万博通が語る。EXPO2025大阪・関西万博
EXPO2025大阪・関西万博がもうすこしで始まりますね。みなさんパビリオンの予約はもう済みましたか?

あらかじめ言っておきますけど、みんな来なくていいからね。きっとつまんないだろうから(笑)
私は日本館の予約をしたのですが、外れてしまいました。今のところ、大阪ヘルスケアとガスパビリオンを予約済みです。
私が万博に行くのはこれで五回目です。フロリダのディズニーワールドのエプコットにあるワールドショーケースも通年でやっている万博みたいなものですから、それを含めると六回目になります。
世界旅行気分にひたれる。マンウォッチングが楽しい
私がなんでこんなに万博好きなのかというと、やっぱり軽めの世界一周旅行をした気分になれることが大きいと思います。万博の各国パビリオンの運営は、それぞれの国から現地の人が来ていますので、ものすごく国際色が豊かなんですよ。そうしたマンウォッチングも万博の楽しみのひとつです。だってエチオピア人とか、ブルガリア人とか、それと知らずに世界の街角ですれ違っているかもしれないけれど、確実にそういう知らない国の人をしげしげと眺めながら、その人の暮らしてきた町かどや風土を想像するのって楽しいじゃないですか?
私は初デートが「つくば万博」だったこともあって、万博は最高のたのしい場所というイメージをもっています。つくば万博でいちばん印象に残っているのは鉄鋼館ですね。初デートした子のことは忘れましたが、3D映像でサムライに日本刀で斬り下げられたときの衝撃は今も忘れられません。
たしかに万博は、iPhoneのようなイノベーションプロダクトを発表する場ではもうなくなっています。日進月歩の技術革新時代に、四年に一度の万博開催まで発表を待っていては、他社に先を越されてしまいますからね。見たこともないようなものを見ることはあまり期待できません。
しかしそれでも楽しいのが万博です。
ミラノ万博では、イギリス館が印象に残っています。鋼鉄の網でできたみたいな建物の中身ですが、未来へのタイムカプセルみたいに、ひたすら植物の種子を収集して展示していました。ミラノ万博は「地球に食料を、生命にエネルギーを(Feeding the Planet, Energy for Life)」というテーマでしたから、食に関する展示が多かったです。クスクスをはじめて食べたのもミラノ万博でした。その後、エジプトでも食べましたけど。
アメリカ館の外壁を覆っているのは「稲」でした。こんなデザイン、見たことありません。
しかしこれは私の意見ですが「食」だとか「サステナブル」だとか、テーマを決めない方が万博は楽しいと思います。つまり特別博、専門博よりも、総合博の方がおもしろいと思います。ミラノは総合博でしたが、テーマに縛られすぎて、特別博のようでした。自由に展示させた方がバリエーションに富みますからね。

ちなみに言っておきますけど、みんな来なくていいからね。きっとつまんないだろうから(笑)
愛・地球博(愛知万博)もよかったな。私は真夏に行ったので、グローバルループに霧の噴霧が設置されていて、ひんやりしたのをおぼえています。楽しかったっけ。
上海万博は、ものすごい人でした。あの伝説の1970年の大阪万博の記録を塗り替えて、史上最大の観客数だったそうです。サウジアラビア館を見たくて、行列に並ぼうとしたら、あまりの列の長さに、途中で打ちのめされて諦めました。もっとも印象に残っているのはデンマーク館の人魚姫の像です。わざわざもってきた本物です。ディスプレイがよかったので、とても神秘的でした。たぶんデンマークで、太陽の下でこれを見ても、これほど感動はしなかったんじゃないかな。
台湾館も大人気で、あまりの行列に見るのを諦めたのですが、後日、台湾で移設したパビリオンを見ることができました。サウジアラビア館もあまりの人気に、万博閉会後もしばらく展示を続けていたそうです。
日本館を見るか、外国館を見るか、迷ったら?
上海万博では、閉園時間の都合で、最後にひとつだけパビリオンを見ようということになりました。そのとき、日本館を見るか、韓国館を見るか、とても迷いました。韓国は私の第二の故郷です。
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旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。
【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●日本海も東海もダメ。あたりさわりのない海の名前を提案すればいいじゃないか
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●もしも韓国に妹がいるならオッパと呼んでほしい
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●「トウガラシ実存主義」国籍にとらわれず、人間の歌を歌え
韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。
「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。
帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。
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でも、第二の故郷だから迷ったわけではありません。第一の故郷を見るか、第二の故郷を見るか、そういうことで迷ったわけではないのです。
私は外国では和食を食べません。日本で普段から食べているものを、なんでわざわざ外国で食べなければならないのでしょう。お米とクスクスがあったらぜったいにクスクスを選びます。その感覚で迷ったのです。寿司か、プルコギか? 普段から見慣れている日本を見るべきか、それとも、外国に来たからには日本以外のカルチャーショックにふれるべきか? そしてクスクスを選ぶようにそのときは韓国館を選んだのでした。そして韓国館を見終わって出てきたとき、こう思いました。
「しまった。やっぱり日本館を見るべきだったな」
旅人の極意。外国では、日本が異国になる。
べつに韓国館がしょぼかったからこういうわけではないのです。そのときは見慣れた日本のものよりも、外国のものをと思ったわけですが、万博では日本館を見るべきだと私は思います。今ではそう思っています。
ひとつには万博のパビリオンは国が威信をかけて税金を投入して「我が国」のPRをしています。納税者のひとりとして、日本人として、それは見届けるべきだろうということ。
そしてもうひとつ、外国では日本が異国になるんですよ。中華料理を食べて、上海にどっぷり浸かっていると、日本が異国のように感じて逆におもしろく見えるのです。
「なんだか変わった国だな」
日本人であることを忘れて日本を見ると、この国はとてもおもしろいですよ。私は中国・杭州のタクシーの中で、ラジオから流れてくる、中国語で歌われている日本の演歌を聞いて泣きそうになったことがあります。万博のような世界イベントの中を、よるべもなく漂っていると、日本だけが自分の港なのだと実感します。そんなふるさとへの旅情も感じてみましょう。それができるのは日本館だけです。
だから時間がなくて、日本館に行こうか、外国館に行こうか迷ったら、日本館に行ってください。今回も日本館があります。

でも日本館の予約に外れちゃった。

くりかえし言っておきますけど、みんな来なくていいからね。きっとつまんないだろうから(笑)
今回の万博は70年のと違って人気がないそうです。みんな、万博の楽しみかたを知らないんじゃないの?
あ、いいよ、来なくていいよ。マジで。上海万博みたいなのはちょっとカンベン。
すいてるほうがいいからさ。
当日予約で日本館に入れないかなあ?