絶対他者『ソラリス』理解できない相手。意思疎通、交流できない相手がいる。

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異星人・異世界とのコンタクトを描いたSF。見たことないものを文章で読むのはキツイ

スタニワフ・レム著『ソラリス』を読了しました。いわゆる異星人・異世界とのコンタクトを描いたSFです。たとえばスピルバーグ監督の映画『未知との遭遇』『E.T.』なんかもこの分野ですね。つまり宇宙人や宇宙文明といった「見たことのないもの」を描いているわけで、これを文章で読むのはたいへんな作業でした。映画もあるようですが、見ていません。

たとえば宇宙人『E.T.』の形状をどうやって文章で説明します? 毛の剥げ落ちたタヌキみたいな顔とでも表現したらいいのかな。ね、難しいでしょ?

映画で映像として見るのなら、初見でも対応できますが、見たことのないものを名詞から想像、理解することはできません。だから『ソラリス』は、なかなか読むのが難しかったです。

しかも「異星人と理解しあえない。彼が何者であるかもわからない、極論すれば生物であるかどうかもわからない」というミスアンダスタンディング設定なので、読むのはたいへんな難事でした。

いちおうのあらすじです。

心理学者の主人公クリスケルヴィンが、惑星ソラリスに派遣されます。ソラリスは海と呼ばれるプラズマ状の物質で覆われています。その海の正体は今のところ謎のままわかっていません。ソラリスの前任者たちはみんな精神がおかしくなっています。やがてケルヴィンのところに、死んだはずの恋人ハリーが訪れてくるのでした。

このファントムは、海の知性が人間の心の奥底を読み取って見せているかのようです。ほかの人たちも同じようなファントムを見ているのでした。それでみんなおかしくなってしまったのです。

ソラリスについて研究をつづけますが、結局、最後までその正体はわかりません。ソラリスの海は、人間の知性、認識の限界や、絶対的に理解できない他者を象徴しています。

物語の終盤、ケルヴィンは地球に帰るか、ソラリスにとどまるかの選択を迫られます。そして惑星に残ることを選ぶのでした。

『ソラリス』の書評、あらすじ、感想、内容

結局、覚悟なんてポーズにすぎなかった。われわれは宇宙の果てまで地球を押し広げたいだけなんだ。

人間は人間外の誰も求めてはいないんだ。われわれは他の世界なんて必要としていない。他の世界なんてどうしたらいいのかわからない。

→ ソラリスというのは、海に似た形状をした「何か」につけた名前です。人類はソラリス(海とも呼ばれる)にコンタクトを試みますが、うまくいきません。「何か」が返ってくるのですが、それがどういう意味なのか、全然分からないのです。

記憶の中にしかないはずの恋人が復活したらどうなる?

顔や体の表面なんて透明なガラスにすぎない。やつはおれたちの脳の中にまで入り込んだんだ。

たしかにやつは僕の記憶の中以外には存在しない人間を生き返らせ、創り出すことができた。

→ ソラリスのコンタクトは、すでに死んでしまった恋人(心の中のもっとも強烈な思い出)をよみがえらせる、というものでした。それはいったい何を意味しているのでしょうか?

きみにさえぎられて、もう彼女の姿が見えなくなってしまった。

あなたは自信をもって言えるの? そのひとじゃなくて、わたしを、わたしだけを……?

言わないで。わたしがそのひとじゃないこと、知っていてほしいから。

→ 目の前の恋人(新ハリー)は、死んでしまったかつての恋人(旧ハリー)と、すがたかたちは同じでしたが、別の人格を持っていました。主人公ケルヴィンは新ハリーと恋をします。

「他の誰かと結婚することを? ばかげているよ、ハリー。ぼくにはきみの他に誰も要らない」

「ほかの言葉で言って」

「きみを愛しているよ」

×   ×   ×   ×   ×   × 

(本文より)

カプチーノを淹れよう。きみが待っているから。
カプチーノを淹れよう。明るい陽差しの中、きみが微笑むから。
ぼくの人生のスケッチは、まだ未完成だけど。
裏の畑の麦の穂は、まだまだ蒼いままだけど。
大地に立っているこの存在を、実感していたいんだ。
カプチーノを淹れよう。きみとぼくのために。
カプチーノを淹れよう。きみの巻き毛の黒髪が四月の風に揺れるから。

「条件は変えられるけど、人は変えられない。また再び誰かを好きになるかも知れないけれど、同じ人ではないわけだよね。
前の人の短所を次の人の長所で埋めたって、前の人の長所を次の人はきっと持ちあわせてはいない。結局は違う場所に歪みがでてきて食い違う。だから人はかけがえがないんだ」

金色の波をすべるあなたは、まるで海に浮かぶ星のよう。
夕日を背に浴び、きれいな軌跡をえがいて還ってくるの。
夢みるように何度も何度も、波を泳いでわたしのもとへ。

あの北の寒い漁港で、彼はいつも思っていた。この不幸な家族に立脚して人生を切り開いてゆくのではなくて、自分という素材としてのベストな幸福を掴もう、と――だけど、そういうものから切り離された自分なんてものはありえないのだ。そのことが痛いほどよくわかった。

あの人がいたからおれがいたのだ。それを否定することはできない。

人はそんなに違っているわけじゃない。誰もが似たりよったりだ。それなのに人はかけがえがないなんてことが、どうして言えるだろう。

むしろ、こういうべきだった。

その人がどんな生き方をしたかで、まわりの人間の人生が変わる、だから人は替えがきかない、と。

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他にどうしようもなかった。自分に何もしないで。あなたはすばらしい人でした。

→ 新ハリーは、自分が人間社会では受け入れられない存在だと知り、自らの意思で去っていきます。去っていったのはハリーでもあり、ソラリスでもありました。

やつにできるのはタンパク質の製造だけだ。だから心の一番深くに刻み込まれている彼女をとりだした。だからと言って、それがどんな意味をもっているのか知っているはずだということにはまったくならない。

その場合、やつは僕たちのことを踏みつぶし、粉砕しようなんてつもりは全然なかったということになる。ありえることだ。

ひょっとしたらあいつはおれたちに好意を持っているんじゃないのかね。おれたちをしあわせにしたいのに、そのやり方がまだわからない、というだけのことかもしれないじゃないか。

【絶対他者】あれやこれや試しても、どうしても意思疎通ができない相手がいる

脳電図。心理。潜在意識。人間のこころさえ解読できないのに、この人間とはかけ離れた、黒いぬめぬめした巨大な怪物(海)にどうしてそんな芸当ができるだろう。

自分の中には、残酷なもの、すばらしいもの、殺人的なものなど、様々な考えや、意図や、希望があるのに、自分でもそれについて何も知らない。人間は他の世界、他の文明と出会うために出かけて行ったくせに、自分自身のことも完全には知らないのだ。

自分に大きな値打ちがあるってことを確かめたいがために、銀河系の果てまで自分のクソを運んできた人間が、どうして酔っぱらわずにいられるか。

→ 心理学という学問分野があります。人の心を研究する分野ですが、まだわかっていないことがあるから学究分野として成立するのでしょう。人の心さえよくわかっていないくせに人類は、ソラリスという心があるのかどうかもわからない相手とのコンタクトを試みます。それは「深海の底」など地球のことさえよくわかっていないのに、宇宙のことを知ろうとするのによく似ていますね。

ソラリスは「欠陥をもった神」「小さな子供の心理」なのか

欠陥をもった神? どんな宗教の神もそれぞれ欠陥をもっている。なぜなら神は人間の特徴を背負わされているからだ。たとえば旧約聖書の神は恭順と犠牲を渇望する暴君だ。

キリスト教信者でない者が聖書を精読してみた

絶望する神というのは、結局のところ、人間のことじゃないか。

人間の目的は生まれた時代によって押しつけられる。目的探求の完全な自由を味わうためには自分一人になる必要がある。でも人々のあいだで育てられなかったような人間は、人間にはなりえないからだ。

「何か」の反応。それが好意なのか、悪意なのかもわからない

ソラリスは「何か」の反応をかえしてくるのですが、それが好意なのか、悪意なのかもわかりません。

ソラリスは小さな子供の心理かもしれない。ぼくたちはしばらくの間、その赤ん坊のおもちゃだった。

自分は生物学と物理学の法則に支配される物質的な存在であって、愛は死を超えていくと詩人は考えてきた……それは嘘にすぎない。

酔っ払いがジュークボックスにコインを投げ込んで陳腐なメロディーをえんえんと繰り返すように、人々の生き方を繰り返さなければならないのだろうか。

ソラリスは「他者の隠喩」

結局、ソラリスは物語の最後まで理解できない相手でした。これは何も宇宙人だからということではなくて、同じ人間でもそういう人はいるのではないでしょうか。ぜんぜん何を考えているのかわからない人、まったく意思疎通のできない人って、身近にいますよね?

意思疎通のキモ。会話は「頭に描いている主体語」のすりあわせから。

だから文学としてみればソラリスは「他者の隠喩」だと考えることもできます。

会話術の革命。コミュニケーションの難しさ、言葉の無力さの前で絶望する

よくこういいませんか? 「他人は変えられない。変えられるのは自分だけ」って。

小説『ソラリス』でも、やっぱり最後に考えるのは、自分のこと、人間の生き方になります。ソラリスは最後まで理解不能のままです。

人間同士でも意思疎通が難しいこともあるのですから、それでもひとつの小説が書けたと思います。それを宇宙人あいてにやっちゃったのが『ソラリス』なのでした。なかなか変わった作品だったとは思いますが、とにかく冒頭に述べたように見たこともないものを文章で理解するというのは難事です。とても読みにくかった。

むしろこれは「宇宙人とのコンタクトもの」ではなく「理解不能の他人」というコンセプトで純文学畑でやったほうが、もっと多くの人に知られた名著になったのではないかと思いました。

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