今日は5月1日。令和最初の日だ。まだ先か。なんだ、見られないじゃないか、残念。

えっ? ……何かおかしくないか?

ええっ? おれはとんでもないことに気づいてしまった。

ええええ? なんだと? わかりますか? おれの驚きが。

千葉では菜の花は桜の花よりも先に咲きます。3月が盛り。桜のピンク色は菜の花の黄色を見た後なのが千葉県です。

ところが下北半島ではどうでしょうか。桜はすっかり咲いているというのに、まだ菜の花が満開じゃないってドウイウコト? 5月の第3週に菜の花は満開だという。もうその頃には桜は散っちゃってるじゃん。下北では桜のあとに菜の花なのか。カルチャーショックだ。

こう考えると昔の園芸ライターの人はたいへんだっただろうなあ、と思う。日本全国で場所によって開花シーズンが違うんだから。播種とか収穫の時期が全国一律には書けないってことだもんな。全国版として書籍化するのは難しかっただろうなあ。コンピューターのハウツー記事でも同じだが、読者の汎用性を高めようとすればするほど記事はわかりにくくなるものなのである。場合分けという迷路に迷い込んでしまうからね。

私のブログもいちおう日本全国誰でも読めます。実際は全世界の誰でも見られるが日本語で書いてあるからスペイン人でこのブログを読む人はいない。それでもこの記事を読んでいる人はもしかして青森県の人かもしれないし、沖縄県の人かもしれない。最北の地・大間まで車中泊大遠征なんて称しているが、岩手県の人から見ればそこらへんの近場だ。決して大遠征などではない。

そういうことは頭の片隅には置いておきたいと思う。外国の記事を書くときはあまり気にしないで済むが、国内の記事を書くときは難しいなあ。遙か彼方のサハラ砂漠と日本語で書いても問題ないけど、鳥取砂丘を遙か彼方と書くのは千葉県人には通用しても鳥取県人には通用しない表現である。

文章を書くのって難しいね。太宰治先生。

もしかして人は汎用性のある文章なんて書けないのかもしれない。だから太宰治は津軽の人間で、その時代の津軽人の感受性で文章を書いているのだろう。そのスタンスを前提にしなければ、きっと文豪だって文章なんて書けやしないのだろうとおれは思う。

あくまでもこのブログは千葉県の人が千葉県っぽい感受性で書いています。

スポンサーリンク

日本三大霊山・恐山

日本三大渓谷のひとつ清津峡が大当たりだったので、今度は日本三霊場のひとつ恐山に寄ることにした。

恐山。名前は凄いが、恐れるほどのことはない。山というか川原でありサンダルでも行ける。上高地の焼岳など本当の活火山を登山してきた者にとっては箱庭みたいで物足りないところだ。この辺の事情は鹿島神宮が南アルプスに比べると物足りないと言うようなものであるから個人の感受性の問題である。基本的に宗教施設という認識で訪問していないから、なんだろうな。やっぱり。

さほど地獄でもない地獄。サンダルで行ける

おれは修験道の修験者は昔の登山者だという認識だから。

死者が乗り移って喋るというので有名な「イタコ」も常時やっているわけではない。ただし硫化水素の臭いはキツイ。

スポンサーリンク

薬研温泉かっぱの湯。ぬるめで長風呂できる名湯

恐山を後にして本州最北端・大間を目指す。大間で温泉は期待できないと想像したので山の中で温泉を探すと近くに薬研温泉というのがあった。

途中でカモシカに会う。カモシカはシカではなくウシである。

薬研温泉「かっぱの湯」というのは恐山を開山した慈覚大師円仁さんが発見した温泉らしい。

この円仁さんというのは松島瑞巌寺山寺・立石寺なども開山している空海さんクラスのスーパー僧ですな。旅が好きだったんだろうなあ、と思う。どうやら中国(唐)にも行っているようだ。私たちの大大代先輩だなあ。

カッパ・ダンシング

「かっぱの湯」は男女入れ替え制の無料露天風呂と、奥薬研温泉「夫婦かっぱの湯」とがある。「かっぱの湯」は川沿いの露天風呂で、ぬるくていい温泉であった。長風呂したいところだが、男女入れ替え制のためカップルではどちらかしか入れない。パートナーを待たせて長風呂できる人はいいだろう。私は汗を流しただけでそそくさと出ました。イロハが待ってるからね。

夫婦かっぱの湯ではなぜかカッパが踊っている。「かっぱの湯」と「夫婦かっぱの湯」を同一視したためにイロハのみ入浴。私は「かっぱの湯」で済ませてしまった。

スポンサーリンク

日本最北端・大間崎に到着

本州最北端の大間に向かう。ゴールデンウィークでマグロが食べ尽くされてなければいいが。それだけが唯一の心配である。

それだけが? いやそれだけではない。そもそも日本最北端の地に暗くなってからマグロを食べさせるようなお店があるかどうか? 根本的な不安があることは確かだ。

かつて富山県の氷見市で名物「ひみブリ」を食べようとしたら、全く食べられなかった。いいブリはすべて東京・築地送りだと聞いた。地元の漁師にとって、いい魚は外貨(現金)を稼ぐための手段だからやむを得ない。江戸時代の昔に「いいもの」を食べたければ、その地に行かなければ食べられなかったが、保存と流通の発達した現代ではそうではない。いいものは大阪や東京に送られてしまい、地元には残っていないことがある。

大間のまぐろもそういうことになっていなければいいが。。。不安だ。

日が沈む前に本州最北端、大間岬に到着。この本州最北端にロードバイクで来ていた男の子がいたので愛車と一緒に写真を撮ってあげた。おれも自転車に乗るのでその大変さが手に取るようにわかる。埼玉の子だったが、走り始めたのは盛岡からだと聞いた。大宮から盛岡までは輪行したのであろう。盛岡から大間まではテント一式をロードバイクにくくりつけての旅である。車中泊と違ってテント泊は泊まる場所を選ぶのが難しい。道の駅で寝るにもテントは結構目立つし「キャンプ禁止」と書いてあると難しい。その子は有料キャンプ場に泊まったと言う。そこならテント設営して問題ないが、問題はキャンプ場って高いんだよな。とくに設備が整ったオートキャンプ場などは一泊の価格がロードバイクのチューブが4本ぐらい買える値段だったりする。金をかけないための自転車旅行なのに、これではお金がかかりすぎる。

ロードバイクでよく来たなあ。たいへんさが手に取るようにわかった

恐山から大間のあたりはほぼ車泊賊ばかりでした。こんなに遠方には賊じゃないと来られないもんなあと納得です。車中泊以外の人が大間に来ても、そもそも宿泊施設がありません。

大間崎の前にはお土産屋はあるが、マグロを食べさせる店はもうすでに閉まっていました。

スマホで「居酒屋」という名前の付くお店を探してそこで夕食をとる。そこでマグロを注文すれば、それは大間のマグロである。魚沼の米がすべて魚沼産コシヒカリであるように。

大間のマグロも食べられた

こうして令和初日に極北の地にたどり着くことができました、白瀬隊長!

大間の海岸ぎわの無料駐車場にて宿泊。

よろしく令和ピリオド

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

~~このサイトについて~~

比叡山の大阿闍梨(千日回峰行者)様を超える生涯走行距離の中で走りながら感じたことをサブスリーランナーが綴るコラム。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

プロフィール


サンダルマン・ハルト。雑誌『ランナーズ』等に執筆歴のあるライター。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。サブスリーランナー。グランドスラムの達成者(100kmサブテン。富士登山競争登頂)。スイス・ブライトホルン。マレーシア・キナバル山。台湾・玉山ニイタカヤマ。南アルプス全山縦走など登山歴も豊富。キャンプ・車中泊マニア。アウトドア派の放浪の旅人。現在、仮想地球一周ランニング中。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

ツイートしています。見てね!
精一杯でいいから走ろう


オートキャンプランキング
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

仮想世界一周ランニング旅に挑戦中。応援おねがいします
旅行-車中泊-温泉-アウトドア
スポンサーリンク
sandalsmanをフォローする
ドラクエ的な人生

コメント

タイトルとURLをコピーしました