今この場所この瞬間を旅先のように生きる。集団よりも個を優先する生き方【トウガラシ実存主義】

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【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者アリクラハルトの旅する人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

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どうもハルトです。みなさん今日も楽しい旅を続けていますか?

ここではバックパッカーの生き方を、旅先で見たトウガラシになぞらえて語っています。

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唐辛子の辛さは、そもそも動物に食われないための毒性物質

韓国の激辛唐辛子料理プルタクを食べて、わたしは「痔」になりました。あまりの辛さに食事中からクチビルが腫れ上がったのですが、唇では済まず、翌朝、排便時に肛門まで腫れ上がったのでした。

内臓なので目視できませんが、論理的に考えて腫れたのは唇と肛門だけはないでしょう。上から下まで消化器系のすべてを凶暴な辛さで腫れ上がらせたに違いありません。

唐辛子。そもそもこれは毒なのでは? こんなものが体にいいはずがありません。

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植物は「個」が滅んでも「種」が生存すればいいと考えている

そもそも唐辛子がなぜ辛いのかといえば「動物に食べられないようにするため」だという説があります。サボテンになぜ棘があるのか? それも動物に食べられないようにするためです。ある種のカエルは皮膚に毒を持っています。その毒カエルはヘビに食べられることはありません。

動物が、あの辛さにヒーッとなって吐き出す。そしてもう二度と食べることはない。トウガラシはそれを期待して辛くなるように進化したのです。唇から肛門まで腫らすほど人間の消化器系を激しく痛みつけて「もう二度と食うなよ」と警告しているわけですね。

しかし世界中の人たちに何故かその「舌がしびれるような辛さ」が愛されて、現在、トウガラシは世界中で栽培されています。もともとは中南米原産の種ですが人間の手によって生息域を世界中に拡散していったのです。

トウガラシ神もあっけにとられているに違いありません。人間に食べられないように辛さを身にまとったのに、その辛さゆえに逆に食われることになってしまうとは……。しかも食われることで種が絶滅するなら大問題ですが、人間の手で世界中に散らばり、絶滅することのないように大切に保護されて、繁殖してもらえることになろうとは……。

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人間は個が大切だが、植物は種が大切

さらに唐辛子は交配によって更なる激辛種まで生み出されいます。げに人間はおそろしい、とトウガラシ神は思っていることでしょう。しかしこの生存戦略は悪くない、とも思っているかもしれません。植物は「種として」生き残ればいいのです。「個」として生き残ることなどは問題にされません。「個」としては人間に刈られ食われても「種」として人間に愛されて飼育されて繁栄することができばそれでいいという生存戦略をとっています。

風にまかせて種子を散らす植物に、個の意志などあるはずがありません。重要なのは種としての生存だけです。だからこそ植物は風に運ばれた種子が海の向こうの島で繁栄するような離れ業をやってのけるのです。個を殺し種を繁栄させる戦略だからこそできるウルトラ技です。大半の種子は海に落ちて死ぬはずです。そのような繁殖方法を人間はできません。人間は「個」が大切だからです。

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実存主義。たとえ全世界を手に入れても自分自身を失ったら何になるだろう

たとえ全世界を手に入れても自分自身を失ったら何になるだろうか。人間のこのような生き方、ありようを実存主義といいます。トウガラシに実存主義はありません。人間は唐辛子とは違うのです。

この人生と一対一で向き合うこと、それが旅人の生き方です。

旅先の諸所の関門を全力で乗り越えてきたわたしたちバックパッカーが、旅から学んだことをこの人生につかうとすれば、どんな生き方ができるでしょうか。

今この場所この瞬間を、旅先のように生きるためには。

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次の世代にバトンを繋ぐためだけに生きているのか。駅伝選手か?

子育てのために自分を犠牲にする生き方があります。こういう生き方にわたしはずっと疑問をいだいてきました。それは「種」ために「個」を犠牲にする生き方です。どちらかというとトウガラシの生き方に近いものがあります。

子供をもうけようかという機会はわたしにもありました。だがそのたびにいつも思ったものでした。自分がまだ子供なのにもう次の子供をもうけるのか。自分がまだ何も成し遂げていないのに、もう次の世代にバトンタッチするのか。駅伝選手じゃあるまいし、次の世代にバトンを繋ぐためだけに生きているのか。それがおれたち人間の生き方か。まず自分の生き方が先だとわたしは思ったのです。そうでなければ唐辛子と同じです。

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世間のシナリオに沿って生きてきた者は、いつか自分の人生をなくして既製品になってしまう

毎日の通勤電車はまるでベルトコンベアのようです。会社という製品工場に運ばれていくコンベアです。会社でつくられる最高の製品は「あなた」です。世間一般のシナリオに沿って生きてきた者は、いつか自分の人生をなくしてしまいます。既製品になってしまうのです。ベルトコンベアで製造された製品のように代替可能な人生があるだけです。社会の中でうまく機能することだけにあくせくと人生を費やすと、いつかきっと後悔することになるとわたしは感じました。そんな危機感から世界に飛び出したのがバックパッカー達なのです。

サラリーマン社会では毎日毎日管理されて、人生は辛く苦しいものだと思って生きている人たちが大勢います。まるで畑のトウガラシのように。そういう人たちはいつかは他人に食われてしまうでしょう。

他人に食われない生き方をしたいと願うのがバックパッカーです。人類という種から見れば異分子かもしれません。国や会社といった体制、集団の繁栄のためには個を食う側からは認められず、けなされ、見下され、嘲笑される存在です。

人間もしょせんは生物の一部であって、トウガラシをはじめとする他の生物と同様に個よりも種が大切にする部分ももっています。だから神風特攻隊のようなことが起きるのです。あれは個を犠牲にしても日本国家という集団を大切にする「種」の側が「個」に強制した犠牲です。

サラリーマン社会でも、似たようなことはあります。カミカゼほどひどくないからみんな許しているだけのことです。むしろ積極的におのれの人生を集団に差し出し、個の犠牲を容認したり許容したりすると体制の側からはご褒美がもらえます。出世や給与・報酬といったものがそれです。

報酬によって手元には一生使い切れないだけのお金だけが残ります。でも食うことぐらいしか使い道のない金です。もう老いているんだから。夢がないんだから。自分がないんだから。退職するまでは出世して社内では大きな顔ができるでしょう。しかし年老いて会社から追われた後に残るのは「自分を失った何者でもない生き物」です。魂を売ってしまったのだから。

これじゃあまるでトウガラシじゃありませんか。種として繁栄すれば個は食われてもいい、という生き方です。

この生き方に納得できないから、わたしはバックパッカーになりました。集団の中では落伍者かもしれません。だが「個」を失ってはいません。人生は楽しんだもの勝ちなのです。

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バックパッカーの生き方。トウガラシ実存主義

たたかいを、はじめましょう。旅人流に。バックパッカーの流儀で。

はつらつと人生を謳歌して集団の側に立つものたちに見せつけてやりましょう。

トウガラシが人間に管理されて繁栄したように、従順な部品となれば支配者層の人間から繁栄をあたえられるでしょう。きっと新しい種を残すことが望まれるに違いありません。

それが望みながら従うがいいでしょう。得るものはあります。そして失うものも。

どちらを手に入れて、どちらを失うかは「あなた次第」です。

わたしはシリアスランナーでした。マラソンを2時間台で走っていた全盛期にはただ走ることだけを考えていました。ただ速く走る機械になろうと思っていました。感情や人間らしさは不必要でした。心を捨てて走る機械になることがサブスリーランナーへの道でした。こんなわたしでも感情を殺して機械になれたのです。その気になれば誰だって機械になれます。部品になれます。

けれどそれをよしとはしませんでした。そして旅に出たのです。わたしにはバックパッカーの生き方が必要だったのです。走る機械になるだけでは人生に何かが足りないと感じたのでした。

唐辛子実存主義が、必要だったのです。

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たまのイベントでなく、毎日がクリスマスのように生きたい。

激しく生きる命をください。生きていてよかったと思える人生を。一度や二度ではなく、何度でも何度でも。たまのイベントでなく、毎日がクリスマスのように生きたい。

それがバックパッカーの生き方です。

ただ走る機械にだってなれましたが、わたしはなりませんでした。あなたはどうしますか?

バックパッカーは「個」の側に立つ者です。「集団」の側からは無責任なやつとレッテルを貼られるでしょう。迫害に逢うかもしれません。この大量生産・大量消費社会において、豊かな生活はあたえられないでしょう。

だからといって体制側で生きようとすると「個」を喪失した社畜たちと果てしない消耗戦を演じなければなりません。消耗戦に時間を捧げることは自分を失うことと同じです。やがては体勢側にとりこまれてしまうでしょう。ふと気づいたとき自分が目を輝かせていたものが何だったのか、もはや思いだすことさえできなくなっているに違いありません。

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自分の歌を歌わなくて、何のための命でしょうか。

いつまでもベルトコンベアの上に乗っかった製品であっていいはずがありません。わたしたちは人間なのです。その輪廻から抜け出せ。

集団に貢献するための没自我度・製品度が足りなければ、生き方を否定されるというのならば、どうぞ。いくらでも否定すればいい。

それでも笑って個を貫けるか? 自分の生を謳歌し賛美することができるか? それがバックパッカーの生き方です。

決まりごとやシナリオに従っていては既製品ができあがるだけです。

個として楽しく生きていかなければ、何のために生きているのかわかりません

自分の歌を歌わなくて何のための命でしょうか。そう考えるのならば「種としては繁栄できるが、個としてはただ食われるだけの存在」唐辛子の運命から抜け出さなければならないのです。

これを唐辛子実存主義と名付けます。

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唐辛子実存主義とは集団よりも個を優先する生き方

集団が繁栄できれば、個が死んでもいいなんて考え方は、わたしは受け入れられません。わたしたちは人間なのです。唐辛子じゃありません。

自分の歌を歌いましょう。望まれる歌ではなく、自分の歌を。

みんなにウケる歌でなくたっていい。集団のために自分の嫌いな歌を歌ってどうしますか。人生は短いぞ。

もうここまで来てしまったのだから。自分の好きなことをやろう。やりたいことをやろう。

それがトウガラシ実存主義です。集団に染まることなく、既製品を作るトウガラシ社会とたたかうんだ。

他人に都合のいい部品ではなく、おのれの人生を生きろ。

自分を謳歌した貧乏生活の方が、自分を失ったリッチな暮らしよりもずっといい。それがバックパッカーの生き方です。そういうものをわたしたちは旅先で見てきたのです。

魂だけは縛れません。

心配するな。いちばんいいものはすべて無料だ。

心配するな。いつかはみんな終わりなき旅に出ていく。

死というリセットボタンはみんな同じだから。

サハラ砂漠で大ジャンプする著者
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このブログ著者の書籍『市民ランナーという走り方』
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このブログ著者の小説『結婚』
小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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このブログの著者の小説『片翼の翼』
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
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小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
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【この記事を書いている人】

アリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。
市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。
また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。
そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。
その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。
登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。

【この記事を書いている人】
瞑想ランニング(地球二周目)をしながら心に浮かんできたコラムをブログに書き綴っているランナー・ブロガーのアリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。 市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。 また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。 そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。 その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。 登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。
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